01. 2013年4月03日 02:02:20
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2013. 4. 2 癌の全ゲノムシーケンスを一般患者が受けてみたら ある米国作家の現在進行形の体験談から 増田智子=日経バイオテク 米国の作家が40歳代で大腸癌に罹患し、転移を繰り返す中で治療を受けながら、オンラインで募金を集めて癌の全ゲノムシーケンスを実施した。米Apple社の創業者のスティーブ・ジョブズ(故人)が、自らが罹患した癌の治療戦略を立てるためにシーケンス技術を利用したことは知られているが、本稿では、医療保険で治療を受けている「普通の人」が癌の全ゲノムシーケンスを受けるとどうなるのか、2013年現在の米国の状況を見てみたい。
癌の全ゲノムシーケンスは、ここ数年のDNAシーケンサーの進歩により可能になった検査だ。患者の正常な体細胞と癌細胞のゲノム配列を比較し、癌細胞で起きている変異を明らかにするとともに、その変異を持つ癌にとって最適な治療を探す、というものだ。2003年には30億ドルかかったヒト全ゲノムの解読コストは、2013年の時点では約1万ドルに下がり、必要な時間も数日にまで短縮されている。癌全ゲノムシーケンスの前例としては、2011年にセントルイスのワシントン大学の研究者たちが、急性骨髄性白血病を発症した同僚ルーカス・ワットマン(Lukas Wartman)博士のゲノムを解読し、腎細胞癌と同じ遺伝子(FLT3)に変異を持っていることを突き止め、スニチニブ投与で寛解に持ち込んだ例がある。 今回、全ゲノムシーケンスを受けた患者の名前は、ジェイ・レイク(Jay Lake)。米国ポートランド在住のSF・ファンタジー作家で、デビューは2004年。いくつかの作品が日本語に翻訳されている(ジェイ・レイクの作品『星の鎖』の日本語版を無料で読めるウェブサイトはこちら)。日本語の書籍はまだ出版されていない。 http://www.26to50.com/jp/works/index.html レイクは08年、44歳の時に大腸癌が見つかり、すぐに切除手術を受けた。その後の検査で肺と肝臓に転移を疑わせる陰影が発見され、切除手術(肺を1回、肝臓を2回)と抗癌剤治療(FOLFOX+ベバシズマブ、その後FOLFORI、現在はパニツムマブとセレコキシブの投与)を受けている。病状は楽観できる状態にはなく、末期の一歩手前、という段階だ。 5年にわたって手術と再発を繰り返す中で、レイクの治療の選択肢は少なくなっていった。彼の医療保険で、大腸癌および転移巣の治療に使える抗癌剤は、パニツムマブの後はレゴラフェニブしかない。癌全ゲノムシーケンスは、まだ有効な他の抗癌剤治療があるかもしれない、という期待もあって実施された。 癌の全ゲノムシーケンスには、肝臓癌の切除切片を使った。必要な資金は、ファンドレイザーの発案で寄付を集めて賄った(この寄付のサイトも細かく見ていくと面白いが、ここでは説明しない)。シーケンスは米Illumina社、ゲノム解析は米Appistry社が担当した。 http://www.youcaring.com/medical-fundraiser/Sequence-a-Science-Fiction-Writer/38705 「ゲノム医療」への期待は大きいけれど 本稿を執筆している3月下旬の時点ではまだ、レイクの詳細なゲノム解析データは出ていない。この新規の検査に対する期待は大きいものの、解析に基づく治療はおそらく抗癌剤のオフラベルユース(適応外使用)になり、レイクの保険ではカバーできない可能性がある。結局レイクは、シーケンスの結果を待たずに、目下の治療を選択しなければならなくなった。 レイクの例から分かることは、2013年の現時点においては、自費で、自由に抗癌剤治療を選択できる大金持ちでもない限り、一般市民が癌全ゲノムシーケンスを実際の治療に生かすのは難しい、ということだ。癌の遺伝子変異から使えそうな分子標的薬が見つかっても、その価格は非常に高い。医療保険が使えなければ治療は受けられない。 ただし、数年先には状況は変わるかもしれない。例えば、分子標的薬の保険償還が遺伝子変異単位で認められるようになる、などのルール変更があれば、癌全ゲノムシーケンスの臨床上の位置づけも変わってくるだろう。寄付金を集めるに当たって、活動の発起人は「もしレイクの癌の有効な治療が見つからなくても、臨床全ゲノムシーケンスという新分野への貢献は大きい」と説明している。
ちなみに、レイクの現状はこうだ。2013年2月の最後の肝癌切除手術の後、ポートランドの主治医は、後の再発・転移に備えてレゴラフェニブの温存(パニツムマブの継続)を提案。MDアンダーソン癌センターにセカンドオピニオンを求めたところ、こちらは「殺しにいく」作戦を提案してきた。すなわち、レゴラフェニブを現時点で投入し、FOLFORIと併用するという治療だ。それが効かなくなったら、同センターで実施している治験(FOLFOXとダサチニブ、セツキシマブを併用するもの)に参加するという選択肢も提示した。 レイクは、「テキサスのMDアンダーソン癌センターで化学療法を受けるとなると、家族や友人と長期間離れなければいけない。それはいやだ」と考え、ポートランドの主治医の提案を採用した。ただし、少しでも長く生きていきたいので、緩和治療よりも完治を目指す、としている。 今回の記事執筆に当たり、レイクは以下のようなコメントを寄せてくれた。 「米国では、全ゲノムシーケンスの結果を実臨床に生かす手順はまだ確立されていない。技術を欠くだけではなく、シーケンスの結果を癌治療に適用するための管理・規制プロセスもまだ存在しない。FDAは、首尾一貫したガイドラインを出す準備をしている段階だ。また、医療保険産業は全ゲノムシーケンスを保険償還可能な診断法と認めていない。さらに、米国の医師のうち、全ゲノムシーケンスで分かる結果を解釈する訓練を受けた医師はごく一部に留まっている。
私は、医療技術の最先端から少しはみ出した場所にいるのだと思う。そして、癌ゲノムシーケンスによって、もう少し寿命を延ばせることを期待している」。 「記者の眼」の記事は、Facebook上のNMOのページにも全文を掲載しています。記事をお読みになっての感想やご意見などは、ぜひFacebookにお寄せください。いただいたコメントには、できる範囲で、執筆した記者本人が回答させていただきます。 http://www.facebook.com/nmonl
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