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ブログ:マグネシウム電池は「死の谷」越えるか
2015年 06月 5日 10:13 JST
浜田健太郎
海に無尽蔵に含まれるマグネシウムをエネルギーとして活用する構想がある。東京工業大学名誉教授の矢部孝博士が提唱している。製品が世の中に出回っているわけではないから知る人は非常に少ないだろう。
しかし、実用化がもうすぐ始まるかもしれない。
矢部博士が会長を務めるベンチャー企業、エネルギー創成循環(川崎市)が、スマートフォン用の「マグネシウム電池」のサンプル出荷を7月末にも始める。納入先は海外の携帯電話事業者。メモリーカード大の薄いマグネシウムのシートを充電器に差し込んでスマホに接続すれば1日分の消費電力を賄うことができるという。
競合するのは、おなじみリチウムイオン電池だ。矢部博士の説明によれば、マグネシウム電池は、同じ質量から取り出せる電力量がリチウムイオン電池の9倍。実用化されれば、スマホの充電の手間がかなり省けそうだ。
矢部博士を先月訪ね、小型の無人飛行機「ドローン」にマグネシウム電池を搭載するアイデアを聞いた。
リチウムイオン電池を動力源とする現行ドローンの飛行時間はせいぜい20数分程度。矢部博士は、「同じ重量のマグネシウム電池なら3時間は飛ばせる」と話す。
米ネット通販大手アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)はドローンを活用した無人宅配を計画している。そうした用途に打って付けだろう。橋げたの劣化状況の検査などにも活用できそうだ。
矢部博士は、「ドローンが単なるおもちゃでなくなり、いろいろな応用が可能になる」と指摘する。
すでに中国のドローンメーカーや、アメリカの有力企業から開発の打診が来ているとことだが、矢部博士は他の研究者と共同開発を進めるという。クルマを走らせる電池としての利用も当然、視野に入れている。
マグネシウムの可能性は電池に限られるものではない。将来的には発電用の燃料になるかもしれない。マグネシウムはよく燃えるが、化石燃料と違い、燃焼時に二酸化炭素は出ない。安価に調達できれば理想的な燃料だが、現在の精錬方法ではコストが高すぎて現実的ではない。
矢部博士のアイデアの核心は、マグネシウムの燃焼後に出る酸化マグネシウムにレーザーを照射することで、再びマグネシウムを取り出すリサイクルの仕組みにある。
スマホ用電池として使用済みとなった酸化マグネシウムから再びマグネシウムを取り出す場合は半導体レーザーを使うが、発電用のマグネシウムを取り出す場合は、太陽光を利用したレーザーで照射する。
矢部博士はこれを「太陽光励起レーザー」と名付けている。東工大にはプロトタイプがある。
海水に含まれているマグネシウムは、太陽熱を利用した淡水化装置を用いて取り出すという。淡水化装置も矢部博士の発明によるものだ。
詳しくは、「マグネシウム文明論─石油に代わる新エネルギー資源」(矢部孝、山路達也著、PHP新書)を読んでいただきたいが、矢部博士の構想を要約すると、「太陽のエネルギーを利用して、無尽蔵の燃料を取り出し、温暖化ガスを排出しないエネルギー社会を目指す」というものだ。これを「マグネシウム循環社会」として提唱している。
政府のエネルギー関連の審議会を傍聴すると、「供給安定性、経済性,環境性,安全性の全てを満たすエネルギー源はない」という指摘を頻繁に聞く。エネルギーを論じる際の「公理」のように語られている。
エネルギーの専門家には、矢部博士の主張は「眉唾物」の話として響くのかもしれない。再生可能エネルギーの普及で著名なある人物にマグネシウムを話した際も、「そんな有象無象のこと知らない」と、けんもほろろの反応だった。
冷ややかな反応にもめげずマグネシウムの可能性を訴え続けてきた矢部博士に対して、期待の声も聞かれる。
今年2月末、矢部博士の東工大退官記念講演会で、山際大志郎経済産業副大臣が檀上に上がり、「水素をエネルギーキャリアとして使うのと同じような意味合いでマグネシウムが考えられる」などと語った。
山際氏はその際、科学的な発見を企業が商品化して、それが世の中に出回るまでの間に「死の谷」が横たわっていると指摘。「せっかくの大発見が結局、日の目を見ないで終わってしまうことがたくさんある。死の谷を越えられるよう、研究者間を橋渡しするようなサポートを安倍政権で始めた」と強調した。
退官記念講演には、日本人ならだれでも知っている複数の有力企業から、役員や先端技術を扱う部署の社員が駆けつけた。以前から矢部博士の構想に関心を寄せているのだという。「早く世界を驚かせてほしい」。そんな思いを参加者の多くが共有していたかもしれない。
(東京 5日 ロイター)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0OL02Z20150605
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