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株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu198.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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環境車の本命はプリウスやインサイトのようなハイブリッド車だ。それらの
構成部品は皆、特許製品であり、日本企業のライセンスなしには作れない。
2009年8月26日 水曜日
◆日本の自動車部品は絶対に負けない 8月25日 橋本 久義
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1611
(3)日本車は激安カーに負けてしまうのか
心配の第3は、激安カーの出現で、日本車がダメになるという説だ。
タタ・モーターズの20万円カー「ナノ」など激安カーが出てきているが、自動車は電気製品と違って、壊れれば人が死ぬことがある。例えば夜中に森の中で点火系にトラブルがあって走れなくなり、「寒さで死ぬ」ということもあり得る。「価格が高くても信頼性が何よりも大事」という客がいるのは当然だ。
また自動車は今もってステータスの象徴だ。価格ばかりが選択の決め手ではない。かつてクライスラーが日本車キラー「ネオン」を売り出し、マスコミは大騒ぎをした。それが今、どうなっているかを思い浮かべてほしい。
(4)自動車生産の中心は中国に移っていくのか
心配の第4は、自動車生産の中心が中国などに移るという説だ。
これもそう簡単にはいかない。現在、ほとんどすべての自動車メーカーが中国で生産しているが、日本に逆輸入しようという動きはない。熟練工が育たず、愛社精神も薄い中国でトップ品質の製品を安定的に作るのは難しい。
ほぼすべての日本自動車メーカーが中国生産を増やそうとしているが、日本での生産も増やす体制を採っている。そもそも中国人自身が中国製を避ける傾向がある。
(5)部品生産の中心は中国に移っていくのか
心配の第5は、自動車はともかく、自動車部品は中国生産が中心になるのではないかという説だ。これも簡単にはいかない。先ほども述べたが自動車は故障すれば人が死ぬ。安全性の考え方のレベルが電気製品とは全く違う。
自動車メーカーは時々リコールをするが、その際、リコールに該当する部品を作った企業は共同で補償させられている。中国系部品企業が「保証期間が過ぎた部品」に責任を持つだろうか。そして、リコール費用を負担するだろうか。それは、かなり疑わしい。日本の協力企業のように親身になって対策を考えてくれるか、ということになると、さらに疑わしい。
(6)電気自動車の時代が来て、従来の部品メーカーはお払い箱か
第6の心配は電気自動車の時代が来て、従来の部品メーカーはお払い箱になってしまうのではないか、というものだ。
確かに電気自動車になれば減速ギアは簡略化されるだろうし、デフギアも不要になる。スターターも燃料噴射機構も、マフラーも、排ガス処理用の触媒もいらなくなる。部品点数は大幅に減るだろう。しかし、残念ながら当分そんな時代は来ない。
地球から石油資源が全くなくなれば実用化するかもしれないが、現在のようなガソリン事情なら(ガソリン価格が5〜6倍になっても)、実用化は難しい。
電気自動車の最大にして唯一のネックは電池だ。電池にどれほど問題があるかは、あなたの携帯電話の電池を考えて見ればよい。1年ほど前に買った携帯電話の電池は、買う時に「1週間くらい持ちます」という説明を受けたはずだ。ところがその電池は、今はたぶん2日くらいしか持たないのではないだろうか。
携帯電話だから、腹は立つが、命にかかわることはないから我慢できる。しかし自動車はバッテリーが切れると、乗るはずの飛行機に間に合わなくなる、契約に間に合わず違約金を取られる、親の死に目に会えなくなる。山奥で車が動かなくなり死にかける・・・。(中略)
「行く先々に、標準化されたバッテリーセットが置いてあって・・・」というシステムを提案している人もいるが、なにせ1セット200万円もして、しかも劣化が著しく、外形が同じでも性能に著しい差がある製品である。そんなシステムが成り立つはずもない。
こうして見ると環境車の本命はプリウスやインサイトのようなハイブリッド車だ。これは日本の独占市場だ。普通のガソリン車に比べて部品点数がめちゃくちゃ増え、しかも非常に精度の高い部品ばかりだ。それらの構成部品は皆、特許製品であり、日本企業のライセンスなしには作れない。日本の独壇場だ。
「燃料電池はどうなんだ?」という声が聞こえてくるが、これは高性能蓄電池よりもっと難しい。水素という、途方もなく危険な気体を高圧で大量に蓄積した施設が都会の真ん中のあちこちにできて、水素を積んだ車が走り回るのだ。水素は普通の鉄板は通り抜ける。スースー抜けるわけではないが、普通の鉄板のボンベでは、1日置いておくと水素がほとんど残らない。保険会社は保険をたぶん引き受けないだろう。水素吸蔵合金も開発されつつあるが、高価だし重い。
ガソリンがなくなれば電気自動車の出番であるのは間違いない。ただ、電気自動車はバッテリー以外の開発要素はほとんどないから、今から技術開発を進めてもあまり意味がない。実用化されて、インフラストラクチャーの状況がはっきりしてから開発しても、充分間に合う。
(7)車台・部品の共通化で、下請け企業の仕事は減っていくのか
第7の心配は車台・部品等の共通化が進み、下請企業の仕事が減るというものだ。
まず、「車台の共通化」は、大した話にならない。
車台を共通にして、男の子向けにはちょっと尖ったデザインのボディー、女の子向けには柔らかいデザインのボディー、お年寄り向けにはちょっとワイドでゆったりとしたボディーと、いろんなボディを載せれば安くできて儲かるじゃないかというアイデアだが、そんなアイデアは大昔からあった。
ところで、日米欧合わせれば数十社の自動車メーカーがあって、同じ車台に種々のボディを載せて成功した会社が、何社あるだろうか? 実は、1社もない(派生車種のような形で車台が一緒ということはある)。
どうしてか? 理由は簡単、売れないからである。自動車は安い買物ではない。何カ月分の給料、発展途上国であれば何年分の給料で買うものだ。
ところで、自動車というのは売り出した時にはガッと売れる。半年ぐらいで半分ぐらいしか売れなくなって、1年経つと4分の1しか売れなくなる。販売数のグラフはいつも鯨の胴体のような形になる。そうすると、ディーラーとしては、新車が欲しくなる。
ところで、「新車を出しました。でも、見かけは違ってますが、フレーム、エンジンなどは前の車と全然変わらないんです」で、売れると思いますか? 売れるわけがない! だから、誰もやらないのである。
そもそも自動車各社が取り組んでいるデジタル化は、車台であれ部品であれ、どんどん設計を変えられるようにするシステムだ。私は、流れとしてはむしろ車台数は増える傾向にあると思う。
「部品共通化」も景気が悪くなると出てくる流行病のようなもんだ。部品共通化は絶対に進まない。なぜなら日本の会社は、設計の人たちをクビにしないからだ。
例えば私が設計技術者であれば、給料をもらわなくたって設計する。自動車というのは速くしたい、軽くしたい、安くしたい、スマートにしたい、居住面積を広くしたい・・・。要求は、限りなくいっぱいある。新たに設計するのはより良いものに決まってる。そうすると部品も新しいものが必要になってくる。
例えば、「おーっ、ちょっとこの部品じゃダメだな」「この部品のここを5ミリだけ削ってくれると、全体としては3センチ追い込めるんだが」という具合だ。
すると、部品共通化本部の人が、「ダメダメダメ。エンジン取付部品はこの20種類の中から1個選べということになってる」と言ってくる。「どうして共通の部品を使わなきゃいけないんですか?」「部品がいろいろあるとコストが高くなるからだ」「じゃあ、同じ値段でやればいいんでしょうが」「そう言われればそうだなあ」。かくして、新部品が誕生する。
日本はみんな競い合って設計をしている。いつも新しい工夫がなされる。そしてデジタル化というのは、設計変更を容易にするシステムだ。だから、むしろ部品のバラエティーは増加する。そのような多品種少量の部品を海外に作らせるのは合理的でない。日系の大企業で作るのも合理的でない。必然的に日本の中小企業の出番が多くなる。
(8)大企業の内製化で、下請け企業の仕事は減っていくのか
第8の心配は大企業が内製化を進めるため、下請け企業の仕事が減るのではないかというものだが、これも杞憂だ。すごく長い目で見れば日本の製造業の歴史は外製化の歴史だ。アウトソーシングする方が合理的なのだ。
多くの企業が「需要に即応する体制を作るため」内製工場を作るのだが、ほぼ100%失敗している。理由は簡単、「言うことを聞かなくなる」からだ。なぜかって? 理由はあなたが発注者の立場に立ってみればすぐ分かる。自社内工場であれば発注する相手は先輩・同僚・後輩である。怒鳴りつけるわけにはいかない。下請けさんだったら、怒鳴りつけていればよい(怒鳴りつけることの是非は抜きにして)。その差だ。
いかがだろうか。要するに、日本の自動車部品産業は今後も発展を続ける。つまり自動車以外であっても、機械系中小企業は大丈夫だ。根拠のない自信を持って努力を怠ってはいけないが、決して悲観的になる必要はない。生き残れる。
(私のコメント)
今年は電気自動車元年であり、メーカーからも電気自動車が発売されました。しかしこのまま電気自動車が普及するのかというと、大きな壁がいくつも立ちはだかっている。それは性能の壁でありコストの壁だ。確かにリチウムイオン電池は従来の電池よりも高性能ですが、アイミーブの電池も200万円以上もするし、一回の充電で最高でも160キロしか航続距離がない。
だから用途は買い物用のセカンドカーであり、軽自動車で400万円以上もしたのでは買う人も限られる。電池の開発も進んできていますが原材料もリチウムという希少資源を使うのでコストダウンも難しい。欧米のようにハイウェイを数百キロも走るような用途には向かない。しかし環境規制も厳しくなりガソリン価格が高くなり、従来のガソリン車では環境規制を守る事は不可能だ。
自動車産業は非常に裾野の広い産業であり、自動車を見ればその国の産業技術力がわかるほどだ。日本の経済評論家の中には、日本は物作りを止めて金融立国を目指せと言う人もいれば、自動車もモジュール化するから中国のような新興国に負けるという人もいる。しかし自動車は組み立てればそれで終わりという製品ではなく信頼性が必要だ。
アメリカで自動車産業が滅んだのも日本車やドイツ車に負けたからであり、アメリカでは燃費が良くて信頼性の高い高性能な車を作ることが出来なかったからだ。最近では中国やインドが自動車大国に名乗りを上げていますが、中国人は安くても中国製の車は買いたがらない。自動車は安くても故障したらただの鉄の粗大ゴミに過ぎなくなる。
白物家電製品やバイク程度の製品なら安物でも故障すれば買い換えればいいかも知れない。それらは中国ではコピー商品として安く出回っている。東南アジアではホンダやヤマハのバイクのコピー商品が溢れている。しかし故障したら部品を取り替える必要があるから、日本国内でホンダやヤマハのバイクがよく盗まれるようになった。部品として輸出されるのだ。
中国では日本製品の設計図面をそっくり盗んで同じものを作っている。家電製品やバイク程度ならそういう事も可能だろう。経済評論家では自動車も同じようにコピーされて日本の物作りはダメになるという論理ですが、自動車は同じ部品を作って組み立てればそれでいいという商品ではない。中国では日本車やドイツ車そっくりな車が作られている。
中国や韓国ではこのような偽ブランド商品で溢れていますが、これでは中国産のブランド商品は出来ないでしょう。苦労して新商品を開発するよりも他のヒット商品をパクッタ方が効率がいい。自動車にしても技術を積み上げ積み上げしながら改良してできるのであり、図面を盗んで同じものを作っても同じものは出来ない。
車なんてものは見栄えが良くて走りさえすればいいといった気持ちで作って、国民もそれを喜んで買うのならアメリカの自動車メーカーの二の舞いになるでしょう。アメリカも燃料バカ食いの大型車が売れたのがメーカーにとって命取りになった。それに対して日本では中国車も韓国車も全く売れず、アメリカ車も全く売れなかった。自動車は数百万円もする高価な商品だから消費者の目は厳しい。
トヨタやホンダも中国に進出して車を生産しているが、中国からの逆輸入車はほとんど見かけない。人件費も安く距離も近いからあってもおかしくありませんが、同じメーカーで同じ設備で同じ物を作るのだから問題はないはずだ。パソコンなどでは日本のメーカー品でも中国製や台湾製のパソコンが売られていますが、自動車で同じ事が起きるのだろうか?
前にも書いたように自動車では一つの欠陥車の事故でも起きれば命にかかわる事になる。三菱のトラックが車輪の固定ボルトが折れて人身事故が起きてマスコミに叩かれましたが、おかげで三菱自動車は潰れかけた。自動車自身の安全性でも中国製や韓国製の車は問題がある。日本の自動車メーカーは安全性の為に何百台もの車の衝突実験を繰り返しながら作っているが、そのノウハウは簡単には身につかない。
家電製品なら故障してクレームをつけても交換しておしまいだ。だから家電製品と自動車とを同じに見るのは根本的な間違いだろう。電気自動車になれば車も家電製品並みになるという人も居ますが、やはり人が乗って時速100キロ以上で走るのだから家電メーカーが自動車を作るような訳には行かないだろう。製品作りの根本から異なる商品だからだ。
アジアやアフリカやロシアなどでは安い中国製の車が売れているということですが、故障したらどうするのだろうか? アフターサービスは十分でないだろうし部品すら確保するのが難しい。ロシアなどでは日本車の中古車が売られていますが、やはり自動車は信頼性が無ければ実用品にならない。
最近では家電製品やパソコンなど台湾製や中国製品が多くなった事をもって自動車も同じようになるというのは間違いだ。日常品などはアジアの新興国に任せて戦略的な商品を守り育てていく事が大切だ。価格競争になってしまった日常品まで日本で作る事はなく、中国や韓国で作られている情報家電の中の中核部品の多くが日本製だ。
おそらく電気自動車の時代になっても部品の多くが日本性の部品が使われるようになるだろう。電気自動車になると少しでも軽くて丈夫なものが必要になる。欧米のメーカーがなかなかハイブリッドカーが出来ないのも、部品レベルから従来の自動車とは異なる部品であり、自動車用バッテリーにしても一から作らなければならない。それに対してトヨタでは10年前から作り始めている。
橋本久義氏が、「日本のマスコミは日本がダメになる話が大好きで、次から次へと「日本はダメになる」ネタを探して、不安を煽り立てる。」と最初に書いていますが、マスコミや経済評論家は日本はダメと書きたがるのはなぜなのだろう。そのように書けば記事が売れるからであり日本人は悲観論が大好きだ。「株式日記」で強気な事を書けばコメントに悲観論で溢れる。
最近の自動車の流れから見てもエコカーの主流はハイブリッドカーであり、電気自動車の時代は革命的な電池でも開発されない限り無理だろう。ベンツやポルシェににしてもハイブリッドカーを出すのは来年になる。GMのボルトはハイブリッドカーですが電池を多く積むのでかなり高い自動車になる。そのバッテリーは日立製になるようですが、世界の次世代自動車部品の多くが日本製になるはずだ。