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虐待を受けた子どもの傷 遺伝子にはどのように残るのか
2012年 5月 13日 23:41 JST
記事
子どもの頃に受けた虐待はおそらくその後の人生にも影響する。その悪影響がDNAにまで及ぶらしい。最近発表された2つの研究によって、虐待を経験した人の遺伝物質に変化が生じたという証拠が発見された。将来の健康に影響を与える形での遺伝子発現の変更を研究する学問である「非遺伝」疫学の分野は、いまだに謎が多く、今後もさまざまな発見が期待される。今回の2つの研究結果はその氷山の一角だ。
John S. Dykes
人生で経験したことは遺伝子の形に影響を及ぼすのか
標準的な理論によると、遺伝子は変化しないことになっている。だからこそ、人は遺伝子を自らの過ちによって傷つけずに、次の世代に伝えることができる。しかし今では、遺伝子には少なくとも、人が人生で経験してきたことの痕跡を取得する能力があり、遺伝子の発現量に影響していると考えられている。
アブシャロム・カスピ博士とテリー・モフィット博士が米デューク大学と英キングズ・カレッジ・ロンドンの同僚と行った研究では、1994年から1995年にかけて生まれた英国人2200人について誕生時から追跡調査を行い、染色体の末端部分であるテロメアの配列を観察した。テロメアには DNAコードの文字の反復配列が含まれているおり、生物学的な老化を示す時計のように、反復数は年とともに減少する。
心理的なストレスによってテロメアが浸食されるスピードが速まり、時計が早く進む可能性のあることがこれまでの研究によって明らかにされ始めていたが、上記の研究は被験者の虐待の記憶に依存するところが大きかった。その後、米チューレン大学のステイシー・ドルリー博士らはルーマニア・ブカレストの児童養護施設にいた子どものテロメアが里親の下で育てられている子どもと比べて短かったことを発見した。
デューク大学の研究者は5歳から10歳までの子どもについて、いじめられたり、たたかれたり、母親とそのパートナーの間で起きた暴力を目撃したりした経験がテロメアの長さにどれだけ影響したかを測定した。追跡調査を行っている英国人からは血液サンプルを採取していたため、暴力を経験する前と跡のテロメアの長さを比較することができた。平均して、暴力を経験した子どものテロメアはその他の子どもよりも速く短縮した。
しかし、何人かのケースではテロメアは実は長くなっており、テロメアの謎は深まるばかりだ。モフィット教授によると、次の段階では記憶の変化や炎症、免疫機能、虫歯などを測定して被験者のその後の健康を評価するという。
バトラー病院(ロードアイランド州プロビデンス)のオードリー・ティルカ博士らが今年発表した別の研究によると、子どものころに親を亡くしたり虐待を受けたりした場合、成人になってからストレス反応に関連する遺伝子に近い数カ所について「メチル化」が進んでいたことが分かった。メチル化とはDNAの1つの文字にメチル基が付加されることで、隣接する遺伝子の活動を抑制する傾向がある。バトラー病院の研究が示唆しているのは、子どものときに受けた虐待を思い出す成人はストレスホルモンであるコルチゾールに反応するシステムの中のある主要遺伝子の活動が抑制された可能性がある、ということだ。これは不安やうつの増加と関係している可能性がある。
こういった研究が後成的遺伝学の初期の研究として行われている。科学者の仕事とは暗闇の中に何枚のコインが落ちているかも知らないまま街灯を頼りにコインを見つけるようなものだ。メチル化がゲノムのどこで起きているかを示す地図であるメチロームが議論されているが、こういった多くの変化の原因と影響についても、ヒストン修飾のようなその他の後成的な影響についてもほとんど何もわかっていないとくぎを刺す向きもある。
しかし、幼少期のひどい経験とその後の健康状態の悪さを関連づけることができたと仮定できたとして、それがなんだというのか。後成的遺伝学とは決定論で語られてきた遺伝子と操作することができる環境を昔から分けてきた垣根(常に誤解されやすい垣根でもある)を取り払うものだ。幼少期の経験によって運命が決定されるというのは、遺伝子によって運命が決定されることと大差はない。経験が遺伝子を変化させる役割を果たすのであれば、遺伝子と環境を分ける垣根は消えてなくなる。
しかし、幸運なことに、医学の進歩のおかげで、遺伝子決定論は必ずしも一生のものではなくなっている。近眼の人が眼鏡をかけたり、発育障害のある人が成長ホルモンの投与を受けたりする例がそれを証明している。同じことが後成的決定論にもほぼ間違いなく当てはまるだろう。仕組みを理解すれば可能な解決策が生み出されるはずだ。
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