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大人も子供も、甲状腺がんの治療では、37〜74億Bq の放射性ヨウ素を投与して内部被曝させて治療する
そのような生死を賭けた患者の戦いを見てきた中川准教授から見れば、100ベクレルで恐れ慄いている人々は、神経症に見えるのだろうな
http://tnakagawa.exblog.jp/i6
がんの放射線治療──その3 放射性ヨウ素内用療法
福島第一原発の事故により、野菜や水道水に放射性ヨウ素(I-131)が検出され、大きな話題となりました。原発から大気中に放出されたI-131が、風に乗って各地に運ばれ、さらに雨と一緒に、畑や河川に降ったことが原因です。
I-131による「内部被ばく」で、がん、とくに甲状腺のがんが増えるのではないかという無用の懸念も広がりました。
たしかに、チェルノブイリでは、住民の避難や食品規制の乱れなど、不適切な対応があり、小児の甲状腺がんが増加しました。これまでの原発事故で、がんの増加が認められた唯一の例が、この甲状腺がんです。(放射性ヨウ素について4/8まとめも参照ください)
しかし、逆に、同じI-131が甲状腺がんの治療に利用されることもあります。私たちのチームでも、I-131を使った甲状腺がんの治療を年間、60-70名ほどの患者さんに行っています。
私たちのカラダは、おもに、水素、炭素、窒素、酸素といった“軽め”の元素からできています。原子番号で言えば、水素=1、炭素=6、窒素=7、酸素=8といった具合です。この点、ヨウ素は例外で、原子番号=53と、“重い”元素です。そして、体内にはほとんど存在しません(成人でわずか15-20mg)。
人間のカラダのほとんどの細胞は、ヨウ素を利用することはありませんが、甲状腺の細胞だけは、甲状腺ホルモンの合成のためにヨウ素を必要とします。
この甲状腺ホルモンは、細胞の代謝を促進します。車にたとえると、アクセルの役割を果たすホルモンで、進化的にみても、魚類以降のすべての脊椎動物に欠かせないものです。ちなみに、オタマジャクシからカエルへの“変態”を起こさせるのも、甲状腺ホルモンです。
甲状腺ホルモンの分子を1つ作るのに、3個もしくは4個のヨード原子が必要です。甲状腺の細胞は、ヨウ素を取り込み・貯蔵する機能を持っているのです。甲状腺の細胞だけがヨウ素を細胞内に取り入れるという性質を、がん治療に応用したものが「放射性ヨウ素内用療法」です。
なにやら、難しそうな治療ですが、実は非常に単純で、I-131を小さなカプセルに入れて、患者さんに口から飲んでもらうというものです。
元素は、“放射性”であろうとなかろうと、生体内の振る舞いなど、物質としての性質は変わりません。甲状腺細胞にとっては、I-131と通常のヨウ素(I-127)を区別はできないため、I-131を投与すると、通常のヨウ素と同じように、甲状腺細胞に取り込まれることになります。
どの臓器のがんでも言えることですが、がん細胞は、自分が生まれた臓器の細胞としての性質を受け継いでいます。甲状腺がんの細胞は、正常の甲状腺細胞から発生しますから、もともとの性質、つまり、ヨウ素を細胞内に取り込むという性質を持っています。投与されたI-131は、甲状腺のがん細胞内にも蓄積されることになります。
しかし、“甲状腺出身”だといっても、甲状腺がんの細胞は、甲状腺の正常細胞ほど、“本来の”機能を保持してはいません。日本生まれでも、長く海外で暮らすと日本語が下手になるようなものです。
甲状腺がんの他に、正常な甲状腺の組織が残っていると、投与されたI-131の大半が、甲状腺細胞に取り込まれてしまい、がん細胞への蓄積が見られず、“抗がん効果”も期待できません。このため、放射性ヨウ素内用療法は、手術で甲状腺を“全摘”した患者さんが対象となります。また、I-131のカプセルを飲む前に、海藻などの摂取をひかえる「ヨウ素制限」を行います。甲状腺がんの細胞が、ヨウ素に“飢えた“状態にしておくためです。
この3月後半に、メディアなどで、「安定化ヨウ素」が話題になりましたが、これは、放射線を出さないヨウ素(I-127)を製剤化したもので、甲状腺細胞を“満腹”にしておき、I-131を取り込まないようにする「被ばく予防法」です。
I-131は、主に、飛程(注1)が数ミリの「ベータ線」(ウィキペディアリンク)を放出します。I-131が、甲状腺がんの細胞に取り込まれれば、がん細胞だけが、“選択的に”、かつ、“内部から”攻撃を受けることになります。甲状腺がんだけを“ピンポイント”に照射できるのです。
注1: 飛程とは、ベータ線が物質(ここでは甲状腺)にぶつかってから、完全に停止するまでの距離のことです。I-131(放射性ヨウ素131)から出るベータ線の場合、その飛程は約2mmです。
I-131によって、小児の甲状腺がんが増え、同じI-131でその甲状腺がんを治療することもあるわけです。なんだか、考えさせられます。
また、I-131内用療法は甲状腺がんの他に、バセドウ病(甲状腺機能亢進症〔こうじょうせん・きのう・こうしんしょう〕)の治療にも使用されます。バセドウ病は、甲状腺細胞の働きが活発になりすぎて、甲状腺ホルモンが必要以上に産生されておこる病気です。
バセドウ病では、内科的治療(注2)が、まず行われますが、うまくいかない場合、I-131を甲状腺細胞に取り込ませて適度のダメージをあたえ、作られるホルモンの量を調整するか、手術で甲状腺を切除します。日本では、手術されるケースの方が多いのですが、海外では、I-131内用療法の方が一般的です。
注2: 内科的治療では、メルカゾールなどの抗甲状腺剤を併用します。1か月くらいで自覚症状は良くなりますが、長期間継続して服用する必要があります。白血球の数が低下するなどの副作用で服用を続けられない場合もあります。
なお、I-131内用療法で使われる放射線の量ですが、甲状腺がんの治療では、3.7〜7.4 GBq(1 GBq=1,000,000,000 Bq=10億Bq)を投与しています。これは、福島第一原発で問題となっている、I-131の飲料水1kgの暫定規制値300 Bqと比べて1千万~2千万倍に相当します。(水の量で言えば、1万~2万トン!)バセドウ病でも、甲状腺がんの10分の1くらいの放射線量を使います。
ちなみに、甲状腺がんやバセドウ病のI-131内用療法による長期的な副作用を心配される方もいるかもしれません。がんの治療では、まずは、“今そこにある病気”の治療が最優先されます。しかし、バセドウ病は、“良性疾患”で、治療後も、長生きされる患者さんが多いため、I-131による“2次発がん”の危険性が危惧(きぐ)されてきました。
しかし、これまでのデータでは、I-131内用療法後の追跡調査で、奇形児が生まれる頻度は一般人と同じであることが確認されています。また、各種発がんの頻度もほとんど増加しない(増加したとしてごくわずか)と報告されています。(注3)
注3: JAMA. 1998 Jul 22-29;280(4):347-55.
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