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がん細胞の誕生と転移、そして治療の可能性
おさらいをしておきます。がんは、ある臓器にできた、たった1つの異常な不死細胞が、免疫の攻撃をかいくぐって生き残った結果できるものです。
この細胞がつぎつぎと自分と同じ不死細胞をコピーしていき、どんどん大きくなります。ただし、実際に検査でわかるような「がん」になるまでには10~30年かかることが普通です。
がんは、自分が生まれた臓器から栄養を奪い取って成長しますが、やがて住処(すみか)が手狭(てぜま)になると新天地をもとめて移動したがります。これを水際で捕える「関所」のようなものがリンパ腺(リンパ節)です。
さらに、がん細胞の中には血液のなかに泳ぎだして、新大陸である別の臓器をめざす不埒者(ふらちもの)もいます。こうなると治癒(ちゆ)はむずかしくなります。まだ血液の海を渡って他の臓器に転移していない状態、つまりリンパ腺にとどまっている場合であれば、治癒の可能性は残ります。
鳥かごと鳥
がんは、限られた栄養を、正常細胞とがん細胞とが奪い合う一種の「椅子(いす)とりゲーム」のようなものです。
ただ、ふつうの椅子とりゲームとちがって、がん細胞の数がどんどん増えていくので、ゲームを続ければ続けるほど、正常細胞にとって椅子の確保がむずかしくなる。
しかし、ゲームのルールは単純ですから、がんは物理的・数学的にとらえることができる。つまり、物理法則に相当する「公式」が成り立つのです。
その公式の1つとして、転移をしてしまったがんは、大腸がんの肝臓転移(本当の意味での全身転移とは言えません)など一部例外はあるものの、基本的に治癒しにくいという点があげられます。
血液のなかにがん細胞が流れ込んで、他の臓器に転移するわけですから、1ヶ所にだけ転移することはまれです。植民地を世界中に作って、五大陸に進出していったかつての西洋諸国と同じです。
がんの転移があれば、その際の治療は、全身にばらまかれたがん細胞に対するものになりますから、全身的な治療、つまり抗がん剤が治療の中心になります。しかし、残念ながら、強い抗がん剤を使ってもがんが完治(かんち)する可能性は低く、治療の目的は延命となります。
これを「鳥かごと鳥」にたとえてみます。早期のがんの治療は、鳥かごの中の鳥を捕まえるようなもので、比較的簡単です。
リンパ腺にまで転移したようなある程度進行したがんは、鳥が鳥かごから出て、部屋の中を飛び回っている状態です。鳥かごに入っているときよりは大変ですが、がんばれば捕まえられるでしょう。
転移したがんは、鳥が部屋の窓から外に出て行ったようなもの。鳥を捕まえることはむずかしくなります。
それでも、たまたま鳥が部屋に戻ってくる可能性はゼロではありません。気がついたら、鳥が自分からかごのなかに入っていることだってあり得なくはないでしょう。これが、末期がんからの「奇跡の生還」です。
がんが治るかどうかは、最終的には確率的なものですので、奇跡はつねに起こり得る。その意味で、大逆転の希望はいつも失われませんが、それでも外に出て行った鳥がかごに戻ってくるような奇跡は、望んで得られるものではありません。転移したがんはこれと同じで、治らない確率が高い状態、というのが正確な表現です。
がん治療の3つの基本──手術・放射線治療・化学療法
さて、現代医学において、がんの治療として、はっきりと効果が証明されているのは、手術・放射線治療・化学療法の3つです。
@【手術】は、ある臓器にとどまっているがんとまわりのリンパ腺をメスで切り取ってしまう治療法です。がんの組織だけを切ろうとするとがん組織を取り残す心配がありますので、普通はがん組織のまわりの正常な組織も含めて切除します。
がん細胞を完全に切除できれば、がんは完治することになります。たとえば早期の胃がんで転移がない場合は、手術療法でまず100%治すことができます。ただし、切り取った部分以外にもがん細胞が存在すれば、再発の可能性が残ります。
A【放射線治療】は、臓器にできたがんにだけ、あるいは、予防的にそのまわりのリンパ腺などをふくめて放射線をかける治療です。
ある決まった範囲(数ミリ程度の場合もあります)にだけ影響を与えるので、手術と同じ局所治療です。
B【化学療法=抗がん剤治療】は、抗がん剤などの化学物質を点滴や飲み薬の形で投与するもので、化学物質が全身に行き渡る点で、手術や放射線治療と異なります。
全身に転移がある状況では、(手術や放射線治療などの)局所治療ではダメですので、理屈の上では唯一効果のある治療法です。
しかし、ほとんどのがんで完治するためには、局所治療である手術か放射線治療か、どちらかが必要なのです。逆に言えば、化学療法だけで治るがんはまずありません。
クルマ選びとがん治療
手術・放射線治療・化学療法のうち、日本ではなんといっても手術ががん治療の代名詞でした。医師に「がんです」と告知されると、次は「先生、切れるのでしょうか?」というのがおきまりの台詞(せりふ)だったのです。そして、切れれば大丈夫、切れなければ絶望、というのがこれまでのがん患者さんのお気持ちでした。
しかし、これは日本独特の風習にすぎません。欧米では、自分のがんをいかに楽に、安く、的確に治療するのがよいか、患者さんが主体的に考えるのです。
特別なことではありません。クルマ選びと同じです。クルマを買うときには、いろいろなカタログを集めて比較するものです。セールスマンが「このクルマがいいから買いなさい」などと言ったらどうでしょう。きっと「オレのクルマなんだから、オレが決める!」と腹が立つはずです。がんも同じ。がん治療は自分で選ぶ時代が来ています。
がんにもいろいろある
「がん」は1つひとつ違います。がんと言っても千差万別(せんさばんべつ)なのです。 「がん」という言葉は、がんが、結核・エイズ・心筋梗塞(しんきんこうそく)などと同じ、1つの病気であるという誤解を与えます。
しかし、がんは千差万別で、治癒率が99%のがんも、0%に近いがんも存在します。どちらも同じく「がん」と呼ばれますが、患者さんの立場からすれば、とても同じ病気にはみえないはずです。
がんはDNAのコピーミスが原因ですので、1つとして同じがんは存在しないのです。しかも、がん細胞は、どんどん突然変異をくりかえして性質が変わっていきます。ですから、すべてのがんはそれぞれに違った、「世界に1つだけの」病気なのです。
しかし、どの臓器からできたものかによって、がんの性質はおおよそ決まります。たとえば、タチの悪さで言えば、@膵(すい)がんA肝臓がんB肺がんC乳がんD前立腺がんE甲状腺がんの順で、番号が小さいほどより悪質です。
がんの完治は定義できない
さて、驚かれるかもしれませんが、実はがんの「完治」にはっきりした定義はありません。
結核や肝炎などの感染症であれば、細菌やウイルスがカラダのなかから消えれば完治を意味します。
しかし、がんの場合には、なにせ(だれのカラダの中にも)毎日5,000個ものがん細胞が新たに発生していることもあって、がん細胞がカラダから完全になくなることはありません。
乳がんや前立腺がんなどでは、治療後20年以上経ってがんが再発することもあるのです。この場合、過去に治療を行った同じがん細胞が再発するわけですが、カラダのどこに潜んでいるのかよくわかっていません。
しかし普通は、治療後5年間再発しなければ、まず大丈夫だろうと考えて、5年生存率(がん治療から5年経った時点で患者さんが生きている確率)を治癒率として使っているのです。ただし、乳がんや前立腺がんでは、10年生存率をもって治癒率と考えることが一般的。
繰り返しますが、がんが完治したと100%断言することは不可能です。がんの治癒とは、「再発しない確率が非常に高くなった状態」と考えるしかありません。
検診に向くがん、向かないがん
がんは、一まとめにできない病気ですので、早期発見・早期治療がすべてではありませんし、検診が常に有効とも言えません。
たとえば、90歳の男性が検診で「早期」の前立腺がんを発見して手術を受けたとしましょう。早期の前立腺がんが実際に症状を出すには、30年以上かかると言われますので、この患者さんの場合、治療をせず様子を見るのが賢明です。検診がマイナスに作用する例です。
一方、膵臓(すいぞう)がんのような進行の早いがんを検診で見つけるには、毎月検診を受ける必要があります。検診に向いているがんはそれほど多くないのです。
しかし、大腸がん・子宮頸(しきゅうけい)がん・乳がんは検診の有効性が国際的に証明されていて、受けないのは損です(乳がんの場合は触診だけでなく、マンモグラフィーという乳がん専用のレントゲン検査が必要です)。
検診の有効性がはっきりしているがんなのに、受診率が低い。これは残念です。「検診向き」、つまり検診を受けることが有効ながんの受診率を上げる必要があります。
告知されたら
さて、がんと告知されたときの心構えは、まず情報を集めること。「即入院・即手術」などと言われても、医師に病状などメモを書いてもらい、一度家に帰ることです。
実際、たった1つの細胞から始まって、数センチのがんに育つまでには、10年、20年以上の年月がかかる。あわてる必要はありません。じっくり情報を集めて、正しい戦略を立てるべきです。その上で、別の医師からも話を訊く「セカンド・オピニオン」をお勧めします。
すでにご説明したように、がんを完治させるには、手術か放射線治療が必要です。多くの患者さんは外科で診断を受けるでしょうから、セカンドオピニオンの相手は、放射線治療の専門医が最適だと思います。
最後に、インターネットについて。便利で手軽ではありますが、金銭目的のサイトもあり、注意が必要です。その点、以下のがん情報サイトは信頼できますので、ぜひ参照し、うまく利用されるとよいと思います。
▼国立がん研究センターがん対策情報センター「がん情報サービス」
http://ganjoho.ncc.go.jp/public/index.html
▼がん研有明病院「がん・医療サポートに関するご相談」
http://www.jfcr.or.jp/hospital/conference/index.html
▼がん情報サイト
http://cancerinfo.tri-kobe.org/
放射線の効用
放射線治療の特長は、がんを切らずに治し、臓器の機能や美容を保つ点にあります。例えば喉頭(こうとう)がんは、手術でも放射線治療でも治癒率は変わりませんが、選択されるのは放射線治療です。手術をすれば声を失うからです。
乳がんは、かつて乳房とその下の筋肉を根こそぎ切り取る手術が主流でした。しかし今は、腫瘍(しゅよう)の周辺だけをえぐって取り、乳房全体に放射線をかける「乳房温存療法(にゅうぼうおんぞんりょうほう)」が主流です。
直腸がんが肛門の近くにできると、手術後に人工肛門となる可能性がありますが、手術前に放射線をかけることで、その可能性を減らすこともできます。
喉頭がんや直腸がんは臓器の機能を温存する治療例、乳房温存療法は美容を保つ治療例です。
放射線治療は、多くの場合、1ヶ月程度の通院ですが、一回の治療は数分で、患部の温度は2,000分の1度くらいしか上がりません。
なぜ2,000分の1度というわずかなエネルギーでがんが消えるのでしょうか? このわずかなエネルギーでもがんのDNA(遺伝子の本体)が切断されるため、がん細胞の分裂と増殖がうまくいかなくなるのです。
また、免疫(めんえき)のしくみが、がん細胞を異物(敵)として認識できるようになることも大きい効果です。このため、がんが免疫細胞に攻撃されてしまう。放射線は「一種の免疫療法」という側面もあるのです。
また、放射線治療では、がんに放射線をできるだけ集中することが大事です。仮に、完全にがん病巣部にだけかけることができ、周りの正常の細胞には放射線が全く当たらないようにできれば、放射線を無限にかけることができ、100%がんは治ることになります。
こうした発想はかつては机上(きじょう)の空論でしたが、現在ではけっして夢物語ではなくなってきています。
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