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株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu189.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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バーナンキ氏やクルーグマン氏も、金融緩和が全く景気浮揚効果が
ないと知った今、財政出動が必要だと言い出したのである。
2009年4月12日 日曜日
経済政策論争における勝者と敗者、さえない顔色の竹中平蔵氏
(サンプロより)
◆竹中平蔵氏とリチャード・クー氏の論争 構造改革か財政出動か 2月24日 おゆみ野四季の道
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/21224-3628.html
元経済財政担当相の竹中平蔵氏と野村総合研究所主席研究員リチャード・クー氏との間で実に興味深い論争が毎日新聞闘論(21.2.1)紙面上で行なわれた。
それは一言で言って「日本の失われた10年は失敗だったのか、成功だったのか」という議論である。
勿論一般的な評価は「失敗だった」と言うことで、竹中平蔵氏はその急先鋒である。
「財政拡大は需要落ち込みに対する一時的な時間つなぎの手段なのに、・・・不況脱出に不可欠な銀行の不良債権処理や経済構造改革を進めず、・・・・公共事業中心に時間稼ぎだけをやっていたため、財政にとんでもない借金だけが残った」と散々だ。
それに対しリチャード・クー氏は「90年代のバブル崩壊後、不動産価格はピーク時から9割近く下がった。・・・(それなのに)90年以降GDPは縮小していない。それを可能にしたのが大規模な公共投資だ」と擁護する。
「何もしなかったらもっと悲惨な結果になったのだから平均して1%程度の成長をしたのだから上出来ではないか」と言っているわけだ。
当初はクー氏の論説はほとんど無視された。クー氏は典型的なケインズ主義者だが、ケインズ経済学はすでに過去の経済学とみなされていたからだ。
竹中氏の言う「構造改革こそが規制ばかり多い日本の経済構造を打ち破り、グローバリゼーションの波に打ち勝てる唯一の方法」と思われていた。
「アメリカへならえ」と言うことだ。
しかし、ここに来て状況が一変してしまった。日本・アメリカ・西欧がこぞって低金利政策をとり、政策金利がほぼ0%近くまでなったのに、まったく経済が好転しないので、各国は一斉に財政出動に動き出した。
「ほれ見ろ、金融政策を諦めて財政出動に政策転換したじゃないか。オバマ政権は72兆円規模だ。これは90年代の日本と同じじゃないか(日本は失われた10年間に約140兆円の財政出動をした)」とクー氏は言う。
「企業も家庭も紐を締めて金を使わないなら、あとは政府がその需給ギャップを埋める必要がある。恐慌時にはケインズ政策が有効だ」
さらにクー氏は鼻息があがって「戦争なしで恐慌を回避したのは日本だけの快挙だ」とも言う。
「日本は世界に先駆けて恐慌を経験したが、それを財政出動で乗り切った。この経験を今世界が真似ている。日本の経験は世界の模範だ。だから失われた10年は成功経験なのだ」と言う評価なのだ。
考え込んでしまった。つい最近までマネタリストで構造改革派の竹中氏の天下だったが、リーマン・ブラザーズの倒産以降すっかり世界が変わってしまった。
今はケインジアンリチャード・クー氏の天下だ。
クー氏によれば需給ギャップに相当する金額だけ財政出動が必要と言う。現在の日本の需給ギャップは約20兆円だと政府が発表しており、一方これに対する麻生政権が予定している財政出動は約12兆円なのだからまだ8兆円も足らない。
しかも放っておくと、この需給ギャップはますます拡大していく。
だからとクー氏は言う。「赤字国債を発行してすぐさま10兆円規模の(内容は問わない)公共投資をすべきだ」
一方劣勢の竹中氏は「基本は構造改革だが、止む終えず財政出動をするならば、将来の日本のためになる羽田空港拡張のような投資にすべき」と条件闘争に変更した。
今回の経験で分かったことは、経済理論もそのときの状況によって正しかったり正しくなかったりすると言うことのようだ。
私など最近まで「経済理論は正しいか正しくないかのどちらかだ」と思っていたが、浅はかだった。
経済が不況になり需給ギャップが現れてくるとケインズ経済学の時代になり、反対に経済が加熱している時はマネタリストの時代になると言うことのようだ。
経済政策論議はそのときの経済状況によって左右されると言うことが分かっただけでもいい経験をしたと思っている。
◆「『財政出動』に向かう米国論調の留意点」(2009/01/22) リチャード・クー
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/koo.cfm?i=20090120d8000d8&p=1
それでは、このような巨額な資金を米国政府は実際にファイナンスできるのだろうか。実際、私が国内外で米国の財政出動の必要性の話をすると、世界最大の経常黒字国であった日本はともかく、世界最大の経常赤字国である米国が、本当に日本と同じようにファイナンスができるのかという質問を非常に多く受ける。
国内過剰貯蓄使えば財政赤字のファイナンス問題なし
しかし、これまでの4.8兆ドルに至る議論のなかで述べたように、この4.8兆ドルは、米国の家計が新たに貯蓄を増やそうとすることで発生するデフレギャップである。逆に言えば、もしも米国の家計が4.8兆ドルも貯蓄を増やそうとしなかったら、最初からデフレギャップは発生せず、政府が景気対策を打つ必要もない。
ということは、バランスシート不況下でデフレギャップが発生した時には、デフレギャップと同額の過剰貯蓄が同国内で発生していることになる。従って、バランスシート不況下での財政出動は、国内に新たに発生した民間貯蓄を政府が借りて使えば良く、新たに海外から資金調達する必要は、基本的には無い。つまり、経常収支が赤字であるか、黒字であるかにかかわらず、バランスシート不況下での景気対策に必要な資金は、その国の中で発生している民間の過剰貯蓄でまかなえるはずなのである。
実際、日本でも経済がバランスシート不況に突入し、財政赤字が急拡大していく局面では、多くの財政再建論者が高金利の到来を予測し、日本経済はそこから破滅に向かうと警告していた。しかし、現実は全く逆で、政府債務がGDP比で急増する一方、金利は大幅に下落し、現在も国債の利回りは人類史上最低水準のままである。
これは当然の結果であり、民間が一斉にバランスシート修復に回り、お金を借りて投資をする人が激減しているなかでは、民間貯蓄を運用しなければならない立場にある銀行や生保のファンドマネジャー達は、資金量に比べ運用先がなく本当に困ってしまう。そこに政府が国債を発行する形でお金を借りに来れば、これら民間のファンドマネジャー達は喜んでこの最後の借り手にカネを貸すことになり、だからこそ国債の価格は高くなり、その利回りは低くなるのである。
バランスシート不況下の低金利は「自然の摂理」
つまり、一回バランスシート不況が発生すると、政府は通常では考えられないくらい低い金利で資金調達が出来るのであり、またこれは経済という生き物が市場という場を使って、自分たちの救済を政府にお願いしている声と言えよう。
その意味で、バランスシート不況下に金利が下がり、市場が政府に財政出動を促すのは、経済が何とか生き残ろうとする「自然の摂理」とも言えるのである。これは、民間が元気な時に政府が財政赤字を出そうとすると、市場が国債金利の上昇を介して、その政府の行動にブレーキをかけようとするのと全く同じ摂理である。
実際、直近の米国の予想財政赤字額は、わずか数カ月前と比べても著しく増加しているが、米国債の利回りは急低下している。これは15年前の日本で起きたことが今の米国でも起きているということの証であり、米国の債券市場は、ここにきて完全に「バランスシート不況モード」に入ったと言える。そういったなかで、新大統領に財政出動を辞さないとしたオバマ氏が就任したことは不幸中の幸いであったと言えよう。
バーナンキ、クルーグマン両氏も財政出動の必要性にようやく気づいた
また、これまでは金融政策重視の姿勢だったバーナンキFRB議長やクルーグマン・プリンストン大教授までもが、財政出動の必要性に言及し始めている。これらは彼等が10年前に日本に対して言っていたことと完全に逆であり、注目に値する変化である。
例えば、クルーグマン教授が10月17日付けのニューヨーク・タイムズ紙に載せたコラム“Let’s Get Fiscal”は、これを読んだ何人もの人から「実はリチャード・クーが書いたのではないか」と言われたほど、これまでの彼の主張とは違っていた。
そのコラムの中で、彼は、バーナンキ議長が経済のためにできることは限られており、利下げをしても経済をわずかに押し上げることぐらいしかできないが、財政政策にはまだ十分にその余地があるとし、また今は、財政赤字の規模を気にする時期ではないとさえ述べている。これは、1999年11月号の文藝春秋で同教授と対談した時の私の主張とそっくりである。
つまり10年前は、バーナンキ氏やクルーグマン氏は、日本は積極的な金融緩和で不況を乗り切るべきであり、一向にそうせず、財政出動ばかりに頼っている日本を強く批判していた。例えばクルーグマン教授は、私との10年前の対談の中で、当時の日本について「財政には余裕がないと思います。いま問題のカギを握るのは、現在の状況で求められていることがわかっているのに、積極的な金融緩和策をとることを拒否している頑迷固陋(がんめいころう)な日銀だ」とし、「マネーサプライが拡大していくと約束することによってインフレは起こせる。経済が回復基調に乗ったあとも、引き続き量的緩和策を取り続けると約束する。それが最も重要なポイントだ」と述べている。
またバーナンキ氏も、当時は日銀の政策委員のなかで話を聞くに値するのは(金融緩和を主張している)一人だけだとまで言っていたが、そのバーナンキ氏自身が当時の日銀と同じ立場に置かれ、巨額の流動性供給も史上最速の金融緩和も、当時の日本と同様に全く景気浮揚効果がないと知った今、今度は、当時の日本政府が採っていた財政出動が必要だと言い出したのである。
この2人が金融政策重視から財政政策重視へと180度スタンスを変えたことは、これまでの日銀の主張が正しかったことを認めたことになり、このことは、これまで金融政策万能論に傾斜していた米国の経済学界が間違っていたことを認めたことになる。
米国経済学界の主流派を自負していたこの2人が、金融政策は万能ではなく財政出動も必要な時があることに気付いたことは、今後の日本の経済学界の論調にも影響を与えよう。日本の経済学界は米国の受け売りをする傾向が非常に強いからだ。(中略)
ただ「景気が悪いから財政出動」では不況は長引く
ただ彼等の議論を聞いていて気になるのは、その大半は単に「景気が悪いから財政出動」であり、まだ彼等の認識は「バランスシート不況だから財政出動」にはなっていないという点である。
この違いがなぜ重要かというと、前者の場合、財政出動で景気が良くなればすぐそこで財政出動はカットされる可能性が高いが、後者の場合なら、民間のバランスシートが回復するまでは財政出動は続けなければならないという意識が働くからである。
実際にバランスシート不況を経験した日本でも、その当初はバランスシート不況という概念自体がなかったので、これまでの発想で財政出動を実施したが、それで景気が上向くと今度は皆が財政再建を言い出し、それで景気が悪くなると再び財政出動に走るということを繰り返した。この「ストップ・アンド・ゴー」の政策をやってしまったことで、不況は必要以上に長引いて、経済の体力も大幅に減少し、人々の景気回復への期待も大きな失望へと変わっていった。
これと同じことが米国で起きる可能性は極めて高く、その意味では今回、財政出動があって景気が一時的に上向いても、決して安心してはいけないことになる。少し景気が上向けば、日本と同様、財政再建論者が再度台頭して来て、景気の回復を潰してしまう可能性があるからだ。その意味では、米国内の論調が財政出動に向かっていることは歓迎すべきことであるが、これが一過性のものなのか、それとも、バランスシート不況であるということを認識した上で実施されたものかは、しっかり見極める必要があるのである。
天敵、竹中平蔵氏を前に意気揚々と自説を述べるリチャード・クー氏
(サンプロより)
(私のコメント)
今日のサンプロではリチャード・クー氏と竹中平蔵氏の討論がありましたが、麻生内閣の経済政策にリチャード・クー氏の意見が大きく採用されている事はよく分かります。その結果15兆円の補正予算が組まれて追加経済対策が行なわれますが、小泉内閣の頃には考えられない政策だ。
小泉内閣では財政再建と構造改革が経済政策の中心であり、歳出も医療福祉政策などがカットされ、構造改革も製造業にも派遣労働が認められて賃金水準の低下が進んだ。小泉・竹中経済政策の失敗は明らかであり、財務省の経済官僚はバブル崩壊後の不況がバランスシート不況であることを理解するには東大を出た程度の知能では理解できないのだろう。
私自身も零細の不動産業者ですが、入った収入のほとんどが銀行の返済に回ってしまって消費に回すカネは無い。このような状態では政府が財政を出動させてカネを回さなければ経済はどんどん縮小していってしまう。企業がどんどんカネを返していけば、それだけ市場に流通しているマネーが消えてなくなることであり、それが信用の収縮だ。
金融政策では金利を下げたり量的な緩和をすることも必要ですが、企業や個人が借り入れをしないで借金返済に一生懸命の時は、借り入れも増えないからファンドマネージャーたちも資金運用に困ってしまう。企業も個人も使うよりも貯蓄に走り、銀行も借入先を探すのに苦労するようになる。だから国が国債を発行して財政出動させるのは正論なのであり、財務省はその事が理解できない。
しかしアメリカでも、バーナンキFRB議長やノーベル賞を貰ったクルーグマンが財政出動論者になったという事は、日本では唯一リチャ−ド・クー氏の言っていた財政出動でバブル崩壊後の経済収縮を回避できる唯一の手段なのだ。しかし日本では小泉・竹中政権下ではリチャード・クー氏はマスコミから追放されたような形になってテレビで見かける事はなくなった。
財政出動を主張すれば「子孫に借金を残すのか」という感情的な議論がなされて、財政再建路線が行なわれて「失われた10年」が「失われた15年」になってしまった。バーナンキもクルーグマンも金融政策でヘリコプターマネーをばら撒けばインフレになって、相対的に借金は縮小していくはずだった。ところがアメリカ政府の大盤振る舞いでも金利はゼロ金利のままでありドルも円を除いて高くなったままだ。
つまリ現在のアメリカやヨーロッパが直面している事は、90年代に日本が経験して来た事であり、日本はその意味では欧米を追い抜いて十数年も先の世界を走っている事になる。おそらく欧米でも赤字国債の増大で怯んでしまって財政再建を言い出す人が出てくるだろう。そのときは日本の経験を話して説明する必要がありますが、日本の経済学者やエコノミストはレベルが低いので無理だろう。
本当に景気が回復してくれば資金需要が増大して金利も上がって来るだろう。しかし政府日銀は無理やりゼロ金利を解除して金利を上げたが、三度ゼロ金利に戻さざるを得なくなっている。たしかに日本では2007年頃にミニバブルが発生しかけましたが、二度にわたって金利を上げて量的にも金融を引き締めてしまって、黒字倒産する企業が出てきてしまった。
経済常識からいえば赤字国債を大量に発行すればインフレになると言うのが経済学の常識だ。ところがGDPの1,5倍もの赤字国債が発行されてもインフレの気配もない。起きているのはデフレだ。円も高くなるばかりで常識とは逆の事が起こっている。アメリカでも同じ事が起こっているから、バランスシート不況では赤字国債増大=インフレという公式は成り立たない。
バランスシート不況下では会社も個人も貯蓄に走って使わないからインフレが起きない。だからホンダやトヨタは史上空前の利益を上げたが、従業員の給与アップには使わず内部留保を積み上げた。日本の大企業は内部留保をタックスヘイブンに大量に置いて日本には還流してこない。だからタックスヘイブンをG20で規制すれば日本にそれらの資金が戻ってきて株や不動産に使われるようになり、流れが変わるだろう。