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選択 2010年1月号
飢餓人口十億人の元凶
穀物市場を独占する米国
二〇〇七年以降、深刻化する世界食糧危機は、依然解決の兆しを見せず、国連の食糧農業機関(FAO)は「十億人が飢餓の危機」と警鐘を鳴らす。だが、現代の世界の飢餓には隠されたメカニズムがある。世界最大の農業国アメリカが築いた巧妙な仕掛けを見破らない限り、「飢餓克服」は掛け声倒れになるだろう。
穀物増産が食糧危機の遠因に
昨年春、米国西海岸の名門、ワシントン州立大学で、ある著書をめぐって全米が注目する騒動が起こった。ジャーナリストのマイケル・ポラン氏が「米国人の食」の問題点を鋭くえぐった、『雑食性のジレンマ』が、新入生の必読図書からはずされたのだ。五十四歳のポラン氏はこの著作の中で、「米国人はトウモロコシと大豆ばかり食べている」と喝破し、米国の巨大農産・食糧企業(アグリビジネス)がいかに米国人の食をゆがめているかを批判した。
ワシントン州は、日本ではイチローのシアトル・マリナーズやマイクロソフト社の本拠地で知られるが、農業も盛んだ。日本では、一九九〇年以降、州特産のリンゴを強引に売り込んでいることで関係者の反感を買っている。そんな農業州の大学が、アグリビジネスを攻撃した本を「必読」からはずしたため、米国内では「大学に多額の寄付をするアグリビジネスが、圧力をかけた」との憶測が流れた。
大学側はあわてて、「財政難」を理由にあげたが、四千冊を購入済みだったことが分かって、ナゾが深まった。はっきりしているのは、ポラン氏の著書が平明で遠慮ない語り□で、読む者にアグリビジネスの危険性を伝えていることだ。
米国では実際、トウモロコシと大豆の生産(そして消費)が伸びている。そのことと、世界の食糧危機とは、実はつながっている。特定の穀物の増産が食糧危機の遠因、というのは一見矛盾しているが、食糧危機の背景には米国のアグリビジネスが複雑に関与していることを見逃してはならない。
生産過多なのに増産されるコーン、食用から燃料用にまわされる(アメリカ・イリノイ州)
まず、米国人は本当にトウモロコシばかり食べているのかを解明しよう。日本のトウモロコシとは味が異なるので、以下はコーンと表記する。米国の小麦は一九九〇年に二十七億ブッシェル生産されていたが、二〇〇九年には二十二億ブッシェルに減少した。この間、大豆は二十億ブッシェルから三十億ブッシェルヘ、コーンは八十億ブッシェルから百二十億ブッシェルヘとそれぞれ五〇%も増えた。
米紙の農業記者は、「コーンや大豆は、(遺伝子組み換え技術で)病気や害虫に強い上、収益性が高い。それに比べると、小麦はまだ、両穀物並みの耐性がないからだ」と解説する。意外にも小麦より大豆、コーンの方が儲かるのだ。
注目すべきは、米国産コーンの用途である。半分は牛、豚など家畜の肥料になり、残りは甘味料(コーン・シロップ)や菓子、オイルなどに加工される。米国人(およひ世界中の消費者)が意識しなくても、コーラなどの炭酸飲料、果汁入りドリンク、ハンバーガーなどを通じて、米国産コーンは体内に入ってくる。
しかも、現在の米国産コーンは狭い面積でも高収穫をあげる。成分はでんぷんばかりだ。その加工食品を食べ続ければ当然、でんぷん摂取過多になり、肥満に陥る。ポラン氏はこの点を、厳しく指摘した。米国の畜産も、高収益路線まっしぐらで、牛や豚は身動きできない畜舎で飼料だけ詰め込まれて極力短期間で育てられる。これが、「商業的農業」だ。こちらの食肉は脂肪過多である。
コーンは近年、明らかに生産過剰なのだが、米国は現在、官民あげてさらに増産する体制が出来ている。一九七〇年代以降、コーン農家に対しては赤字にならないようふんだんな政府補助金が支給されている。過剰生産コーンがエタノールに回されるようにと、ブッシュ前政権は「地球温暖化対策」と称して、コーンから作るエタノールなどのバイオ燃料の使用を、国家的に支援する政策を打ち出したのである。
この政策が穀物市場に壊滅的な影響を与えたことは、すでに指摘されている。○七年だけで世界全体の穀物生産量の五%が食用から燃料用に回されたと推計されている。投機マネーの流入もあって、この間、コーンと大豆の価格は二倍以上跳ね上がり、小麦は三倍以上になった。三十以上の国で深刻な暴動が発生した。
過剰農産物をアジアに押し売り
一方、民間を見ると、アグリビジネスが開発した遺伝子組み換え技術によるコーンと大豆は、今や市場の八割以上を占める。その代表格、モンサント社のコーンは、同社が作る強力除草剤「ラウンドアップ」に耐性を持つ遺伝子組み換え作物だ。自社の除草剤を売りつけた上に、その除草剤に強い種子を売りっけるのだから、相当えげつない商売だ。モンサントはその上に私立探偵を多数雇って、個別農家が密かに種子を再生産しないよう全米の農地を監視している。その結果、コーンを作れば作るほど、モンサントは自動的に莫大な収入を得るのである。
こうしてみると、現代米国の農業が、アグリビジネスの高収益追求路線により、小麦からコーン、大豆にシフトし、しかも過剰生産分は燃料に回すという倒錯した状況に陥っていることが分かる。
厄介なことに、米政府は「市場開放」を錦の御旗にして各国に「自由貿易」「門戸開放」を迫る。大義名分の陰にあるのは、米国産農産物の押し付けであり、過剰生産のコーンと大豆の押し売りだ。特にアジアヘの売り込みには積極的で、工業製品を売りたい日本や中国が、農産物で米国に譲歩した結果、両国では穀物別れによる畜産が主流になった。中国では豊かになるにつれ、肉食消費が増えたから、大豆とコーンでは輸入に頼らざるを得なくなった。
ここで、アグリビジネスの代表的企業を紹介しよう。既出のモンサントは元来化学会社で、ベトナム戦争に用いられた「枯葉剤」や有害物質PCB(ポリ塩化ビフェニール)を作っていた。
最大手の「カーギル」は世界六十カ国以上で一千以上の事業を展開し、十六万人を雇用している。創業家が今も資本を牛耳り株式は未公開だ。秘密主義の業界の中でも一段とその色彩が濃い。各地で「児童労働」「環境汚染」の批判を浴び、最近では大腸菌汚染で牛肉加工食品の大規模リコールをした。さらに「ブンゲ」、「アーチヤー・ダニエルズ・ミッドランド」が御三家的存在で、アメリカ拠点の多国籍企業数社だけで世界の穀物市場の八割以上を扱っている。
養豚の世界最大手「スミスフィールド・フーズ」は東欧など世界中に養豚場を展開する。メキシコの養豚場は、最初に「豚インフルエンザ」と呼ばれた新型インフルエンザの発祥地と疑われている。
「土地奪取」が飢餓に拍車をかける
途上国から最良の土地を奪取
アグリビジネスの活動は世界中に及んでいるが、近年ではアフリカや東ヨーロッパ、南アジアの国々で次々と土地を取得している。「ランド・ラッシュ(土地ラッシュ)」または「ランド・グラブ(土地奪取)」と呼ばれている現象で、開発途上国の耕作可能な土地を買い占め、国際市場向けの輸出用、あるいは自国向けに農業生産をすることだ。
これには、多国語企業だけでなく、サウジアラビアやアラブ首長国連邦などアラブ産油国、韓国や中国の企業も参入している。ウクライナの黒土地帯、ルーマニアやポーランドの肥沃な平原がまず狙われ、やがてパキスタン、インドネシア、スーダン、エチオピアなどに及んでいった。
未使用の土地を活用するのは、一見すると食糧増産への貢献だ。だが、土地を売る国はそもそも貧乏で、国内には飢餓が存在するところが多い。その国から、最良の耕作地を取り上げるのだから住民には打撃である。しかも、米国企業はエタノール用のコーン栽培を行うなど、作物自体が食用ではないケースも多いのだ。
国際農業開発基金(IFAD)などがイタリア人研究者ロレンツォ・コトゥラ氏らの国際研究グループに委託した研究によると、海外投資家が買い占めた土地は、所有権があいまいで、「(現地の)農民や遊牧民、猟師たちが伝統的に日々の糧を得てきたところ」であるという。もちろん、既往の農民らは怒り、土地所有権を主張するから、買い占めた側は、民間警備会社や傭兵に厳重な警備をさせて、土地住民を排除する。
研究グループは、こうした実情を調べた上で、「(土地売却は)現地の人たちにとって、土地の喪失になる可能性がある。アフリカ農村部では大多数の人が土地に依存しているだけに、土地喪失は大損害を与えることになるだろう」と指摘している。
国際的な規制が全くないため、買い占めの全貌は分からない。IFADの研究グループは、調査したエチオピア、ガーナ、マダガスカル、マリ、スーダンの五カ国について、「二〇〇四年以降だけで、二百五十万ヘクタールが投資家と契約された」と指摘した。このほかの推計では、世界全体で少なくとも二千万ヘクタールが買い占められたとの数字もある。事実とすれば、日本の半分以上にあたる肥沃な農地が、外国の手にわたったことになる。土地を追われた住民は、深刻な飢餓に直面している。
こうして見ると、世界食糧危機の要因は、互いに密接に関連していることが分かる。世界中の食生活が米国型になるにつれ、小麦やコメの生産から、コーンと大豆生産にシフトしていること。バイオ燃料への転換で、穀物価格が高騰したこと。先進・金満国の需要を満たすため、開発途上国の農民が土地を奪われていること。一連の現象を貫くのは、農業がますます工業化し、伝統的な零細・自給農業は駆逐されるという傾向である。この背景に、多国籍企業とその利益を代表する米国政府を見出すのは、難しいことではない。
国際機関をも黙らせる圧力
最後に、アグリビジネスが世界の学界やマスメディアに及ぼす力に触れておこう。彼らは自分たちへの批判に異常なまでの敵意を見せる。遺伝子組み換え作物の安全性については、反対論や慎重論を政治的圧力で押さえ込む上に、豊富な軍資金で言論も左右する。
二〇〇一年、英国の科学雑誌「ネイチャー」に、遺伝子組み換え作物がメキシコの在来種にいかに悪影響を及ぼしているかを調べた論文が掲載された。その直後、研究者向けに、「論文はでたらめ」という数千の中傷メールが送られた。メールの猛攻撃で「ネイチャー」はパニックに陥り、翌年の号で論文を取り消してしまった。その後、メールはモンサント社が雇ったPR会社の作成だったことが判明した。事件を暴いたジャーナリスト、ジョナサン・マシューズ氏は「連中にはひとかけらの倫理もない」と憤った。
アグリビジネスは巨額の寄付を通じて、学界も操る。米欧の名門大学で、「アグリビジネス」の研究プログラムを支援し、応援団を養成する。
英オックスフォード大のポール・コリアー・アフリカ経済研究センター所長は二〇〇八年、「フォーリン・アフェアーズ」誌への寄稿で、遺伝子組み換え作物に対して欧州で反感が強いことについて、「農業保護主義」「反米左派と健康マニアの消費者」と槍玉にあげ、食糧危機を打開する道として、遺伝子組み換え作物の導入と「商業的農業」を推進せよと唱えた。アグリビジネスが現にやっていることだ。権威ある雑誌に高名な学者が書けば、飢餓への立派な処方崖のように映ってしまう。
このような環境では、国際機関の調査や提言は必要以上に慎重になる。「エタノール問題」「投機マネーと穀物価格の関係」「ランド・グラブの実態」といった、食糧危機の原因を扱おうとすれば、アグリビジネスから激しい攻撃を招く。彼らの意を汲む米政府は、国際機関の最大の出資国だから、その調査や分析には、見えざる制約がかかる。これでは、国際機関の提案は、「飢えている人々を救おう」というあいまいなスローガンばかりになる。
二〇〇九年十一月にローマで開催されたFAOの「食料サミット」が、ほとんど「首脳」が加わらず、低調だったのもやむをえないことだ。
潘基文・国連事務総長が一日だけ断食して、「飢えている人々の痛みが分かった」と語るなど、サミットは完全な茶番に堕した。
日本では、自国の食料自給率が三九%しかないという状況もあって、「日本はどうやって食糧を確保するか」ばかりが議論される。しかし、世界食糧危機の背景を深く見ることなしに、有効な食禄安全保障戦略は編み出せない。過去数十年間、日本は米国の「自由貿易」「市場開放」の圧力にさらされ続けてきた。米国の自己中心的な農業政策・通商政策が世界中でどんな結果を生んできたのか、精査する時期に来ている。
茶番に堕した「食料サミット」(2009年11月、ローマ)
雑食動物のジレンマ〈上〉―ある4つの食事の自然史
原書名:THE OMNIVORE’S DILEMMA(Pollan,Michael)
ポーラン,マイケル【著】〈Pollan,Michael〉 ラッセル 秀子【訳】東洋経済新報社 (2009/11/05 出版)
肥満の原因は何か?健康にも環境にも悪いものでさえ食べてしまう雑食動物の人間は何を食べるべきなのか。
その答えを求めて、ファストフード、オーガニックフード、スローフードの食物連鎖を追う旅が始まる。
全米100万部突破のベストセラー。
序章 摂食障害に病むアメリカ
第1部 トウモロコシ―工業の食物連鎖(植物―アメリカを牛耳るトウモロコシ;農場;カントリーエレベータ;肥育場―トウモロコシで肉をつくる;加工工場―ソウモロコシで複雑な食品をつくる;消費者―肥満共和国;食事―ファストフード)
第2部 牧草―田園の食物連鎖(人はみな草のごとく;ビッグ・オーガニック;草―牧草地を見る一三の方法;動物―複雑性の実践)
著者紹介
雑食動物のジレンマ〈下〉―ある4つの食事の自然史
原書名:THE OMNIVORE’S DILEMMA(Pollan,Michael)
ポーラン,マイケル【著】〈Pollan,Michael〉 ラッセル 秀子【訳】東洋経済新報社 (2009/11/05 出版)
完璧な食事とは何か?トウモロコシ農場から、食品科学研究所、肥育場、有機農場、狩猟採集の森までを追い、私たちがいつも口にしている食べ物の正体が明らかに。
―そして、最後にたどり着いたシンプルな問いへの驚くべき答えとは?ジェームス・ビアード賞最優秀賞(食関連著作部門)、カリフォルニア・ブック賞(ノンフィクション部門)、北カリフォルニア・ブック賞(ノンフィクション部門)受賞作。
第2部 牧草―田園の食物連鎖(自家処理―ガラス張りの処理場;市場―バーコードのない世界から;食事―牧草育ち)
第3部 森林―私の食物連鎖(狩猟採集者;雑食動物のジレンマ;動物を食べることの倫理;狩猟―肉;採集―キノコ;完璧な食事)
ポーラン,マイケル[ポーラン,マイケル][Pollan,Michael]
ジャーナリスト、食や農、ガーデニングなど人間と自然界が交わる世界を書き続け、ジェームス・ビアード賞、ジョン・ボローズ賞、QPBニュー・ビジョン賞、ロイター&国際自然保護連合環境ジャーナリズム・グローバル賞、全米人道協会ジェネシス賞など数々の賞を受賞。また、カリフォルニア大学バークレー校大学院でジャーナリズムの教鞭をとるとともに、食や農を中心に講演活動を行っている。妻で画家のジュディス・ベルザーと息子アイザックとバークレー在住
ラッセル秀子[ラッセルヒデコ]
翻訳家。聖心女子大学卒。米国モントレー国際大学院修士課程修了。フリーランス通訳を経て、翻訳業にたずさわる。また、ビジネス、医療、教育、観光、スポーツなど幅広い分野で実務翻訳を行うとともに、米国モントレー国際大学院の非常勤講師として英日翻訳を指導している。アメリカ在住