http://www.asyura2.com/09/geinou2/msg/557.html
Tweet |
年末にはきまって大手テレビ局でスターの集合した大きな漫才イベントが開催されるものです。
新世紀にはいってちょっとしたお笑いブームが起こり、各芸能プロダクションの養成スクールにも人材が殺到、漫才コンビは星の数ほどでてくるものの、若く青い希望が膨らんでいく先には消費競争の酷使しかなく、その中にユトリを見つけて芸を育んでいくような者でもない限り、笑えないお仕事の連続に投槍で軽薄な人格をつのらせ枯れていく。私は少しも楽しめなかった。
今、中心人物たちは30代〜アラフォーである。若さには欠けるし閃きや爆発力はないがその分、性格的な成長があるため芸の輪郭が整頓されていてネタも深く興じる時間が期待と余韻の中で日常にも伝播し四方へ広がっている。私のような中年の人間にとっては、今のイベントのほうがずっと見やすいのだ。
代表的なイベントであるテレ朝のM−1とフジのManzai。新世紀の新興イベントである前者と、80年代の漫才ブームからの歴史を引き継ぐ後者。人脈的にもかぶり、やっていることは同じである。前者は全国トーナメントという前提をうたっているいる(実際は構成作家が選んでいるだけなので通常の人選とかわらない)のに対し、後者は番組側が招聘する形で有名コンビを出場させている。持ち時間などに若干のフォーマット差があり、なお「審査委員からの得票で順位をきめる」か、「はじめから出番順という格付けが行われているか」で臨場感の演出に違いをつけようという運営努力が二イベントの独立性を維持している。
90年代生まれの韓国人と日本人のコンビ(吉本興業)が優勝したM−1と、60年代生まれの大御所(タイタン)がトリをとったManzai、というその結果の中にも重要な違いはない。本当に実力が抜きんでたコンビは他にいたことが明らかであるからだ。
カルト専門家として私の目にとまったのは、M−1に出場した漫才コンビがネタに出した統一教会だった。全国放送で統一や創価の話題をするのはタブーであることは知られているとおりである。それを知っていてあえて統一で笑いをとるというのは人気商売の彼らにとってはどうだろうか。
M−1に続いて数日後の開催されたManzaiで今度は別の漫才コンビがやはり統一ネタをやった。これはおそらく彼らがM−1をテレビでみた影響をManzaiで反映させたということであり、偶然、統一ネタが大イベントで二度もかぶったということではないだろう。(他にもM−1のパロディーはManzaiで披露された漫才の至るところで見られどっちが老舗か疑わしいところであるが、一つにはM−1に出ていた幾つかの関西コンビの影響力はそれだけ絶大だったということだろう。たとえば〇牛、ジャ〇ジャ〇。)
まさか統一タブーが文鮮明没後にTV業界で解禁されたということはないだろうから、これはタブーネタというネタへの挑戦だったはずだ。
▲上へ ★阿修羅♪ > 芸能ニュース等2掲示板 次へ 前へ
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
▲上へ ★阿修羅♪ > 芸能ニュース等2掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。