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日米バイオ技術バトルの行方
バイオマスの主役 輸送用バイオ燃料(7)
2012年11月1日(木) 山家 公雄
これまで2回にわたり米国のバイオベンチャーの動向を伝えてきたが、今回は、日本の技術開発動向を紹介するとともに、バイオマス事業化戦略の概要とその考え方、日米の技術開発の違いについて考察する。
日本のセルロース系エタノールの開発
まず、日本の草木・木質を原料とするセルロース系燃料の開発状況を見てみる。農水省と経産省は、2008年3月にバイオ燃料技術革新協議会を立ち上げ、製造コストの目標を設定した。2015年までに、国内未利用バイオマスで1リットル当たり100円、革新的技術利用で同40円などの数値目標を示した。
生物化学を利用するセルロース系では、糖化・発酵を行う微生物の開発と取り扱いがカギを握る。セルロース系では、糖化できる物質にはセルロース(C6系)とヘミセルロース(C5系)であり、分解する酵素が異なる。酵素の開発や糖化する手順に工夫を要する。また、セルロース系に多く含まれるリグニンは、糖化はしないがそれ自体が燃料となる。この3者を分離して糖化・発酵するプロセスが必要であり、多段階の工程をいかに簡素化するかが研究開発の主要な分野となる。
以下で、特徴的な技術について見ていこう。
未利用稲わらでの実証
農水省支援で、稲わらなどを活用する実証事業が各地で行われている。北海道の恵庭市、秋田県の潟上市、千葉県の柏市、兵庫県の明石市の事業が採択されている。
秋田県では、秋田県農業公社および川崎重工業が主となり、稲わらからエタノールを作る。大潟村で30haの規模で稲わらを収集し、潟上市でエタノールを製造する。ここの特徴は、硫酸や酵素を使わずに熱水のみで前処理と糖化を行っていることである。
前処理工程は、亜臨界の状態で熱水の酸化力を用いて高分子化合物の結合を切断する。糖化工程は、熱水の温度と圧力を変えることで2段階にて行う。第1段階では温度180℃、圧力1MPa の下で、ヘミセルロースをC5糖に糖化する。第2段階では温度280℃、圧力6MPa の下で、1段階の残渣(に含まれるセルロース)からC6糖を糖化する。
稲わらをロール状にして野積み状態で保管できるかについても検証する。
イネ科資源作物での実証
NEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、第2世代のセルロース系エタノール革新的生産システム開発事業として、イネ科の多年草作物と木質の2つの事業を進めている。
食と競合せずに、効率よく燃料を生成できる資源作物として目をつけたのがイネ科作物。東京大学とバイオエタノール革新技術研究組合(RAIB)が共同研究を進めている(資料1)。研究組合のメンバーはJX日鉱日石エネルギー、三菱重工メカトロシステムズ、トヨタ自動車、鹿島建設、サッポロエンジニアリング、東レの6社である。
資料1.革新的生産システム開発事業:草木系
東大農学部が中心となり、日本や東南アジアでの栽培に適する多年生イネ科の探索・開発を行う。冷帯・温帯ではエリアンサス、熱帯ではネピアグラスが候補に挙がり、最終的にインドネシアでネピアグラスを栽培することになった。サトウキビの1.5倍以上の収量である。東大とトヨタが、スマトラ島南部にて、30haの畑で試験栽培を行っている。1ha当たり年間50トンの収量となり、低コスト実現が見込まれている。
RAIBは原料の前処理に、硫酸に代わって気体アンモニアを世界で初めて使用する。セルロースとヘミセルロースを糖化する酵素として、当初は海外メーカー製を使うが、東レが開発した酵素の性能検証を行う。C6糖化を行った後にC5糖化に移行する方式と、両者同時に行う方式を試す。各社の要素技術開発を終えて一貫工程に移行しており、ベンチプラントの運転に取り掛かっている。
連続の糖化・発酵が可能に
王子ホールディングス、新日鉄住金エンジニアリング、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)は、エタノール生産に適した早生樹を原料に、大規模栽培、省エネに優れた前処理、独自開発の酵素・酵母の利用、パイロットプラントレベルでの開発を進めている(資料2)。
資料2.革新的生産システム開発事業:木質系
(出所)王子ホールディングス、新日鉄住金エンジニアリング、独立行政法人産業技術総合研究所
成長が早く、セルロースを多く含有するユーカリを原料に使う。前処理と糖化発酵プロセスは、産総研が基盤技術を、王子ホールディングスがプロセス開発を担当する。前処理は、木材成分を超微粉砕・活性化するメカノケミカル技術を採用する。これは産総研のオリジナル技術で、木質をほぐすことによって、酵素が働きやすくする。
糖化酵素は、オンサイトで生産した遺伝子組み換え糸状菌を使用する。酵母は、遺伝子組み換え技術を駆使して開発したC6・C5糖を同時に発酵できるものを使う。王子ホールディングスがスクリーニングした耐酸・耐熱性の高い酵母であり、糖化の環境に適する42℃での発酵が可能になる(通常は30℃程度)。連続して糖化・発酵が行えるようになる。
糖化酵素と酵母をともにC6糖の糖化発酵タンクに入れると、並行複発酵が連続して行われる。タンクからアルコールを回収した後の残さを、C5糖の発酵タンクへ移し、アルコールに変換する。このアルコールは回収せずに、発酵液ごとにC6糖の糖化発酵タンクに戻す。これにより酵素を繰り返し使うことが可能になる。10回程度のリサイクルが可能とのことだ。
濃縮脱水工程は、新日鉄住金エンジニアリングがプロセス開発を担当している。蒸留工程に自己熱再生技術を利用した省エネ技術を採用している。「自己熱再生」とは、燃料による加熱を一切行わずに自己熱を循環利用する省エネのプロセス設計理論であり、東大生産技術研究所が開発した。
新日鉄住金エンジニアリングはこの実証事業に東大と共同で取り組んでおり、今回は蒸留工程に導入している。2012年2月に蒸留プロセスに成功し、約85%の省エネを確認した。蒸留工程は全エネルギー消費の過半を占めており、製造にかかるエネルギーを2分の1以下に削減することになる。この理論の実証は世界初である。
こうした要素技術開発の成果を基に、2011年12月に王子ホールディングスの広島県呉工場敷地内にパイロットプラントを建設し、2012年4月より本格稼動を始めている。1日当たり最大処理量は1トンで、エタノール生産能力は250〜300リットル。王子ホールディングスは近い将来、海外で同15万〜20万キロリットルを生産したいとしている。
日本の次世代技術開発
日本でも米国と同じように、「次世代技術」として、熱化学などを使ったバイオ燃料製造の技術開発が進んでいる。NEDOは、「戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発事業」を2010〜2016年度にかけて実施。企業と大学の連携などにより、2030年の実用化を見据えた、微細藻類由来油脂やガス化・液体化(BTL:Biomass to Liquid)などの技術開発を行っている。
産総研は、ガス化によるBTL合成燃料製造技術の開発を戦略課題としている。特に、(1)不純物が少なく高効率のガス化技術、(2)活性炭を使った簡便なガス生成技術、(3)コストパフォーマンスの高い触媒とFT(Fischer Tropsch)合成反応器の開発−−を目的として、木質バイオマスから液体燃料まで一貫して製造するベンチ試験装置による研究開発を行っている。すでに日量0.1バーレルのBTL燃料の製造に成功している。
2015年以降は小規模分散型トリジェネレーションシステムの普及に向けた取り組みを進め、2030年には製造コストを1リットル当たり72円に引き下げることを目標に、BTLディーゼル油の普及を目指している。
2012年9月にまとまったバイオマス事業化戦略の中身
311災害後の自立・分散型システムの必要性、再生可能エネルギーへの期待が高まったことを受け、バイオマスについて事業化促進の動きが出てきている。農林水産省や内閣府などバイオマスに関係する7府省は、7カ月にわたり学識者などから意見・情報を集めて、2012年9月に「バイオマス事業化戦略」をまとめた。
2010年12月に取りまとめた「バイオマス活用推進基本計画」に掲げた目標「2020年に2600万炭素トンのバイオマス利用、5000億円規模の新産業創出」を達成するための官民情報共有・確認文書である。資料3はその概要で、資料4は技術開発のロードマップである。
資料3.バイオマス事業化戦略の概要
(出所)「バイオマス事業化戦略」(2012/9)を基に作成
資料4.バイオマス技術ロードマップ(液体燃料)
(出所)「バイオマス事業化戦略」(2012/9)を基に作成
以下、戦略の評価すべき点と課題・限界について整理する。戦略の内容や議事録、資料を読み、一部の委員との議論を踏まえて考察したものである。
幅広く論点を整理
・バイオマスの重要性の再確認
2000年代初めに「バイオマス・ニッポン総合戦略」を策定したが、既存業界の抵抗や事業仕分けにより大きく後退していた。これを再び軌道に乗せるものと期待できる。
・縦割りを越え政府挙げて推進しようとしている
基本計画の枠内に沿って、各省の枠を(予算、研究機関)超えて総合的に進める方向を打ち出している。ただし、米国がエネルギー省と農務省(軍も一方の当事者)が責任を負って入るのに比べて関係省が多い。
・多様な技術、資源、用途について論点を整理、工程表を作成
複数の視点から多様な種類にわたり丁寧に論点を整理するとともに、ロードマップを策定しており、事業化の出発点になる。各省傘下の研究機関および関連の民間事業者が一堂に会し、それぞれの知見を集約している。
・選択と集中
工程表策定と対をなすが、当面事業化が見込まれる分野について集中的な資源投入を図っている。
主役と普及ストーリーが見えない
一方で、課題と限界も少なくない。これで本当に画期的・世界的な技術が登場するのか、相当規模の産業・市場ができるのか、懸念が残る。
・普及ストーリーが見えない
選択した事業や研究開発に集中支援すべきとはなっているが、具体的な普及ストーリー、どのように事業化していくのかが見えない
・「選択と集中」になっていない
選択すべき技術には、比較的短い期間で事業化できるもの、時間はかかるかもしれないが際立って重要なものの2つがある。前者は明確だが、後者が見えない。あらゆる分野のバイオマスや技術がほぼ平等に網羅されている一方で、エースであるはずの輸送燃料は、利害が絡むという理由で不明瞭な扱いになっている。筆者は、バイオマスでは森林資源、用途では輸送用燃料が重要であると考えている。
・関係者が偏っている
大研究組織、大企業の技術者などは招集されているが、1次産業関係者とベンチャーが委員になっていない。既存の研究やバイオマス産地とは異なる価値観に捕らわれる懸念がある。海外ベンチャーの動きで、技術ごとの大まかな優勝劣敗や、想定外の技術が見えてきているが、必ずしも反映されていない。
・2年ごとの見直し
ロードマップの見直しが2年ごとでいいのか。米国ベンチャーの予想外の動きや勢いを考えると、悠長ではないか。しかも米国で主役として登場しつつある革新技術がマップから漏れているように見える(例:直接液化、生物化学と熱化学の融合)し、マップよりも前倒しでプラントが建設されている技術もある。
・「バイオマス産業都市」登場への疑問
バイマスタウンを発展的・拡大的に解消としているが、焦点がぼける懸念がある。下水汚泥、食料廃棄物、一般廃棄物、建設廃材など都市型のバイオマスは、事業化しやすいし、すでにかなりの程度リサイクルが進んでいる。民間に任せられる分野で、革新技術の範疇ではない。「都市」のインフラ整備事業を含めるとある程度の事業化は見込め、政策効果を判定するときの逃げ道に使われかねない。林業再生や稲作農村復興という本筋がぼけることが懸念される。
以上、評価と課題を挙げたが、その有効性について筆者の考えを述べる。個人的には、米国のバイオマス政策や急展開している動向(本バイオ燃料シリーズの米国関連を参照)が気になっている。
市場創造とベンチャー主役の米国
米国の動向を概観・復習すると、以下のような特徴がある。
・政策により輸送用バイオ燃料の混合義務量を長期にわたり決める。
・その枠組みで、技術的には大きく4種類(穀物、セルロース、バイオディーゼル、革新技術)に分類し、それぞれの枠を決める。
・穀物(第1世代)からセルロース(第2世代)および革新技術(次世代)への移行する量と時期を具体的に示す。
米国の政策は非常にシンプルである。輸送用の液体燃料は、実体経済への影響やエネルギー・セキュリティを考える上で非常に重要と位置づけられている。しかし、以下のような、想定を超えるような状況と技術開発が急速に起こり、デモプラントはもちろん商業プラントの建設が相次いで始まっている。
・ベンチャー活動が活発化し、想定外ともいえる革新技術が登場
・エタノール混合に係る減税と輸入関税が2011年末に廃止になったが、少なくとも第1世代は事業として成立っている。もはや義務量以外の政策支援は当てにされていない。
・エタノール以外に、イソブタノール、ガソリンやディーゼルとの混合品、高付加価値品などの多様な燃料、そして化製品が登場
・木質を含む多様なバイオマス資源を使う技術、既存のエネルギー多消費型工場で発生する副生ガスを使う技術などが登場。
・生物化学、熱化学だけでなく、両者の融合技術も登場。ある工程に特化したり、石油産業で長年使われている技術を利用したりする動きも出ている。
・ベンチャーだけでなく、製油、製鉄、化学などの既存産業がベンチャーと協同でその工程と技術を活かしうることが判明。バイオ燃料vs石油産業の対決構図は崩れつつある。
日本の戦略では網羅的で詳細な現状分析を行っているが、そこに登場しないあるいは長期目標となっている革新技術がいくつか商業化を睨んで登場しており、限界をブレークスルーしつつある。1つでもいいから、ポイントを突いた太い筋書きを提示すると、あとは市場が様々な分野の技術開発を引き起こすのである。株式上場を目指して個別技術を掲げて市場に訴えるベンチャーは、成功しても失敗しても透明性があり分かりやすい。日本でも、事業者目線の固定価格買い取り制度(FIT)を導入した途端に、再エネ電力の開発が予想を超えて進み始めている。
研究開発と官民連携の日本
バイオマス事業化戦略で強調されているように、官学民の連携と研究開発が日本の特徴である。バイオマスの場合は、事業としては原料(川上)から利用(川下)までのロジスティクスが重要になる。関係する省庁も多い。この考えはよく理解できる。一方で、革新技術の開発は、官民の研究開発予算を利用して、要素技術に優れた組織が連携して、スケジュールを睨みながら着実に進めようとする。
ベンチャーの活性化と活用が叫ばれて久しいが、日本ではなかなか根付かない。ベンチャーキャピタルなどのリスクマネーの供給も十分ではない。こうしたなかで、研究開発と連携を主とする方式は、日本的なのだろう。ただ、スピードや柔軟性、従来の発想を超える革新性で米国のベンチャー方式に理があるように思える。大学発ベンチャーが多い米国は、学問とビジネスが融合している。
日本式は、着実である一方で弱点もある。この弱点を克服するため、政策的に市場を保証する、長期に研究開発予算を保証するなどの措置を合わせて講ずることが必要である。それには、真の意味で「4番バッター」を決めて普及までのストーリーを作ることが不可欠になる。
日本の4番バッターは木質(森林資源)と輸送用燃料だろう。本コラムで、多様なバイオマスの中でも木質バイオマスと輸送用液体燃料に紙面を割いて解説してきたのには、こうした思いがある。もちろん両者は重なる部分があり、どちらか1つでもいい。1つとなると使用量が大きく戦略的にも重要な輸送用だろう。天候の影響を受けずに相当量を安定的に調達することが可能となる原料は、木質と大規模な休耕田を抱え連作障害のないコメであり、自ずと両者(輸送と木質・コメ)は歩み寄る。もちろん、すでに危機的な日本林業や農村を考えると木質や休耕田活用のストーリーも欲しいところである。
山家 公雄(やまか・きみお)
1956年山形県生まれ。1980年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行入行、新規事業部環境対策支援室課長、日本政策投資銀行環境エネルギー部課長、ロサンゼルス事務所長、環境・エネルギー部次長、調査部審議役を経て現在、日本政策投資銀行参事役、エネルギー戦略研究所取締役研究所長。近著に『今こそ、風力』
再生可能エネルギーの真実
今年7月1日から固定価格買い取り制度(日本版FIT:Feed In Tariff)が導入されるのをはじめ、日本が再生可能エネルギーの普及に本腰を入れ始めている。この連載では、風力や太陽光などの発電の種類ごとに、その実力と課題を解説する。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121030/238748/?ST=print
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