04. 2013年3月22日 00:46:57
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体のためには強烈なにおいのニンニクを 孤高の食材「ニンニク」の真相(後篇) 2013年03月22日(Fri) 漆原 次郎 日本における「ニンニク」の存在を見つめ直している。強烈なにおいを放つこの“孤高の食材”を人々はどう捉えてきたのか。前篇では、日本におけるニンニクの歴史をひもといた。そのにおいから仏教の戒律で避ける対象となったニンニク。それでも江戸時代の料理集や明治以降の新聞にニンニクは登場し、戦後、肉料理や油料理を受け止める食材としての役割を果たすようになった。 ニンニク料理は「におう」だけでなく、「精力がつく」「元気が出る」といった強壮面の効果も言われている。でも、そのように言われるのはなぜなのか。また、ニンニクの体への作用には他にどのようなものがあるのか。後篇では、こうしたニンニクの体への効果に目を向けて、ニンニクの成分を研究する日本大学生物資源科学部の関 泰一郎教授に解説してもらう。実は、ニンニクのにおいと、ニンニクの体への効果は、切っても切り離せない関係のようだ。 敵を遠ざけるためにおいを放つ 関 泰一郎氏。日本大学生物資源科学部生命化学科栄養生理化学研究室教授。農学博士。日本大学農獣医学部助手、講師、米国ミシガン大学医学部人類遺伝学科博士研究員、日本大学生物資源科学部講師、准教授を経て、2011年より現職。専門は、栄養生化学、生理活性物質化学など。共著書に『健康栄養学 健康科学としての栄養生理化学』(共立出版)がある。 まず、そもそもなぜニンニク料理はにおうのか。ニンニクにはニンニクなりの、においを放つ理由があるはずだ。ニンニクはにおいを放つのみだが、関氏がその理由をこう代弁した。
「ニンニクにとって、あのにおいは忌避効果をもたらすものです」 忌避効果とは、敵を寄せつけない効果のこと。自分が食べられたり、細菌に感染したりしなければ、生存や種保存の可能性が増す。そのためニンニクは、多くの生きものや細菌が避けるあのにおいを発するのだ。 だが、スーパーマーケットなどに並んでいるニンニクには、あまりにおいを感じられないが・・・。 「においのもととなる物質が細胞の中にあり、別の細胞の中にはにおいを作る酵素があります。鱗片が傷つくとこの2つの物質が出合って、においが放たれるのです」 ニンニクの細胞には、無臭のアリインという物質がある。また別の細胞にはアリイナーゼという酵素がある。例えば、動物が生のニンニクをかじると、ニンニクの細胞が傷ついてアリインとアリイナーゼが触れ合うことになる。すると、この2つの物質が反応して、別の「アリシン」というにおい成分が作られる。このような反応によって生み出されたにおい成分が、動物にイヤな思いをさせるわけだ。 関氏によると、ニンニクから放たれるにおい成分には、硫黄元素(S)を多く含んでいる。アリシンには他に、ニンニクの細胞が傷ついたとき感染を抑える抗菌作用もある。 人間の中にも、あのにおいを避けようとする者はいる。ニンニクのにおい戦略は成功と言える。反面、あのにおいが好きという者もいる。これは、ニンニクにとって“誤算”だったのかもしれない。もっとも、人に栽培してもらえるという、生存や種保存にはプラスとなる“誤算”もあっただろうが。 ビタミンB1と結びついて力をもたらす 「ニンニク」と聞いて思いつくのは、においの他に「精力がつく」「元気が出る」といった強壮効果だ。経験的には、ニンニク料理を食べたあと、力がみなぎるような気もするが、どのような理由でそう言われるのだろう。 「ニンニクのにおい成分が、ビタミンB1の吸収を助けることがよく知られています」と、関氏は話す。 ビタミンB1は、体に摂り込まれた糖の代謝を促し、エネルギーを生み出す過程を支える栄養素だ。ただし、ビタミンB1は水溶性で、体に効率よく摂り入れるものではない。「ところが、ビタミンB1とアリシンが結合すると、脂溶性のアリチアミンという化合物になり、これで体への吸収率が高まるのです」 アリチアミンになれば、効率よく体内に取り込むことができる。ニンニクのにおい成分のアリシンが、水溶性のビタミンB1を脂溶性のアリチアミンに変えることで、よりエネルギーを生み出す効果を高めるのだ。 ニンニクの成分には、「ここ一番」というとき力を出すための効果もあるという。 「交感神経の刺激を介して、アドレナリンやノルアドレナリンといったホルモンの分泌を促進します。ニンニク摂取後の元気感はこの作用によるところが大きい」 アドレナリンもノルアドレナリンも、一時的に心臓がどきどきしたり、血圧が上昇したりするのを促す、いわば“やる気モード”を引き起こすホルモンだ。ニンニクのにおい成分のアリシンが分解して作られるジアリルジスルフィドなどの物質が、これらのホルモンの分泌を促すという。 血栓の成長を遅らせる「MATS」 関氏たちのチームが解明を進めたテーマもある。血管の詰まりを防ぐ血小板凝集抑制作用はその1つだ。 血管の詰まりは、心筋梗塞や脳梗塞の症状で現れる。それは、次のようなプロセスで起きる。まず、高血圧や糖尿病がもとで、血管の動脈の壁が弾力を失い脆くなる動脈硬化が起きる。動脈硬化が進むと、血管の内膜が厚くなり異常な“こぶ”ができる。この“こぶ”が破綻すると、血液中の成分である血小板が、破れた部分に集まり“かさぶた”のような血栓を作る。血管内にできる“かさぶた”は都合の悪いことに血管を詰まらせてしまうのだ。 この一連の症状を抑える効果が、ニンニクの成分に含まれている。関氏は「血栓の形成速度を、ニンニク中の成分が遅らせることが分かってきたのです」と説明する。 関氏たちが効果を見出したのは、「MATS(メチルアリルトリスルフィド)」というにおい成分などだ。MATSは、“かさぶた”ができるのを強力に促すトロンボキサンA2という物質を作らせないように作用する。血小板の凝集を抑える薬として欧米で一般的に使われているアスピリンの効果と同じだ。 血小板の凝集を遅らせる効果は、ニンニクに含まれる様々な成分で見出されているが、「MATSがいちばん効くということが、様々なニンニクの成分を比較するわれわれの研究で分かりました」と関氏は話す。 では、どのくらいの量のニンニクを食べると、効果が現れるのか。 「まだきちんとした実験データがないので答えにくいのですが、1週間に2〜3個の鱗片を食べておけばよいのではという見積もりぐらいは出ています」 がん細胞の増殖を抑制する「DATS」 ニンニク成分の効果は、まだ他にもある。がんを抑える効果にも注目が集まっている。 「アメリカで、がんを予防する可能性のある食品を洗い出して一覧にする『デザイナーフーズプログラム』というプログラムが1990年代に行われました。その一覧図のピラミッドの頂点にあるのがニンニクなのです」 この驚きの発表を受け、関氏たちはニンニク成分のがん抑制作用の研究も進めてきた。そして、ニンニクのにおい成分の1つである「DATS(ジアリルトリスルフィド)」というにおい成分に高いがん抑制効果があることを発見した。 「ジアリルトリスルフィドの『トリ』は、硫黄元素のSが3個あるという意味です。その当時ニンニク由来の抗がん作用成分として、Sが2個の物質であるジスルフィドが一般的に知られていました。しかし、Sが3個の物質が最も強力な抗がん作用を示すことを初めて明らかにしたのです」 Sが1個や2個の物質は、作用の標的となる分子に対して反応性を生み出さないが、Sが3個の物質は反応性を生み出す。関氏たちは、Sが3個のニンニク成分であるDATSの体内の働きを調べた。すると、がん細胞が増えていく過程で登場するチューブリンというタンパク質が細胞分裂に関与することを阻害し、“細胞の自殺”と言われるアポトーシスを起こすことが分かった。がん抑制効果があるニンニク成分は複数あるが、ジアリルトリスルフィドが最も顕著に効果を発揮したという。 「実際、ニンニクの量にして、どのくらい食べておくのがよいのかといったことがこの研究分野の課題です」 体への効果を考えたら「におい」あるニンニク料理を ニンニクの成分の様々な体への効果を見てきたが、これらの効果にはほぼすべてに当てはまる共通点にお気づきだろうか。それは「におい成分」が作用するということだ。エネルギーを生み出す材料となるアリシン、血小板の凝集を抑えるMATS、がん細胞の発生を抑えるDATS。いずれもニンニクの、あのにおいをもたらす要素である。 ニンニクは体が傷ついたときの防御反応として、アリインとアリイナーゼが結びつくことでにおいを放つことを述べた。逆に、においが起きないニンニクやニンニク料理を食べても、ここで紹介した体への効果は期待できないことになる。 “無臭”を謳うニンニクも出回っているが・・・。「無臭ニンニクには、においのもとになる成分を除去したものや、ニンニクと似て非なる植物によるものなどがありますが、においに効果があるという点からすると、いずれも期待はできません」 他にも、ニンニクをそのまま加熱した料理も、体への効果は小さいことになる。加熱により酵素のアリイナーゼが壊れてしまうため、アリインがにおい成分に変わってくれないからだ。ラップに包んでレンジで熱した「ほくほくニンニク」などでは、においがマイルドになるが、その分、体への効果もマイルドになってしまう。 では、どのようなニンニクの食べ方が、体への効果の点で適しているのか。 「生ですり下ろせば、においは出てきます。ただし、多く摂りすぎると胃潰瘍を起こすおそれもあるので、注意が必要です」 関氏が勧めるのは、刻んだニンニクを油で包み込む調理法だ。「スライスしたニンニクを油と混ぜて、それを炒めて油で封じ込めれば、においを保つことができます」と関氏は言う。ニンニクのスライス揚げや、刻みニンニクのオリーブ油炒めなどはこれに当てはまりそうだ。 ニンニクの体への効果を得るには、においを受け入れるのが不可欠であることは承知した。それでもなお、可能ならそのにおいをなるべく早く体から取り除きたい。 「それはみなさん気になるところでしょうが、根本的ににおいをなくすのは無理なのです。これまで、水を摂るのが効果的とか、牛乳のようなタンパク性の物質でにおいをマスクすると効果的といった論文も出てはいます。しかし、根本的には、食べたニンニクのにおいをすぐに除去するのはむずかしいのです」 ニンニクのにおいと、ニンニクの体への効果は直結している。においを体に摂り込むのも、体の健康のためなのだと、考え方を切り替えた方がよさそうだ。 必須ではないけれど体を顕著に変えてくれる 人体には、生きていくうえで摂取しなければならない必須栄養素がある。炭水化物、脂肪、必須アミノ酸、ビタミンなどだ。一方で、ニンニクに含まれる香辛料としての成分は、いずれも必須栄養素ではない。つまり、生きていく上では食べなくてもよいのである。 「しかし、そんなニンニクの中に、体の機能を顕著に変えてくれる作用があるということを考えながら、うまく食事の中に取り入れていくことが、食生活を豊かにする1つの要因になるのではないかと思っています」。そう、関氏は話す。 日本の長い歴史において、ニンニクは人から距離のおかれる食材であり続けた。それは強烈なにおいが災いしてのことだ。しかし、ここ数十年、肉料理や油料理が日本でも広まり、それらの料理との調和を図れる香辛料として役割を果たし始めた。さらに、においが様々な点で健康を増進することも分かってきた。 長い食の歴史の中で、いまはニンニクの転換点。日本の食におけるニンニクの新たな歩みは、始まったばかりなのだ。 |