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我々が勝つか、コレラが勝つか 患者は去年の10倍、飢餓地帯での大流行と戦う
2011年10月18日 火曜日
國井 修
ソマリアで今、コレラが流行している。
首都モガディシュにある病院のコレラ病棟
コレラとはコレラ菌に汚染された水や飲食物を食べたり飲んだりして感染する伝染病だ。病原菌を口に入った後、早い場合は数時間で腹部に不快感を感じ、突然下痢と嘔吐が始まり、その症状がどんどん悪化していく。重症化すると血圧が低下してショックに至り、治療をしなければ死亡率が5割以上、時に8割に及ぶこともある。
コレラの発祥はガンジス川下流と言われるが、感染力が強いため、ヒトやモノの移動と共に拡がり、これまで7回もの世界的大流行があった。日本にも江戸時代や明治時代に何度か大流行し、1度に10万人以上が死亡したとの記録もある。「コロリと死んでしまう」ことから「ころり(虎狼痢)」と呼ばれ、人々から恐れられていた。
コレラで怖いのは大量の下痢とそれによる脱水。米のとぎ汁のような下痢がひどい時には成人で1日20リットル以上、重さにして20キログラム以上が体内から排泄されることもある。あまりに下痢の頻度と量が多いので、ベッドのお尻の部分に穴を開け、下にバケツを置いて下痢便を垂れ流しにする「コレラベッド」というのがある。
重症患者を救うには、体外に急速に流出する大量の水分や電解質を、点滴ではなく滝のように輸液を流しながら補わなければならない。1日に1人当たり何十本もの輸液を必要とすることもある。放置すればどんなに恐ろしい病気か想像がつくだろう。
大学生時代、インド旅行中にコレラにかかった
私も大学生時代、インドに旅行中にコレラにかかったことがある。水を飲んでも飲んでも下から出ていくので、ベッドで横たわることができず、便器を抱えながら数日もがき苦しんだ。病院に行こうにも、体力がなくなり歩けなくなった。自分の顔を鏡に映すと、極度の脱水症状で目が落ち窪み、頬がこけていた。コレラになった時の症状として医学の教科書に書いてあった「コレラ顔貌」そのものであった。
実は、ソマリアでのコレラ発生は今に始まったことではない。流行(epidemic)と呼ばなくとも毎年のように散発(sporadic)し、常在(endemic)している場所もある。
しかし、今年の流行はいつもと違う。モガディシュ最大の病院で調査すると、コレラの疑いのある急性水様性下痢症の患者数は今年になって8カ月間で5500例以上。旱魃が悪化してから急増し、去年の同じ週に比べると約10倍に増加。その約7割が5歳未満の子どもであった。
この大流行の背景には次の3つの要因が考えられる。
栄養失調とコレラを合併した子ども
1つは栄養失調。実を言うと、コレラ菌を飲み込んでも、栄養状態、健康状態がよければ無症状または軽い下痢で済んでしまうことも多い。例えば1000個程度のコレラ菌が侵入しても、胃酸が正常に分泌していれば菌は胃で死滅してしまい、小腸で定着・増殖して毒素を出すことはない。
しかし、病原菌が栄養失調の体内に入ると、胃酸の分泌、さらに免疫力が低下しているので、病原菌は増殖しやすく、大量の毒素を出して、重症化し、死亡する確率も高くなる。研究によると重度の栄養失調の場合、健常人に比べて下痢症による死亡率が12倍に上昇するとの報告もある。
2つ目はコレラが常在する不衛生で過密した環境への人口の移動である。
飢饉のため、多くの遊牧民・農民が自らの土地を離れ、生活の糧や援助を求めて都会や避難民キャンプに逃げ込んだ。首都モガディシュとその近隣アフゴエ回廊には推定で100万〜200万人がいると推定されている。旱魃以前から、戦闘や自然災害によって70万人以上がテントや廃墟になった建物などで避難生活をしていたが、旱魃が進んだ3カ月間でモガディシュだけでも4万人以上が地方から流入したと言われている。
この多くが、コレラがほとんど流行してなかった辺地から、コレラが常在または流行している都会や街への移動だった。菌に対する免疫がない人々は罹患しやすく、また重症化しやすい。また、都会の避難民キャンプは人口が極めて密集し、衛生環境は極めて悪い。このキャンプ自体がコレラ流行の巣窟になっている可能性もある。
近年では、2010年1月に発生したハイチの大地震が、コレラによる大惨事の引き金を引いてしまった。ハイチではここ半世紀以上コレラが発生していなかった。つまりコレラに対する免疫を持っていない人々がほとんどであった。ここに、皮肉にも地震の緊急支援によって海外から病原菌が持ち込まれた可能性がある。それが瞬く間に、不衛生で過密な避難民キャンプ、スラムなどを通じて広がり、約1年間で40万人以上が感染、うち6000人近くが死亡する大惨事に発展した。
寄贈粉ミルクが死亡率を高める皮肉
3つ目の流行の要因は、人々の衛生・保健に対する知識と行動、さらに医療サービスである。
コレラに汚染された水でも、煮沸、塩素消毒し、トイレの後、食事の前に手洗いを励行すれば、コレラの感染流行はかなり抑えられる。また、生後6カ月までの完全母乳育児、2歳までの母乳育児の継続もコレラへの感染また重症化の予防にもつながる。しかしながら、このような衛生・保健に対する正しい知識は人々にはほとんどなく、不適切な衛生・保健行動がはびこっている。
不衛生な病棟で放置されたコレラの子どもにたかるハエ
特に、ソマリアでは乳幼児に汚ない水を飲ませることが日常的に行われている。病原菌に対する免疫力のない赤ちゃんにわざわざ病原菌を飲ませているようなものである。
さらに、旱魃、飢餓と聞いて、子どもに粉ミルクを寄付する援助団体や企業、国があり、実際に避難民キャンプなどで配布されることがある。よかれと思って寄贈された粉ミルクだが、実は子どもの死亡をかえって上昇させてしまうことが研究で明らかになっている。
その理由として、特に緊急時には安全な水が入手しにくいこと、水や哺乳瓶などを煮沸消毒する燃料が入手しにくいこと、ミルクが残ってそれを常温で数時間放置すると病原菌が繁殖してしまうこと、粉ミルクには母乳に含まれるような感染症を予防する免疫成分などが含まれないこと、などが挙げられる。支援した粉ミルクが子どもを死なせているとはなんとも皮肉である。
医療サービスが不足していることも問題で、子どもがコレラになっても、医療機関まで半日以上歩かなければならない、医療機関に行っても輸液や抗生物質などの医薬品がない、医療スタッフが十分な訓練を受けていない、などによりコレラの流行が拡大し、死亡率が高まってしまうのである。
このようなコレラの流行を放置しておいたらどうなるか。
コレラの伝播力は半端ではなく、特に免疫力のない人々の間で流行すると瞬く間に広がる。これまで世界で7回の大流行が確認されているが、1991年1月に南米ペルーに上陸したコレラは1カ月以内に1300キロメートル以上に拡大した。今回も放置しておくと、難民の流出と共にソマリア国境を越え、エチオピア、ケニア、ジブチなど隣国に拡がる恐れがある。実際に、ケニア側、エチオピア側のソマリア難民キャンプではコレラ様の急性水様性下痢を示すケースも増えてきた。
ではどうすればいいのか。現在、以下のような対策を行っている。
空路・陸路・海路総動員、医薬品を届ける
まずはコレラ対策の具体的な戦略と行動計画が必要だ。どのくらいのコレラ患者が発生するかは誰も予測できない。しかし、各地で爆発的流行が起こってからでは医薬品の調達などが間に合わず、多くの死者を出してしまう可能性もある。
過去の国内外でのコレラ流行、リスクの高い地域への人口の移動などを鑑みて、どの地域でどのくらいの患者が発生するか、その中で重症患者、入院を必要とする患者は何人で、外来で治療できるのは何人か。これらの患者を治療するには、どの地域にどのくらいのコレラ治療センター、経口補液治療コーナーなどを設置する必要があり、輸液、抗生物質、経口補液剤、亜鉛剤などをどれくらい調達・配布する必要があるかなどを想定し、計画的に備えなければならない。
具体的には、2007年にソマリア国内で発生した6万7000人のコレラ流行や、ハイチでの大流行の疫学データ、さらに今回の栄養失調率などのデータを基に、流行リスクの高い場所ではコレラ患者発生率(Attack rate)を2〜3%、流行リスクが中程度の場所では0.5%とし、ソマリア全体で10万人のコレラ患者を想定した。
うち、35%は輸液を中心とした入院治療、ほかは外来で主に経口補液剤や亜鉛剤を中心とした治療が必要として調達すべき医薬品や治療センター・ユニットを算出した。例えば、避難民の多いモガディシュには重症患者を対象としたコレラ治療センターを10カ所以上、軽症・中等度の患者を対象とした経口補液治療ユニットを100カ所以上設置する計画を立てた。
特にユニセフは大部分の現地の医療機関およびNGO(非政府組織)から必須医薬品の供与を期待されているので、この計算を基に物資を調達し、各医療機関およびNGOへの配送計画を立てなければならない。戦闘地域や武装勢力が占拠していて輸送が困難な場所もあるが、空路・陸路・海路などあらゆる手段で、地域リーダーなどの協力も得ながら、末端の医療機関に届けているところである。
内戦で多くの医師や看護師が海外に流出
次に重要なのが、コレラ治療に対するガイドライン作り、さらにそれに沿った医療スタッフ、地域保健員のトレーニング。栄養失調を合併したコレラの治療についてはこれまでいいガイドラインがなかったため、ハイチで活躍した専門家などと連絡を取り合いながら、栄養専門家と医療専門家との間で議論しながら作成した。
特に、重度の栄養失調の子どもではコレラによる脱水の診断を誤ることがある。栄養失調では電解質バランスが崩れ、循環機能も落ちているため、必要以上の輸液を行うことが返って命取りになることもある。適切に治療すれば100人のコレラ患者のうち99人を救うことができるのだが、不適切な治療によって死亡を増やしてしまうことになる。
ソマリアでは内戦を逃れて多くの医師や看護師が海外に流出してしまった。十分な教育を受けていないわずかな人材でこれまで医療サービスを支えてきた。この緊急事態でその数を急増させることはできないが、彼らにトレーニングをしっかり行うことで、コレラ患者の生存率を高めることはできる。
この医療者のトレーニングは我々の手だけでは足りないので、コレラの研究、治療、トレーニングで世界的に有名なバングラデシュ国際下痢性疾患研究センター(ICDDR,B)から専門家チームを招き、ソマリア国内で実践的な下痢症治療のトレーニングを実施した。
今、戦いの途中である
多くの機関・組織、そして主要なセクターが協力し合わなければコレラ大流行には対応できない。協力体制作りにも力を注いでいる。特に私が所属するUNICEF(国連児童基金)とWHO(世界保健機関)が中心となり、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)や様々な国際および現地NGOなどと毎週のように会合を開いて様々な形で協力・連携を強化している。
ここで重要なのは役割分担の明確化。例えば、UNHCRは難民キャンプでの患者数や死亡数などの情報収集と対策に関する全体調整、WHOは感染症情報収集と分析、UNICEFは水・衛生対策、医薬品の調達・供給、病院・診療所スタッフのトレーニング、NGOは病院や避難民キャンプでのコレラ治療センターの立ち上げなど、それぞれの強みを生かした役割分担を行っている。
多くの地元のNGO、地域リーダー、地域組織の協力も必要だ。我々は50以上のNGOと提携し、また地域保健員の協力も得ながら、コレラの治療のみならず、水・衛生対策を含めた予防活動も行っている。旱魃の影響を受け、約400万人が住むソマリア南部全体でコレラ流行のリスクはあるが、特にリスクの高い150万人には早急に安全な水を送り届けなければならない。
飢餓地帯でのコレラ流行。我々が勝つか、コレラが勝つか。
世界にはコレラに勝てる知識も技術も薬も資金もある。それをソマリアに振り分けられるかどうかが鍵。
今、戦いの真っ只中である。
このコラムについて
終わりなき戦い
国際援助の最前線ではいったい何が起こっているのか。国際緊急援助で世界を駆け回る日本人内科医が各地をリポートする。NGO(非政府組織)やUNICEFの一員として豊富な援助経験を持つ筆者ならではの視野が広く、かつ、今をリアルに切り取る現地報告。
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著者プロフィール
國井 修(くにい・おさむ)
國井 修国連児童基金(UNICEF)ソマリア支援センター 保健・栄養・水衛生事業部長
1988年自治医科大学卒業、公衆衛生学修士(ハーバード大学)、医学博士(東京大学)。内科医として勤務しながら国際緊急援助NGOの副代表として、ソマリア、カンボジア、バングラデシュなどの緊急医療援助に従事。国立国際医療センター、東京大学、外務省、長崎大学・熱帯感染症センター、UNICEF ニューヨーク本部、同ミャンマー事務所などを経て現職。これまで、110カ国以上で緊急援助、開発事業、調査研究、教育に関わった。
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