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国家戦略なき事業仕分けの迷走【ASCII.jp】
http://ascii.jp/elem/000/000/477/477851/
理化学研究所で建設が進められている次世代スーパーコンピュータの予算が、行政刷新会議の事業仕分けで「来年度の予算計上の見送りに限りなく近い縮減」と査定された。
これに対して科学者から反対の声が上がり、菅直人副総理(国家戦略担当)や仙谷由人行政刷新相も見直しを示唆している。
しかし予算を切れば、利害関係者から反発が出るのは当たり前だ。
それによって白紙に戻るようでは、何のための事業仕分けだったのか。
理研のサイトより。
日立とNECの離脱により、ハイブリッド構成からスカラ型になったスーパーコンピュータ構想。
一方NECはインテルと提携し、今後もスパコンビジネスを進める
間違いの始まりは、8月30日に総選挙で民主党が政権を取った翌日に、各省庁から概算要求が提出されたことだ。
例年はここから査定が始まるが、鳩山内閣は「政治主導」を演出しようと、各省庁に出し直しを求めた。
このため概算要求の改訂版が出てきたのは10月16日だったが、その総額は約95兆円。
今年度の当初予算88兆5000億円に、民主党の子ども手当などの政策経費7兆円をそっくり上乗せしただけで、それ以外の予算はまったく減っていなかった。
これをせめて92兆円に減らそうと、ドタバタの事業仕分けが始まった。
1件1時間の駆け足で、問題の次世代スパコンの予算も「世界一になる必要はあるのか」という「仕分け人」の追及で、事実上の凍結が決まった。
本来なら科学技術政策をどうするかという国家戦略を決め、その上で個別のプロジェクトへの予算配分を考えるべきなのに、まず戦術レベルの予算カットを行なってから、それを国家戦略担当相がひっくり返すのは順序が逆だ。
もともと1150億円という世界最高の価格が(随意契約で)決まったのは、高価なベクトルプロセッサを使うためだった。
ところが当初の3社共同事業から、NECと日立が脱落してベクトル型がなくなり、富士通のスカラ型の部分だけ残った。
これは汎用CPU(中央演算装置)を多数つなぐだけなのでコストは下がるはずだが、どういうわけか完成が2012年に延期されて予算は1230億円に増額された。
これは今、世界でもっとも高価なスパコンが1億ドル(90億円)程度なのに比べて格段に高い。
しかもこれだけ大きな設計変更で「片翼飛行」になったのに、理研は「性能に影響はない」という。
それなら当初の「ベクトル型が不可欠」という説明は嘘だったのか。
これは世界一という「国威発揚」のために無意味な「巨大戦艦」に税金をつぎこんで、ITゼネコンを救済するプロジェクトではないのか。
本来の国家戦略に立ち返って、スパコンの必要性を再検討すべきだ。
目的と手段を取り違えるな
事業仕分けの結論に対して、計算基礎科学コンソーシアムという科学者グループや、国立大学の理学部長も反対を表明した。
コンソーシアムの「緊急声明」は次のように訴えている:
スーパーコンピュータは現代の科学技術全体において主要な位置を占める。
半導体技術は、通信・物流・医療など国民生活のあらゆる場面で役立っているのは周知のことだが、その基盤にあるのはスーパーコンピュータなどで用いられる最先端の技術であり、それは数年後には広く社会で応用される。
[中略]実験や観測で調べることのできない領域を探索するための唯一の方法はスーパーコンピュータを使ったシミュレーションであり、国際的にもこのような認識のもとでスーパーコンピュータの整備強化が進められている。
. ここではスパコンは半導体技術を進歩させるための技術開発なのか、それとも科学的なシミュレーションを行なう学術研究の手段なのかという位置づけが曖昧なまま、理研が両方やると想定されている。
理研は、その名称からも明らかなように物理学や化学を研究する組織であり、コンピュータを開発するメーカーではない。
実態としても技術開発は富士通に丸投げで、理研が行なうわけではない。
どういう研究のために世界最高速が不可欠なのかという具体的な研究目的も不明だ。
終戦直後のように実験装置がまったくない時代には、サイクロトロンのような装置を理研が開発することが研究の一環だったかもしれない。
しかし今日のスカラ型スパコンは、能澤徹氏も指摘するように「スパコンの技術が民生用に応用される」のではなく、その逆に民生用のCPUをつないだものだ。
そのCPUもサンマイクロシステムズのSPARC64であり、「日の丸技術」でさえない。
科学の世界では「世界初」の発見には意味があるが、「世界最大のコンピュータ」には意味がない。
欧州にはスパコンメーカーはほとんどないが、CERN(欧州原子核研究機関)などの研究施設は学術的に大きな成果をあげている。
理研は研究の目的を明確にし、そのために必要最小限の性能のコンピュータを調達する国際入札をやり直すべきだ。
科学者も、国民の税金を使っているという自覚をもってほしい。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。
1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。
学術博士(慶應義塾大学)。
著書に「なぜ世界は不況に陥ったのか 」(池尾和人氏との共著、日経BP社)、「ハイエク 知識社会の自由主義 」(PHP新書)、「電波利権 」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える 」(日経BP社)など。
自身のブログは「池田信夫blog」。