01. 2013年6月28日 11:56:25
: niiL5nr8dQ
2013. 6. 24 「腸内細菌が寿命を決める」は本当かも 大滝隆行=日経メディカル 「腸内細菌」本がブームだ。2013年4月以降、『腸をダメにする習慣、鍛える習慣 -腸内細菌を育てて免疫力を上げる30の方法-』(藤田紘一郎著、ワニブックス)『乳酸菌生活は医者いらず』(同、 三五館)『からだの中の外界 腸のふしぎ』 (上野川修一著、講談社)『整腸力 -医者・薬いらずの体をつくる腸内改革-』(辨野義己著、かんき出版)といった新書サイズのお手軽な健康本が相次ぎ出版され、書店の一角を賑わせている。 総合月刊誌『文藝春秋』は5月号で「医療と健康の常識を疑え」と題した大型特集を組み、「腸内細菌が寿命を決める」との見出しを掲げた座談会記事を掲載。座談会メンバーの一人、理化学研究所特別招聘研究員の辨野義己氏は「肉ばかり食べていると、腸内に悪玉菌がのさばり、さまざまな病気の引き金になる」「食事の欧米化が腸内細菌の欧米化にもつながり、大腸癌が増える原因となったのは間違いない」と発言している。 ブームの仕掛け人はどうせ乳酸菌飲料やヨーグルトのメーカーだろうと勘ぐる方々も多いと思うが、近年ゲノム解析の技術が腸内細菌の研究にも応用され、疾患の発症や生体の恒常性維持に直結する様々な興味深い新知見が得られてきているのも事実だ。 公益財団法人日本ビフィズス菌センター(日本腸内細菌学会)理事長で東大名誉教授の上野川修一氏は、上記著書の冒頭で「『サイエンス』誌が、過去10年間の科学上の十大成果の一つに、宇宙や気候変動の研究と並んで、腸内細菌の研究を挙げたほどだ」と述べている。寄生虫博士として名を馳せる東京医科歯科大名誉教授の藤田紘一郎氏も著書の中で、「健康のために、私たちが最も気を使うべき相手は、『腸内細菌』であることが、近年の研究で明らかになってきた」とまで言う。 ヒトの腸管内には1000種類以上、一人当たり10〜100兆個の腸内細菌が共生しており、食餌成分の分解・吸収を助けている。例えば、善玉菌と呼ばれる乳酸菌やビフィズス菌は、ヒトが分泌する消化酵素だけでは分解できない繊維質を乳酸や酢酸、酪酸などの短鎖脂肪酸に分解し、エネルギー源に変える。産生された短鎖脂肪酸は腸壁を刺激して蠕動運動を活発にする。 腸内の常在菌は宿主に対して栄養素やエネルギーを供給するだけではない。免疫臓器としての腸管上皮に抗原刺激を常時与えることにより、腸管局所のみならず全身の粘膜免疫機構にも重要な役割を果たしている。 腸管内には、小腸に点在するパイエル板というリンパ組織を中心に全身の免疫担当細胞(白血球)の6〜7割が集まっている。病原体などの異種抗原が侵入するとヘルパーT細胞とマクロファージが誘導され、B細胞が分泌型IgA抗体を産生する。分泌型IgA抗体は腸管腔内に放出されるだけでなく、毛細リンパ管を介して唾液腺や涙腺、乳腺などの粘膜にも運ばれ、全身各所で防御機能を発揮する。 粘膜免疫システムに不可欠な腸内細菌 そんな粘膜防御機構における重要な液性分子である分泌型IgA抗体の産生を誘導しているのが腸内の常在菌であることが、メタゲノム解析の手法に基づく研究で分かってきた。東大医科学研究所炎症免疫学分野教授の清野宏氏らは、パイエル板内部には日和見細菌群の一種Alcaligenesが普遍的かつ優勢的に存在しており、同菌がIgA産生誘導サイトカインであるインターロイキン(IL)6の産生を増強することを報告している(Proc Natl Acad Sci U S A 2010;107:7419-24.)。 一方、潰瘍性大腸炎やクローン病の患者のパイエル板内にはAlcaligenesがほとんど検出されず、炎症性腸疾患モデル動物では腸炎の発症に伴いAlcaligenesに対する糞便中IgA抗体価が減少したという。 逆に、腸内常在菌はなぜ異種抗原として生体の免疫機構から排除されずにいられるのか。その機序はいまだよく分かっていないが、清野氏らは、「腸内細菌はパイエル板・絨毛M細胞、樹状細胞の樹状突起を介して取り込まれ、IL2などの産生を誘導し、その結果としてCD4+CD25+制御性T細胞を増殖・活性化することで宿主腸管免疫システムによる免疫防御応答を抑制し宿主との共生関係を成立・維持しているのでは」(腸内細菌学雑誌 2007;21:277-87.)との仮説を立てて研究を進めている。 以前別件の取材で清野氏にお会いした際、このことについて聞くと、「腸管は共生細菌によって免疫担当細胞が常に遊走され活性化された状態、つまり一種の“アイドリング状態”にあり、病原体が侵入するとすぐに抗体産生などの免疫機能を発揮できるよう準備している」と説明してくれた。 腸内細菌叢は肥満や糖尿病などの代謝性疾患の発症に関係しているとの報告も出ている。米ワシントン大医学部の研究グループは肥満マウスと痩せたマウスの腸内細菌叢を調べると、肥満マウスにはファーミキューテス門に属する菌種が多く、バクテロイデス門の菌種が少ないという傾向にあり、無菌マウスに肥満マウスの腸内細菌を摂取させると、痩せたマウスの腸内細菌を与えた場合に比べて脂肪量が有意に増えることを明らかにし、同じ傾向がヒトの腸内細菌にもいえると報告している(Nature 2006;444:1027-31.)。 京大大学院薬学研究科助教の木村郁夫氏と奈良県立医大准教授の小澤健太郎氏らの研究グループは5月7日付けのNature Communications電子版に、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸を認識する脂肪酸受容体GPR43が脂肪の蓄積を抑制し、肥満を防ぐ機能を有すると報告した。短鎖脂肪酸を産生するのは善玉菌であり、米ワシントン大の知見を裏付ける結果だ。 中国・深圳大北京ゲノム研究所のグループがメタゲノム解析手法を用いて2型糖尿病(DM)患者と非患者の腸内細菌を比較した結果、2型DM患者では有害な細菌の存在傾向が強い一方、有益な細菌の量が少ない傾向が観察され、DMと関連する6万個を超えるゲノムマーカーが同定されたという(Nature 2012;498:55-60.)。 ある研究では、2型DM患者は健常者に比べて血中リポポリサッカライド(LPS、エンドトキシン)濃度が高いことが報告されている。LPSは、悪玉菌と呼ばれるグラム陰性菌(大腸菌など)の細胞壁成分である。腸内細菌叢の悪玉菌増加に伴い血中移行したLPSが、自然免疫系細胞のToll様受容体(TLR)に結合し炎症性サイトカインの産生を誘導することで軽度の慢性炎症が持続し、インスリン抵抗性をもたらすとの推測もなされている。最近では、脂肪肝からNASH(非アルコール性脂肪肝炎)への進行にも腸内細菌由来のLPSが関与するとの研究結果が出ている。 腸内細菌は思考や感情も左右? さらに、大脳代謝系にも腸内常在菌が大きな影響を与えているとの研究結果を、理化学研究所と東海大医学部、協同乳業の研究グループが4月23日、Frontiers in Systems Neuroscience誌に発表した。 無菌マウスと通常菌叢マウスの大脳を摘出し、脳内代謝物の網羅的解析(メタボロミクス解析)を行ったところ、検出された全196成分のうち、無菌マウスの方が通常菌叢マウスより濃度が高かった成分が23あり、この中には行動と関連が深い神経伝達物質ドパミンや、統合失調症との関連が示されているアミノ酸のセリン、認知症との関連が知られているN-アセチルアスパラギン酸が含まれていたという。さらに大脳のエネルギー代謝に関連する成分も含まれており、著者らは「腸内常在菌が宿主の思考や行動にも影響している可能性がある」としている。 2011年2月には、スウェーデンのカロリンスカ研究所とシンガポールのゲノム研究所のグループが、腸内細菌は哺乳類の脳の発達と成人の行動に影響を与えると報告している(Proc Natl Acad Sci U S A. 2011;108:3047-52.)。無菌マウスと正常菌叢マウスの2つのグループの行動を比較したところ、無菌マウスの方が危険で大胆な行動を取った。また、無菌マウスでは不安や感情に関わる脳内物質の量が少なかったという。 「腸内細菌が寿命を決める」というのは本当かもしれない。実際、辨野氏は著書の中で、日野原重明氏(聖路加国際病院理事長)が設立した財団法人ライフ・プランニング・センター「新老人の会」の協力を得て、75歳以上148人の糞便を調べたところ、うち85人(59%)から善玉菌のビフィズス菌が高頻度に検出されたと紹介している。同時に生活習慣に関する詳細なアンケートを行っており、その要因を現在解析中だという。
もちろん腸内細菌叢の組成が疾患の原因になっているのではなく、疾患進行の反映にすぎない可能性もある。「腸内細菌」本に共通するメッセージは、「ヨーグルトや乳酸菌飲料、納豆やみそなどの発酵食品、善玉菌のエサとなるオリゴ糖や繊維質を含んだ食品を意識的に取って腸内環境を整えること」だが、それら食生活習慣の改善が本当に寿命を延ばすかどうかは、総死亡をエンドポイントとした大規模な前向き研究を行ってみなければ分からない。 ただ、これまでの数々の大規模疫学研究ではそうした食品を積極的に取っている群での死亡率や罹患率は低いことが報告されており、腸内環境を整えることの有用性を支持している。少なくとも「腸内細菌が寿命を決める」と信じることが食習慣改善の強い動機づけになることは確かだ。 腸内細菌はどこから来るのか? 医療現場でルーチンに行われている治療が腸内細菌叢に与える影響はもっと考慮されてもよいのではないか。 例えば、抗菌薬による感染症治療において整腸薬を併用する方法以外に、IgA抗体の産生に関与する日和見菌など免疫機構に関与している常在菌への影響を最小限に抑えて宿主免疫機構を利用しつつ、病巣の病原菌だけを抑える抗菌薬の選択肢は考えられないだろうか。こうした選択は、多剤耐性菌の抑制に役立つかもしれない。 また、胃癌予防を目的とした胃炎へのヘリコバクター・ピロリ除菌治療が保険適応となったが、抗菌薬2剤と酸分泌抑制薬による3剤併用療法は腸管pHを変え、腸内の常在細菌叢へも大きな影響を及ぼす。「胃癌死亡は減ったが、大腸癌や感染症、心血管病による死亡は増えた」なんて事態になりやしないだろうか。 それにしても、ヒトは母体から誕生して成長する過程で、1000種類以上、一人当たり10〜100兆個の腸内細菌をどこから持ってくるのだろうか。出生時に胎児が母親の産道の細菌をなめて定着するという説があるが、帝王切開で生まれた場合はどうなのか? ベッドや周辺器具、母親、看護師には糞便由来の細菌がたくさん付いていて、それらが新生児の口を通して腸内に移行するとの説もある。 仮にそうだとしても移行できるのはせいぜい数十種類の細菌であり、1000種類以上もの細菌が、生体防御機構が未熟なうちに外部環境から腸内へ全て移行し切れるとは思えない。ビフィズス菌をはじめ嫌気性菌は排出された後も外部環境の酸素存在下で長く生き続けられるものなのか。そもそも、これまで述べてきたようにヒトの生涯を通じて恒常性維持に必須の役割を果たす腸内細菌の定着が、そんな出生直後の偶然に頼っていること自体が解せない。 そんな矛盾から、出生直後に細菌が腸管内に自然発生するという説(千島学説)を唱えた研究者もかつていた。1000種類以上もの腸内細菌はどこから来てどのように腸内に定着するのか、科学的根拠に基づく答えをお持ちの方がいたら教えてほしい。 https://www.facebook.com/nmonl |