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先端科学が変えていく酒づくりの定説 火入れ酒は生酒よりも「雑味」が早く低下
日本酒、熟成の温故知新(後篇)
2012.05.25(Fri) 漆原 次郎
風土記の時代からつくられ飲まれてきた日本の国酒が日本酒だ。前篇では、日本酒の長期貯蔵による熟成を可能にする「火入れ」の歴史を紹介した。パスツールの「低温殺菌法」開発より300年も早く、日本では経験的技法として火入れが行われていたのだ。
後篇では、この火入れの技術と大いに関係する、日本酒をめぐる注目の先端技術を紹介したい。慶應義塾大学先端生命科学研究所が「メタボローム解析」という手法を駆使して日本酒の味の成分を分析し、さらに火入れ酒と生酒(なまざけ)の熟成の仕組みの違いを明らかにしたのだ。
「意外な結果が出たのです」と、同研究所長の冨田勝教授は話す。それはいったい、どのような結果だろうか。
実り豊かな米、清らかな水、それに麹(こうじ)菌の活動に適した多湿な気候。日本の風土が、日本酒を醸した。
米どころの1つ山形県にも数多くの酒蔵がある。冬場の寒さは、日本酒づくりに無駄な雑菌の繁殖を抑えるのに適しており、この地から良質の日本酒が生まれている。
県西部にあるのが鶴岡市だ。庄内藩酒井氏14万石の城下町で、現在の人口は14万。出羽三山や朝日連峰の山々と日本海に囲まれる形で穀倉地帯の庄内平野が広がる。もちろん鶴岡市も酒どころ。「出羽ノ雪」「大山」「竹の露」などの銘柄が、各酒蔵でつくられる。
この鶴岡市で、例のない日本酒の研究が行われている。市内にある慶應義塾大学先端生命科学研究所が、日本酒を対象にしたメタボローム解析という先端研究を進めているのだ。
日本酒の代謝産物を全て解析
「鶴岡は、独創的な研究を行うのに理想的な場所です」。こう話すのは、同研究所長の冨田勝教授だ。
2001年、慶應大学は山形県と庄内地域市町村の連携のもと、「慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパス」を開設した。冨田教授たちが目指しているのは、独創的な研究成果を生み出し続けること。「教科書を書き換えるような研究を本気でするには、自然豊かで食も美味い所で腰を落ち着けて考えることが重要です」
同研究所が、独創的な研究の重要な手段として位置づけているのが、冨田教授も自身の研究で駆使しているメタボローム解析だ。
慶應義塾大学先端生命科学研究所所長の冨田勝教授
「メタボローム(metabolome)」の“-ome”は「全体」を意味する。その前に来るのが“metabolite”の一部。これは、細胞の営みの中で化学反応によってつくられる「代謝物質」のこと。つまり、「代謝物質全体の仕組みを解析する」ことがメタボローム解析だ。
「メタボローム解析以前は、注目した代謝物質をピンポイントで調べていました。違いがなければまた別の部分を調べてを繰り返したのです。一方、メタボローム解析では、まず代謝物質を全て調べます。その後、コンピュータで違いを見つける。比較する試料が時間経過とともにどう変わっていくかを知るのにも、まずは全て調べて、後から違いを見つければよいのです」
これはさながら、調べたいことができるたび情報を集めるのでなく、はじめに森羅万象が記述された事典を作っておき、調べたいことがあれば事典を引くといったもの。
日本酒の代謝物質に関する全情報をまず用意してから、調べたいことがあればその全情報を見るのが、日本酒のメタボローム解析だ。
「利き酒」と科学的分析の相関関係を探る
「私自身が日本酒好きですが、日本酒は奥が深い。毎年、同じようにつくられる酒であっても、出来が違う。その問題意識をサイエンスにしました」
研究所から日本酒のメタボローム解析の本格的成果が出始めたのは2010年。杉本昌弘講師らが、官能試験で評価される日本酒の味と代謝物質量の相関関係を解明した。
山形県内の日本酒49種類について、4人の熟練した利酒師(ききざけし)が「雑味」「甘味」「苦味」「酸味」の度合を評価した。一方、杉本講師らは、同じ49種類について、どんな成分がどれほど含まれているかを調べるためメタボローム解析を行った。この官能評価と日本酒の成分という、2つの間の相関関係を求めたのだ。
実際、日本酒に含まれる成分をどう解析するのか。ここで使われたツールが、同研究所の曽我朋義教授が開発してきた「キャピラリー電気泳動−質量分析計」だ。
まず、キャピラリー電気泳動。長細い管に日本酒の試料をセットし、3万ボルトの電圧をかける。すると様々な日本酒の代謝物質が、電極のある管の出口へ向かう。代謝物質ごとに移動速度は異なるため、管の出口の検出器で時間差にどんな物質がどのくらいの量で通過したかを記録できる。あらかじめ「この物質の移動速度はこのくらい」という知識はあるので、それを参照すれば、調べている日本酒に含まれている物質の量の目星が付く。
「ただし、試料のピークとピークが重なって区別できないこともあります。そこで、質量分析計も組み合わせます」
鶴岡市内の慶應義塾大学先端生命科学研究所。キャピラリー電気泳動装置や質量分析計など、メタボローム解析の機器が並んでいる(写真提供:冨田教授)
キャピラリー電気泳動装置に、各物質の分子の重さが分かる質量分析計をつなげる。これにより「移動時間」と「物質の重さ」という2次元で各物質の情報を得て、区別することができる。「数百のピークがあってもほぼ重なることなく、代謝物質を調べられます」。
キャピラリー電気泳動−質量分析計により、49種類の日本酒の代謝物質が網羅的に調べられた。それとともに、49種類の日本酒に対する官能評価での雑味、甘味、苦味、酸味もスコア化された。この2つの相関関係を見出していったのだ。
この研究で、特に冨田教授や杉本講師が注目していた味がある。雑味だ。雑味とは、日本酒本来の味を損なわせる不純な味。この2010年の段階で、利酒師が「雑味が多い」と評価した日本酒には、アラニン、プロリン、アルギニン、グリシン、グルタミン酸、ロイシンなどを含むアミノ酸の総量が多いことが分かった。
火入れ酒は生酒よりも「雑味」が早く低下する
「メタボローム解析はアイデア次第。解析データから行えることは無限にあります」と、冨田教授は話す。日本酒に対してさらに行った研究が「火入れ酒」と「生酒」の熟成の仕組みの比較だ。
火入れ酒は、貯蔵をする前に摂氏60度や65度の熱で殺菌した酒。乳酸菌などの様々な菌を火入れして殺しておく方が、長いこと貯蔵して熟成させる上では都合がよいと考えられてきた。
一方、生酒は火入れの工程を経ない酒。近年は冷蔵技術により生酒でも長期保存できるが、本来はフレッシュな生の味わいを楽しむものだ。
研究所は、2011年から12年にかけ、鶴岡酒造協議会や庄内地域産業振興センターの協力のもと、庄内地方の酒蔵8社の火入れ酒と生酒、計16本を4カ月にわたり貯蔵し、成分の変化をメタボローム解析した。火入れした直後の保存開始期、1カ月後、2カ月後、4カ月後の4つの時点での火入れ酒と生酒の代謝産物を分析したのだ。
この解析でも、キャピラリー電気泳動−質量分析計を用いた。「ただし」と冨田教授が言う。「イオン性の物質はよく測れますが、中性の物質を測るには向いていません」
日本酒には糖分などの中性(非イオン性)の物質も多く含まれており、これらの物質の分析にキャピラリー電気泳動-質量分析は向かない。「そこで、液体クロマトグラフ−タンデム質量分析計も使いました」
液体クロマトグラフ−タンデム質量分析計は「液体クロマトグラフ」「質量分析計」さらに「質量分析計」という三重の分析システム。まず、液体クロマトグラフという装置で、管を早く通過する物質と遅く通過する物質を大まかに分類する。さらに、狙った物質だけ1つ目の質量分析計で絞り込み、2つ目の質量分析計で絞った物質の量を測定する。
火入れ酒と生酒を4カ月にわたり貯蔵した上でのメタボローム解析。無数の網羅的データから浮かび上がった結果はどのようなものだったか。
「火入れの酒の方が、特にアミノ酸の総量の変動が大きかったのです。生酒でも確かにアミノ酸総量は減りましたが、火入れ酒は減り方がより激しい。これは意外でした」
これまで考えられてきたことは、次のようなものだ。火入れにより殺菌がなされる。殺菌された日本酒では成分が安定する。アミノ酸についても成分量が安定するはず・・・。
ところが、メタボローム解析の結果は違っていた。火入れ酒のアミノ酸の量は急激に減っていった。その減り方は生酒を上回っていたのだ。
アミノ酸の減り方が急激だとどうなるか。思い出してほしいのは、アミノ酸は2010年の解析で「雑味」の主成分と分かったことだ。そのアミノ酸が大きく減った火入れ酒は、生酒より雑味が早く低下している可能性があることになる。
火入れ酒と生酒における各種アミノ酸の量の変化。火入れの方が量の減り方が急変している(画像提供:冨田教授)
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科学が解き明かす日本酒の味の変化
この研究では、他にも注目される結果が出た。甘味の主成分グルコース(ブドウ糖)や、酸味や苦味に関係するペプチド類について、生酒では時とともに量が増えたのに対し、火入れ酒では増えなかったというのも、その1つだ。グルコースやペプチド類については、「火入れによる安定」が見られたことになる。
なぜ、このような結果が生まれたのだろうか。冨田教授は率直にこう答える。
「原因ですか。今のところ、まだよく分かっていません」
冨田教授も言う通り、日本酒の味は奥が深い。数多くの物質が独立して日本酒の味に寄与しているのでなく、複雑な関係の中で日本酒の味はつくり出されるということも大いに考えられるだろう。こうした疑問を解決しうる力も、メタボローム解析は持っている。
「日本酒の味の変化を科学的かつ経時的に計測することが可能になりました。日本酒の品質管理、品質評価、そして貯蔵法の最適化にこの技術を利用できる可能性があります」
経験的な智慧を科学が裏づけることは多い。メタボローム解析は、科学的な裏づけを与えるとともに、これまでにない日本酒の知識や技術をもたらす可能性を秘めている。私たちは、新たな道具を手にして、日本酒の“新しい伝統の入口”に立っているのかもしれない。
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