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食卓で毎日使われている「組み換え」の調味料 遺伝子組み換え食品の真実(前篇)交雑より確率も安全性も高い
2012.06.22(Fri) 漆原 次郎
食の安全をめぐる関心事は様々だ。「食の安全」を専門家に問うこのシリーズでは、第1弾として「食品添加物」を取り上げ、添加物入りと無添加の食品では人体に害をもたらす影響は「まったく同じ」という結論を得た。
第2弾のテーマは「遺伝子組み換え食品」だ。
ダイズやトウモロコシなどの作物に、細菌などが持つ遺伝子を新たに組み込み、除草剤耐性や害虫抵抗性といった機能を加える。これにより除草剤に強い作物や、害虫に強い作物を栽培する。その作物を含む食品が、遺伝子組み換え食品だ。
“得体の知れなさ”からか、遺伝子組み換え食品に対する人びとの警戒感や不信感は根強い。遺伝子組み換え食品の安全性あるいは危険性を、人びとはどのように受け止めればよいのだろうか。
この疑問を、北海道大学大学院農学研究院の松井博和教授に投げかけた。松井教授の専門は分子生命科学。中でも、生物の遺伝子が生み出し、生物の化学変化をもたらす「酵素」の研究で知られる。また、「北海道遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例」の条例案審議における座長や部会長なども務め、推進派と反対派の“対話”を促してきた。
前篇では、松井教授に遺伝子組み換え作物の経緯や利用状況、そしてそもそも遺伝子組み換えとはどういうことなのかを聞く。
後篇では、遺伝子組み換え食品の安全性をどう考えるべきか、結論を聞く。さらに、遺伝子組み換え技術が人びとから否定的に見られている現状や背景を踏まえ、遺伝子組み換え食品とどう接するべきかについても語ってもらう。
食用よりも工業用がメインだった
──遺伝子組み換え作物の栽培は、どのように始まったのでしょうか?
松井博和教授(以下、敬称略) 市場に商品として売り出されたという点では、遺伝子組み換え技術を使った「日持ちトマト」が最初と言えるぐらいに早かったです。
米国カリフォルニア州などでは、農家がケチャップやジュースに加工するトマトを、機械を使って収穫しています。できれば、ある時期に一斉に収穫をしたい。そのためには、赤くなったトマトを長い期間、熟れすぎずに赤いまま実っていてもらいたいという事情がありました。
松井博和氏。北海道大学大学院農学研究院長。農学博士。北海道大学農学部農芸化学科助手、生物機能化学科助教授、農学研究院応用生命科学部門教授などを経て現職。北海道遺伝子組換え作物検討委員会座長、北海道食の安全・安心委員会委員、同GM部会長なども歴任。専門分野は酵素化学。
トマトを熟れさせるのは、エチレンというホルモンです。トマトがエチレンをあまり出さなくなれば、赤くなる時期も遅くはなりますが、赤くなってからもしばらくは熟れすぎず赤いままとなるでしょう。そうした考えのもと、カルジーン社という米国のベンチャー企業が遺伝子組み換えトマトを開発しました。
その後、遺伝子組み換え作物を作るいくつかのベンチャー企業が世界で設立されたのは間違いありません。そして、より大規模な企業がこれらベンチャーを買収していきました。その1つは、米国の化学企業モンサントです。
モンサントは「ラウンドアップ」という除草剤を製造してきました。おそらく賢い社員が次のようなことを考えたのでしょう。除草剤を散布すればほとんどの草は枯れるが、作物を除草剤に抵抗性を示すように品種改良できれば、その作物の種子と除草剤をセットで販売することができるし、生産者も楽に作れる、と。
──遺伝子組み換え作物の用途は、どのようなものだったのでしょうか?
松井 モンサントなどの当初のターゲットは、工業用原料を得るための作物でした。どのような作物の種子を遺伝子組み換えで除草剤耐性にすれば、企業の利益が上がるかを考えたのでしょう。たくさん売れて、多くの人が受け入れてくれるものとなると、食品になる作物というよりも、油などの工業用原料になる作物となります。
いまはどうか分かりませんが、10年ほど前では、開発されたダイズ、トウモロコシ、ワタ、ナタネなどの遺伝子組み換え作物は、油を得るための植物原料でした。また、そのかすは家畜用の飼料としても使われていたようです。
──現状では、遺伝子組み換えによって作物にどのような性質が加えられているのでしょうか? また、どのような作物に遺伝子組み換えが行われているのでしょうか?
松井 商業として扱う量として多いのは、先ほど紹介したような除草剤耐性、それに害虫抵抗性があります。また、この両方を合わせたものもあります。これらの性質がほとんどと言って間違いありません。作物の種類としては、約60%がダイズで、あとはトウモロコシ、ワタ、ナタネ。この4品目でほとんどです。
醤油の原料に遺伝子組み換えダイズ
──はじめは工業用途が主だったとはいえ、「遺伝子組み換え食品」という言葉がある以上、食用にも遺伝子組み換え技術が使われているのでは?
松井 豆腐や納豆はダイズから作られますが、ダイズで作られるという共通性がある以上、もちろん遺伝子組み換えダイズから豆・豆製品を作ることは可能です。
とはいえ、たんぱく質が豊富な豆腐や納豆に用いるダイズと、油の多い工業用原料に用いるダイズでは成分もだいぶ違います。その豆・豆製品が食品としておいしいかどうかはまた別です。
「食べる」という行為をどう定義するかにもよりますが、魚を刺身で食べるように、料理の食材として食べるという点では、私たちが遺伝子組み換え食品を食べている可能性はとても小さいと言えます。
ただし、体内に摂り込むことを「食べる」とするならば、私たちは遺伝子組み換え作物から作られたものを日常茶飯事として食べていることになります。
例えば、醤油には原料にダイズを使います。米国から輸入されるダイズは、100%とは言えませんが、おそらく90%ぐらいが遺伝子組み換えしたものでしょう。コストなどの都合から遺伝子組み換えダイズを使っているメーカーはあると思います。
──2011年12月には、米国産の遺伝子組み換えパパイヤが日本で輸入解禁となりました。
松井 これはそのまま食べるためのものです。パパイヤリングスポットウイルスというパパイヤ特有のウイルスに感染する病気があります。そこで遺伝子組み換えをして、このウイルスから免れるパパイヤを開発したわけです。
極端に言えば、地球からパパイヤがなくなることを防ぐため、緊急避難的に行われた遺伝子組み換えと言えます。ダイズやトウモロコシなどの遺伝子組み換えをする必然性が消費者に認められていない作物に比べれば、受け入れられる可能性はあるでしょう。
遺伝子組み換え技術とは酵素発現技術
──よく、遺伝子組み換えでは、植物に新たな遺伝子を組み入れて酵素を発現させると言われます。遺伝子組み換えをするということは、そもそもどのようなことなのでしょうか?
松井 次のような喩えで説明すると分かりやすいでしょうか。
海外の友人が日本に住むあなたの家に来て、「君の家が気に入った。君の家とまったく同じ日本風の家を私も建てるよ」と言ったとします。これを実現するためには、2つの方法が考えられます。
1つ目は、あなたの家をそのまま船に載せて運んでしまうという方法です。しかし、これはあまり現実的ではありません。
これに対して2つ目の方法として、設計図を手に入れて、日本建築の材料と大工も探して家を建てるということが考えられます。
ここで言う、家の設計図が遺伝子であり、建てられた家が酵素であると言えます。つまり、遺伝子組み換えの大部分は、設計図である遺伝子を植物に組み入れることで、ある働きを持った酵素を発現させることなのです。
例えば、植物の赤い色素を考えてみます。ニンジンの色は赤いですが、これはビタミンAになる前段階としてカロテンという物質が存在するからです。なぜ、カロテンが存在するのかというと、そのもとになるカロテン合成酵素があるからです。
ニンジンにはカロテンがありますが、田んぼで実るコメにはカロテンがないので赤くなりません。そこで、ニンジンのカロテン合成酵素をコメに入れれば、このコメも赤くなるはずです。しかし、いまの技術ではこの酵素をコメに注射器で入れたとしても作用しません。
では、どうするか。家の設計図を日本から海外の土地に持っていき家を建てるのと同じように、酵素の設計図である遺伝子をニンジンからイネに持っていって、イネの中でカロテン合成酵素を発現させるのです。これが遺伝子組み換え技術の一例です。
動物、植物、微生物、これらの細胞の中で起きる化学変化は、ほぼすべて酵素によるものと言って過言ではありません。遺伝子組み換え技術は、酵素を発現するための技術とも言え、「酵素発現技術」と表現してもよいのではないかと私は考えています。遺伝子を操作するということに、誤解と大変な抵抗があるからです。
交雑より確率も安全性も高い
──遺伝子組み換えとよく比べられるのが、生物の固体どうしを交雑させることによる品種改良です。交雑はイネの新品種を作るときなどでも、当たり前のように行われています。遺伝子組み換えと交雑にはどのような違いがあるのでしょうか?
松井 まず、必要とする情報が作物の中に入るという点ではほぼ同じと言えます。しかし、交雑と遺伝子組み換えには違いもあります。
例えば、ある国が、いつの日かまたバレーボールで金メダルを取るために、身長250センチの選手を揃えようとしているとします。これを叶えるには、身長の高い人どうしで結婚して、子孫の世代に背が高くなることを託すことが考えられます。作物で言えば、これが交雑です。何代後の子孫には目的の作物が生まれるかもしれませんが、必ず何代目で生まれるという保証はありません。時間もかかります。
一方、これは仮の話ですが、人に対して、必要なときに成長ホルモンが従来の何倍も出るよう遺伝子組み換えをすれば、身長が250センチになる人が生まれる可能性がとても高くなります。つまり、遺伝子組み換えは目的を絞って遺伝子を変えることができるわけです。
ここから言えることは、遺伝子組み換えの方が目的に合った作物を作れる確率が高いということ。また、交雑の方が、目的とすること以外の変化も起きている確率が高いということです。理屈的に、どちらの作物が効率的で安全かと言えば、遺伝子組み換え作物となります。
(後篇に続く)
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