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シェールガスの「一物一価」が崩壊した理由
石油との相対価格が割安なわけ
2013年10月21日(月) 松本 哲人
シェールガスとはシェール(頁岩)層に含まれる天然ガスのことである。その存在自体は知られていたが、2000年代に入り技術革新によりアメリカではシェールガスの採掘が経済的に行われるようになった。シェールガスの中身自体は従来の天然ガスとほぼ変わりはなく、完全な代替品とみて問題ない。
シェールガスの影響は2005年以降に顕著に現れるようになった。アメリカの天然ガスの生産は2005年から2012までに30%以上増加した。将来的にはアメリカは天然ガスの純輸出国になり、その生産の50%以上はシェールガスと予想されている。こうしたシェールガス革命の影響はいたるところで指摘されているが、天然ガスの価格の国際格差の拡大もそのひとつである。
今回はこの天然ガス価格の国際格差の原因を追究するため、まず米独における天然ガスの「一物一価の法則」を検証したい。さらに格差の原因を統計的に特定するために天然ガスと原油の相対価格を検証する。もちろん、シェールガスの影響は米国で見られるわけだが、こうした経済的な要因がきっちりデータでも現れるか検証する必要がある。最後にシェールガスの影響が需給でなく、価格面で強く現れており、なおかつ国際的な価格差が顕著になった背景について説明し、今後の動向について、筆者の個人的な予想を述べることにする。
(2012年以降は米国エネルギー情報庁の予測)
天然ガスの一物一価の崩壊は米国の天然ガス価格下落が原因
天然ガス価格は米国とドイツの2009年までのデータを使うと「一物一価の法則」が成り立っている。一物一価の法則とは同一製品の価格は同一であるという経済学の原則である。これは価格が異なる場合は安い場所から輸入するという裁定取引が行われるであろうという前提に基づくものだ。もちろん、現実には輸送費や製品に付随する流通、保証サービスなどで厳密な一物一価が成立しないケースも多い。多くの小売価格が為替の変動に合わせて大きく変動していないことを考えれば明らかである。これは流通側が為替の変動分による損益を吸収し、消費者側に自国通貨での価格の安定を提供しているためである。
天然ガスに関しては米国では卸売り、ドイツでは輸入価格を使用し実証しているのでこうした影響はない。そのため、米独での天然ガスの一物一価は問題なく成立していると思われた。ところが、この同一データを2011年まで延長して検証すると一物一価の法則が成り立っているとはいえなくなるのである。計量的なテストをしなくとも日米独の天然ガスの価格差は大幅に広がっており、グラフを見れば一物一価の関係が崩壊したことは一目瞭然なほどである。かつて成立していた天然ガスの一物一価が技術革新とともに成立しなくなったのはなぜであろう?
(出所)IMF 一次産品価格データベース
もちろん、ドイツの価格が何らかの影響で上昇し、一物一価の原則が崩れた可能性もありうる。この可能性を排除するためには原油価格の一物一価と原油価格と天然ガスの関係を見てみることが参考になる。
原油に関してもここ数年、米国の指標価格であるウェストテキサス・インターミディエート(WTI)の価格が北海ブレントの価格を下回っている。これは原油の品種により精製所の設定が微妙に異なり、原油価格には品種による微妙な差があるためである。国際商品の多くは品種の良し悪しによるプレミアムを調整すれば一物一価が成立するものが多く、逆にこれが成立しないものは貿易障壁を検証する上で役立つ。米国は原油の輸出を認めていないので貿易障壁ともいえるが、実際は石油製品の輸出をしているので障壁をしては大きな問題はない。なおかつ、米国は原油の輸入国である。この差は国内の精製能力の問題により指標の形成される地域で原油がだぶついているためである。そのため、計量経済学的にはこの差は誤差として看做される範囲で原油の一物一価は成立している。
原油と天然ガスもエネルギーとしての代替物であるからきわめて安定した関係にあり、エネルギーとしての相対的な一物一価が成立していた。ドイツにおいては依然として、この関係が成立しているものの、米国においては2009年以降のデータを加えると成立しなくなってしまった。
米国の天然ガス価格の大幅な下落が、相対的なものを含めての一物一価の法則の破綻の原因であることは分かった。ただしこれは統計的な原因である。ではなぜ米国の天然ガス価格が下落し、一向に上昇に向かわないのかが問題になる。
米国の天然ガス価格下落の原因
1970年代にはガス価格の規制やその後の原油カルテルの影響など規制の問題が多かったが、現在は米国内の価格下落の原因は、米国における需給でほぼ説明できる。つまり、シェールガス革命により供給が増えたものの、価格の下落を含めても需要がそれに追いつかず、在庫が増えているわけである。逆に言えば超過供給が価格下落の原因といえる。
ここで興味深いことがいくつかある。1つは価格の下落にも関わらず生産が減少しないことである。その理由は天然ガスの生産形態と原油価格にある。天然ガスは単独のガス田で採掘されるだけではなく、原油の副産物として採掘されることもある。かつてはこうした付随天然ガスは油田ですぐに焼却されていたが、パイプラインや液化施設の設置に伴い、焼却されるケースは減少してきている。
米国のシェールガス革命の技術は米国のタイトオイル採掘にも応用され、米国の2012年における原油生産の伸びは史上最高のものとなった。このタイトオイルの採掘に付随して天然ガスも採掘されるのだが、この付随ガスは副産品であるがゆえに非常な安値で売却されるわけである。原油価格が高止まりする中で、こうしたタイトオイルの生産は2013年も記録的な伸びを示しており、それに伴う付随ガスも生産が続くわけである。
多少余談になるが、このタイトオイルは一部ではシェールオイルと呼ばれるが、国際エネルギー機関ではシェールオイルは油分を含む岩石由来の合成石油、シェール層に分布する原油はタイトオイルと呼んでいる。この2つは生成法が異なるので「シェールオイル」が何を指すのか注意する必要がある。
不思議なのはこうした天然ガスの生産拡大にもかかわらず、米国が天然ガスの純輸出国でないことである。依然として輸入を続けており、なおかつ価格の高い海外にそれほど輸出してないわけである。とはいえ米国の液化天然ガスの輸入は大幅に減少しており、輸入の大半はカナダからで、パイプライン経由である。カナダにもシェールガスの存在は確認されているが、現時点ではカナダの天然ガスはいわゆる従来型のものであり、非常にコストが低いが、米国以外にパイプラインがつながっていないため、米国の価格に左右されるのだ。実際、カナダのガス価格は米国での価格よりも若干割安なことが多く、米国の価格の低下に伴ってより安価で米国に輸出されているわけである。
同じようなことが米国の輸出についても言える。つまり、米国のパイプラインはカナダとメキシコにつながっており、実質的に輸出先はメキシコしかないわけである。では、なぜ、米国とカナダは北米以外に輸出しないのであろうか?
法制上は許可を受ければ輸出は可能である。しかし現時点ではパイプラインは北米のみで、純輸入国であった米国には液化天然ガスを再ガス化する施設はあっても、液化する施設がなかったのである。つまり液化できないので、輸出できないのだ。
シェールガスの今後と天然ガス価格差
だが、今後はその問題は解決しそうである。現在の北米とその他の地域のガス価格を考慮すれば、天然ガスの輸出はビジネスチャンスである。2012年末からルイジアナ州サビーンパスに液化施設が建設中で2015年末に稼動する予定である。また、カナダ西海岸では日本企業も参加し液化施設が計画されている。その他、いくつかの液化施設建設計画があり、日本への輸出も計画されている。
米国は液化天然ガスの輸出が本格化する2016年には、液化天然ガスの純輸出国になることが予想されている。さらに2020年頃にはパイプラインも含めた天然ガスの純輸出国になることが予想されている。こうした天然ガスの輸出は割高な北米外の天然ガス価格を押し下げる一方、北米産ガスの需要を増やし、北米での天然ガス価格の上昇を促す。ダウケミカルなど一部の米国企業にはこうした天然ガスの価格上昇を危惧し、天然ガスの輸出を規制すべきだとの声を上げている。しかしガス価格の低下による生産者の倒産もあり、今のところそうした声は少数派である。液化および再ガス化によるコストや輸送費もあるが、北米とその他の地域のガス価格差は縮小するものと見られる。
実際、欧州の天然ガス価格はアジアに比べ割安だが、これは間接的にシェールガスの恩恵を受けている結果である。つまり、北米の電力会社が石炭から割安になった天然ガスに切り替え、その結果、北米で大量に石炭が余り、石炭価格の下落を促した。欧州ではガス価格が石炭の価格を上回っていたため、輸出しやすい石炭が欧州で活用され、欧州でのガス需要が減った。こうした欧州でのガス需給の緩和は需要者側の交渉力を高め、ノルウェーやロシアなど生産者が価格引き下げに応じたからである。一方、カタールなどは液化ガスの輸出先を日本に切り替えて対応している。日本の天然ガス価格の輸入価格は石油価格に連動しており、なおかつ原発の稼動停止で需要が急激に伸びたことで交渉力が弱いことなどがあり、高止まりしているのだ。
以上の状況から総合的に判断すると、原油と天然ガスの相対価格が過去の水準近くに戻るには、さらに時間がかかるものと見られる。大きな要因は、インフラの整備の問題である。技術的にはガソリンの代わりに圧縮ガスを利用した自動車は存在する。しかし、ガソリンスタンドの変わりとなる圧縮ガススタンドがなければ一般的な利用はなかなか進まない。また、利用の促進が進まなければ圧縮ガススタンドの建設は進まない。ただし、イランやパキスタン、アルゼンチンやブラジルなどではこうした天然ガスを利用した自動車が普及する兆しを見せている。米国でも一部のバスや物流会社などが天然ガス自動車を採用し始めている。また、米国の化学産業も割安な天然ガスにより注目することで競争力を増そうとする動きがあり、産業需要が増すことも予想されている。設備投資に加えてこうした動きがどれだけ早く進むかにより、石油と天然ガスの相対価格が是正されることになる。
このコラムについて
「気鋭の論点」
経済学の最新知識を分かりやすく解説するコラムです。執筆者は、研究の一線で活躍する気鋭の若手経済学者たち。それぞれのテーマの中には一見難しい理論に見えるものもありますが、私たちの仕事や暮らしを考える上で役立つ身近なテーマもたくさんあります。意外なところに経済学が生かされていることも分かるはずです。
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