01. 2013年6月21日 11:31:12
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石炭火力発電は経済成長に貢献する2013年6月21日(金) 永濱 利廣 2011年3月の原子力発電所の事故以降、原発の是非などのエネルギー問題に注目が集まる中、かつて「黒いダイヤ」とも呼ばれた石炭が再評価されている。この背景には、LNG(液化天然ガス)のジャパンプレミアムに日本経済が苦しめられる中、石炭火力発電が最新技術の投入によりコストや安全性、環境面などで優れたエネルギー源に発展してきていることがある。 日本の石炭発電効率は世界トップレベル 石炭は北米や欧州など政情安定国を中心に世界中に広く分布しており、安価で安定的に入手可能なことから、いまだに世界全体の発電量の4割を占めている。また、日本の石炭火力の発電効率は平均4割以上であるのに対して、新興国などでは3割を下回っている国もある(図表1)。こうした世界トップレベルにある日本の技術とともに、安定供給ができて安価なこともあり、日本経済の成長力に貢献することが期待されている。 また、同じ電力量を取り出すのに発電効率が高ければ高いほど少ない石炭で済むこととなり、結果的に硫黄酸化物や窒素酸化物の排出量も低く抑えられることになる(図表2)。 図表1 石炭火力発電熱効率(2007年) (出所)電気事業連合会 図表2 火力発電量当たり酸化物排出(2005年) (出所)電気事業連合会 日本ではエネルギー自給率が低く、今後も海外からの輸入に頼らざるを得ない可能性が高い。太陽光など再生可能エネルギーの導入も進められているが、コストや出力が不安定であることもあり、エネルギー安全保障の面でも懸念が目立っている。従って、電力不足が懸念される中では、当面は化石燃料に頼らざるを得ず、電力会社や独立系発電業者の能力強化などで石炭の利用拡大が有力視される。 石炭単価はLNGの4割 また、石炭火力発電への期待は電力不足軽減にとどまらない。最新の技術開発にはコストがかかり、設備費も大きくなるが、高効率になれば価格面でも注目すべき材料となろう。将来、日本が電気料金を安く抑えることができれば、電気代が安くなった分を他の投資に回すことにより経済成長につながる効果が期待される。さらに、石炭は様々な地域から調達できることから、原発の停止によって高い価格でLNGを買わざるを得ないジャパンプレミアムのような事態も解消しやすくなる。 現状、日本が1キロワットの発電をする場合、石炭では5円程度かかるが、それでも現在のLNG燃料単価の約13円に比べて4割ほどで済む(図表3)。石炭は世界全体で産出でき、安定調達しやすいため、再稼働の見通しが立たない原発に代わって常時稼働する主力電源として期待されている。背景には、ピーク需要を抑えたとしても、1日を通して最低限以上の需要を賄う電源が必要なことなどがあり、その意味でも安定的で燃料費が安価な石炭火力発電は適している。 図表3 1キロワット時の燃料単価 (出所)需給検証委員会 既に政府は、安い石炭を利用することで国民負担を抑えることにつながることを認識しており、石炭火力発電に熱い視線を向けている。事実、政府は今年6月にまとめた「骨太の方針」で最新技術を生かした石炭火力の活用を盛り込む一方で、二酸化炭素(CO2)の排出量に明確な基準を設けるなどして新増設をしやすくしようとしている。また、これまで環境省は石炭火力の新増設について慎重だったが、姿勢を転換して環境負荷を小さくする技術開発に力を入れる可能性が高まっている。このように、政府が環境影響評価(アセスメント)の手法を見直す一方、石炭火力発電の新増設の推進に舵を切ろうとしている。 さらに、シェールガス革命による需給緩和やリーマンショックによる石炭価格の急落により、英国やドイツでは電力に占める石炭使用比率が上昇している。このように、国際的にも石炭火力発電が再び注目されていることからすれば、今後、様々な地域から調達できる石炭輸入は、日本でのエネルギー安全保障のうえで重要な調達ルートとなる可能性もあり、積極的な対応が必要となっている。 以上により、日本で燃料費を抑制する策の1つとして、石炭火力発電の推進は有効といえる。石炭火力の新増設が可能となれば、LNG火力への集中を避けることができ、貿易収支の改善にもつながることは確かである。 発電1割を石炭シフトで実質GDPを0.3%押し上げ 一方、石炭火力発電のデメリットとして他の化石燃料と比べてCO2の排出量が多いことが指摘されている。しかし、この問題は高効率化によってある程度抑制できる。実際にわが国では、CO2を分離回収して地下に貯蔵する技術開発や実証実験も始まっている。 なお、わが国の発電構成比におけるLNG比率の10%ポイント分を石炭にシフトすると、理論上の年間発電コストは8000億円程度抑制される計算になる。そこで、これがマクロ経済に及ぼす影響を試算すれば、実質GDP(国内総生産)が3年後に1.6兆円程度拡大することになる(図表4)。つまり、仮に発電構成比の1割分をLNGから石炭にシフトすることが出来れば、3年後の実質GDPは0.3%程度押し上げられ、約5.0万人の就業者数の拡大に結びつくことになる。 図表4 発電1割分をLNG→石炭火力に代替した場合の効果 1年目 2年目 3年目 実質GDP 10億円 211 761 1,575 % 0.0 0.1 0.3 就業者数 万人 0.7 2.4 5.0 % 0.0 0.0 0.1 経常収支 億円 12,527 13,595 13,055 % 16.4 17.8 17.1 j円 円/ドル -1.5 -1.6 -1.5 % 1.8 2.0 1.9 (出所)第一生命経済研究所試算 さらに、国際収支上は輸入金額の減少に結びつくため、燃料費減少は経常黒字を拡大させる要因となり、燃料費減少の効果はやがて産業の空洞化を抑制し、これによって国内での雇用機会が拡大すれば、日本経済はさらなる復活の道が期待されることになる。 なお、年間の発電コストが約8000億円減少すると、経常黒字が17%以上拡大すると試算される。一方、経常黒字の減少を通じて円がドルに対して1.5円程度の増価圧力がかかり、これがさらに輸入コストの減少につながると予想される。このように、発電コストの減少が最終的に経常黒字を拡大させることにつながれば、財政、金利、為替など、経常黒字を通じた日本の経済システム全体を大きく変えることになる。 これらの結果は、石炭火力発電を推進できるようになれば、企業業績の改善や消費者の消費拡大のみならず、中期的に企業の立地選択や雇用にも大きな効果が及ぶことを意味している。つまり、海外移転を抑制して深刻な産業空洞化に歯止めをかける期待もできるといえよう。 世界最先端の技術売り込みでさらなる効果も 一方、石炭のクリーンな活用を目指す技術開発においては、高効率化とともにCO2の分離回収や貯蔵技術の実証研究も進められており、日本は世界の最先端を維持している。中でも、磯子火力発電所の発電効率は低位発熱量基準で約45%と世界最高水準を誇るのに対して、発電電力量の8割近くを石炭に頼る中国では平均34%、インドでは同3割程度という水準にとどまる(前掲図表1)。 そして、もし仮に米国・中国・インドの全石炭火力発電所にこの水準が適用されれば、CO2削減効果は3カ国合計で日本全体のCO2排出量を上回るという試算もある(図表5)。これは、世界のCO2排出量との関係で見れば、日本の最先端技術を適用することを通じて、世界のCO2排出量の5%分を削減できることになる。 図表5 CO2排出量実績と日本の最高効率適用 (出所)電気事業連合会(2007年) 図表6 途上国の発電電力量予測 (出所)IEA(2010年) 世界における電力の使用量は今後も増大することが予想されており、特にアジアの新興国などでは足元で急増している(図表6)。従って、世界的に環境問題が叫ばれている観点からも、日本の最先端技術やノウハウを海外に移転することが求められ、今こそオールジャパンで発電効率の向上を図ることを検討すべきであろう。 既に、国内では環境への負担が全くない排出量ゼロの石炭火力発電も技術的に不可能ではなくなってきている。これは、CO2排出量を地球規模で削減させるにあたって、日本が果たすべき重要な国際貢献があることを意味する。それを実現するためにも、政府は排ガスからCO2を取り出して地中や海底に埋める技術と合わせつつ、石炭火力発電技術の世界への売り込みを今以上に進めるべきであろう。 永濱利廣の経済政策のツボ
アベノミクスの登場で経済政策から目が離せなくなりました。政府や日銀の動き方次第で仕事や暮らしは大きく変わります。独自の経済分析に定評のあるエコノミストが、常識や定説にとらわれない経済政策の読み解き方を伝授します。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130618/249845/?ST=print |