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2012. 11. 7
iPS細胞で何が治せる?(その1)腫瘍化リスク克服の先に見えてきた臨床応用
久保田文=日経メディカル、石垣恒一=日経メディカル オンライン
山中伸弥氏のノーベル賞受賞を機に、将来の臨床応用への期待が集まるiPS細胞。再生医療への応用を考える場合、「ゼロリスクの実現は不可能。この前提に立って、医療上のリスクとベネフィットのバランスを検討することが大切だ」と山中氏は強調する。
一番の懸念は、iPS細胞から誘導した細胞を移植して癌化するのではないかということ。しかし、この点については研究が進み、「(ヒトiPS細胞の誘導に成功した)5年前より、細胞の安全性は格段に向上している。移植した細胞が勝手に増殖を始め、良性腫瘍ができる可能性はあるものの、悪性腫瘍になることはまずないだろう」。山中氏は現状をこう説明する。
網膜疾患、心不全、神経疾患…と、iPS細胞の臨床応用に向けた研究は様々な臓器および疾患で進む。しかし、分野によって到達段階や課題も様々。腫瘍化リスク克服の先に見えてくるものは何か。いくつかの疾患について、iPS細胞研究の現状を紹介する。
加齢黄斑変性
安全性の確保は他疾患より容易、iPS細胞臨床応用の先陣を切るか
リスク管理の観点から、山中氏は大きな条件を2つ挙げる。移植後に細胞が異常増殖して良性腫瘍などができた場合に、(1)素早く把握できること、(2)いち早く対応できること−−だ。
その点で最も早く臨床研究が始まるとみられるのが、加齢黄斑変性に対する網膜色素上皮(RPE)細胞の移植だ。加齢黄斑変性では、新生血管が入り込んで黄斑のRPE細胞が傷害を受け、視力が低下する(図1)。高齢化により、患者数が急増している疾患だ。
近年、光線力学療法や血管新生阻害薬が登場し、血管新生を抑える治療法はそろってきた。しかし、これらの治療法で瘢痕化したRPE細胞までは治せない。そこで、iPS細胞からRPE細胞を誘導し、新生血管や瘢痕化したRPE細胞を除去した後で網膜に移植するという治療法が考えられている。
図1 加齢黄斑変性の病態 新生血管が入り込んで黄斑の網膜色素上皮(RPE)細胞を傷害する加齢黄斑変性。変性部分の色素上皮を抜去し、iPS 細胞由来のRPE細胞に取り換える治療が計画されている。
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現在、このRPE細胞移植療法は、患者に移植した場合の安全性と有効性を確認しようという段階まで到達。理化学研究所発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト(リーダーは眼科医でもある高橋政代氏)が中心となって臨床研究に向けた準備を進めている。
臨床研究の対象となる疾患は滲出型加齢黄斑変性。患者本人の皮膚細胞からiPS細胞を作製し、そこからさらにRPE細胞を誘導して「RPE細胞シート」を作り、網膜に移植する計画だ。
他の疾患や臓器と比べて安全性確保のハードルが低いと考えられるのは、(1)移植する細胞数が少ない、(2)眼は腫瘍化が起きにくい、(3)RPE細胞に分化しているかどうかを色素の有無で識別できる−−といった点から。「失明を防ぐというベネフィットを考えると、(相対的に)リスクはすごく低いと思う」と山中氏も期待する。
前述のリスク管理の2つの条件という観点からは、増殖の有無を断層撮影で週1回程度、定期的に確認し、仮に異常増殖が認められた場合はレーザーを照射するといった方策が立てられている。
臨床研究のスタート目標は13年度。臨床研究の計画は、理化学研究所の倫理委員会に既に申請し、「加齢黄斑変性」の患者6人程度に対する移植を予定している。
重症心不全
誘導・精製など基本技術は確立、動物実験で安全性はどこまで追求?
国内では心臓移植に使える移植心が少ない。その代替として開発された補助人工心臓も、感染が起きたり血栓が生じたりするため10〜20年というスパンでは使用できない。慶應大循環器内科教授の福田恵一氏は、「iPS細胞から誘導した心筋細胞を患者の心臓に生着させ、大きく成長させることができれば、重症心不全の有力な治療法となる」と話す。
慶應大循環器内科教授の福田恵一氏は、「心機能を上げるためには、移植した心筋細胞をきちんと生着させることが重要」と話す。
iPS細胞から誘導した大量の心筋細胞を、いかに確実に生着させるか――。福田氏らは、基礎的な研究を終え、臨床応用に向けた研究を本格化させつつある。
福田氏の研究グループはこれまで、iPS細胞から誘導した心筋細胞を重症心不全の治療に用いるための研究を着々と進めてきた。中胚葉のうち、将来心臓になる予定の領域に発現している遺伝子を解析し、ヒトES細胞やヒトiPS細胞から心筋細胞を誘導するためには、Nogginと呼ばれるシグナル伝達に関わる遺伝子が重要であることを突き止めた。また、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)によって心筋細胞が増殖するメカニズムも解明。Noggin蛋白質やG-CSFなどを添加することで、iPS細胞から効率的に大量の心筋細胞を誘導する手法を確立した。
同時に、誘導した細胞群から心筋細胞だけを精製する手法も開発。心筋細胞の中に未分化な細胞が残っていると、移植後に奇形腫が形成されるリスクがあるためだ。こうして福田氏は、iPS細胞から心筋細胞を誘導、増殖させ、心筋細胞だけを移植するための基礎的な技術の確立にめどをつけた(図2)。
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図2 ヒトiPS細胞から心筋細胞を誘導し、移植する流れ 福田氏らの研究では、iPS細胞から心筋細胞を誘導し、増殖・精製して純化するところまでめどがついている。今後は、心筋細胞を生着させる移植法や治療コストの低減が課題となる。
福田氏は、「移植した心筋細胞が生着すれば、左室駆出率(EF)など心機能は自ずと上がる。そのためには、きちんと生着させることが重要だ」と話す。同グループは、精製した心筋細胞を心筋球と呼ばれる細胞塊にし、さまざまな動物の心筋組織の間隙に投与する実験を繰り返している。
これまで免疫の拒絶反応を起こさないマウスにヒトiPS細胞由来の心筋球を移植したほか、マーモセットと呼ばれる小さなサルに、免疫抑制剤と他のマーモセットのiPS細胞由来の心筋球を移植し、心筋組織に生着することなどを確かめてきた。
マーモセットにヒトiPS細胞由来の心筋球を移植する実験も実施した。免疫抑制剤も合わせて投与したものの、3カ月後にマーモセットの心臓を解剖したところ、ヒトの心筋細胞は数えるほどしか残っていなかった。原因は、移植不適合によるものと考えられている。
「動物実験で自信を持てれば、ヒトでの応用を考えたい」と福田氏は言う。その際は、患者由来のiPS細胞を作製したり、iPS細胞バンクからHLA型が適合するiPS細胞を調達して心筋細胞を誘導し、患者に移植することで、できる限り拒絶反応を抑える予定だ。
福田氏が挙げる今後の大きな課題は、「動物実験で安全性や有効性をどこまで証明すれば臨床応用に進めるか、分かっていないこと」。つまり、動物実験におけるゴールの設定が難しい。加えて、実用化に向けては、大量の細胞を確実に心筋組織に生着させる移植法の確立や、細胞培養から移植に至るまでにかかる治療コストの低減も必要になる。これらの課題を克服できれば、「梗塞部位が少ない心筋梗塞から臨床応用を始め、将来的には拡張型心筋症などに適応を広げるといった道筋が考えられる」(福田氏)という。
2012. 11. 9
iPS細胞で何が治せる?(その2)血小板生産にも期待、卵子・精子への誘導も
石垣恒一=日経メディカル オンライン、久保田文=日経メディカル
iPS細胞の研究は臨床現場にどのような変化をもたらすのか。前回に引き続き、iPS細胞の臨床応用に向けた研究を展望する。
血小板
腫瘍化のリスクは極小、大量生産技術の開発が課題
iPS細胞から作製した細胞や組織を臨床で使おうとする場合、問題となるのは腫瘍化などのリスクをいかに低くできるか。その点で、いち早く臨床研究のスタートが見込まれるのは加齢黄斑変性に対する網膜色素上皮細胞の移植だが(前回参照)、iPS細胞から血小板製剤を作る技術も早期の実用化が有望視されている。
血小板は巨核球の細胞質がちぎれてできるので、核がない(図1)。そのため、患者に移植した場合も腫瘍化のリスクをほぼ無視できるという、他の組織や細胞と比べてのアドバンテージがある。分化や培養の過程で血小板以外の細胞が混入しても、投与前に放射線照射で殺すことができる。
図1 ヒトiPS 細胞から血小板を誘導する流れ 血小板は巨核球の細胞質がちぎれてできる。核がないため腫瘍化のリスクはほぼゼロ。有核細胞が混じっていても、投与前に放射線照射で殺せる。
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iPS 細胞から作製する血小板の臨床応用について、京大の江藤浩之氏は「安全性確保のハードルは低いが、大量生産技術の確立が大きな課題」と話す。
京大iPS細胞研究所臨床応用研究部門教授の江藤浩之(こうじ)氏らの研究グループは、ヒトiPS細胞から血小板を作製することに成功。2011年には不死化して増殖を続ける巨核球株を得て凍結保存も可能とした。そもそものスタートとなるiPS細胞についても、血小板生産に適したものの選別法にもめどをつけ、生産の効率化に向けた研究を進めている。
再生不良性貧血や血小板減少症では、血小板製剤の輸血が繰り返し必要になるが、血小板は凍結や冷凍保存ができない。そのため、安定供給は解決策が見いだせない課題だった。iPS細胞による血小板生産システムが作れれば、現行の血液バンクを補完できると期待される。
江藤氏らは現在、文部科学省の「再生医療実現化ハイウェイ」の研究テーマとして採択されたのを機に、患者本人の細胞からiPS細胞を作製し、それから誘導した血小板を投与するという臨床研究の検討に着手している。対象と想定しているのは、血小板輸血を繰り返し必要とするが、HLA型や血小板抗原の不適合などにより輸血に最適な血小板の確保が難しく困っている患者だ。
ヒトiPS細胞から作製した血小板の安全性と有効性はマウスでは検証済み。今後数年でウサギなどでも安全性と有効性を検証し、順調に進めば4〜5年後には患者への投与を始める見込みだ。
もっとも、「安全性確保のハードルが低いことは利点だが、投与が繰り返し必要となることが難点」と江藤氏。血液バンクの補完という位置付けの規模での実用化となると、患者本人のiPS細胞からその都度作るという手法ではまず追いつかない。そこで、今後構築される予定のiPS細胞バンクとも連携し、HLA型が異なる複数の種類の血小板を大量生産できるシステムの確立が必要となる。
臨床研究の準備と並行して江藤氏は、生産技術の効率化に向けた研究とともに、薬事法に法った開発を進めるため、企業との連携の道も探っている。山中氏もノーベル賞受賞後の講演で「大量培養技術などを持つ企業にもぜひ協力してほしい」と述べ、iPS細胞由来の血小板の実用化の実現性への期待と課題に言及している。
卵子・精子
生殖のメカニズムを解明、不妊症の克服にも一役
「マウスを使って得た知見で、ヒトiPS 細胞からの精子や卵子の誘導を成功させたい」と話す京大の斎藤通紀氏。
iPS細胞は、不妊症の克服にも重要な役割を担うと期待されている。京大生体構造医学講座教授の斎藤通紀氏らの研究グループは最近、ヒトiPS細胞から精子や卵子を分化誘導する研究に着手した。
従来、哺乳類において、精子や卵子の基となる始原生殖細胞が形成されるメカニズムは、ほとんど分かっていなかった。ハエや線虫ではある程度分かっていたものの、哺乳類のそれとは大きく異なる。
仮に、試験管内で哺乳類の始原生殖細胞や精子、卵子を作製できれば、メカニズムが解明できるのではないだろうか――。斎藤氏らはこれまで、マウスES細胞やマウスiPS細胞から始原生殖細胞を誘導し、精子、卵子を作製する研究を進めてきた。
具体的には、マウス始原生殖細胞ができるまでに働く遺伝子などを解析し、Blimp1と呼ばれる転写因子やPrdm14という転写制御因子の遺伝子が始原生殖細胞特異的に発現することを発見。こうした研究成果を基に、マウスES細胞やiPS細胞に複数の転写因子などを添加して培養を進め、始原生殖細胞のような細胞を誘導できるようになった。
人工的に誘導した始原生殖細胞は、マウスの精巣に移植すると精子に分化。それを通常の卵子と体外受精させて子宮に戻すと、健常なマウスが生まれた(図2)。同じように誘導した始原生殖細胞を、マウスの卵巣から採取した体細胞と一緒に培養した後、卵巣に移植すると未成熟な卵子となった。その卵子からも、体外受精で生殖能力を持ったマウスが生まれた(図2)。http://medical.nikkeibp.co.jp/mem/pub/report/201211/images/large_527629_fig2-2.jpg
図2 マウスiPS 細胞から精子と卵子を作製しマウスを得るまでの流れ 斎藤氏らはマウスiPS 細胞から誘導した卵子、精子について、通常の精子、卵子とそれぞれ体外受精を実施し、生殖能力のあるマウスを得た。(写真提供:斎藤氏)*画像クリックで拡大します。
「この研究を始めて約10年。哺乳類の精子や卵子が形成されるメカニズムを再現できるようになったことで、不妊の原因となる遺伝子などが徐々に明らかになってきた」と斎藤氏は話す。
斎藤氏は現在、これまでの研究成果に基づいて、ヒトiPS細胞から精子や卵子を誘導する研究に主眼を置いている。成功すれば、不妊症のメカニズム解明にもつながると期待される。
ただし、ヒトiPS細胞から精子や卵子を誘導することは簡単ではなさそうだ。ヒトとマウスとでは、ES細胞やiPS細胞の性質が違うほか、培養条件も異なる。マウスと同じ手法では精子や卵子ができない可能性が高い。
さらに、iPS細胞から誘導した精子や卵子を受精させる研究までとなると、倫理的な問題も避けて通れない。無精子症などの深刻な不妊症患者にとって、一縷の望みとなりそうな研究ではあるが、技術開発とは別に社会的な議論が求められることになるだろう。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201211/527564.html
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