01. 2013年6月13日 21:16:54
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運動が先か、高所得が先か、それが問題だ運動習慣と所得をめぐる不思議な関係 2013年6月12日(水) 慎 泰俊 厚生労働省の「平成22年国民健康・栄養調査結果の概要」によると、世帯所得200万円以下の人々のうち定期的に運動習慣がある人は29.4%であるのに対し、世帯所得600万円以上の人々のそれは37.5%で、統計的に有意な差が見られた。 実感としても、所得の高い人ほど運動をする人が多いように思う(一部の、所得が高いとはいえ1日18時間労働しているような人々を除き)。この統計は所得600万円で数字を切っているが、これを1000万円や2000万円で切ると、より如実な差が出るのではないだろうか。特に欧米ではこの傾向がさらに強いように感じる。 厚生労働省の調査結果に対する説明として、お金があり余暇のある人ほど運動する環境が整っているからという主張、収入が異なる人の間では健康に対するインセンティブ構造が違うためであるという主張などがある。これらの主張に共通しているのは、収入が運動をはじめとする生活習慣に影響を与えるというものだ。どちらかというと、こういった説明が主流のように思われる。 しかし、逆に運動習慣がビジネスのパフォーマンスに何らかの影響を与えているという側面もあるのではないだろうか。すなわち、生活習慣が収入に影響を与えているのではないか、というわけだ。 ここでは定期的な運動習慣がパフォーマンスに与える影響について書いてみたい。本稿の主張は、「運動は免疫力を大きく高め、脳を鍛え、精神に平安をもたらすことで、仕事のパフォーマンスにも影響を与える。だから、運動習慣は収入によって決められるだけでなく、収入が運動習慣によって決められるということもある」、ということだ。 運動は免疫を高め、骨を強くする まずは運動が健康に与える影響から見てみよう。最近のいくつかの研究によると、適度な運動は免疫機能の向上に役立つと考えられている。例えば、米イリノイ大学による2005年の研究では、マウスをインフルエンザ・ウィルスに感染させ、(1)運動をさせないグループ、(2)1日に20〜30分の運動をさせるグループ、(3)1日2.5時間の運動をさせるグループに分けた。結果、グループ1の生存率は43%だったのに対し、グループ2の生存率は82%と倍近くなった。さらに重要なのは、グループ3の生存率が30%だったことで、これは過度の運動は免疫機能をむしろ低下させることを示唆している。 劣悪な環境の刑務所を生き延びた人の多くが、運動をする習慣を無理にでも作っていたというエピソードは多いが、その人びとは本能的に運動と免疫との関係を分かっていたのかもしれない。 さらに意外なことに、筋肉が増えると骨の強度の維持にも役立つことが知られている。これは、筋肉によって骨の強化を促す圧力が与えられるからだ。この圧力を感じて骨を強化しようとするシステム(メカノスタット)の存在を説いた「メカノスタット理論」が1980年代に提唱されて以降、筋トレは骨を強くする主要な方法であると考えられるようになっている。 運動は脳を刺激する 進化生物学では、人類が二足走行を始めたことが脳の成長におけるブレークスルーであったとする説がある。最近のスポーツ科学の研究では、運動の脳への好影響が少しずつ明らかになってきている。例えば、マウスを使った研究では、身体の活動が脳の発達をより活発にし、脳の神経細胞のつながりを広げ、脳細胞を成長させることが明らかにされた。 脳によい影響があると特に言われているのが有酸素運動だ。それは、有酸素運動をすることで心拍数が上がり、血液を有効な成長因子と一緒に脳へ送れるためであるためだとされている。米ノースカロライナ大学での2009年の研究では、定期的に有酸素運動をしていた人は、そうでない人と比べて脳内の微小血管が多く、ねじれや曲がりが少ないことが確認されている(筋力トレーニングを行っただけの人にはこの傾向は見られなかった)。他にも、有酸素運動には記憶力を高める効果があるということも実験によって確認されている。 ニーチェが「ツァラトストラかく語りき」で「肉体は1つの大きい理性である」と言ったことは慧眼といえるのかもしれない。また、日々運動をしている経営者らはこのことを本能的に分かっているのかもしれない。 運動は精神の平安をもたらす 最後に、有酸素運動、特にとても長い時間をかける有酸素運動の自意識への影響について言及しておきたい。ガンジーやマザー・テレサなど、自分の生涯を通じて人々に清冽な感動をもたらした人びとは、日々瞑想をして心を静かな状態にして、自意識や自分可愛さから脱することの大切さを説いている。また、松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助や世界屈指のデザインファームであるIDEOゼネラルマネジャーのトム・ケリーなども、自意識から無縁である素直な心や子どものような好奇心の大切さを説いている。自意識は正しい判断を鈍らせるばかりでなく、見えるべきものを見えなくしてしまうので、創造性を制限することもある。また、自意識が強すぎると、他人のことが気になってしまい、何かをやり遂げるのに必要な精神的な集中を阻害するし、心の平安をも乱す。 東洋思想はこういった自意識からの脱却のための方法論に満ちている。仏教の修行はその1つだろう。さらにその1つの例が回峰行だ。「千日回峰行」という過酷な山歩きの修行(山開きの期間1000回連続で山道48キロメートルを毎日歩く)をやり遂げた塩沼亮潤大阿闍梨の本を読んでいると、修行の日がたつにつれて文体が肩肘張らなくなっていくことが見て取れる。 アメリカ大陸横断レースを走破したウルトラマラソンランナーとして有名な海宝道義さんにお話を聞いた時も、「自分の限界に近い距離を走ることで人は自意識を抜けだして素直になる」と話していたのが印象的だった。 こういった限界に挑戦する有酸素運動は、先に述べたように短期的な健康には決して良いものではないかもしれないが、自意識を取り払い心に平安をもたらすという意味で、結果的に仕事のフォーマンス向上につながるのではないだろうか。 以上3つを踏まえると、運動習慣は、仕事でのパフォーマンス、ひいては収入につながる側面もあるのではないだろうか。収入が運動習慣に与える影響は確かに大きいが、それは一方的な関係なのではなく、循環的な関係といった方が正しいように思われる。 必ずしも道具がよくなくても構わない 運動の道具に関する最近の研究で明らかになったことは、道具の質がパフォーマンスに与える程度は、思った以上に小さいということだ。例えばある実験では、ランニングシューズの材質の違いと故障との相関はあまり見られないということが示されている。なので、スポーツ用品店に行く前に、今日にでも家にあるスポーツシューズを引っ張りだして、まずは30分くらい走ってみてはどうだろうか。 なお、私は毎日平均して10キロメートル以上走り、100キロや200キロのウルトラマラソンや長距離トライアスロンのレースによく出場するので、考え方に若干バイアスがかかっている可能性があることを、お伝えしておく。 越境人が見た半歩先の世界とニッポン
この連載では、我々のすぐそこにやってきている新しい潮流について、投資ファンド―NPO、先進国―途上国、日本―世界、と様々なボーダーを跨いでいる筆者の視点から紹介していきます。 連載で取り扱うトピックは100人中で3番目〜10番目くらいに情報取得の早い人が知っているようなものを目指しています。連載を通じて、日本だけにいては分からない世界の変化の躍動感を、垣間見ていただければ幸いです。 |