03. 2013年3月22日 16:52:48
: xEBOc6ttRg
連載:内科医だからできるこころの診療 2013. 3. 21 アルコール依存には「変化球」で切り込むべし著者プロフィール 井出 広幸(信愛クリニック院長)●いでひろゆき氏。1990年群馬大卒。東海大大磯病院内視鏡内科助手などを経て、2003年に信愛クリニックを設立。日本内科学会総合内科専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。PIPC研究会ファシリテーター。開業応援塾塾長。 連載の紹介 精神疾患を専門としない内科医であっても、精神科的な対応が必要な患者にしばしば遭遇します。そのような患者への対応法を、PIPC(Psychiatry in Primary Care)という教育プログラムに沿って学びましょう。 内科医・プライマリケア医が心療に取り組むときに役立つツールであるMAPSOのうち、これまでにMood(うつ症状、希死念慮、躁・軽躁エピソード)、Anxiety(不安の5つのタイプ=G-POPS)、Psychoses(妄想・幻覚を伴う精神病群)について解説してきました。 今回は続いて、MAPSOのSにあたる「Substance-related disorder(物質関連障害)」について学びます。 プライマリケアの現場で遭遇する物質関連障害のうちで、最も頻度が高いのはアルコールに関する問題です。そこで、プライマリケアにおけるアルコール依存患者への適切な対応に的を絞ってお話します。 ■なぜ、アルコール問題が重要か? 内科医・プライマリケア医が心療に取り組む際に、アルコール問題が重要となる理由を以下に示します。
プライマリケアの現場でアルコール問題が重要である理由 日常に深く入りこんだ「薬物(依存物質)」である 心療に与える「負の影響」が大きい アルコール問題を発見したら、即座に対策をとる必要がある 一般の人々はアルコールを飲料や嗜好品と考えていて、「薬物(依存物質)」であるという認識はありません。また、飲酒に関して寛容なわが国の文化も影響して、問題となる飲酒行動やアルコール依存は隠蔽されやすく、アルコール乱用や依存症予備軍まで含めると、莫大な数のアルコール依存者がいます。 アルコール依存症患者は同時に他の精神科的問題を併存している傾向が高く、反対に精神科的な問題を持つ人には、アルコール依存症の併存率が高いことが分かっています。このため心療の現場では、アルコール問題と遭遇する頻度が非常に高いのです。 ■アルコール多飲が精神科治療に及ぼす悪影響 アルコールを多飲している人に精神科的な治療を施しても、抑うつ気分や不安は改善しません。その理由を以下に述べます。
アルコールを多飲すると気分は落ち込みます。「あれ? お酒を飲むと人は陽気になるんじゃないの」と意外に思う方もおられるかもしれません。居酒屋で楽しそうに談笑しながら飲酒している人々を見れば、アルコールが気分を落とす物質だとは、にわかに信じられませんね。 では、「お酒を大量に飲んだ翌朝の気分」を想像してみてください。そう、もちろん気分は「悪い」ですね。アルコールの血中濃度が高い間は、抑圧がとれて解放的な気分を味わえますが、血中からアルコールが消えると気分は落ち込むのです。そこで、あわてて「解放感」を求めてまた飲む。これをくり返していると、気分はどんどんと落ちて行きます。 また、アルコールは本人の「逃避」を助長します。うつや不安から回復してゆく上で、様々な逃避を克服し、現実の状況と問題に立ち向かう姿勢をとることは、精神科治療の過程において本質的に重要なことです。しかし、アルコールは最も安直な逃避手段であり、アルコールに耽溺している限り、真の精神的な回復に必須である、新たな認知の獲得と自己の成長が得られることはありません。 患者は、しばしば「お酒を飲むときは、薬を飲まないようにしています」といいます。飲酒と服薬が相入れないことを知っているのは良いのですが、結果的に、お酒を飲むことで服薬アドヒアランスは大きく低下します。かといって無理に服薬を重ねれば、薬物相互作用の結果、ひどい失敗につながります。精神科治療において、飲酒には良いことは一つもありません。 ■アルコール依存に気づくための戦略 アルコール依存を見つけたら「断酒」させます。断酒は、「言うは易く、行うは難しい」ものです。発見しても対策が無いものは、見つけても仕方ありませんが、対策があるのであれば実行しなくてはなりません。具体的な対策の内容については後で述べますが、まずは患者のアルコール問題に気づくための作戦を伝授いたします。
アルコール依存症は、別名「否認の病い」と呼ばれています。「否認」とは、患者が飲酒の現実を正しく認知できないことです。 患者は飲酒の話題になると急に寡黙になったり、不機嫌になったりして、自らの飲酒問題を認めようとしません。飲酒の頻度や量に関する問診に対しても、1回の飲酒量について少なめに答えることが多く、全体量としても、実際の飲酒量に比べて少なく申告するのが普通です。 そこで、日常臨床のなかでアルコール依存症に気づくためには、以下に示すような手順で評価を行うと良いでしょう。 アルコール依存の見つけ方 飲酒行動に関する質問をする 飲酒の動機に注目する 飲める体質かどうかを確認する ■アルコール問題に気づくための質問 MAPSO問診 アルコール依存 「お酒を飲みますか?」 「お酒をとことん飲もうと思えば、どれくらいまで飲めますか?」 「最後にお酒を飲んだのは、いつですか?」 「お酒の量を減らさなければと思ったことはありますか?」
アルコール依存をスクリーニングするためには、CAGE、KAST、AUDITなどの質問票によるテストが知られていますが、非専門医が日常診療で使うには、いささか煩雑で時間がかかり過ぎます。 そこで、まずはズバッと「お酒は飲みますか?」と聞いて、患者の反応を注視します。直ちに「いえ、飲みません」と答えたり、「ときどきですね」と確信をもって答える場合は、それ以上の追求はしません。少しためらいながら「ええ、まぁ」といった含みのある返事をしたり、ばつが悪そうに「……はい」と答えたような場合は、次の質問に移ります。 先に述べたように、アルコール依存症患者は飲酒量に関して常に過小申告してきます。そこで、直球勝負ではなく「変化球」を投げてみましょう。「とことん飲もうと思えば、どれくらいまで飲めますか?」と質問してみるのです。 患者が「そんなには飲めないですね」と答えた場合は、それ以上の追求は不要です。「まぁ……、結構飲めますね」と多量飲酒の可能性を否定しないときは、「ウイスキーだったらボトル1本くらいは、いけますか?」と聞いてください。「いやいや、とんでもない!」と反応すれば質問はそこまでで中止ですが、「そうですね・・・」といったニュアンスの回答があれば、アルコール依存症疑いは濃厚となってきます。 常に飲んでいるアルコールの種類や愛飲しているお酒の銘柄を確認することも重要です。「どんなお酒を飲みますか?」という問いに対して、「焼酎」と答えたときに、「どんな焼酎を、何リットル瓶で買いますか?」と確認してください。そこで、2.7リットルといった大きなペットボトルで、しかも安価で売られているような銘柄を口にするようなら、アルコール依存症を疑います。安い酒を大量に買うということは、「楽しむ飲酒」ではなく「酔うための飲酒」である可能性が高いからです。 さらに、変化球を投げつづけます。アルコール依存症患者であっても、「最後にお酒を飲んだのは、いつですか?」という質問には、つい正直に答えてしまう可能性があります。以前から何度も強調しておりますが、PIPCの実践では「質問した瞬間における本人の非言語的反応」を見逃さないでください。その瞬間に、患者が見せる表情には真実が含まれています。この質問により、迎え酒(eye-opener)や連続飲酒の有無がわかります。 「飲酒量を減らさなければと思ったことがあるか」という質問は、有名なスクリーニング質問票であるCAGEの筆頭にあるものですが、依存症患者の精神面での変化を知ることができます。 ■飲酒の動機や飲める体質についても評価する 患者との対話の中で浮かび上がって来る「飲酒の動機」にも注目してください。「友人と楽しい時間をもつために飲酒する」のは健全な動機であり、「酔うために飲む」ような場合は、逃避的な動機と考えます。
アルコール依存患者は、飲酒によって何から逃避しようとするのでしょうか? それは「嫌な現実」や「ダメな自分」からの逃避であることが多いです。自分をいつも脅かしてくる「自己を卑下する感情」や、「堪えがたいほどのつらい現実」が、飲酒とともにスーッと消えてゆく。その「えも言われぬ解放感」は、次の飲酒行動へ誘う強い動機になります。 アセトアルデヒド脱水素酵素と、アルコール脱水素酵素の遺伝子タイプによって日本人は、a)アルコールに強い人、b)アルコールに弱い人、c)アルコールが飲めない人──の3群に分類されます。アルコールに弱い人も、飲酒に慣れると次第に飲めるようになり、依存症に移行する可能性もありますが、実際の依存症のほとんどは、アルコールに強いタイプの人々です。 ■プライマリケアにおける断酒への援助 断酒のためのステップ アルコール依存という問題をもつことを認識させる 断酒に取り組ませる 専門医に紹介する
繰り返しますが、アルコール依存症は「否認の病」と呼ばれ、患者に現実を直視してもらい、飲酒行動に関する問題を認めてもらうことはかなり骨の折れる作業です。酒に溺れて死ぬ寸前でありながら、「俺は酒で問題など起こしたことない」と主張する患者も少なくありません。 とにかく、主治医であるあなたが本気になって、アルコールの害を説き、精神科的問題から回復するために断酒が必須であると説得するしかありません。患者には「睡眠の確保」を約束しましょう。患者は眠れないことを特に怖れています。 断酒しただけだと、禁断症状が現れることがあります。それを回避するために、断酒の場合に限って、ベンゾジアゼピン系抗不安薬をしっかり投与します。アルコールを中断して24時間もすると、交感神経が刺激亢進し、48〜72時間で、せん妄や興奮・虚脱が発症します。これを防ぐためのベンゾジアゼピン系抗不安薬です。重症のアルコール依存者が突然断酒するときは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の大量投与が必要なこともあります。 ビタミンB1製剤の併用も考慮します。フルニトラゼパム(商品名:ロヒプノール、サイレースほか)は、アルコールとの相性が悪いため使ってはなりません。 十分量のベンゾジアゼピン系抗不安薬を服用しても落ち着かないなど、アルコール離脱症候群がはっきりした場合は、原則入院治療にすべきです。うつや不安の併存がはっきりしているときは、SSRIを中心とする抗うつ薬による治療を並行して行います。わたしはうつや不安の軽減に伴って、断酒ができた患者を数多く経験しています。 ■精神科専門医との連携 アルコール依存が明らかとなり、内科医・プライマリケア医が本気で取り組んでも状況が好転しそうにないときは、精神科専門医へ紹介すべきです。
しかし、現場でいざ実行に移そうとすると、患者の否認や、家族の共依存関係などが、大きな障壁となって立ちはだかり、専門医療機関への受診が強く拒まれることがあります。このような介入を、内科医・プライマリケア医が単独で行うことは、大きな負担ですし、限界もあります。 実際には、精神科専門医、産業医、保健師、医療ソーシャルワーカー、民生委員、行政福祉関係職員などがチームを組んで介入する方が問題解決につながります。しかし、残念なことにアルコール医療に関する地域ネットワークの構築は、まだ一部の例外を除いてほとんど整備されておらず、お互いに顔の見える連携づくりが急務となっています。 アルコールは、脳を冒し、肝臓を壊し、膵臓にダメージを与えます。しかし、最も深刻に破壊されるのは患者の「心」であると、私は感じています。まるで、癌細胞のように、自分自身のフリをしながら、心を食い荒らす。気づいたときは、自分の心の真ん中に「酒」という一字が居座っているのです。そうなってしまったら、泣きすがる家族の訴えも、もう心に響くことはありません。 こんな悲劇を回避するためにも、患者や家族にとって身近な存在である内科医・プライマリケア医による早期介入が必要なのです。 |