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空の冒険 吉田修一
第三回 ポプラジカ、ブータン
贅沢といえば、一昨年、雑誌の仕事でブータンを訪れた。
ブータンについて簡単に紹介すると、中国とインドに挟
まれた王国で世界で唯一チベット仏教を国教としている。
男性のほとんどは「ゴ」、女性のほとんどは「キラ」と呼ばれる
民族衣装を日頃から着用している。
ブータンで、まず思い出すのは「国民総幸福量 Gross National happiness」
という言葉ではないだろうか。
世界各国が「国民総生産」を競い合う中、わが国はGNPではなく、このGNH
を高めると宣言したブータン前国王の言葉は、世界で脚光を浴びた。
ブータンはヒマラヤ山脈に抱かれた美しい国である。
ほとんどの国民が熱心なチベット仏教の信者であり、山間の町々は
荘厳な寺院を中心に広がっている。
ブータンの美しさをなかなか上手に紹介できないのだが、チベット仏教
にさほど興味のない方で、かつリゾートの好きな方には、世界の国々で
「アマンリゾート」が一番多い国といえば、少しはあの美しさを想像して
もらえるだろうか。
とにかく美しい国なのである。
現在、ブータンはまだぶらりと自由旅行のできる国ではない、旅行者
には必ずドライバーとガイドさんがつく。もちろん監視役ではないので
彼らの会話や食事がブータン旅行最大の楽しみにもなる。
僕らのツアーでガイドをやってくれたのは、ケザンさんという青年だった。
ちなみにブータン人は日本人にとても似ている。
このケザンさんとても明るい性格で、長旅の間、ブータンのおとぎ話
をしてくれたり、奥さんとのなれそめを話してくれたり、旅行が終わる時には
ブータンを離れがたいのはもちろんだが、このケザンさんとの別れが一番
寂しくなるほどだった。
ちなみにケザンさんも、もちろん熱心なチベット仏教の信者である。
長旅を終えて首都ティンプーに戻った時だったか、たまたま二人きりになり
ぼんやり広場を眺めていた。長旅で気心が知れたこともあり、僕はこんな質問をしてみた。
「ケザンさんは、もし宝くじで1千万円当たったら、何が欲しいですか？」と。
暇つぶしの質問だったのだが、ケザンさんが真剣に悩み始める。
そして質問した本人も質問したことを忘れた頃、彼はこう答えたのだ。
「半分はお寺に寄付します」と
思わず、「残りの半分は？」と尋ねると、「残りの半分は来世のために、やはり
お寺に寄付します。」
日本にいると、この種の答えがどこか偽善めいたものに聞こえることがある。
しかし、ブータンを2週間も旅したあとだった僕には、彼の答えが素直にすっと
胸に落ちてきた。
ブータンという国は、決して文化的に遅れた国ではない。ほとんどの国民は英語を
話すし、インターネットでCNNを普通に見ている。
外界を知らずに、ああいう生活をしているのではなく外界を知っても、尚
ああいう生活を選んでいる国なのだ。
ある村で電気工事の話があったらしい。
しかし、電気を通すと、鶴が来なくなる。村人たちが出した答えは、「電気はいらない」
というものだったという。
選ぶという行為はとても贅沢なことだと思う。
そしてその選んだ何かに、その人の豊かさが現れるのだと思う。
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