01. 2014年10月18日 06:49:21
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2014年10月18日 降旗 学 [ノンフィクションライター] DNA鑑定でわかった切り裂きジャックの正体 120年の時を経て、ミステリーが解決される!? ?切り裂きジャックと呼ばれた殺人鬼が次々と五人の女性を殺害したのは、いまから約一二〇年前――、一八八八年のことだ。?五件の犯行は八月三一日から一一月九日までの短期間に起きたが、その殺害方法がきわめて残忍、猟奇的なことから、犯人は“切り裂きジャック”と呼ばれた。呼び名のとおり、ジャックは女性たちの喉笛を切って殺害すると、その死体を切り刻み、子宮など臓器の一部を持ち去ったりしたからだ。 ?被害者の女性たちは、いずれも娼婦だった。 ?これから書く事件のあらましについて、お食事中の方、もしくはグロテスクなお話が苦手な方はページを閉じることをお勧めします。 ?事件がいかに猟奇的だったかというと――、たとえば、二人目の犠牲者となったアニーは腸が引き出され、右肩にかかっていた。三人目の犠牲者キャサリンは顔面をギザギザに切られ、臓器の一部を持ち去られていた。最後の犠牲者メアリーに至っては、正視できないほどに全身を切り刻まれていた。 ?当時の捜査記録や霊安室に安置された彼女たちの写真が資料として残っているのだけど、メアリーは全身滅多刺しのうえ鼻を削ぎ落とされ、くちびるや額も剥がれていたため、顔からの身元確認ができないほどだったそうだ。 ?さらに、ジャックはメアリーの皮膚を剥ぎ、両方の乳房を切り取り、胃腸、脾臓、腎臓と心臓を摘出した。臓器は投げ出されるように現場に放置されていたが、何故か心臓だけは見つからなかったらしい。犯行現場はメアリーの部屋で、彼女が横たわったベッドには血溜まりができ、壁には血飛沫のあとが残っていた。 ?という凄惨な事件は、容疑者が何人も浮上したのに、犯人の特定には至らなかった。つまり、ジャックは捕まらなかったのである。だから、切り裂きジャックは誰だったのか――、は一二〇年続いたミステリーだった。 ?もともと謎の多い事件でもあった。被害者はいずれも娼婦だったことや、犯行現場がホワイトチャペルといって……、モノポリーというゲームをご存じなら、スタートから二番目に出てくる地域だが、かつては貧民街だった一帯に集中していること、猟奇的な事件だったにもかかわらず二ヵ月少しで事件が終わっていること、あれだけのことをやっておきながら被害者が五人だったこと――、等々だ。 ?言うなれば、切り裂きジャックは忽然と表れ、忽然と消えているのだ。 ?個人的にいちばんの謎だと思っているのが、被害者はいずれも娼婦だったのに、ジャックは性交渉を行なうことなく犯行に及んでいたことだ。解剖の結果、彼女らの子宮に精液は一滴も残っていないことがわかっている。だから、切り裂きジャックは、殺すことが目的で、五人の娼婦を殺害したことになる。ミステリーなのである。 ?ジャックのナイフさばきは、解剖医すらも舌を巻くほどだったそうだ。 ?臓器の摘出が正確だったことから、犯人は医療の知識と経験がある者だ、いや獣医だ、屠畜業者だ毛皮職人だ、あいつらなら刃物の扱いは馴れている、待て待て理髪屋の親父だって剃刀を使うぞ――、との憶測を呼んだ。 ?当時のイギリスは、いわゆるゴシップ紙の隆盛期で、まだ報道倫理なんてものは確立されていなかった。だものだから、好き勝手と言ってもいいような“飛ばし記事”が乱れ飛んだ。確証の持てない目撃証言をもとに、勝手に犯人の似顔絵を作成したりで市民をミスリードしたり、それが捜査の妨げになったりもした。 ?犯人を名乗る人物から新聞社に手紙が届くと、俺こそが犯人だ、本当の犯人は俺だ、と都合二三〇通もの手紙が郵送されたりもした。その中の一通だけが、どうやら本物らしいということで、現在も大英博物館に保管されている。 ?ホワイトチャペル自警団には、切り取ったとされる臓器の一部も送られてきた。偽者が相次いだために、ジャックが証拠を送りつけたと言われているが、臓器の真偽は専門家のあいだでも意見が分かれているのだそうだ。ある専門家は、本物かもしれないと言ったのである。 ?ちなみに、切り裂きジャックという呼び名は、郵送された手紙の差出人のところに、Jack the Ripper とあったのが由来らしい。新聞記者がネタにするためにつけた名前との説もある。ジャックというのは、日本で言えば、太郎さんや一郎さんのように、よくある名前という意味で使われる。 ?こうした飛ばしやゴシップたっぷりの記事をロンドンの読者は喜んだ。当時の資料によると、市民の多くは野次馬で、警察が検死を行なっている周りを人垣が取り囲んでいたとのことだ。 ?二人目の犠牲者アニーは民家の裏庭で殺害されたが、引き出された腸が右肩にかかっていたアニーの死体も、検死状況も、向かいにある下宿屋の二階から丸見えだった。部屋の住人は、一人一ペンスで、客を部屋に入れ死体を見物させていた。当時の倫理観はそんなものだったのかも。 ?でも、あれから一二〇年も経っているのに、朝日新聞はでっちあげ報道を三二年も続けたのだから、二十一世紀の現代だって報道倫理なんてあるのかないのかわからない。倫理観がないのは朝日新聞社だけなのかもしれないけど。 ?という話は措いといて、切り裂きジャックの事件をリアルに描いたのが、ジョニー・デップ主演の『フロムヘル』という映画です。ジョニー・デップが演じるのは、事件の捜査に当たったアバーライン警部。実在した人物です。めっちゃ面白いですよ。 ?映画には原作があるのですが、この物語がすごいのは……、多少のネタバレが含まれるので、映画をご覧になりたい方はページを閉じられるか、飛ばすなりしてください。飛ばさないとすぐに犯人が出てきますよ。ウィリアム・ガル卿というイギリス王室の侍医です。 ?で、この映画の何がすごいかというと、もっともひどい殺され方をした最後の被害者メアリー・ケリーがアバーライン警部と恋に落ち、警部の尽力でロンドンを離れ、故郷に帰って生き残る――、というどんでん返しのような設定になっていること。すんでのところで難を逃れるわけですね。 ?じゃあ五番目の被害者は誰かというと、メアリーのアパートに居候している、新しい仲間の娼婦です。切り裂きジャックはこの娼婦をケリーだと思い込み、殺害に及ぶ。だから被害者は五人で、数は合っている。 ?この猟奇的な事件の背景にあるのは、王室陰謀説です。 ?先に答えを言ってしまうと、切り裂きジャックことウィリアム・ガル卿は王室の命を受け、五人の娼婦を殺害していたのです。 ?切り裂きジャックの事件にはイギリス王室が絡んでいる――、という説というのは古くからあるのですが、映画は、絵心のあったクラレンス公アルバート・ビクター殿下(ビクトリア女王の孫。父エドワード七世の次に王位継承権があった。つまりは、次の次の王様)がお忍びでアトリエを借り、モデルには娼婦を使っていた。 ?殿下はそのうちのひとり、アン・クルックと恋に落ち、宮殿にも秘密の結婚式を挙げ、女の子までもうけてしまう。その子には王位継承権があるのだけど、娼婦とのあいだにできた子が、未来の英国女王になる。そんなことを王室が許すはずがない――、が王室陰謀説の骨子です。 ?で、英国王室はどうしたか――? ?秘密の結婚式には、五番目の被害者メアリー・ケリーが出席していた。彼女は、アンの伴侶が殿下だとは思いもしないから、秘密の結婚を四人の娼婦仲間に話してしまうんですね。そのせいで、彼女たちは次々と殺されてゆく。秘密を知ってしまったからですね。 ?実行犯は、王室の侍医を務める外科医のウィリアム・ガル卿。外科医だからメスさばきは得意中の得意なのです。そして、娼婦たちの口封じを命じたのはビクトリア女王でした。 ?これが王室陰謀説だ。もちろん、ビクトリア女王も、ビクター殿下も、ウィリアム・ガル卿も実在の人物だが、最後の犠牲者メアリー・ケリーが殺された四年後に殿下が肺炎で急死したことから、王室陰謀説なる荒唐無稽なストーリーが作り上げられたと言われています。殿下には、なるほど同性愛や奇行の癖があったのは事実なのだけど。 ?ならば、本当の切り裂きジャックは誰なのか――? ?スコットランドヤードは、公式に三人を事件の容疑者として挙げている。 ?第一容疑者は、教師でもあり弁護士でもあったモンタギュー・ジョン・ドルイットという男。でも、この男は五番目に起きた事件の直後、テムズ川に身を投げて自殺している。ビクター殿下の同性愛の相手がこのモンタギューだったと言われています。 ?第二容疑者が、ポーランド系ユダヤ人のアーロン・コスミンスキー。職業は理髪師だが、精神障害を患い、事件後、強制的に隔離病棟へ入院させられ、一九一九年に病棟で他界している。彼の名前はあとでまた出てきます。 ?第三容疑者が、ミカエル・オストログという窃盗の常習犯なのだけど、事件が続いた当時、彼はフランスで服役中だったとのことで、だからどうして彼に嫌疑がかけられたのかはいまだに不明らしい。 ?あまた挙がった容疑者の中で、公式の容疑者とされたのはこの三人だが、それとは別に重要な容疑者がいる。事件の直後の逮捕されたフランシス・タンブルティという医師です。 ?が、逮捕した巡査は、タンブルティが医師と知ると、彼の社会的な地位に敬意を表し、その場で釈放したのだそうだ。映画『フロムヘル』のDVDには特典映像がついているのだけど、そこで切り裂きジャックに関する著作がある作家ドナルド・ランベローが面白いことを言っている。 「医師のフランシス・タンブルティは有力な容疑者だと私は思う。事件後に彼はアメリカへ逃亡し、ロンドン警視庁に追跡された」 ?タンブルティの渡米は十一月末のことだった。五番目の犠牲者メアリーが殺害された直後である。ランベローが指摘するのは、タンブルティがロンドンからいなくなるに合わせるように、切り裂きジャックが事件を起こさなくなったことだ。 「一二月五日から一年間、彼はアメリカからも忽然と姿を消した。すると一八八八年十二月末、ジャマイカで娼婦の連続殺人事件が起きた。年が明けた一月には、裂き傷を伴う娼婦の連続殺人がニカラグアで発生した。渡航記録を調べたところ、タンブルティは、ジャマイカにも、ニカラグアにも行っていた」 ?彼の行く先々で切り裂きジャックに似た事件が起きていたのだそうだ。 ?そして、彼が町を離れると、事件はぴたりとなりを潜めた。この符合をもって、ランベルローはタンブルティ犯人説を唱えるのだが、若くして結婚したタンブルティは、後に妻が元娼婦だった事実を知る。 「それでタンブルティは全ての女性を憎むようになった。切り裂きジャック事件が頻発した一八八八年、彼は四人の男性との「不適切行為」で逮捕、と当時の記録にある。おそらくは同性愛だったのだろう」 ?一八六〇年代、ワシントンにいたタンブルティは夕食会を開いた。ゲストは皆男性だったが、食事のあと、彼は招いた客たちに人体部位の瓶詰め標本を見せている。子宮の部位だけで十二個もあったとのことだ。 「タンブルティが切り裂きジャックだとする説は、性的暴力の有無だ。妻に裏切られて女嫌いになり、娼婦を憎んだ。そして子宮の収集に固執する性癖。チャプマンとエドウズも子宮を持ち去られている……、全て推論だが、さまざまな状況証拠から客観的に判断すると、アメリカ人医師タンブルティが切り裂きジャックだと思う」 ?とドナルド・ランベローは言っている。王室陰謀説は、映画などの娯楽にするには面白い設定だが、事実として考えるにはあまりにも荒唐無稽だと。 ?余談ながら、作家のパトリシア・コーンウェルが七億円もの私財を投じて切り裂きジャック解明に乗り出したのは有名な話だが、彼女は、ドイツ人の画家であり俳優だったウォルター・シカートを犯人に挙げている。 ?彼がホワイトチャペルの地理を熟知していたことや売春婦をモデルに絵を描いていたこと、犯行現場に類似した絵を数枚残していたこと等が犯人の理由らしいが、七億円も投じて何を見当違いの犯人説を、と一部で笑われたとか笑われなかったとか。松本清張が独自の解析を展開した戦後の疑獄事件が全部GHQにつながるのとちょっと似ています。 ?切り裂きジャックとおぼしき容疑者は、数え上げれば枚挙にいとまがない。 ?映画にも出てきたウィリアム・ガル卿やアルバート・ビクター殿下、フランシス・タンブルティ、ウォルター・シッカートだけではなく、エレファントマンやルイス・キャロルが切り裂きジャックだとする説まであるほどだ(エレファントマンは同じ時代に生き、犯行現場に近い病院に入院していたから。映画にも一カットだけ登場する)。ルイス・キャロルの作品をよく読むと、アナグラム(綴り変え)で犯行を告白しているのだそうだ。 ?ミステリーは永遠にミステリーかと思っていたが、一二〇年続いた切り裂きジャック捜しに終止符を打つかもしれないニュースが届いた。 ?DNA鑑定の結果、切り裂きジャックの正体がわかった、という記事だ。 ?自称「探偵」の英国人ラッセル・エドワーズが近く出版する著作に詳細は綴られるらしいのだが、切り裂きジャックはユダヤ系ポーランド人のアーロン・コスミンスキーなのだそうだ。スコットランドヤードが挙げた公式な容疑者三人のうちのひとりである。 ?エドワーズは一四年間も切り裂きジャックの調査研究を続け、二〇〇七年、オークションにかけられた被害者のショールを購入した。そこには切り裂きジャックのものと思われる体液が付着しており、そのDNAを鑑定したところ、コスミンスキーの子孫の遺伝子と一致したのだという。科捜研の女もびっくり。 ?コスミンスキーが切り裂きジャックだったとすると……、おおかたの予想ははずれていたことになる。目撃情報があったことから一度は逮捕されるが、重い精神障害を患っており、また、筆跡鑑定の結果も手紙のものとは異なるため証拠不十分で釈放された理髪師だ。その後、強制入院させられた病院で他界している。 ?容疑者には挙げられたが、誰もが彼を切り裂きジャックだとは思っていなかった。映画『フロムヘル』のメイキングでも、プロデューサーらがコメントしている。映画の製作は二〇〇一年だ。 「アーロン・コスミンスキーを切り裂きジャックの容疑者に挙げるのには無理があった。そもそも、最後の犠牲者メアリー・ケリーの殺害後、彼は三年も自由の身だった。彼がジャックなら、その間に一度も殺人を犯さないのはおかしい。だからコスミンスキーは切り裂きジャックじゃないだろう」 ?はずれましたね。 ?昨年、中国では三国志の雄・曹操の子孫らのDNA鑑定を行ない、九家族を曹操の末裔として認定した。曹操は前漢時代の重臣・曹参の子孫だとか夏候氏の末裔だとか、南京の操一族は曹操の末裔だとする説があったらしいのだが、DNA鑑定がそれらの説を全て否定したのだとか。 ?鑑定を行なったのは復旦大学(上海)の研究グループだが、DNAってのは一八〇〇年前のこともわかるんだね。大学では、今度は孔子が実在したかを調べるらしい。ちなみに、中国には孔子の子孫を名乗る人たちが二〇〇万人もいるんだそうです。すごいね、栃木県の県民数とほぼ同じ。実に中国らしいお話です。 ?しかし、DNA鑑定で一八〇〇年後の子孫がわかるのだから、一二〇年後の子孫なんかもっと簡単にわかるのだろう。コスミンスキの子孫は鑑定依頼に応じた際、彼が切り裂きジャックだったかもしれないとか、精神障害を患っていたとか、決して気分のいいことではなかったかもしれない。どんな気持ちで、彼らは鑑定を受けたのか。 ?DNA鑑定は画期的な技術で多くのことが解明されるが、どこかにデリカシーや触れてはいけないものを置き忘れてきたようにも思えてならない。切り裂きジャックの正体がわかるということは、切り裂きジャックの遺伝子を受け継いだ子孫たちもまたわかるということだ。 ?ラッセル・エドワーズの発表が事実なら、一二〇年に及んだミステリーは解決されることになる。自称「探偵」という肩書きが引っかかるところだけど。 ?イギリスでは、ミステリーサークルはUFOの着陸跡などではなく、人為的にこしらえた幾何学模様だったとか、ネッシーは存在しないという調査結果が出ている。三〇年ほど前にネス湖を訪れたときはそれは興奮したものだったが、ネッシーの正体がインバネス地方特有の縦横に吹く風(によってできる渦の影)だと知ったときは、拍子抜けした気分だった。わかってしまえば呆気ないもので、切り裂きジャックの正体がわかったいまもそんな気持ちだ。 ?ミステリーは、やはり謎のままにしておいたほうがいいような気もする。 ?その一方で、世田谷一家殺人事件や八王子スーパー強殺事件は、迷宮入りにも、謎のままにしておくことは許されない現実とがある。 参考記事:時事通信9月8日付他 http://diamond.jp/articles/print/60675 |