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止まらない燃料調達コストの高騰
原発再稼動のリスクとともに検討すべき別のリスク
2012年4月9日 月曜日 大場 紀章
私がこれまでに石油や天然ガスの供給リスクについて書いたものを読んだ方の中には、「化石燃料がダメだから原発を推進するという結論が透けて見える」と思われた方もいらっしゃることでしょう。確かに私は、原発という“技術的”選択肢を捨ててはいません。しかし、かといって現時点において原発が“日本社会にとって現実的”な選択肢として選ばれるべきとは考えていません。
私は一人のシンクタンク研究員として(ただし、この連載は基本的に私の所属するテクノバの意見を代表するものではなく、あくまで個人的見解です)、日本が原発利用を廃止または縮小する場合のリスクやコスト、またはそれらの困難を回避するあらゆる手段を十分に検討・分析した結果を、世の中に提供することが必要であると考えています。それは、必ずしも原発推進だけを意味せず、“原発を選ばない選択”をより現実的なものにすることにとっても重要です。
そして逆も然りだと言えます。つまり、もし原発を(相当の期間)使い続けざるを得ないという選択をする場合、どのようにすればその安全性やコストを担保できるのか。どのようにすれば万が一の事故を防ぐことができて、それが起きてしまった場合の被害を最小限に食い止めることができるのか。どのようにすれば「より安全な技術を導入するとそれまでの原子炉が安全ではなかったと思われてしまうのを恐れて危険が放置されてしまう」などという馬鹿げた事態を避けられるのか。そうした議論の必要性も感じています。
これらの検討が十分になされることが、今までと異なる道を感情論ではなくリアルに選びとる上でとても重要であり、結論ありきの原発賛否の議論において見落とされがちな部分ではないかと私は考えています。原発のリスクおよびコストに関しては多くの識者による言説があり、何よりも現実が雄弁に語っている現在において、化石燃料の供給リスクを特に専門に扱ってきた私の役割は、その部分での判断材料の提供にあると考えます。
高い燃料費に電力会社が押しつぶされるリスク
ただ、そのような長期的な展望を語る前に、今の日本は直近の原発再稼働の問題と化石燃料の調達問題が待ったなしの状況です。再稼働の議論では、今年の夏のピーク需要を原発なしで乗り越える電力供給能力があるかどうかが焦点になっているように感じられますが、そんな単純な問題ではありません。
例えば、石油火力を考えた場合、瞬間的なピーク供給力としてしか使われていなかったものが、従来では考えられないほどの高い稼働率で赤字発電をしています。すると、消費する石油(C重油)の量は急増することになります。
しかし、前回指摘したように東京電力(および関西電力)では使用している石油の7割がインドネシア産の高級な超低硫黄原油です。自治体の厳しい環境規制によって、この原油以外を使うことがほぼできない状態です(コストをかけて脱硫装置をつけるという選択肢もあります)。
一方、BPの統計によるとインドネシアの原油可採年数は10.2年しかなく、既に石油輸入国に転じたインドネシアは輸出禁止を検討し始めています。ベトナム、ブルネイなどの他の供給国も原油生産量が減少過程にあり、この夏に十分な火力用原油を確保できるかどうかが懸念されています。
石炭火力をみると、例えば東京電力の石炭火力の割合はわずか11%に過ぎません(2008年度発電電力量構成比)。また、石炭火力は元々ベース電源として使われていたので、稼働率の上げ幅はどうしても小さくなります。東京電力の主力の石炭火力発電所である広野火力は、ボイラーの仕様でオーストラリアのハンターバレー地区で産出される通称「銀シャリ」と呼ばれる超高級石炭しか燃やすことができず、万が一のトラブルを避けるために他の石炭に替えることができないでいます。このように、石炭火力といっても、どこの石炭でもよいというわけではなく、石炭の性状とボイラーの仕様の対応が必要で、単純に増やせるものではありません。
原発停止で足元を見られLNG価格を下げられない
そこで、やはりLNG(液化天然ガス)火力を増やさざるを得ないということになります。現在、確かに日本は世界で最も高いLNGを購入しており、驚くべきことにその価格は熱量単価で石油価格に匹敵します(前回の記事の図1参照)。
貯蔵や輸送の不便さなどを考慮すると、天然ガス火力は単位熱量あたりの価格が石油より安くて初めてそのメリットを活かせるわけですが、これ以上の上昇はLNG火力の存在意義に関わってきます。そして、それだけの高いLNGを購入しても電力会社の経営が成り立つかどうかが、融資する金融機関にとっての関心事であり、ほかにも努力の余地はあるかと思いますが、基本的には電力価格をどれだけ上げられるのかがカギとなってきます。
米国に安いシェールガスがあり、韓国やインドがそれを買い付けている一方で、日本が高いLNGを買っているのは、総括原価方式で損をせず、原発を再稼働したい電力会社が努力を怠っているからだという批判があります。しかし、私はこの指摘はあまり当たっていないと思います。日本を中心とした東アジアのLNG価格が突出して高くなっているのは、LNGを原油価格にリンクさせるという元々日本が決めた価格スキームの契約を変えられていないことが第一にあり、原発事故の前からそのことは問題視され官民一丸となってカタールなどの産ガス国(米国も含む)に対し交渉に当たっていました。
しかし、今後数年で大口のLNG長期契約が相次いで終了する(東京電力の例を図1に示す)ため、その時点で既に足元を見られており、なかなか日本に有利な契約を結べないでいました。原発事故後は、むしろ原発というオプションを失ったからこそ、さらに足元を見られざるを得ない状況になり、より高い値段でスポット購入しているとも言えると思います。長期契約がベースとなるLNGは、相対の交渉という点で石油よりも遥かに政治的なエネルギー源であり、まさに日本が以前にも増して不得意としている交渉力が重要となります。
図1:東京電力のLNG調達先(2009年度)
しかし、四の五の言う前に、LNGは今後さらに必要となることは間違いないのです。いかに安い天然ガスを安定的に手に入れるかが、今後数年間の日本にとって死活的に重要となります。
シェールガスがあるから大丈夫という方がいますが、米国からの輸入に関しては前回書いた状況に加え、鳩山元首相(民主党外交担当最高顧問)のイラン訪問が日米関係に与える悪影響を考えると非常に頭の痛い状況です。カナダからのシェールガス輸入は、今のLNG輸入価格と同様の契約形態がベースなので、供給先の多角化以外の意味では価格を下げる効果は直接は期待できません。いずれにしても、今年の夏には間に合いません。
そして、覚悟しなければならないのが、産業に与える影響です。
電気代を上げない代わりに雇用を失う最悪のシナリオ
現在の石油価格の高騰は、日本の消費者にとって若干見えにくくなっている状況にあります。1つの理由は円高(欧米の金融緩和によるユーロ安、ドル安)です。欧米に比べ強い円建ての石油価格は緩和されています。一方、ユーロ建てやポンド建てでは、2008年の1バレル当たり147ドルの水準を超えており、英国では“fuel poverty(燃料貧困)”と言って、光熱費の負担増が社会問題になっています。
2つ目の理由は価格転嫁のタイムラグです。確かに、ガソリン価格や軽油価格は上昇していますが、第一次石油ショックのように1年で20%も消費者物価が上がるようなことはなく、エネルギーや生鮮食品を除いた消費者物価にはまだほとんど価格転嫁されないでいます。しかし、価格転嫁にタイムラグがある間は誰かがどこかで負担を強いられているわけです。例えば石油コストのウェイトが大きな運送業では運賃になかなかコスト転嫁できず、企業努力によって賄われている場合が多いと聞きます。
日本の長期化するデフレの原因は、時期や見方によって様々で、コンセンサスの取れた説明はないように思われます。1つの興味深い見方として石油などの化石燃料価格の上昇にその原因を求めるというものがあります。つまり、製造業大手は2004年から2008年の石油などの価格上昇によるコスト増分を、規制緩和された非正規雇用の拡大による人件費の抑制で相殺して、企業の競争力と利益率を維持した。そうして発生した平均所得の下落が時間をおいて消費者物価の下落を招き、デフレが進行した、という考え方です。企業業績が回復し景気が良くなっていると言われても、生活者にその実感がなかったと言われていたこととも一致します。
この見方が正しいとすると、現在の石油価格高騰も、消費者物価に転嫁されていない分は中間財を担う立場の弱い企業の賃金の押し下げにしわ寄せがいっていることになります。
現在、電力会社の電力料金の値上げを小口需要家は拒否できるという話題があります。電力会社側の対応にも問題がありましたし、値上げの拒否は一見消費者にとって良さそうな話ですが、もしその動きが広がった場合、製造業などの大口需要家に電力料金値上げのしわ寄せがいくことになります。それらの企業では経営を維持するためにさらなる賃金の削減努力をするか、それができなければ企業の競争力の低下を招き付加価値を生み出せなくなりかねません。その結果、家の電気代上昇を防いだ代わりに所得や雇用を失うという最悪のシナリオになってしまうかもしれません。
必ずしも製造業に固執する必要はありませんが、現時点で最も生産波及効果が大きく雇用を生み出している製造業をただ失っていくことになれば、日本にとって大きな痛みとなるでしょう。製造業は時代遅れという風潮がありますが、私は日本のものづくり産業の底力はまだまだ目を見張るものがあると感じています。
2011年は日本は31年ぶりの貿易赤字となりました。そう聞くと、製造業の輸出不振を想像されるかもしれませんが、これだけの円高にも関わらずドル建て輸出額では2008年の水準を上回っており、かなり健闘しているといえます。一方で、(こちらも円高にも関わらず)エネルギー購入価格の上昇分が大きすぎて、ドル建て輸入額が急増しています。2011年は初めて年平均の石油価格が1バレル当たり100ドルを超えた年でもありました。
話題になった家電メーカーの赤字決算はどの国でも不振だったテレビ事業の損切りの面があり、短期的な現象と見ることもできます。つまり、昨年の貿易赤字は製造業の輸出不振というよりも、石油価格高騰でそのほとんどが説明できるのです。
しかし、困ったことに現在は円高に振れていた為替が徐々に円安傾向にあります。円安は日本にとって良いことだという思い込みがありますが、それは貿易黒字の場合であって、貿易赤字の時は円安は単純計算では貿易赤字の拡大を意味します。実際、現在ガソリン価格の上昇が目立つようになってきた要因のうち3分の1程度は円安で説明ができます。製造業にとって悲願だったはずの円安が、石油や天然ガスの購入代金の上昇をもたらしてしまうという悩ましい状況です。
原発を全く稼動させないときのリスクを考えておく
このように、エネルギーの議論においては、産業側の視点が不可欠です。製造業の経営者であれば、そうしたことは容易に実感できるかもしれませんが、人口比で見れば経営者の割合は少ないですし、どうしても一般の社員、消費者にとって、産業側の視点の重要度はおろそかになりがちです。
現在、我が国の政府は、なんとしても原発の再稼働を進めようとしているように見えます。その決定プロセスや、ストレステストの二次評価を待たないこと、周辺自治体の理解を得る必要があることを考えると、かなりの混乱が予想されます。
しかし、私たち国民が現時点において全く、あるいはほとんど再稼働させないという選択をするのであれば、私が述べてきたような困難を(電力会社だけではなく)全体で引き受けるという覚悟が必要なのだと思います(この主張をただの脅しと受け取られるのであれば、仕方がありません)。そして、その状況を打開する方法を真剣に考え、場合によっては別のリスクやコストを負うことも辞さないという心積もりが必要ではないでしょうか。
上述の問題提起は、短期的視点に立ったものです。冒頭に述べた長期的視点につながるものではありますが、同じではありません。長期的視点に立てば、選択肢の幅は広がるからです。次回からの連載では、引き続き長期的な化石燃料のリスクについて、そしてとり得る有効なオプションについて述べていきたいと思います。
「そもそも」から考えるエネルギー論
原発事故を受けて現在、エネルギー利用の新しいあり方について広く議論されています。その中では、「原発はダメで、自然エネルギー拡大を、でもそれには時間がかかるから、とりあえず天然ガス発電を増やす」という声がきこえてきますが、実はこの議論は日本のエネルギー消費の23%に過ぎない電気のことだけを語っているに過ぎません。エネルギー消費の5割を超える石油は、2020年ごろから生産減退することがかなりの確度で予想されています。安定供給が期待される天然ガスや石炭も、実は多くの問題を抱えています。その影響の大きさは脱原発の比ではありません。果たして、我々はエネルギー問題にどのように向き合えばよいのか。表層的な議論に流されず、「そもそもどう考えるべきか」を問題提起していきます。
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大場 紀章(おおば・のりあき)
1979年生まれ、愛知県江南市出身。2008年京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。株式会社テクノバ研究員。ウプサラ大学物理・天文学部博士課程グローバルエネルギーシステムグループ在籍中。専門は、化石燃料供給、エネルギー安全保障、無機物性化学。テクノバは、エネルギー・環境、交通、先端技術分野の調査研究を行う技術系シンクタンク。
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