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第6回「社会保障ファイナンスの一元化と社会保障番号制の導入を推進せよ」」
(経済総合研究所)
アメリカを震源とする金融危機は、雇用情勢の悪化も含め、世界経済を大きな混乱に陥れている。現在は自動車や製造業などの基幹産業にも影響を及ぼし、派遣社員のみでなく、正社員にもその波が押し寄せつつある。
その一方で、中長期的には、経済のグローバル化・少子高齢化の進展や、中国やインドなどの新興国の台頭によって、わが国の産業構造もこれから大きく変化していくだろう。このような状況において、社会保障(年金・医療・介護)は、人的資本の質的向上とその有効活用を図る観点から、雇用の流動性に対応して再構築する必要がある。
また、第2回と第3回のコラムで、世代間公平を確保するための独立機関の設置や社会保障予算のハード化、また事前積立の導入の必要性を説明した。これら政策の推進によって、社会保障における世代間格差が改善すると、次に問題となるのは、受益と負担に関する世代「内」公平となる。
社会保障ファイナンスの一元化と社会保障番号制の導入は、これらの問題を解決する1つの方法でもある。そこで、本コラムでは、社会保障ファイナンスの一元化と社会保障番号制の重要性について概説したい。
時代に対応できない現行システム
現行の年金制度などの基礎が構築されたのは1960年代、年功序列・終身雇用が当たり前の時代である。だから、雇用の流動性を前提とした仕組みにはなっていない。だが現在は、転職や正社員以外の雇用形態は当たり前の時代である。さらに中長期的には、同一労働同一賃金という原則の浸透によって、正社員と派遣社員など非正社員との待遇格差が是正され、国内産業の構造変化とも連動し、労働市場の構造も大きく変化していく可能性もある。
このような状況において、保険者が職種・地域をベースに分立している現行システムは、転職・移転によってさまざまな手続きが必要であり、人的資本の資源配分を歪めるとともに、労働市場の効率性を低下させる要因となる。また、手続き忘れ等による未加入者の発生など、システム運営上の諸問題を発生させる要因ともなる。
実際、社会保険庁の年金記録漏れや、企業年金の年金未払い問題の背景には、社会保険庁のガバナンス問題などもあるが、現行システムがいまの雇用形態の変化に追い付けなかったという側面も関係していると考えられないだろうか。特に、雇用流動化は、中高年世代と比較して、若年世代で顕著となっており、対応の遅れはさらに問題を深刻化・複雑化させる可能性もある。
そもそも社会保障(年金・医療・介護)の目的は、長寿・疾病・要介護に関するリスク・ヘッジである。これらリスクへの対応は、市場原理のみに任せると、逆選択などの「市場の失敗」が発生するので、制度設計や管理運営に政府が介入する必要がある。しかも、これらのリスク・プールは、「大数の法則」から、職種・地域ベースで分立するよりも、できるだけ大きくする方がその運営が効率化・安定化する。
また、社会保障のアクターには、主に、制度設計と全体調整を担う「政府」、保険の管理運営(や商品設計)を担う共済年金や厚生年金などの「保険者」、その利用者である「被保険者」(国民)の3者が存在する。さらに、現物給付の医療・介護には、現金給付の年金と異なり、保険者と利用者の契約に基づき、その医療・介護サービスを提供する医療機関や介護機関などの「サービス供給主体」が加わる。
これらアクターのうち、「保険者」を現行システムのように、職種・地域で分立する必然性はない。これは、年功序列・終身雇用が当たり前で、人口が増加し地域が安定的であった創設時の名残に過ぎない。職種・地域とリンクしない形で保険者を再編しても構わない。また、地方分権化の流れに沿い、近年の医療制度改革でその保険者は都道府県単位に統合・再編されたが、政府によって適切なリスク調整が行われていれば、低所得階層などへの対応を除き、医療・介護の保険者は欧米の事例にもあるように民間組織でも構わない。
さらに、職種・地域で分立すると、利用者である国民は、保険者が提供する保険商品の選択を一切行うことはできない。これは、現行の社会保障が所得再分配的機能をもつ場合、保険料負担における水平的公平性との観点で問題をもつ。というのは、第3回のコラムで説明したように、現在賦課方式の社会保障に事前積立を導入し、世代間格差が改善すると、次に問題となるのは、受益と負担に関する世代「内」公平となる。
だが、現行システムでは、世代内公平の実現は難しいだろう。保険者が職種・地域で分立していると、被保険者の意思決定にかかわらず、たまたま就いている職種や移転地域の高齢化率が高いケースでは過重な保険料負担を担い、そうでないケースでは軽負担で済むという事態が発生する。
このような事態に鑑み、政府は保険者間において一定の財政調整をしているが、保険者間の利害対立もあって、それでも格差は解消していない。これは、保険者を職種・地域で分立するために起こる問題であって、同じ年収・生涯賃金であっても、受益と負担が異なる世代「内」格差を発生させる要因となる。
経済学的には、社会保険料は賃金税と同じ性質をもつから、これは課税原則における「水平的公平性」が確保されていない状況といえよう。本来、同じ年収・生涯賃金の者は、同じ負担をするべきである。そうでないと、社会保障システムが人的資本の資源配分を歪めて、労働市場の効率性を低下させる可能性もある。だから、このような状況を放置しておくことは決して望ましいものではない。
また、少子高齢化の進展は、高齢率の高い職種・地域の社会保障基盤をさらに脆弱にしていく。このような救済策として、保険者の再編など、過去も数回にわたる調整が行われてきた。だが、このようなその場凌ぎの対応では、今後到来する超高齢化社会を乗り切ることはできないと思われる。
社会保障ファイナンスを一元化し、社会保障番号で管理せよ
このような問題を本質的に解決する方法は、職種・地域ベースで分立する現行システムを改めて、社会保障ファイナンスの一元化を進めることである。これによって、(1) 雇用流動化への対応、(2) 給付と負担の公平化、(3) 保険者の財政基盤の安定化、の全てが実現できる。
だが、このうち(1)と(2)の実現には、社会保障番号制の導入が不可欠である。なぜなら、給付と負担の公平化にあたっては、保険料負担の履歴や、所得の捕捉率がとても重要となる。また、従来から「9・6・4」と呼ばれる給与所得者・自営業者・農業経営者の所得捕捉率に関する議論が存在するが、IT化の推進などによって、さらに複数の対象から収入を得る者なども増加していくと、同じ職種・地域に属する者で同じ年収や生涯賃金であっても、所得捕捉率が異なるケースも多く出てくるだろう。
だが、現行システムでは、個々の人々の収入・資産を網羅的に把握する仕組みはない。このため、給付と負担の公平化を実現するには、社会保障番号の導入が不可欠である。
具体的には、社会保障番号の創設にあたっては、年金基礎番号・住基カード・保険証番号・免許証番号を統合し、いわゆる4情報(氏名、性別、生年月日、住所)に加えて、納税における収入・資産の把握のために利用するのが望ましい。
また電子政府の推進と合わせ、社会保障の給付と負担に関する履歴や、医療電子レセプト・介護データの管理などにも活用し、一定のセキュリティの下で利用者がインターネットから閲覧可能にできれば、年金記録漏れ問題などの再発も防止でき、社会保障の管理運営における効率化にも寄与するだろう。
さらに、第2回のコラムで述べた世代間公平委員会が担う世代会計の作成・公表にあたって、その推計の精緻化にも活用が期待できる。もっとも、導入にあたっては、情報漏えいの危険性もあることから、指紋や生体認証によるセキュリティ強化など、その運用体制については万全の措置を講ずる必要がある。だが、これから到来する超高齢化・IT化社会においては、むしろマイナス面よりも、さまざまな面で導入メリットの方が大きいと考えられる。
以上のとおり、雇用の流動化に対応し、給付と負担の公平化などを図るためには、社会保障ファイナンスの一元化と社会保障番号の導入が不可欠である。アメリカを震源地とする金融危機が、我が国にも大きな影響を与えている今、景気対策として無駄なバラマキを行うのであれば、むしろ、これら社会保障番号制の導入や医療電子レセプトの整備などに資源投入し、世界最先端の社会保障基盤を構築する方が遥かに効果的ではないだろうか。
なお、社会保障ファイナンスの一元化は、保険者間の競争を抑制し、ミクロ的効率性を低下させる可能性がある。これを解決する方法として、Enthoven(1988)によって発展した「管理競争」という概念が重要となる。これについては、一橋大学の佐藤主光・准教授がオランダの事例を詳しく概説しているが、社会保障の再生に向けとても重要な考え方であるので、次回のコラムで触れたい。
http://www.rieti.go.jp/users/oguro-kazumasa/serial/006.html