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大前研一の「産業突然死」時代の人生論
世界にとって大きなリスク、それはドルと円
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091109/194221/?P=1
2009年11月10日
金融経済危機以降、戦後最長に及んでいたアメリカの景気後退が改善に転じた。
米商務省の発表によると、2009年7-9月期のGDP(国内総生産)は前期比3.5%増(年率換算)となり、5四半期ぶりのプラス成長となった。
ただ、今後の回復ペースは緩慢になるという見方も多い。
日本や中国などアメリカへの輸出に頼っていた国は、今後も引き続き、輸出依存ではなく自国の内需拡大に取り組む必要があるだろう。
好調の住宅産業が米国経済を回復させている
アメリカの経済が改善に転じたのは、ハウジング(住宅産業)分野における好調が大きな要因だ。
アメリカの経済のうち70%が個人消費。
そのうち35%ほどをハウジングが占めている。
したがって、この分野が好調であれば経済に大きな影響を与えるのである。
アメリカにおける実質GDP成長率の推移を項目別に確認してみよう。
次のグラフだ。
このグラフを見れば、「住宅」が急上昇していることがよくわかる。
「政府支出」や「設備投資」に比べてその差は歴然である。
「住宅」が好調なのはオバマ大統領の奨励策が大きい。
金利を低く抑えて、住宅市場を刺激しているのである。
今回、住宅需要を押し上げているのは信用に不安のあったサブプライム層ではなく、安い間に建て替えておこう、という中間所得層以上の人々である。
一時はマイナス7〜8%という予測さえあったGDPを3.5%増まで持ってきた手腕には一応の評価を与えたい。
だが、この好調を手放しで喜ぶわけにはいかない。
現在大きく成長しているのは、低金利などのインセンティブがあるからに過ぎず、本当の民間需要のおかげとは言えないからだ。
その証拠には金利に敏感な住宅以外には外食、衣服、旅行などは軒並み低調である。
クレジットカードの発行、使用なども依然として低迷している。
優遇政策が終わったときにも成長が続くのかと言えば疑問が残る。
GDPが増加した一方で、アメリカの失業率は依然として高い。
9月は9.8%まで上昇していたが、10月にはついに10.2%と大台に乗ってしまった。
その点に注目すれば、「景気後退からの脱却」とは言えないのではないか、と皆さんは思うかもしれない。
だが、株式や景気と失業率は別問題として認識するべきだ。
ジョブレスリカバリー(雇用なき景気回復)という言葉があるように、雇用は最後の最後まで改善しない遅行指数なのだ。
景気が良くなって企業家心理が回復し、そして業務においても人材不足となり、「残業をしてもダメだ」という状況になってやっと雇用につながっていく。
だから今回の景気回復が雇用に好影響を与えるのも、当分先の話になると見ておいた方がいいだろう。
リーマンショック以降の破綻処理の反省
アメリカで景気回復が感じられる中、2008年9月のリーマンショック以降の処理を反省する動きが見られる。
金融機関の破綻処理についてだ。ガイトナー財務長官は10月19日の下院金融サービス委員会で、金融危機再発を防ぐ規制改革について述べた。
そこでは証券・保険を含む大手金融機関を当局主導で破綻処理する制度の必要性を強調していた。
現在財務長官であるガイトナー氏は、サブプライムローン問題発生時にはニューヨーク連銀総裁の立場にあった。当時財務長官だったのはポールソン氏である。そのころサブプライムローン問題によって多くの金融機関が破綻の瀬戸際に追い込まれたわけだが、メリルリンチの処理(最終的にはバンク・オブ・アメリカに買収された)のときに連邦政府の打つ手が少ないことに、(当事者であり、スキームを提案した張本人と言われている)ガイトナー財務長官は疑問を持っていたのだろう。
実際、ポールソン氏の手法は場当たり的だった。リーマン・ブラザーズや米貯蓄貸付組合大手のワシントン・ミューチャルは破綻させたが、米銀行大手ワコビアは同ウェルズ・ファーゴに買収された。このように思いつきで場当たり的な処置を展開していたのがポールソン氏だった。
そのポールソン氏のやり方を見ていた当時のガイトナー・ニューヨーク連銀総裁は、「金融機関を一つずつ処理する必要性」を強く痛感したのだろう。結局は破綻しそうな金融機関を他の比較的余裕のある金融機関に(いざとなれば連邦政府が援助する、という曖昧な保証のもとで)無理やり買わせることで難を逃れるくらいのことしかできなかったわけだ。それには連邦政府、特に米連邦準備理事会(FRB)に強制的な実行力を持たせなくてはいけない。そういう力がないと、ポールソン氏がやったように70兆円の予算を使って場当たり的に対応せざるを得ない。そのことを一番よく知っているのがガイトナー財務長官なのであろう。現在のシステムでは、万が一のことが起こっても、いまだにポールソン流の対応しかできない。
巨大金融機関の破綻処理をめぐるガイトナー長官の真意
だが、米連邦議会は必ずしも、このガイトナー財務長官の考えに賛同してはいない。ポールソン氏も財務長官時代にもっと力が必要だと訴えていたのだが、連邦議会は議会が決めることを特定の部局や個人に付与するつもりはないと反対した。今回も「FRBのような一つの部局にあまり力を与えすぎるのはよくない」と反発している。持たせた力を乱用するのではないかと危惧して、異論が続出しているのである。
日本でもそうだが、財務省と日銀は健全な緊張関係がないと、どちらか一方が強くなりすぎるといろいろな弊害が出てくる。日本の場合にはそのほかに金融庁という非常時対応の組織もある。金利、マネーサプライ、為替などを睨みながら、トラブルに陥っている金融機関を救済するのか、合併させるのか、あるいは破綻させるのか、などを判断していかなくてはならない。しかも、議会の承認を得ながら、という条件付きである。チェック機能のためには複数の役所が絡んだ方がいいし、総合的な判断をする部局は必要である。また緊急時には、相談もなく、内容の開示もしないで意志決定しなくてはいけないことも発生する。発表そのものが株式市場や債券市場に激甚な影響を与える可能性があるからである。
今の民主党政権のJAL問題の扱いを見ていても、株式を上場している企業に対するやり方とは思えないタスクフォースの設置などを思いつきでやり、しかもオーソライズもされていない「改革案(債権放棄、資本注入、DES、人減らし、路線廃止など盛りだくさん)」が一人歩きして発表されたりしている。これはその後撤回されたが、株式市場を冒涜するものであるし、もしこうしたことをやるなら上場を廃止してから国営化し、その上でやるべきである。株式会社が走りながらできることはかなり限られているのである。
日本でも、この議論はちゃんとしておかなくてはいけない。JAL問題だけをとっても、国土交通省、総務省、厚生労働省、金融担当、財務省などの長と官房長官までがそれぞれ好き勝手なことを言っている。これでは何も解決しない。カネさえあれば当事者(現経営陣)に任せていた方がよかった、ということになりかねない。
今回のガイトナー財務長官の提言は、緊急時には一つの部局(と言うよりも一人の責任者)が全権を委託されてやる仕掛けが必要だ、と言っているもので、その限りにおいては私も賛成だ。スムーズに連邦議会が受け入れてくれるかはわからない。しかし彼はとりあえず提言することで、問題意識を持ってもらおうと考えているのだろう。何しろアメリカの銀行の破綻は、いまだに終焉にたどり着いていないのだから。
2009年、アメリカでは100行を超す銀行が破綻している。だが、これは「まだマシ」だ。1990年前後にはもっと多くの、500を超える銀行が破綻するS&L(貯蓄金融機関)危機があった。特にひどかったのはテキサス州で、地場の銀行が一つもなくなってしまったほど激しく銀行が破綻したのである。
S&L危機と現在の違いは、銀行の規模だ。S&L危機で破綻した銀行はそれぞれ小規模なものだった。日本で言えば信用組合、信用金庫のクラス。いやもっと小規模だったかもしれない。いずれにせよ、500もの銀行が破綻したが、どこかがそれらを買収したり、また預金保険機構によって10万ドルまではペイオフ(一定金額までの払い戻し保護)された。それに対して現在破綻しかけている銀行は、数は少ないものの規模が大きい。それが問題だ。
ガイトナー財務長官の心を推察すれば、「特に規模が大きなAIGとシティ・グループを処理するだけの力を持たせてくれないと困る」ということだろう。この二つの金融機関に関しては簿外に持ち出したり、今は封じ込めている部分だけ見ても10兆円台と桁違いに規模が大きい。金融危機の最終章ではこうしたメガトン級の処理をしなくてはならないはずで、いままでのような場当たり的な対応では処理しきれないのは当然のことである。
「ドルの基軸通貨体制の見直し」発言は鵜呑みにするな
アメリカ国内ではドルの基軸通貨体制をめぐる議論もある。有力シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所のフレッド・バーグステン所長は、「ドルの基軸通貨体制は、もはやアメリカの国益に沿わない」と述べ、米ドルの支配的な役割を徐々に下げるべきとの見解を示した。
ただ、彼のこの提言を鵜呑みにしてはいけない。日本のマスコミは、以前から彼の発言を取り上げすぎる傾向があるのだが、その予測が当たったためしがない。彼は説明がうまく、話を聞くと「ああ、そうか。なるほど」とうなずいてしまうが、的外れな意見も過去には少なくなかった。
例えば日米貿易摩擦の際には、バーグステン所長は「日本円は1ドル80円くらいにしないとうまくいかない」といったことを平気で口にしていた。貿易不均衡の問題を為替だけで解決しようとして単純計算すると、1ドル80円とか70円になるというのが論拠だが、あまりにも乱暴すぎる計算だ。小学校で習うつるかめ算しかわからない人が、大学の卒業試験の問題を解こうとして、無理やり計算しているようなものだ。ただ説明のしかたがうまいので、周りの人が「なるほど」と納得しているに過ぎない。今回の「ドルの基軸通貨体制の見直し」発言もその程度のものと認識した方がいい。
確かにわたしも、ドルの基軸通貨は永遠に続くものではないと『新・資本論』(東洋経済新報社)に書いた。しかし、その趣旨はバーグステン所長のものとは大きく異なる。彼は「ドル高はアメリカの国益に沿わない」と言うが、ドルが基軸通貨であり続けることは国益に沿うはずだ。なぜなら、アメリカは貿易の決済に自国通貨を使うからこそ、ほぼ無制限に海外から好きなものが買えたわけだし、貿易赤字がいくらになっても輪転機を回すだけで済んでいたのである。
アメリカが海外からの商品の購入に外国の通貨、たとえばユーロを使わなくてはならない、となれば状況は一変する。外貨準備がなければ今のように巨額の貿易赤字を続けることはできないし、他人の通貨でしかものが買えない、という他の国が味わってきた厳しい現実を目の当たりにすることになる。ドルでなければアメリカは今のような生活水準を維持することはできないのだ。
私はアメリカが自分たちの稼ぎに応じた生活水準にまで落とすことに個人的には賛成であるが、それが「国益に沿っている」という発言はいかがなものかと思う。万一そうだとしても、今までアメリカがかなり放漫な生活を送るのを許容してきた、あるいは手伝ってきた国々にとっては、冗談じゃない!ということになる。
ドルを貯め込んでいるのは中国や日本、そしてアラブの国々だけではない。毎年5〜10兆円のドルが世界のタンスの中に消えている。ドルが基軸通貨であったがゆえに、自国政府を信用しない国民たち(ロシア、ブラジル、メキシコ、中国、インドなどなど)が貯め込んだドルがタンスの中に眠っている。こうした人たちを含めて、今まで過剰印刷されたドルのを支えてきた人々+国々にとっては、むしろ、もう少しドルに頑張ってもらわないと、自分たちの財布も、世界中の経済もひっくり返ってしまう。だからこそ、バーグステン所長のような立場にいる人間は、ドルの暴落を招きかねないこのような無責任な発言をしてはいけないのである。
ドルが弱体化したら米国内ではハイパーインフレが吹き荒れる
もっとも、バーグステン所長は80年代から一貫して「通貨調整による貿易均衡論者」だった。ドルが安くなれば、輸出も伸びる。それはアメリカの産業にとっていいことだ、という発想である。しかし、多面的な通貨の働きのうち、そのなかの一つだけを見て「アメリカの国益にとって、ドルが安くなることはいい」と発言している点が問題なのだ。
過剰に印刷され、それが吸い取り紙のように世界のタンスや準備通貨の中に消えていった。そこに「ドルが基軸通貨ではなくなる」という事態が突然やってきたらどうなるか、容易に想像できるだろう。世界中がパニックになり、ドルは他の通貨に交換されるので暴落する。毎年大量に印刷していたドルの余剰分はこれまで国外に流れていた。これはドルが安全だったからである。
したがって、ドルの価値が暴落したら、あるいはしそうになったら、国外からアメリカにドルが舞い戻ってくる。そうなるとアメリカはハイパーインフレ状態に突入するだろう。つまり、「ドル高は国益に沿わない」という彼の発言はまったく的外れなのだ。要するにバーグステン所長は、産業にとっては輸出が増える、という観点だけで発言し、その自分の発言がどういう結果を招くか、ということまでは考えていない人なのである。
考えてみると、危ういのはドルだけではない。日本の円も安穏としていられない。何しろ日本は莫大な借金を抱えているからである。世界の人々が「円は安定している」と見なしているのは、国民の巨大な個人金融資産があるからだ。「日本人はおとなしい民族だ。国民の資産を投入させれば、国家の借金は何とかなる」と安心しているのである。もちろん日本人だって「個人資産を国に投入するのは嫌だ」と拒否することもできるし、本当に日本国民がそのように主張したら、日本円はドルより危なくなる。
世界には二、三の非常に大きなリスクがあって、その一つはドル。そしてもう一つが日本の円である。日本の公的債務(累積)は対GDP比で200%になろうとしている。OECD(経済協力開発機構)の最近の発表では、これが5年後の2014年には254%にもなるという。日本国債のアメリカ国債との違いは、ほとんど(95%)を自国民が持っていることである。海外からの投げ売りリスクは少ないが、5%と言えども売りが加速すれば暴落の危険性はある。とくに民主党になって予算規模が一段と拡大したことをネガティブ材料に見ている投資家も多くなっている。
民主党は日本国民が圧倒的な期待感を持って選んだ政権である。しかし、市場は彼らを選ばないかも知れない。その判断は国債の利回りとなって表れてくる。こうした兆しを見ながら、日米両政府はしばらくは静かに雷管を外す作業をしたほうがいい。日本は緊縮予算とし、これ以上赤字国債の累積を積み増さないこと(すなわち、ばらまきではなく、経済のパイを増すことをもっと真面目にやる)、アメリカは少々の無理をしても基軸通貨の位置とドルの信頼性の維持に真面目に取り組むこと、である。ポイントとなるのは「静かに目立たないように修正する」ということだ。バーグステン所長のように真顔で雷管を踏むのは、まったくもって迷惑なだけである。
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大前研一の「「産業突然死」時代の人生論」は、09年4月7日まで「SAFETY JAPAN」サイトにて公開して参りましたが、09年4月15日より、掲載媒体が「nikkeiBPnet」に変更になりました。今後ともよろしくお願いいたします。また、大前氏の過去の記事は、今後ともSAFETY JAPANにて購読できますので、よろしくご愛読ください。
大前研一氏の大人気コラム
「『産業突然死』時代の人生論」
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大前 研一(おおまえ・けんいち)
1943年、福岡県に生まれる。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号を、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。以来ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を務める。
2005年4月に本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラム(ビジネスブレークスルー大学院大学)が開講、学長に就任。経営コンサルタントとしても各国で活躍しながら、日本の疲弊した政治システムの改革と真の生活者主権の国家実現のために、新しい提案・コンセプトを提供し続けている。
近著に『さらばアメリカ』(小学館)、『知の衰退からいかに脱出するか』(光文社)、『ロシア・ショック』(講談社)がある。
大前研一のホームページ:http://www.kohmae.com
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