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(回答先: 反ロスチャイルド同盟 日本人が知らない恐るべき真実 研究ノート 在日朝鮮人研究B 投稿者 石工の都仙臺市 日時 2009 年 11 月 19 日 22:27:12)
日本人が知らない 恐るべき真実
2006-11-23 ■日本の新興宗教概観@ 05:52
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20061123
■日本の新興宗教概観@ 05:52
引き続き『日本国研究─情報ブローカー日記』より転載させていただきます。
日本の新興宗教概観part.1
神なき神国、日本
世の中には建前があれば本音があり、表があれば裏があるわけです。
前回、ヤクザと戦後政治の裏面史を取り上げ、なかなかの反響をいただきました。しかしながら、国政に裏から影響を与えているのはヤクザに限った話ではありません。そこで今回の記事はヤクザと並ぶ日本のタブーの双璧、新興宗教について、戦後史との関わりを検証して行こうと思います。
混乱の中で
現在、浄土真宗本願寺派や大谷派を筆頭とし、伝統仏教の間で太平洋戦争中の戦争協力責任を反省する動きが広がっています。戦時中、多くの宗教は当局の方針に従い戦争に積極的に加担していました。
人のあるところに宗教と権力あり。宗教と権力は容易に結びつきやすいのです。
しかし、逆説的ですがそれ故に、時として宗教と権力は衝突します。
戦時中、創価学会、大本教、エホバ等の新興宗教団体は政府により大規模な弾圧を受けました。国家総動員のためには新興宗教は邪魔だったのです。
この体制派宗教-反体制派宗教という軸は日本の宗教を読み解く際に鍵になります。
太平洋戦争が日本の敗戦で終わると、日本では既存の価値秩序が崩れ、新興宗教が急速に勢力を伸張しました。璽宇・日本観音教(現・真光系)・天照皇大神宮教・PL教団・霊友会・立正佼成会・創価学会・生長の家などです。(※注1)
新宗教の伸張には政府の宗教統制がなくなり、あらゆる宗教が自由に布教活動ができるようになったということも関係しています。
敗戦直後で社会不安が高まっていたこの時期、それらの新興宗教は人々の新たな拠り所になりました。しかし、それゆえに新興宗教は当局の取締りやメディアによるバッシングの対象になります。
1947年の璽光尊事件が戦後の最も著名な宗教弾圧事件です。璽宇教団の教祖璽光尊が深刻な社会不安を招来しているとみた警察・GHQは教団幹部の身柄を拘束し、教団を壊滅に追い込みました。
その後、日本観音教や霊友会なども相次いで摘発の対象となり、いずれも教祖が逮捕されます。とはいっても、新憲法の下「信教の自由」の制約があり警察の取り締まりも消極的だったのでこれらの団体がかつての大本教のように壊滅に追い込まれるには至りませんでした。これらの事件を見るに、戦後直後の新興宗教は多くが反体制的な性格を持っていたといえるでしょう。
こうした混乱の中で当局と衝突しつつも勢力を伸張してきた新興宗教でしたが、50年の朝鮮戦争開戦から始まる冷戦にいやがおうなく巻き込まれてゆくことになります。
以前のヤクザの記事をご覧になった方はもうお気づきかも知れませんが、新興宗教もまたヤクザと同じく、浸透する共産主義に対抗するための防波堤として利用されることになったのです。(※注2)
断り書き
私は本記事においていかなる団体に対しても、宗教的な誹謗・推奨・勧誘等の意図はありません。また、私はいかなる宗教に対しても特別な信仰心をもちあわせておらず、本記事はあくまで社会科学的な意図で記述していることを申し添えておきます。
※注1…ここでは上記の宗教について概説する。
璽宇…女性教祖璽光尊による宗教。双葉山入信で有名。
日本観音教…現在の真光系統教団の母体。岡田光玉の死後分裂。
天照皇大神宮教…踊る宗教として有名。戦後に乱立した泡沫宗教の代表格。
PL教団…ひとのみち教団から改名。PL学園を経営する。
霊友会…一時は日本最大の勢力を誇った保守・法華系教団。戦争に協力
立正佼成会…霊友会から分派。民間信仰などを取り入れる。
創価学会…あまりに有名なため詳述しない。
生長の家…神道系で保守色が強い。戦争に協力
※注2…PL教団や創価学会は、当初大都市部のブルーカラー層が信者の中心だった。これらは共産党の支持層と重なるものである。
↓More Information(もっと知りたい方へ)
http://www.geocities.jp/showahistory/history2/10b.html
http://www.tabiken.com/history/doc/F/F327C100.HTM
(つづく)