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2009年2月2日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.517 Monday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
◆編集長から
【Q:948】
◇回答(寄稿順)
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
□水牛健太郎 :評論家
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□津田栄 :経済評論家
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:948への回答ありがとうございました。先日、JMMの編集&配信作業で
ちょっとしたトラブルがあり、担当者とのメールのやりとりで、わたしはかなり怒っ
てしまったのですが、そのとき日本の文化・風土における「謝罪」について考えまし
た。担当者からは、「二度とこのようなことが起きないようにいたしますので、なに
とぞご容赦ください」というメールいくつも届きました。
謝らなくていいから、「どうしてこのような事態に至ったのか、今回のトラブルに
関して当事者はどのようなペナルティを考えているのか、今後同じようなトラブルが
起きないようにするために具体的にどのようなシステム上の改善を考えているのか」
とわたしはそういうことを伝え、やがて問題はほとんど解決しました。しかしそのと
き、日本社会には、トラブルの原因の把握、当事者の責任の取り方、必要な改善点、
などを明らかにすることよりもまず謝罪することが優先される、という文化があるの
だと思いました。
謝罪には、とにかく謝意を伝えるからはじまって、大げさに言うと「腹を切る(死
んでお詫びをする)」まで、いろいろなバリエーションがあり、謝り方が間違ってい
たり、相手に伝わらなかったり、口先だけだと思われてしまうと、事態は悪化します。
謝罪に心がこもっていない、と相手に思われてしまえば、もう終わりで、最初からや
り直しどころか、さらに面倒な謝罪が必要になります。
謝罪は、トラブルの再発を防ぐ手段ではなく、当事者・被害者の心情を慰撫するた
めにあります。トラブルの再発を防ぐことより当事者・被害者の心情を慰撫すること
が優先される社会というのは、歴史的にどうやって作られてきたのか、非常に興味深
いところです。
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■次回の質問【Q:949】
アメリカの経済の落ち込みと、政府の巨額な財政出動による、ドル暴落の懸念が語
られています。ドル暴落の可能性と、その影響についてお聞かせいただければと思い
ます。
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村上龍
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■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く
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■Q:948
麻生首相は、「日本が世界で最初に不況から脱出できるように」というようなこと
を発言しています。グローバルな広がりを持つ大不況の中、日本が「最初に」不況を
脱するというようなことは可能なのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
「わが国が世界で最初に不況から脱出するように」との発言には、単なる“掛け声”
としては理解できますが、実際にはあまり現実性がないと思います。経済の専門家を
はじめ、国民の多くは、“政治家特有の誇張した表現”という程度にしか受け取って
いないでしょう。
その表現に現実味を感じられない主な理由は三つあります。一つは、経済のグロー
バル化が進んでいる現在、一カ国だけが簡単に不況から脱出できるとは考えにくいこ
とです。経済規模が小さくて、自国内の事情だけで経済状況が大きく変化することが
可能な小国なら兎も角、わが国のように経済規模が大きく、企業の業務展開が国際的
に亘っている経済では、世界規模で景気の下落が続いている状況下、一国だけ景気が
上昇することは困難だと思います。
むしろ、「世界経済が回復に向かう局面で、より競争力を高めることを考える」と
いう主旨であれば、それなりのリアリティーがあるでしょう。また、大規模なストッ
ク調整が始まった景気の現状を勘案すると、わが国の産業界の競争力を強化して、次
の景気の波が来るタイミングを待つという戦略の方が有効と考えます。
二つ目は、わが国の輸出依存度の高さです。現在、輸出はわが国のGDPの約17
%を占めています。既に人口減少局面に入り、少子高齢化が世界最速のスピードで進
展しているわが国では、よほど大きな状況の変化でもない限り、国内の需要項目が盛
り上り、景気全体を押上げることは期待できないと思います。
2002年2月から始まった今回の景気回復も、基本的には、米国の消費ブームと
中国の投資ブームに支えられて、輸出が伸びたことが背景にありました。逆に、それ
ら二つのブームがなかったら、わが国の経済の低迷は続いていた可能性が高いと考え
ます。その証拠に、サブプライム問題の表面化以降、米国経済の急減速により、米国
向けの輸出が減り、さらに中国の景気にも陰りが出てくると、わが国の経済は急速に
減速してしまいました。それは、わが国経済にとって、輸出が大きな推進力になって
いることを如実に表しています。
主要国向け輸出が下落傾向を示したことによって、わが国の多くの企業はストック
調整を余儀なくされ、従業員のリストラを行ったり、設備投資計画の減額修正を行っ
ています。特に、派遣労働者の解雇が問題視されるようになっています。これは、あ
る意味では、わが国の労働市場の仕組みが、時代の変化に適合できなくなっているこ
とを物語っていると思います。国内の制度改革が遅れている国の経済は、どうしても
活動が硬直的になりがちです。輸出依存度が高く、しかも、硬直的な構造を持つ国の
経済が、世界の中で早期に景気回復に向かうというシナリオは、現実性が乏しいのは
当然です。
三つ目は、特段の根拠なく、「世界で最初に不況から脱出」などと発言する政治家
のスタンスです。国の運営について、政治の果たす役割は大きいと思うのですが、特
に、現在のように景気が急落するような非常時において、政治のリーダーシップは重
要性を増すと思います。そうした状況で、説得力のある理由を示さずに、上のような
発言をすることは、いかにも「わが国の政治家は頼りない」という印象を与えること
でしょう。
今回の景気対策の目玉の一つである“給付金”は、国民の間でも評判の良くない政
策です。この政策は、今までの景気対策の延長線上のもので、何も新しい雰囲気が伝
わってきません。一定の金額のお金をもらえば使う人は多いでしょうが、それに関連
した波及効果を期待することは出来ないでしょう。
一方、米国のオバマ新政権は、減税などの旧来の対策に加えて、化石燃料に代わる
新しいクリーンエネルギーの開発支援を大規模に行うといわれています。クリーンエ
ネルギーの開発支援によって需要が喚起されると同時に、当該分野の技術力が向上
し、関連企業の競争力が増すという供給サイドのメリットも期待できます。少なくと
も、政府が支援をして、新しいものを作るという意図は国民に伝わるはずです。
世界的に大規模なストック調整が始まっている現在、旧来の景気刺激策で、景気を
元に戻すことはいかにも無理があります。そうではなくて、新しい発想で、新しい経
済の波を創り出す発想が必要と考えます。わが国の政治に、それを期待することは難
しいようです。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
日本経済は2003〜2007年度の5年間ほぼ毎年2%程度の実質経済成長をコ
ンスタントに続けてきました。しかし、需要項目の動きをつぶさに眺めますと、極め
て特徴的なことはこの5年間は典型的な輸出・設備投資主導の経済成長であったとい
うことです。輸出と設備投資の成長寄与度を足せば、経済成長率とほぼ一致していま
す。
一般に設備投資は将来の需要見通しに基づき決定されます。将来の需要と言って
も、足元の需要の伸びを勘案して決めるので、結局は足元の需要が設備投資を決める
と言ってもよいでしょう。但し、消費など他の内需の動きは2003年度以降に特
段、伸びが加速したということもないようですし、そうなると、設備投資決定に一番
相関が高かったのは、やはり輸出と考えざるを得ません。日本企業は好調なグローバ
ル景気を背景とした輸出の急増に合わせて設備投資を増やしていったのです。
ですから、逆にグローバル景気に陰りが見えて、輸出が減少することになれば、経
済も逆回転し始めますので、設備投資もマイナス、GDPもマイナスになっていく可
能性が高いわけです。実際、2008年4〜6月期に輸出が前期比マイナス2.6%
に減少すると、設備投資もマイナス2.1%となり、GDPもマイナス1%(年率マ
イナス3.7%)に転じました。
昨年9月のリーマンショック以降は、グローバル金融危機が経済危機に移行してお
り、月々の貿易統計を見る限りでは、輸出数量が前年同月比で2〜3割もの大幅な落
ち込みを見せていますので、10〜12月期のGDPは年率10%マイナスという衝
撃の数字が出るやもしれません。
世界の景気が回復して、輸出が回復しない限り、日本の景気は回復しないという構
造になっていますので、日本が世界で最初に不況から脱出するということは、今の構
造を前提にする限りでは論理矛盾となりかねません。
それでも、何が何でも、最初に不況から脱出するんだ、というのであれば、その手
段は財政しかないでしょう。もっとも、プライマリーバランスの黒字化の旗を降ろす
か降ろさないか、と議論している最中ですから、余り現実的ではないと思いますが、
もし、財政赤字を全く考慮することなく、GDPの5〜10%程度、25〜50兆円
の真水の財政刺激策を採用すれば、数字的にはプラス成長へ転じる最も早い国になる
可能性は否定しません。
しかし、この場合、いくつかのリスクを伴います。1つは日本が最初に不況から脱
出したとしても、グローバル景気が回復していないことも想定されます。その場合、
輸出は低迷したままですし、日本の景気回復を頓挫させないために、いつまでも大型
の財政刺激を続ける必要が出てきます。2つめのリスクは現在の経済構造を温存した
まま、大型の財政刺激策を採用するのであれば、いつまでたっても将来を見据えた自
律的な成長経路の展望が開けないということです。
所詮、日本だけが最初に不況から脱出すると気張ったところで、グローバル化の世
の中では思い通りには行かないでしょう。余り不況脱出の順番にこだわらないで、今
やるべきこと、今やれることをやるしかないでしょう。先ず、可及的すみやかに実施
すべきは資金繰り対策、失業対策です。公共事業も必要なものはやるべきでしょう。
新たな道路は要りませんが、老朽化した橋脚も含め、補修はこのタイミングで思い
切ってやるべきです。また、学校校舎の耐震補強などは四川地震の教訓もあり、安全
・安心の観点で1年で全部やってしまうくらいの意気込みが必要です。
長期的な視点では、ここ数年足踏みしている構造改革にもう一度アクセルを踏むこ
とです。どうも派遣切りのように、構造改革の負の面ばかりに焦点があてられる傾向
がありますが、日本が直面している人口減少社会、グローバル化の流れ中で、経済を
衰退させることなく、将来へつないでいくためには、規制改革など多くの分野での構
造改革なしには成功しません。そうでないと、いつまでたっても輸出依存の脆弱な構
造から脱却できないことになるのです。
伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト:中島精也
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■ 水牛健太郎 :評論家
諸先生方がお書きになっているように、私も日本が最初に不況を脱する可能性は低
いと思います。しかしその一方で、そう書かなければならないことには釈然としない
というか、複雑な思いがあります。本来そんなはずではないという気が強くするから
です。
今回の不況のきっかけとなった金融機関の問題は欧米が中心で、日本はほとんど関
係がありません。日本の金融機関の体質は、90年代の「失われた十年」を経て強化
されました。また、金融以外の企業にも一部を除いてそれほど大きな構造的問題は見
当たらず、基本的に健全性を保っています。
要するに日本が不況に入りこんだのは、輸出依存度の高い経済の構造によるもの
で、不況の打撃そのものは本来、欧米よりはよほど軽いものです。ちなみに、「輸出
依存度が高い」とは言っても、日本のGDPに占める輸出の割合は、どんなに多くて
も20%を越えることはありません。日本経済の大半は実は、輸出とは関係のないと
ころで動いています。
それなのに「世界で最初に不況から脱出する」ということがこれほど難しく感じら
れるのはなぜか。そう考えると、実体としての経済のあり方だけでなく、それを意識
する日本人の心理のありようが二重写しになって感じられます。実態としての輸出依
存の原因なのか結果なのか、あるいはその両方なのか、いまの日本には、「心理的な
輸出依存」とでも言うべきものが確かにあります。そうであれば、このJMMで私が
「日本だけが世界に先駆けて不況を脱出することなどできるわけがない」と書くこと
も、いかにささやかではあれ、その心理的な構造と全く無縁とはいえないわけです。
1月26日付けの日本経済新聞は国際会計事務所グループのグラント・ソントンが
世界36カ国・地域の中堅企業経営者を対象に実施した景況感の意識調査を発表しま
したが、それによるとその中で2009年の景気動向を最も悲観しているのは日本の
経営者でした。2009年の景気を良いと答えた人のパーセンテージから悪いと答え
た人のパーセンテージを引くとマイナス85という数字になり、ほとんどすべての経
営者が「悪い」と答えたことになります。ところが、この調査によると、金融危機の
震源地のアメリカではたったのマイナス34、欧州で最も悲観的なのはフランスです
が、それでもマイナス60でした。輸出の不調を経済全体の不調と結びつけて考える
発想が、日本の経営者の間にいかに根付いているかということです。それにしても、
その結果、金融危機の本家本元の欧米よりも景況感が暗くなってしまうというのは、
あまりにも極端です。異様な感じすらします。
輸出への心理的依存は、外国への心理的依存と重なり合っています。1月24日付
けの日経新聞の1面の「始動 オバマの米国」という囲み記事では、オバマ新政権へ
の日本の反応が、アメリカの関心が中国に向いてしまい、日本は取り残されるのでは
ないかというものばかりであることに、米国の知日派が失望していると書かれていま
す。諸外国との協調に舵を切るオバマ政権としては、同盟国日本から参考になる提案
を聞きたい。活発で前向きな意見を期待していたのに、日本の関係者は、「オバマは
中国を向いてしまうのではないか、不安だ」とばかり言っているというわけです。
要するに、今の日本は、まるで恋する内気な若者のように、意中の相手に好かれる
かどうか顔色ばかり気にし、自分の方からどう行動するかという考えがないのです。
これでは好意を持ってくれている相手も嫌になります。経済においても新しいアイ
ディア、新しい価値を自ら生み出して行こうというところがなく、自分の製品を外国
が買ってくれなければ万事休すで、リストラを重ねて、ますます自国経済を小さくし
ていくばかり。政治的・経済的なイニシアチブは常に外国から来ることになってお
り、それにいかに早く反応するかを競っています。
こうした「あなた任せ」が現象として如実に表れているのは株価の動きでしょう。
数年前から東証の株価の上下はNYの株価と円ドル相場が主要な材料となり、自立性
がほとんどなくなってしまっています。
日本人は歴史的に見て、集団的な悲観心理に捉われがちな傾向があります。シビア
に現実を見つめることは重要ですが、日本人が「現実の厳しさ」を強調するときはむ
しろ、自己を哀れむ気持ちよさに浸り込んで、歯止めが利かなくなることがよくあり
ます。それは真のリアリズムとは似て非なるものです。
太平洋戦争末期の特攻は、貴重な飛行機とパイロットを犠牲にする作戦で、合理性
のかけらもありませんでしたが、悲劇的なところが当時の日本人のお気に召したので
す。日本人の集団的な悲観心理が最も極端な形で噴出した例です。
客観的に見て、日本が単独で不況を脱出することが難しいのは事実です。しかし、
現在の日本経済を論じる場合、そのことの指摘が、輸出への心理的依存に基づく、非
合理な悲観心理をあおってしまう恐れもあります。気を付けたい点です。
評論家:水牛健太郎
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
残念ながら、日本が世界で最初に不況を脱すると予想している人は、100人中5
人もいないと思います。米国か中国が最初に不況を脱するという見方が多いのではな
いでしょうか? 日本経済が外需頼みという状況に変わりはありません。メリルリン
チが世界の投資家に調査しているファンドマネージャー調査でも、日本株より米国株
に強気の投資家が多くなっています。米国経済の不振も深刻ですが、米国政府の方が
素早く大胆な経済対策を打ち出しています。中国も経済成長率が8%以下になると、
政治的緊張が高まると言われるため、政府は大規模な景気刺激策を打ち出しています。
政治のリーダーは、国民に向かって明るいメッセージを出す必要がありますので、
ある程度楽観的な見通しを出さざるを得ないことは理解できます。証券会社の株価見
通しも、楽観的との批判を浴びることがあります。その点、日銀が2009年度の実
質GDP成長率予想を10月時点の0.6%から−2%へ下方修正したことは衝撃的
でした。内閣府も2007年11月から景気後退が始まっていたと認めました。12
月の鉱工業生産は前月比9.6%減、前年同月比20.6%減と、大幅に悪化しまし
た。10−12月の実質GDP成長率は、前期比年率で−10%程度になったと推計
されています。
日本経済にとって明るい話は、昨年10−12月、または2008年通年が悪すぎ
たので、テクニカルな反発が期待できる可能性です。最近、電子部品の受注などで
も、これ以上減らしようない水準まで生産や受注が減ってしまったという話を聞きま
す。1月22日付けのロンドン・エコノミスト誌も、”Early in, early out”とい
うタイトルで、日本経済は他国より悪くなるなり方が早かったので、立ち直りも早い
のではないかという記事を掲載しました。但し、回復力は脆弱という注釈付きでした。
麻生首相は施政方針演説で、第一次補正予算、第二次補正予算、平成21年度予算
の3つを切れ目なく、三段ロケットとして進めると述べられました。元々、予算の真
水部分を外部から推計するのは困難ですが、日本政府の今回の予算を、ロケットのよ
うにスピーディでパワフルなものと思っている人は、ほとんどいないと思います。ま
だ発展途上にある中国では、ケインズ的な景気対策をとれば、乗数効果が効いて、景
気浮揚効果が大きくなるとの期待が持てますが、既に成熟国である日本では景気対策
の乗数効果がかなり低下しました。
麻生首相が述べられた「新経済成長戦略」には賛成です。目新しいアイディアは少
ないものの、低炭素革命、iPS細胞、アニメ、ファッション、おいしく安全な食べ物
などの日本らしいソフトパワーを生かす「底力発揮」は、素晴らしいアイディアだと
思います。新たな農政改革にも賛成です。麻生首相は、「食料自給力を向上させるた
め従来の発想を転換し、全ての政策を見直す」、「平成の農地改革」法案を今国会に
提出すると述べられました。不況期の消費税引き上げと同じ位、大胆な発想だと思い
ます。
結論的には、日本が他国に先駆けて経済成長を回復させられる可能性は小さいの
で、他国が回復した場合に、遅れないように、地道に準備しておくべきだと思いま
す。日本には輸出依存型の製造業が多いので、他国経済が回復した場合に恩恵を受け
る企業が多くあります。日本株が世界景気に対する敏感株といわれる所以です。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
住宅バブルのマジックに支えられていた米国の過剰消費が長期調整過程に入ってい
ます。落ちるところまで落ちてしまえば、そこからの回復過程も期待できますが、個
人の消費行動の修正は長くかかるのが一般的で、調整過程はかなり尾を引きそうな気
配です。
今後しばらく期待できないものの筆頭は、米国など先進諸国の消費需要となります
から、他国より速い景気回復を謳うためには、これまで日本経済を輸出主導の景気回
復に導いてきた、先進国の消費需要に代わる項目を並べて見せなければ納得性があり
ません。
需要が出てきそうな候補先を、いくつか考えて見ます。
先進国消費は期待できなくても、BRICS諸国の消費水準はまだまだ発展途上に
あると思われます。中国もこれまでの輸出依存経済から内需主導の経済に切り替える
ための、大きな財政出動をしていますが、中国の財政支出は日本よりは遥かに効果が
高いと考えられていますので、中国の公共投資が消費に波及し日本製の製品にたいす
る需要が高まることが期待されます。インドは、もともとこれまでのバブルに依存す
るところが小さかったので、今回の不況でもダメージが小さいぶん、経済回復も早い
かもしれません。
これらの人々が豊かになっていく過程で、生産財や消費財を提供するのが、需要回
復の最もハッピーなシナリオでしょうが、外国の状況次第の需要ですから日本の政策
の担当者がこれを頼りに「世界で最初」とすることは出来ません。
輸出がお先真っ暗な状態で、日本の内需はどうでしょう。国民は、公共投資でいま
さら道路や空港といった箱物をつくっても、将来の負担を増すだけだということも分
かってしまった現在、増やして喜ばれそうな財貨サービスは、福祉や医療といった公
共サービスということになります。しかし、この部分のスムースな供給に至るには、
政治プロセスに時間がかかりそうです。
本来であれば、これらの政府支出の大きさや決定の手際の良さを誇って、世界で
「最初」の回復と言うべきところですが、残念ながら決定には世界で一番時間がかか
りそうな状況です。
地球温暖化対策など、グリーンニューディール風な部分は、日本の得意な省エネ技
術を生かせるということで大きな産業創出につながる可能性もあり、大いに期待した
いと思いますが、いずれにせよ成果につながるのはかなり先になります。さしあたっ
ての回復の原動力になるような性質のものではないと考えられます。
こう考えて行くと、麻生首相の「日本が世界で最初に不況から脱出できるように」
発言は、ただの願望以上の根拠は薄いとしか言い様がありません。
それでも、首相に個人的な信用があれば首相の言葉を信頼しようという気になろう
ものですが。ところが、麻生首相は経済通という触れ込みでしたが、いまではそれも
疑われてしまっています。例えば、「高所得者の給付辞退は矜持だ」と発言して、定
額給付の政策意図を自ら混乱させてしまうなど、政策に対する理解不足を露呈させて
しまいました。
政治家の発する言葉の軽さは今に始まったことではありませんが、今回省庁から寄
せ集めて作っただけのように見える経済対策を発表して、言葉だけで「世界で最初の
回復」と大見得を切っても、血肉のある言葉として聞こえません。この人は、いった
い何をやりたいのだろうか? 自らのアイディアがあるのか? そのあたりを、国民
から見透かされてしまっているのではないでしょうか。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 津田栄 :経済評論家
麻生首相は、本当にそう思って発言しているのか、それとも現実を知っているが国
民に知らせると不安になってしまうのを恐れて本当のことを言わないのか、どちらな
のかはわかりません。麻生首相にしてみれば、5兆円弱の景気対策と来年度の大幅増
の歳出が実施されれば、景気は回復するという自信があるのかもしれませんが、国民
の多くは、今の経済の現状がこれまで経験したことのない厳しい状況にあると認識し
ており、麻生首相の言う「日本が世界で最初に不況から脱出できる」とは思っていな
いはずです。
直近の経済指標をみると、12月の貿易収支は、3207億円の赤字と10月以降
リーマンショックから金融危機その後の経済危機を受けて3カ月連続の赤字となり、
しかもその赤字幅は拡大傾向にあります。そして、08年の貿易収支は黒字でしたが、
前年比80%減の2兆1575億円と急減し、その理由として、原油などの資源価格
の上昇による輸入額が増加する一方で、アメリカ、EU向け自動車関連を中心とする
輸出減が大きいとともに、これまで伸びてきたアジアでもその影響から輸出が減少し
たことです。
そのことは、生産や雇用にも表れています。12月の鉱工業生産(季節調整済)は、
前月比9.6%低下と、こちらも3カ月連続の低下、しかも全業種が生産減少となっ
て総崩れ状態で過去最大のマイナス幅となっています。08年でも前年比3.4%低
下と6年ぶりのマイナスでした。雇用においても、こうした輸出減による減産や工場
閉鎖を受けて企業のリストラが進行して、12月の完全失業率は4.4%と前月比0
.5ポイントの41年ぶりの急激な悪化を見せ、有効求人倍率も0.72倍となり、
正規社員に限れば、0.47倍と過去最低にまで低下しています。
一方、この影響は、企業収益、個人消費、物価にも表れています。ここ連日発表さ
れる企業収益は、海外経済の不況による輸出急減を受けて、多くが2ケタ減益、赤字
転落、配当見直しとなっています。この結果、雇用者の給与が伸び悩み、さらに雇用
削減が非正規社員から正社員にまで拡大する動きが見られ、先行き不安が増大してい
る中で、12月の家計調査での消費支出が前年同月比4.6%減と10か月連続減を
記録しているように、個人消費も悪化をたどっています。また、原油価格の低下、円
高もあり、12月の消費者物価も0.2%上昇と前月比0.8ポイント縮小していま
すが、消費の抑制による需給悪化も影響しているものと思われます。
そして、アメリカ、EU諸国をはじめ、世界経済が減速から失速へと変化し、今後
急激かつ本格的な世界同時不況に突入していくことを考えると、生産、消費、雇用な
ど日本経済のマクロ指標は一段と悪化すると思われます。輸出は当分減少傾向を続け、
1、2月の生産予測指数から鉱工業生産は、一段と悪化が予想され、1−3月期では
20%近いマイナスになるとの見通しもあり、企業収益もその分悪化すると見られま
す。これに円高が加わればなおさらです。そして、これが賃金の低下、雇用調整を強
めて、個人消費は一段と抑制され、下振れする恐れがあります。消費低迷が需給悪化
となって物価下落を招くというように、つまり生産から雇用、消費へと悪化していく
負のスパイラルが始まり、再びデフレ経済に逆戻りするかもしれません。
こうした状況を考えると、日本がいち早く回復するとは思えません。その理由は、
これまで見てきたように、日本の経済構造が、輸出によって生産や設備投資、消費や
雇用が左右される外需主導型に傾きすぎてしまい、海外経済に依存していることにあ
ります。そして、それがうまく回っていたのは、アメリカをはじめ、EU諸国、BR
ICs諸国などの世界の経済が堅調であったからであり、それを支えたのが、経済の
グローバル化であったといえます。そして、小泉政権以降日本経済が回復したのは、
もちろん構造改革が寄与した部分もあったと思いますが、多くはこうした外需のおか
げだといえ、結局世界経済に助けられて景気回復したというのが本当のところではな
いでしょうか。
私は、以前から景気が回復しているときこそ、外需頼みから脱却し、内需へのシフ
トを図って経済の根本的な構造改革を行うべきであり、それを怠ると、個人の所得・
貯蓄環境の悪化、そして先行き不安の拡大から、その後に起こる状況は、先のデフレ
経済以上に厳しいものになると言ってきましたが、今起きてることはまさにそうなり
つつあるように感じます。そういった意味では、今回の日本経済の苦境は、景気回復
時になすべきことをしてこなかった付けともいえましょう。
また、日本の経済構造は、輸出依存型であるという問題のほかに、富がごく一部の
個人、輸出関連の大企業、そして一部の都市部に集中し遍在していることも大きな問
題といえます。それは、経済構造が硬直的になってしまっているため、一旦不況に入
ると、それに耐えられる力のない多数の中産階級以下の個人、中小企業、地方にその
しわ寄せがいき、不況を深刻化させてしまうことです。そう考えると、日本が世界で
最初に不況から脱出しようとするのであれば、内需の主体である個人においては、セ
ーフティーネットを整備して将来不安を緩和し、中小企業や地方に経済力を持たせる
ように、規制緩和や地方への財源、権限移譲による分権の促進など国の在り方までも
含めて経済構造を変えていくことが必要でしょう。
とはいっても、日本は資源のない国であり、どうしても成長していくとすれば、輸
出に依存せざるを得ない面があります。それを考えると、日本が最も早く回復すると
いうのは、希望しても難しく、その可能性は小さいといえましょう。それよりも、一
段と規制緩和により無駄を排除する一方、今回の対策のように経済効果の少ない定額
給付金やハコモノの公共事業に予算を使うよりも、将来の不安解消と成長につながる
雇用のセーフティネットの整備や社会保障の拡充、新規産業・事業や人材育成、そし
て学校の耐震化などの公共事業に、それもスピードを上げて実施すれば、回復が遅れ
ても乗り遅れないのではないでしょうか。
最後に、アメリカのオバマ新大統領がアメリカ経済は深刻であるという経済認識を
率直に国民に伝え、矢継ぎ早に政策を打っていくことを理解してついてきてほしいと
国民に訴えるからこそ、国民はオバマ新大統領を支持するのでしょう。その意味で、
麻生首相も、国民に向かって、リップサービスではなく、率直に経済の実態を伝えて、
政策をスピーディーに実施すれば、もう少し国民から支持されるのではないでしょう
か。
もう一つ、気になる点ですが、今回のアメリカの大型経済対策において、議会がア
メリカ製鉄鋼の使用を義務付ける「バイアメリカン」条項を盛り込んだことは、恐れ
ていた保護主義の前兆であり、これを全面的にすべての製品に適用されると、アメリ
カが国内優先で保護主義を採用することになり、振り子がこれまでの経済のグローバ
ル化から全く反対に振れて、保護主義が世界的になる可能性があります。そうなれば、
輸出に頼る日本経済の回復は不可能となり、それこそ悲惨な状況に陥ることになりま
す。その点で、アメリカをはじめ世界が保護主義に傾かないように注意するべきで
しょう。
経済評論家:津田栄
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
麻生首相の顔を見て日本の政策を考えるとついつい悲観的になりがちですが、「日
本が世界で最初」は難しいとしても、日本は世界の中で「割合早く景気が回復する」
ということが起こっても不思議はないのではないか、というくらいに思います。
一昨年の秋にピークを付けたと見られる日本の景気については、時間順に(1)景
気の成熟に伴う減速、(2)輸入資源価格高騰に伴う所得の対外流出、(3)海外の
金融危機の深化に伴う日本の輸出の急減、といった要素の影響を受けてきたように思
います。特に、(2)、(3)を見ると、日本経済の海外依存度の大きさを改めて感
じる展開でした。
現状では、(3)が急速に進行中で、特に生産関連の指標(鉱工業生産指数や機械
受注など)は悪化の幅が拡大している段階で、悪化が止まる兆しが見えていないので、
景気がどこまでも落ち込むような恐怖感を覚えます。これは、世界的な金融危機の影
響で、日本が得意とする資本財(生産用の機械装置など)や耐久消費財(自動車、エ
レクトロニクス)への需要が大きく落ち込んだことの影響でしょうが、各国の経済政
策が金融緩和を主導とした投資促進的なものであることを考えると、海外の各国の景
気回復の割合前半に近い部分に、日本が便乗できる可能性があるのではないでしょう
か。
また、財政政策の効果については、これが海外に流出しがちであって効果が乏しい
(たとえば、財政支出増→国債増発→実質金利上昇→自国通貨高→輸出減、といった
経路が指摘されます)と言われることがありますが、アメリカや中国をはじめとする
海外の各国の積極的な財政政策は、日本経済にプラスの影響を与えるでしょう。
日本の内需拡大が成功して、これが世界の景気に好影響をもたらすといった格好の
いい形ではありませんが、来るべき景気の「底」からの回復の様子として現実的な可
能性ではないでしょうか。
株式投資の世界では「景気敏感株」と呼ばれる銘柄群(たとえば工作機械、化学品
などが代表的です)がありますが、日本経済は世界の中で景気敏感株的な性格を帯び
ているように思えます。
問題は、外国の経済が本当に回復するのかどうかですが、金融緩和と金融機関の救
済は、ある意味では無原則なまでに積極的で徹底的なので、長期的な望ましさはとも
かくとして、経済の一部は早ければ今年の後半には回復し始めると思います。
「徹底的」の例としては、たとえば、シティグループの救済や、バンク・オブ・アメ
リカの救済を挙げることができます。特にバンク・オブ・アメリカの救済については、
バッド・アセット(不良資産)を抱え込んだメリルリンチがバンク・オブ・アメリカ
の軒先に逃げ込んで、銀行のような顔をして悪化した資産部分について米政府の損失
保証を取り付けて、会社を存続させて、従業員のボーナスも前倒しでしっかり支払う、
といったある種の公的救済の悪用を許しています。ここまであるなら、何でもありだ
な、と思わせるに十分なインパクトのある事例です。
シティグループの顧問だったルービン氏も、メリルリンチのCEOだったセイン氏
も、先の財務長官だったポールソン氏も、いずれもゴールドマンサックスの出身者で
すが、些かの皮肉を込めて言いますが、さすがにゴールドマンサックスの出身者は有
能です。経済倫理を踏み越える資金の動きを引き出して、仕事が済むと、何れもさっ
さと現場から離れており、プロの仕事振りです(「プロの殺し」という時の「プロ」
の意味です)。
担保となる住宅を金融機関に渡すと債務が終わるアメリカの住宅ローンを考えても、
金融機関に早期に損失が集中するように、経済構造が出来ています。これは、一方で、
金融機関の損さえ処理して必要な資本を再び手当してしまえば、経済全体のダメージ
は残りにくいということではないでしょうか。倫理的な望ましさは別として、この観
点では、実現すれば、アメリカのバッド・バンク構想(不良資産の銀行からの切り離
し)の効果は大きいように思います。
近年の世界経済(主にアメリカですが)の展開を、日本の「失われた10年(15
年)」のVTR早廻しのように感じるのですが、なぜ「早廻し」なのかとスピードの
問題を考えると、こうした点に一つの原因があるような気がしています。経済状況は、
当面まだまだ悪化せざるを得ないとしても、回復もまた案外早いのではないか、また、
その際に「景気敏感」である日本経済は、割合早くおこぼれにあずかることが出来る
可能性があるのではないかというようなことを感じます。
ただし、経済の回復過程は必ずしも「きれいな」ものではないでしょう。そう遠く
ない時点に、汚いなりに、また、次のリスク拡大の可能性を孕みながら、経済は回復
し、これに日本は便乗するというイメージです。大きいな落ち込みからの「リバウン
ド」は、そんな感じではないでしょうか。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
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