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全国に感染拡大、MERSより怖いSFTSとは?
野生動物が運ぶ感染症への対策を急げ
2015.6.20(土) 矢原 徹一
韓国でのMERS感染の拡大は、私たちが常に新しい感染症の脅威と立ち向かう必要があることを思い起こさせてくれる。MERSについては日本への感染拡大を防ぐために監視体制が強化されており、おそらく感染拡大を未然に防ぐことができるだろう。
一方で、国内にはすでに「SFTS」という新しい感染症の脅威が増大している。この感染症はマダニが媒介するので、シカ・イノシシなどの野生動物の増加が、感染拡大に結び付く。今回の記事では、SFTSのような野生動物が運ぶ感染症の脅威への対策について考えてみよう。
死亡率30%の新興感染症SFTSとは?
SFTS(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome重症熱性血小板減少症候群)は、2009年に中国で報告された新しい感染症である。わが国では2013年1月に初めてその感染者が確認された。
国立感染症研究所の統計によれば、2013年以来、九州・中国・四国・近畿地方で122人の患者が報告され、うち34人が亡くなられている(2015年5月31日現在)。怖い病気だ。潜伏期は6〜14日、発症すれば発熱、下痢、嘔吐などのほか、血小板や白血球が急激に減少するという症状があらわれる。
SFTSはMERSやインフルエンザと同様に、ウイルスによる病気である。ウイルスには抗生物質が効かないので、多くのウイルス病と同様にSFTSには有効な治療法がない。インフルエンザの場合には、タミフルという抗ウイルス薬が開発されているが、SFTSやMERSなどの他のウイルス感染症の場合、有効な抗ウイルス薬は開発されていないのが現状だ。このため、SFTSやMERSに感染した場合には、水分・イオン・栄養を補給し、安静にして免疫力がウイルスを抑え込むのを待つという地道な治療法が基本になる。
一方で、細菌による感染症の場合には、私たちの細胞には深刻なダメージ(副作用)を与えずに細菌の増殖を抑える薬(抗生物質)が使える(注1)。その理由は、細菌の細胞が増える仕組みは私たちの細胞が使っている仕組みとはかなり違うからだ。しかしウイルスは、細菌と違って独自の増殖機構をほとんど持っていない。
ではどうやって増えるかというと、私たちの細胞が持っている分子機構を使う。このためウイルスのゲノム(遺伝子の配列が書かれているDNAまたはRNAの分子。塩基と呼ばれる4種類の物質が文字の役割を果たしている)はとてもシンプルだ。SFTSウイルスのゲノムには、たった7個の遺伝子の配列しかない。一方で、大腸菌(細菌の1種)のゲノムには約4300個の遺伝子の配列がある。両者を比べれば、ウイルスのゲノムがいかに単純か分かるだろう。
ウイルスは細胞を持たず、ゲノムの分子の周りにいくつかのタンパク質が結合しているだけの存在だ。それは生物というよりも、増殖する物質と形容するほうが実態に合っている。しかし、増殖するときに、私たちの細胞からエネルギーやさまざまな物質を奪っていく。その結果、血小板や白血球が減るなどの症状が現れ、私たちの生命が危険にさらされる。
シカやイノシシとともに増えるウイルス
SFTSウイルスは、マダニという媒介者によって感染する。マダニは、シカやイノシシなど多くの哺乳類に寄生する小型の節足動物だ。野生のシカやイノシシを捕獲すれば、マダニだらけと言ってよいほど、この節足動物に寄生されていることが多い。それほど、ごく普通の寄生者だ。
著者が噛まれたマダニの1種(発見から4日間吸血させ、つまめるサイズになった時点でエタノールで弱らせ除去した)。ウイルスを保有したマダニに噛まれた時点で、ウイルスは人体に侵入するので、速やかに医師の診断を受ける必要がある。野外での防御は難しく、防虫剤を服の上からスプレーするのが唯一の防御法だ。
その寄生者が、シカやイノシシとともに、日本中で増えている。「MERSより怖いSFTS」と題した理由はここにある。韓国でのMERS感染は、中東を旅行した1人の感染者から広がった一時的な現象だ。いずれ感染拡大は抑え込まれ、事態は沈静化するだろう。しかし日本のSFTSはそうはいかない。シカやイノシシなどの全国的な増加とともに、その脅威は増大し続けている。
厚生労働省ではSFTSを全数把握対象疾患(4類感染症)に指定し、感染拡大についての監視体制をとっている。最近では、マダニのSFTSウイルス保有率と、野生のシカの抗体陽性率(SFTSウイルスに感染した履歴のある個体の割合)についての全国調査を実施したが、その結果はかなり深刻だ。マダニのSFTSウイルス保有率は10%程度だが、シカの抗体陽性率は平均 約30%であり、県によっては90%に及ぶ。また、SFTSウイルスは、SFTS感染者が発生している西日本だけでなく、北海道をふくむ全国に拡大していることが判明した。
SFTSウイルスには、このウイルスを持つマダニに咬まれない限り感染しない。この点で、都市部に生活していて、山に出かけることがない多くの人々には、いまのところ感染のリスクはほとんどない。しかし、潜在的脅威は拡大している。なぜなら、山間部で増加した野生ほ乳類が、次第に都市部へと広がってきているからだ。
六甲山が背後に控える神戸市では、1990年代後半から市街地にイノシシが出没する状況が生まれ、2002年には「神戸市いのししの出没及びいのししからの危害の防止に関する条例(通称:イノシシ条例)」を制定して対策に取り組んできた。しかし、市街地へのイノシシの出没は続いており、2014年には人身事故が相次いで発生した。
京都市の市街地に隣接する森林では、シカが増えて植生を食害する事態が発生しているが、2014年には、市内の高野川を散策中の市民がシカを目撃している。シカは容易に人間に慣れるので、市街地に隣接する森林で駆除を実施して個体数を管理しなければ、市街地に日常的にシカがあらわれ、庭木などを食べる事態がいずれ発生するだろう。
さらに注意すべきなのは、アライグマやハクビシンなどの外来ほ乳類が分布を拡大していることだ。これらの外来種は、都市環境への適応力が高い。東京都でも都内各地に分布をひろげ、個体数も増加傾向にある。このような野生ほ乳類の分布拡大は、いずれもSFTSに代表される感染症の脅威拡大に直結する。
楽観視をやめて、関連行政が協力して対策を
SFTSはすでに34名の死者を出しているにもかかわらず、その脅威が広く認識されているとは言い難い。この状況の背景には、楽観バイアスと行政の縦割り問題がある。楽観バイアスとは、都合の悪いことは考えないようにする心理的傾向のことだ。多くの人は、MERSの感染拡大が韓国で深刻な事態に至っていても、日本にいれば大丈夫と考えがちだ。この心理的傾向は、精神的安定を保つうえで有益なものだが、社会全体がこの楽観バイアスに陥ると「予測できた危機を未然に防げない」という事態を招く。
この事態を避けるには、行政がむしろ悲観的なシナリオを採用し、予防的対策をとることが重要だ。ここでもう1つの「行政の縦割り」という障壁が立ちはだかる。SFTSに関しては、厚生労働省・農林水産省・環境省が地方自治体と協力して体系的な対策をとる必要がある。しかし現状では、対策に動いているのは厚生労働省だけだ。農林水産省・環境省は、野生鳥獣管理という行政課題の中でSFTSの問題をきちんと位置付け、厚生労働省と協力して対策すべきだ。
野生ほ乳類から人間にうつる感染症には、SFTS以外にも、ツツガムシ病、日本紅斑熱などがある。ツツガムシ病は、江戸時代までは旅行者にとって大きな脅威だった。「つつがなく」という言葉は、旅立つ人に対して「行中にツツガムシ病にかからないように」と願う表現である。この言葉が意味を失ったのは、江戸時代後期から明治以後にかけて、シカやイノシシなどへの狩猟圧が高まり、これらの動物が人間の居住地付近に出没することはほとんどなくなったからだ。
しかし最近になって野生哺乳類への狩猟圧が激減し、シカやイノシシなどが急激に増え、感染症のリスクが再び高まってきた。SFTSの脅威の顕在化はこの事態を象徴している。私たちの「つつがない」暮らしを守るには、野生ほ乳類が暮らす世界と、私たちが暮らす世界の間に適度な距離を保つ必要がある。この距離を保つために、野生ほ乳類の狩猟による管理を、国土政策の中にしっかりと位置付けるべき時代を私たちは迎えている。
(注1)人により、また抗生物質の種類によっては、ある程度の副作用が生じることがある。
【参考】
厚生労働省:重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について
国立感染症研究所:マダニ対策、今できること
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44087
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