04. 2014年11月11日 07:47:32
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エボラ出血熱は封じられる ウイルス研究の第一人者に聞いた危機の正体 2014年11月11日(火) 江村 英哲 西アフリカから始まったエボラ出血熱の感染は世界各地に飛び火した。株式市場では売りを仕掛ける材料となり、死者の出た米国では中間選挙の争点になるなど、その拡大が多方面で警戒されている。日本でも5日、感染が疑われる患者が見つかった場合の対応策を、厚生労働省や外務省などの関係各省が協議した。直近ではアフリカのリベリアから帰国した男性が発熱して感染を疑われた。来日したギニア人女性が検疫所で発熱が確認されたが、どちらも検査の結果は陰性だった。しかし、ついに感染者が出てしまった場合、日本ではどのような対応ができるのか。国内にはエボラウイルスなど危険な病原体を取り扱う高度安全実験施設(BSL4)が2カ所存在するが、施設周辺の自治体の理解が得られないため稼働はしていない。 BSL4の製造から据え付けまでを請け負う日本エアーテック(東京都台東区)の平澤真也社長は「根本的な治療薬やワクチンの研究は米国など海外の研究施設(BSL4)に頼るしかないのが現状ではないか」という。国内で可能な対応策について、ウイルス性出血熱を研究する国立感染症研究所ウイルス第一部の西條政幸部長に聞いた。 (聞き手は江村 英哲) 国内でエボラ出血熱に感染した患者が見つかった場合、ウイルスの検査をできるのはBSL4を備えた国立感染症研究所(東京都武蔵村山市)と理化学研究所バイオリソースセンター(茨城県つくば市)の2カ所。しかしBSL4の施設は稼働していないと聞きました。検査は可能ですか。 西條 政幸(さいじょう・まさゆき)氏 1987年旭川医科大学医学部卒、91年同大学院を修了。87年から1997年まで小児科医として北海道で勤務。95年から1年間、国際協力機構(JICA)のザンビア感染症対策プロジェクトに参加する。97年に国立感染症研究所ウイルス第一部外来性ウイルス室に研究員として着任。10年より同部長に就任。ウイルス性出血熱の診断と疫学などを研究領域としている。(写真:都築雅人、以下同) 西條:「感染が疑わしいと思われる時点」で、それを確認する「病原体診断」を実施することは今のままでも可能です。ただ、陽性反応が出てしまった場合にどうするか。患者に治療薬を投与した後などに免疫力が回復してくれば、血液中のエボラウイルスが減ってくるはずです。この時、本当に減少したかどうかは、ウイルスが入った血液を調べなければなりません。この血液をBSL4より1レベル低いBSL3で扱ってもよいのかという問題が浮上します。
国内ではエボラ出血熱に感染しても満足な治療が受けられないということでしょうか。 西條:確かに、エボラウイルスが入っている血液の扱いは難しいでしょう。これは国内の検査だけに限りません。例えば、「BSL4が稼働する米国なら検査できる」といっても、ウイルスが入った血液の輸送にはいくつものハードルがあります。ですから研究の専門家はBSL4がないことを言い訳に「何もできない」と口にしてはいけません。何倍もの努力が必要ですが、何らかの工夫はできるはず。ウイルスから遺伝子だけを取り出して検査するなど、制限がある中でできる対応をしなければならないのです。 日本の研究は遅れている なぜ国内ではBSL4が利用できないのですか。 西條:「周辺自治体の反対があるためにBSL4が使えない」というのは短絡的な考えです。周辺住民に責任転嫁をしてはいけません。確かに反対はありますが、施設を使わないと判断しているには複雑な事情があるのです。日本には2カ所のBSL4がありますが、実際に稼働できるのは国立感染症研究所の施設だけです。BSL4での作業経験を積んだ研究員の数が限られているからです。 またBSL4はずっと使用せずに放置すると機械がダメになってしまう。毎年1回は定期点検をして、不具合を見つけておかなければなりません。国立感染症研究所ではBSL4の基準を満たしている装置をBSL3として使い続けています。だからこそ、機械の定期点検も行い、研究者の知見も蓄積されているのです。 日本でBSL4の活用が進まなかったのは、アフリカ大陸などで発生した病気を「遠い国の出来事」としか考えなかったことにも原因があります。こうした病気の撲滅を支援するための研究が20年、30年前から進んでいたなら、慌てることはなかった。資金があって意欲のあるドイツなどでは研究が進んでいます。日本は遅れているのです。 過去に「BSL4の稼働が必要だ」という議論は盛り上がらなかったのでしょうか。
西條:1987年に西アフリカのシエラレオネから帰国した日本人男性がBSL4での検査が必要な「ラッサ熱」の感染を疑われたことがありました。国内で治療を受けてその後に回復したのですが、ウイルスの検査は米国に頼ったのです。血液をアメリカ国立疫病予防センターへ送って結果が判明するまでに1カ月近くかかりました。この時にも施設を稼働する必要性については議論があったようですが、結局はBSL4が稼働したことはなかったということです。 日本でエボラ出血熱の感染者が出た場合、拡大を防げますか。 西條:いまこうしてあなたと話をしていますが、仮に私がエボラウイルスに感染していても伝染することはありません。素手で相手に触れれば感染しますが、接触がなければ大丈夫なのです。基本的に人から人へ伝播しにくいウイルスと言えるでしょう。感染者に触れる時にはマスクや手袋の着用を徹底する。感染症対策を徹底してやれば、エボラは封じ込められるウイルスなのです。先進国なら感染が広がるリスクを抑えられるでしょう。 エボラに隠れて進行する足元の危機 問題はエボラ出血熱に目を奪われて、足元の危険なウイルスへの警戒が手薄になることです。2013年に日本で、マダニが媒介する致死性の高いウイルス性疾患、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の流行が明らかになりました。2011年に中国で初めて確認された病気ですが、日本でも流行が広がっています。昨年は国内で40人、今年はすでに60人の患者が報告されています。体力のない高齢者などは命を落とすことが多く、感染者の死亡率は国内で30%と高いのです。SFTSはエボラ出血熱より1レベル低いBSL3での対応になりますが、ワクチンも治療薬もない。海外ではなく、自分たちの国でもこうした危険なウイルスが広がっていることにもっと警鐘を鳴らさなければいけないでしょう。 なぜ、アフリカではエボラ出血熱の感染拡大を止められなかったのでしょうか。 西條:日本に住んでいると、アフリカの環境が分らないので「対岸の火事」のような感覚になってしまうのは仕方がないかもしれません。アフリカでも海沿いの経済が発展した国ではエボラ出血熱の拡大を封じ込めています。しかし、貧困にあえぐ国では感染防止のマスクや手袋が不足している。もったいなくて捨てられないので使いまわしです。それで感染が広がる。アフリカを中心に感染者は1万3000人を超え、亡くなった方は5000人近くとなりました。親や子供を亡くした人たちは、悲しみから素手で遺体に触れることもある。エボラ出血熱を封じられない原因に貧困があるのです。
私は2011年からラッサ熱などの研究でナイジェリアに赴任しました。戦争による貧困が深刻で、教育を受けた人たちは多くありませんでした。それで困った経験があります。ポリオを予防するためのワクチンは口から飲ませるのですが、親たちが自分の子供に飲ませようとしない。「不妊症になる薬を飲ませようとしているのだろう」と疑われるのです。戦争が続いて政府のことを信用しない人が多く、病気も外国人が持ち込んだと疑われます。知識があれば防げる病気でも、感染の拡大が止まらないのは人道の問題でもあるのです。 このコラムについて ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20141106/273524/?ST=print
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