http://www.asyura2.com/09/eg02/msg/1694.html
Tweet |
英国のEU離脱が世界の温暖化
エネルギー政策を危うくする?
2016年06月30日(木)山本隆三 (常葉大学経営学部教授)
7、8年前のことだが、二酸化炭素(CO2)の排出枠取引制度の現状について聴取するためにEU本部を訪問したことがある。計画通り機能していなかった取引制度の修正案をEU本部の幹部職員から聞いたが、その時思ったのは、EU本部の官僚はわざわざ制度を複雑にすることにより、自分たちの仕事を作り出しているのではないかということだった。
同じようにEU本部の官僚の役割に疑問を持つ人は英国にもかなりいたとみて、英国の国民投票では離脱派が勝利した。離脱派の勝利を喜んだ1人は、米国共和党の大統領候補ドナルド・トランプだった。共に温暖化懐疑論に立つ離脱派首脳とトランプには思想的な共通点もある(「トランプ似の前ロンドン市長もトランプも温暖化懐疑論者なのはなぜか?」)。国民投票翌日に、スコットランドの自社ゴルフコースの改修セレモニーに出席したトランプは、「離脱は最高の気分だ」と離脱派の勝利を喜び、「離脱派と私のキャンペーンには実に類似点が多い。人々は国を取り戻し、独立を望んだ。これから同じことが何度も起こることになる」とコメントした。
トランプを調子づかせた離脱派の勝利だが、英国とEUのみならず、世界の温暖化とエネルギー政策に、これから影響が出てくることになりそうだ。結果として日本の原子力発電関連企業にも影響が及ぶ可能性もある。その影響がプラス、マイナス、どちらになるかはキャメロン政権の後継者次第だ。
iStock
温暖化対策・パリ協定のEU案は見直し
英国はどうする?
昨年末に開催された気候変動枠組み条約(UNFCCC)第21回締約国会議(COP21)において、産業革命以前からの気温上昇を2度、可能ならば1.5度に抑制するためのパリ協定が合意された。目標達成のために各国、地域は温室効果ガスの排出量に関する目標をUNFCCC事務局に提出し、5年毎に見直すことになった。日本も2030年に2013年比26%削減の目標を提出済みだ。米国は2005年比2025年に26%-28%削減、EU28ヵ国も1990年比2030年に40%削減の目標を提出済みだ。
何年を基準に削減を行うか、基準年が日米欧で異なるのは、温室効果ガス排出量が過去ピークだった年が異なるからだ。1989年にベルリンの壁が崩壊したEUでは市場経済に移行した東欧諸国での旧式の設備の入れ替えによりエネルギー効率が改善し、1990年から温室効果ガスが大きく削減されることになった。2000年代後半からシェール革命により発電部門において石炭から天然ガスへの燃料転換が行われた米国では、2000年代後半から温室効果ガスの排出量が削減されることになった。どの国も地域も過去のピーク排出量を基準年に設定していることが図-1からも分かる。そうすれば削減量を多く見せることが可能だ。
拡大画像表示
パリ協定に基づき既に排出量に関する目標を提出した国と地域は160だが、EU各国は独自の目標値は提出しておらず、28カ国による目標値を提出している。英国が離脱したために、この目標は再計算され、再提出されることになるはずだ。現在EUの目標値構成の1カ国となっている英国は、独自の目標値を提出する必要がある。英国は温暖化対策に極めて熱心な国で今までEUの温暖化対策、気候変動政策をリードしてきた。しかし、野心的な目標を提出するか否かは後継政権次第だ。
キャメロン首相の後任に温暖化懐疑論者の離脱派のリーダー、ボリス・ジョンソンが就任することになれば、英国の温暖化政策は大きな変更を余儀なくされ、パリ協定についても不透明感が漂うことになる。パリ協定を批准しないと明言しているトランプが米国大統領に就任することになれば、パリ協定は風前の灯火になりかねない。
どうなるEUの排出枠取引制度
EUは、気候変動、地球温暖化問題に対処するために、2005年からエネルギーを多く使用する域内の1万を超える事業所にCO2の排出量を割り当てる排出枠取引制度を開始した。大きなコストを掛けずにエネルギー効率を改善可能な事業所は割当量を下回る排出量を達成可能だが、割当数量を下回った分だけ排出枠を売却可能だ。割当量を上回る排出を行う事業所は、この排出枠を購入することで割当を達成する制度だ。
削減コストが相対的に低い事業所が削減を実行することで、全体の削減コストを引き下げながらCO2の排出量を抑制する経済的手法と呼ばれる政策だ。EUETSと呼ばれるこの制度は予想通り機能せず、制度を導入したEU本部は何度か修正を行うことになった。機能しなかった最大の理由は取引されるCO2の価格が安すぎるために、削減の意欲を多くの事業者が持たなかったことだ。
EUAと呼ばれる排出枠の現在の取引価格はCO2 1トン当たり5ユーロ(550円)前後だ。CO2の削減コストは事業者により異なるが、省エネが進んでいる日本では数万円程度と試算されている。欧州でも数百円で削減できる事業者はいないだろう。削減を行うよりも枠を購入するほうが経済的だ。なぜ、こんなことになったかと言えば、CO2の削減コストを把握することが難しく、適切な割り当てを当局が行えず、割り当てが甘いためだ。
EUでは、効率改善による排出抑制を進め、さらにCO2排出量の少ない燃料への切り替えを促進するために、割当数量を削減するなどのEUETS改善策を検討している。EUAの価格を上昇させる策だが、EUが望ましいとするEUAの価格は25ユーロ(2800円)だ。EU議会でこの改革案検討の先頭に立っていたのはスコットランド出身のダンカン議員だったが、英国のEU離脱決定後環境委員会に辞任を申し出た。EUETSの改革を誰が進めるのか不透明になってきたと報道されている。
EUAの取引には英国ロンドンに拠点を置く企業が多く参加している。英国がEUを離脱するとロンドンからEU域内に事務所を移転することも考えられる。国内総生産(GDP)に占める金融の比率が高い英国経済には打撃になるだろう。
どうなる英国の原子力政策
英国民の間では原子力発電に関する支持が比較的高い。東日本大震災後に主要国で行われた原子力発電に関するアンケート調査によると、英国では「新設まで行うべき」が37%、「直ちに閉鎖」が15%だ。日本では「新設」が7%、「閉鎖」が27%だった。図-2が詳細な結果を示している。英国で原子力発電を支持する人が多い理由の一つは、温暖化、気候変動問題を懸念する人の比率が多いためと言われている。
http://wedge.ismedia.jp/mwimgs/d/7/-/img_d7fe4553ee7df1fa850ab9af109d421048859.jpg
英国政府はCO2を排出せず発電コストが安定化する原子力発電所の導入を進めるために、フランスと中国企業の合弁事業体が建設するヒンクレーポイントC原発が発電する電力を固定価格で35年間買い取ることを決め欧州委員会の承認を得ている。電力市場が自由化されているために将来の電気料金を見通すことができないなかでは、収益が不透明になり巨額の投資が必要な発電設備への投資が簡単には行われないために、政府が発電された電気を買い取ることで投資を促進する政策だ。
ヒンクレーポイントCに続き、東芝・ウエスティングハウスと日立が関与する企業体がそれぞれ原子力発電所の新設を行う予定だ。今後、仮に温暖化懐疑論を支持する政権ができれば、原子力発電の利用を進める英国政府の政策にも影響が生じる可能性がある。無論エネルギー安全保障の問題を後継政権がどう考えるかもキーになる。EU離脱によりEUのエネルギー同盟を離れることから、脆弱になる英国のエネルギー安全保障の面からは原子力の強化が必要になる可能性もある。
さらに、EUのエネルギー政策から英国が自由になることにより、思い切った原子力発電支援政策の導入も可能になった。今後の政権次第では、さらに支援に踏み切ることもありえる。この場合日本企業にはチャンスが増えることになる。
EU議会では原子力・シェールガス支持派が減少に
ドイツの脱原発政策がマスコミで取り上げられたことから、欧州は脱原発と誤解している人が多いが、ポーランド、ルーマニア、チェコなど東欧諸国を中心に多くの新設計画がある。さらに、北欧ではフィンランドが新設を計画しているが、今年6月にはスウェーデン政府が既存原発10基の建て替えを認めると発表し、北欧でも新設と建て替えが進むことが明らかになった。
スウェーデンは、1980年に2010年までの脱原発を宣言するが、発電コスト、温暖化の問題を考慮した結果、1998年に2010年廃炉の方針を転換し既存原発の利用継続策に踏み切る。一方、徐々に原発の比率を削減し2040年には再エネ100%で発電を行うことを政府目標として発表している。現状でも全電力需要量の約半分を水力発電で供給していることから政府は再エネ100%も可能と見込んだのだろう。
しかし、風力などの再エネによる発電では安定的に電力を供給することが難しく、バックアップに天然ガス火力発電設備が必要になり、結果電気料金が大幅に上昇するとの試算が出されたこともあり、政府は既存の原発10基の建て替えを認めることにした。建て替えが行われれば、2040年にも原発は残り、再エネ100%との目標達成は不可能になるが、政府は原発の稼働を容認するとしている。
EUでは、東欧、北欧を中心に原発推進の動きが活発だが、英国のEU離脱により欧州議会では原発支持、シェールガス開発支持勢力が減少することになりそうだ。欧州議会の投票行動の分析を行っているNPO・ボートウオッチによると、英国離脱の影響は次のようになる。
欧州議会では、原子力支持、シェールガス支持が多数派だ。例えば、既存・新設の原子力発電設備への補助金あるいは公的支出を段階的に廃止する法案の投票結果は、賛成248対反対419だった。英国出身の議員がいなくなると、この採決は239対360になる。シェールガス探査を禁止する法案への賛成は289、反対388、棄権25だった。英国出身議員の票を除くと、結果は賛成276、反対329、棄権25になる。
英国離脱後も、原子力支持派は60%を占めることになるが、シェールガスの探査支持派は52%に落ち込んでしまう。今後のEUのエネルギー政策に英国の離脱は少なからず影響を与えることになるだろう。また、英国はEUの法令に縛られることなく、自由にエネルギー政策、原子力、シェールガス開発を進められるようになる。
英国のEU離脱が自国の温暖化・エネルギー政策、さらにはEUあるいは世界の温暖化・エネルギー政策にどのような影響を生じさせるかは、キャメロン首相の後を継ぐ新首相に誰が就任するかによる面も大きい。新首相に注目したい。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7167
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。