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2009.12.21 映像でみるアメリカ資本主義の腐敗
― 映画評『キャピタリズム:マネーは踊る』(09年米国・マイケルムーア監督)―
半澤健市 (元金融機関勤務)
《アメリカ経済の実態が戯画のように》
映画『キャピタリズム:マネーは踊る』はアメリカの映画監督マイケル・ムーア Michael Moore の最新作である。
開巻直後からアメリカ経済に起こっている信じがたい事象が次々にスクリーンに現れる。滞納住宅ローンの差押え。住宅転売に奔走する不動産業者。GM工場跡では33年間そこに勤めた父親と息子ムーアは黄金時代を回想する。ニューヨーク市ハドソン川への不時着に成功した英雄パイロットによる低賃金の訴え。社員の死亡保険金を企業が得る「くたばった農民保険」。富裕者の資産独占を当然視するシティバンクの極秘メモ。金融専門家も説明できないデリバティブ(金融派生商品)。サブプライムローンの押し売り。大学卒業時に900万円にもなり返済に30年もかかる学資ローン。賃金未払いのまま倒産する中小企業。大手金融機関救済のための税金投入。経営者による高額報酬の山分け。金融機関が市民社会を乗っ取る「金融クーデター」だと言うムーアはそれを阻止するためにウォール街へ突進する。
ムーアは「08年恐慌」へ帰結したアメリカ経済の歴史を観客へ提示する。強烈な映像による「金融クーデター」批判はとても説得的だ。多くの観客は悲喜劇的スペクタクルをみてムーアの批判に納得するであう。私もそれなりに納得した。そして彼の「キャピタリズム」糾弾の背景には何があるのかを考えてみた。
《資本主義批判の原点はどこにあるのか》
ムーアは89年の第一作『ロジャー&ミー』Roger & Me に始まり『ボウリング・フォー・コロンバイン』Bowling for Columbine(02年)、『華氏911』Fahrenheit 9/11(04年)、『シッコ』Sicko(07年)などに至る作品で次々に話題を提供してきた。著書も『アホでマヌケなアメリカ白人』Stupid White Men など多い。彼はアメリカ社会に内在する矛盾、腐敗、非合理、をあぶり出しそれを鋭く批判してきた。独自な手法によるドキュメンタリー映画によってである。今回の作品は、自身もいうように、従来作品の集大成といえる。
『キャピタリズム』におけるムーアの米国経済観は、ニューディール政策によって誕生したアメリカの中産階級が70年代頃を転機にして、「市場原理主義」政策によって二極分解したというものである。1%の富裕層と99%の貧しい人びとで構成される格差社会が出現したというのである。全国民が「中産階級」だった米国経済の黄金時代は終わったというのである。そのように失敗した「アメリカ資本主義」は「排除されるべきだ」というのである。
《それは民主主義じゃない。そこには倫理的基盤がまったくない。》
ムーアはインタビューでいう次のようにいう(「トロント映画祭」での記者会見)。
▼ 僕が「資本主義は排除されるべきだ」という場合、「事業を始めたり、靴を売ったり、いい暮らしをするために一生懸命働く人を排斥する」と言っているのではないんだ。僕がこの映画で使っている「キャピタリズム(資本主義)」は「合法化された強欲なシステム」のことだ。/僕はそういうシステムを拒絶する。それは僕が「民主主義」を信じているからだ。かつてアメリカでも僕らの祖先は「我々はできる限り互いに公平な扱いを受けるべきだ」と言っていた。テーブルに10切れのパイがあって、ひとりの人間がその9切れを自分のものだと言い、残りの9人が残った1切れを奪い合う。それは間違いだ。/それは民主主義じゃない。そこには倫理的基盤がまったくない。
ムーアが作品で言いたかったことはこの発言に尽きていると思う。
この映画監督はただ一つ「民主主義」の理念で作品をつくり成功している。「社会主義」のイデオロギーでなく「民主主義」だけでこれだけの力作ができるのである。ムーアのエネルギーに私は感動する。キリスト教に色付けられた彼の民主主義は何に具体的な源流をもつのか。源流はニューディールだというのが私の推測である。
映画の終盤に、米大統領フランクリン・ルーズベルトが一般教書を読み上げる場面がある。44年であろう。ルーズベルトは病重く合衆国議会に出席できずそれをラジオ演説に代えた。ムーアはそれを記録したフィルムを見せる。「大恐慌」を克服したアメリカ大統領が「権利典章」として語る言葉は、今風にいえば「セーフテーィネットの確立」、「生存権の擁護」、「社会保障の充実」である。真剣に訴えるルーズベルトの表情は、その場面までに何度も登場するレーガンやブッシュやシュワルツェネッガーの軽薄さと対照的である。演説で諸策を法制化すると宣言したルーズベルトはまもなく死んだ。
《「パルムドール」は映画界からの一本の矢》
法律にならなかったルーズベルトの社会政策は第二次大戦後に敗戦国で実現したとムーアは考えている。ドイツにおける労働者の経営参加、日本における労働団結権―まことに不完全な実現だが―などが被占領国で花開き経済の復興と成長に貢献したというのである。
エンドロール(最終場面で上下に流れるスタッフの表示)の背景音楽は、「インターナショナル」の替え歌とフォーク歌手ウディー・ガスリーが作曲したキリストの歌である。それを観た私のなかに熱いものがこみ上げてきた。ムーア流の大衆への期待と宗教観の表現だと思ったからである。自分を道化として「思想・信条」を伝達しようというムーアの捨て身の戦術を感じる。私の「感動」や「こみ上げ」を「感傷」と思う人は、映画をみてからそう言ってもらいたい。
マイケル・ムーアを奇矯で非常識な作風の監督と見ている人がいる。しかしムーアの作品はふざけた突撃映画ではない。事実、世界の映画界には偏見はないようである。
『キャピタリズム』が09年9月に、ベネチア国際映画祭で世界初上映されたとき、終了後のスタンディングオーベイションは15分以上も続いた。その後の―日本を含む―各国での上映会も大きな話題になっている。
これより先、ブッシュ政権を批判した『華氏911』は、04年のカンヌ国際映画祭で最高賞「パルムドール(金色の棕櫚)」を獲得した。これは米国の覇権主義に対して世界の映画人から放たれた細いが鋭い一本の矢であったといえよう。マイケル・ムーアは考えさせる映画をつくる作家である。
『キャピタリズム:マネーは踊る』 CAPITALISM:A Love Story(09年米国・脚本・監督・製作:マイケルムーア)。東京有楽町TOHOシネマシャンテと大阪梅田TOHOシネマズで限定上映中。10年1月9日から全国上映の予定。
[阿修羅内参考記事]
・【描くは現代資本主義の歪み】M・ムーア監督『今回 すべてを出し切った』新作映画『キャピタリズム〜』【東京】
http://www.asyura2.com/09/hasan66/msg/350.html
投稿者 一市民 日時 2009 年 12 月 04 日 13:00:50: ya1mGpcrMdyAE
・【ムーア「日本はアメリカのようになっちゃだめだ」】(憲法以外は、ルーズベルトに嵌められる前の日本に戻るべきのようです)
http://www.asyura2.com/09/lunchbreak31/msg/621.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2009 年 12 月 04 日 08:48:30: 4sIKljvd9SgGs
・マイケル・ムーア初来日「日本でも犯罪や失業が増えてきたのはセーフティネットを保守的な政府が壊してきたから。米国を真似るな
http://www.asyura2.com/09/senkyo75/msg/460.html
投稿者 ブッダの弟子 日時 2009 年 12 月 01 日 10:54:22: WrVq5GKL9DWTY
・マイケル・ムーア監督「JALが大変なのも、キャピタリズムの影響」
http://www.asyura2.com/09/hasan66/msg/317.html
投稿者 gikou89 日時 2009 年 12 月 02 日 14:18:36: xbuVR8gI6Txyk
・キリストの言葉や行動は、弱肉強食の自由市場主義とは相反するものばかりだ。西欧の社会主義思想はキリスト教から生まれたのだ。
http://www.asyura2.com/09/hasan65/msg/415.html
投稿者 TORA 日時 2009 年 10 月 09 日 16:13:00: GZSz.C7aK2zXo
・今度の標的は「資本主義」=ムーア監督の最新作封切り−米【時事通信】
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/240.html
投稿者 gataro 日時 2009 年 10 月 04 日 09:30:35: KbIx4LOvH6Ccw
[外部リンク]
映画「キャピタリズム」
公式サイト http://www.capitalism.jp/
公式ブログ http://blog.livedoor.jp/capitalismmovie/
投稿者 gikou89 日時 2009 年 12 月 02 日 14:18:36: xbuVR8gI6Txyk