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※日経新聞連載
動き出す水素社会
(1) 日本が開いた利活用の端緒
世界的なエネルギー需給逼迫や地球温暖化問題への懸念が高まる中、安定供給、環境保全、経済効率を同時に実現する新しいエネルギーへの取り組みが進められている。その一つに「水素」を「電気」、「熱」に次ぐ2次エネルギーとして有効活用する取り組みがある。
水素の利活用に向けた動きは日欧米を中心に活発化している。各国は研究開発や実証試験を通して実用化を模索してきたが、世界に先駆けて家庭用燃料電池や燃料電池自動車の市販を始めたのは日本である。日本が水素を利活用する端緒を開いたといえよう。
水素は工場の副生水素、天然ガスの改質、水の電気分解(火力発電、再生可能エネルギー)、バイオマスのガス化など、国内にある多様な1次エネルギーから人工的に作り出せる。
しかし、製造方法によってメリット・デメリットがある。例えば水素を化石燃料で製造すると供給安定性、経済効率性は高いが、二酸化炭素(CO2)が排出され、環境保全性は低い。再生可能エネルギーによる水電解で製造すれば環境保全性が高いが、経済効率性、供給安定性は低くなる。
さらに、水素のサプライチェーン(供給網)全体(「製造」、「輸送・貯蔵」、「利用」)の整備が必要となり、経済効率面で課題が残る。また利活用分野の拡大には、水素の価格だけでなく、燃料電池のさらなる低価格化が求められる。
これらの一体的な解決には、社会構造の変化を伴うような大規模な体制整備と長期的な取り組みが必要となる。本稿では「水素社会」の可能性と実現への課題を論じる。
(大和総研)
[日経新聞5月18日朝刊P.19]
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(2) 普及実現へ3段階の工程表
本格的に水素エネルギーが広く社会に利活用されるには、他のエネルギーに対する経済的・技術的優位性を獲得し、課題に対する産学官の取り組みが重要となる。日本では、2014年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画に基づき、産学官の水素・燃料電池戦略協議会が経済産業省内に設置された。
同協議会が14年6月に公表した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」では、水素のサプライチェーン(供給網)である「製造」、「輸送・貯蔵」、「利用」、の各分野について、3つのフェーズによって課題を解決し、水素社会の実現を目指すとしている。
進行中のフェーズ1(主に「利用」面)では、定置用燃料電池と燃料電池自動車の普及拡大を進め、水素発電などへの利活用分野を拡大し、先行者としての水素・燃料電池分野の世界市場の獲得を目指している。
フェーズ2(主に「輸送・貯蔵」面)では、20年代後半までに、需要拡大を見据えた海外資源の活用などによる安価な水素価格を実現し、「水素」を含む新たな2次エネルギー構造の確立を図るとしている。
フェーズ3(主に「製造」面)では、40年ごろまでに、再生可能エネルギー由来の水素などを活用したトータルで二酸化炭素(CO2)フリーな水素供給システムを確立するとしている。
ロードマップは実効性を確保するために、社会情勢や技術開発などの進捗状況を踏まえて修正するとしている。水素・燃料電池が社会に受容されるには、市場ニーズを的確に捉えるための利用者との対話も必要となろう。
(大和総研)
[日経新聞5月19日朝刊P.25]
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(3) 可能性広げる定置用燃料電池
都市ガス・LPガスから取り出した水素を利用して発電する定置用燃料電池は、排熱を給湯に利用できるコージェネレーション(熱電併給)システムの一つであり、小規模ながらエネルギー効率が高い特性を持つ。
国内では2009年に世界で初めて家庭用燃料電池の市販が始まった。当時、ガス給湯器と系統電力を併用した場合と比べて、省エネ効果(1次エネルギーの年間使用量削減率23%)と二酸化炭素(CO2)排出削減効果(年間排出量削減率38%)が実証されていた。
その後、価格低下と国の補助金制度もあり、導入台数は14年末までに累計11万台を超えた。さらなる利用拡大策として、機器コンパクト化による既築住宅や集合住宅への販売も始まっている。
今後、20年には現在約15年(補助金を加味すると10年)の投資回収年数(初期導入費用÷年間削減光熱費)を7〜8年に短縮することで140万台を導入。30年には同5年に短縮して530万台導入を目標としている。
これらは、日本の世帯数約5000万世帯の3%と10%に、それぞれ相当する。16年以降は補助金の廃止が見込まれており、市場の自立化が求められている。家庭用燃料電池の普及に向けた取り組みはこれからが正念場を迎える。
一方、17年には大出力の業務・産業用燃料電池の市場投入が見込まれている。省エネとCO2排出削減効果に加えて、非常時に電力を確保することで、BCP(事業継続計画)が可能となる。信頼性の高いエネルギー供給システムの構築にもつながることが期待されている。
(大和総研)
[日経新聞5月20日朝刊P.29]
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(4) しのぎ削るエコカー開発
燃料電池自動車(FCV)は、水素を利用した燃料電池の電気を動力とする電気自動車(EV)の一種である。EVと同様、モーターで走行するため、極めて静かで、走行中には二酸化炭素(CO2)などの大気汚染物質を排出しない。
一回、約3分の水素充てんによる走行距離は約650キロメートルで、ガソリン車並みの利便性もある。ただし、現在の車両価格は、国と自治体の補助金を加味しても同車格のハイブリッド車(HV)より高額であり、低価格化が求められている。
日本のFCVは化石燃料などの改質により製造された水素利用が主流である。こうした水素を利用した場合、原料の採掘から走行まで(Well to Wheel)のエネルギー効率とCO2排出量において優位性があるとはいえない。
試算によるとFCVのエネルギー投入量はHVと同水準だがEVより多い。また、CO2排出量はHVの約8割だが、EVよりは多い。
再生可能エネルギー利用による水素製造であれば、どちらも低減可能とみられる。しかし、この方法は2030年に他の化石燃料と競合可能となる価格の実現を目指した研究開発段階にあり、実用化には時間がかかる。
現在、水素は1キロあたり1000〜1100円で販売されており、HVの燃料代と同等かEVの電気代より高い水準である。低価格化には製造・輸送とともに、供給を担う水素ステーションの設置費用低減などを含めサプライチェーン(供給網)全体の整備が重要といわれる。究極のエコカー実用化への道のりは、始まったばかりである。
(大和総研)
[日経新聞5月21日朝刊P.29]
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(5) ステーション整備が課題
燃料電池自動車(FCV)の普及には、水素供給にかかるコストの多くを占める水素ステーションを効率的に先行整備することが必要だ。水素ステーションには(1)水素製造機能を備えた「オンサイト型」、(2)輸送された水素の供給機能だけを備える「オフサイト型」、(3)水素供給量は少ないがトレーラーなどで移動可能で普及期に有効とみられる「移動式」がある。
経済産業省は、FCVの需要が多いと見込まれる4大都市圏を中心に、全国で水素ステーションを2015年度に100カ所程度先行整備することを表明している。同省の水素・燃料電池関連予算の内訳をみると、水素ステーション設置の補助金は13〜14年度の2年間で200億円を超えた。さらに独自に追加支援する自治体もある。
しかし運営する民間事業者としては、給油所の数倍となる高額な設置・運営費用のほか、水素の取り扱いに関する規制などへの対応といった課題が残る。補助金なしで水素ステーションを自立して運営するには、構成機器の規制緩和や、標準化・量産化による費用低減といった対応が必須だ。
ハイブリッド車(HV)の場合、過去2度の「エコカー補助金」(HV以外の環境対応車も含む)の予算総額は約8500億円で、新規のインフラは不要だった。FCVの購入補助金はHVの数倍以上となる1台あたり約200万円であり、さらに水素ステーションの整備も必要になる。
こうした状況を踏まえると、FCVの普及には、民間事業者が採算の見込める水素ステーションの経営を早期に実現できるかどうかが鍵となろう。
(大和総研)
[日経新聞5月22日朝刊P.29]
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(6) 需要喚起し費用低減必要
水素社会を実現するには、将来の需要拡大を見据えて、供給安定性・環境保全性・経済効率性に優れ、ほかのエネルギーと競合可能なサプライチェーンの整備が必要だ。
現状の水素製造は化石燃料の改質や副生水素が主流だが、環境保全や供給安定性の面で課題がある。安い海外褐炭などの未利用資源から水素を大量に製造し輸送する方法も検討されているが、実現はまだ先とみられる。
需要地への運搬には、気体である水素を圧縮するか、冷却またはトルエンなどの有機物に反応させて液化する。既存の物流網を利用できるが、水素を運搬可能な形にする段階での経済効率性が課題になる。
製造・輸送面での課題は、供給側全体の費用を反映した水素コストの経済性に関わる。コストの内訳は、原料水素約2割を含め「製造・輸送」が約4割で、「水素ステーション」が約6割(稼働率100%の場合)。販売価格には各事業者のマージンが上乗せされる。もちろん、水素ステーションの稼働率が低ければコストは高くなる。
大量の水素需要を喚起することも大きな課題だ。水素供給市場は、燃料電池車(FCV)10万台として現在の燃費と水素価格で計算すると80億円程度。約9兆円あるガソリンの供給市場と比較すると圧倒的に小さい。水素需給の経済性を成り立たせるためには、発電に水素を用いるなど、エネファームやFCV以外に大口の需要を確保することも必要だ。
経済的に安定した水素社会を実現するには、こうした課題を解決する必要がある。長期的かつ継続的な取り組みが重要となろう。
(大和総研)
[日経新聞5月25日朝刊P.23]
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(7) 規制見直しで民間投資促進
水素は一定割合で酸素と混ざると燃えやすい性質を持つ。水素関連の製品・設備が一般社会で受容されるには、安全性や信頼性が高い品質確保などが必要になる。
一方で、過剰に安全性などを規制すれば、対策コストが増え、民間企業にとって事業として成り立つ可能性を見いだすことが困難になる。そこで、国は水素関連の製品・設備の製造・管理コストを低減し、民間投資を促すため、海外に比べて厳しいと言われる規制の見直しに着手している。
関係省庁は2002年に燃料電池の規制について包括的な再点検の実施を決定し、基本的な安全規制などを整備した。家庭用燃料電池は、電気事業法や消防法といった規制の見直しで大幅なコストダウンにつながり、09年に世界で初めて市販が始められた。
13年からは政府方針にそって、燃料電池車用水素タンクや水素ステーションなどにおける高圧ガス保安法や建築基準法、都市計画法といった規制の緩和が開始。14年に始まった燃料電池車の販売と水素ステーションの設置増に結び付いた。今後も規制改革会議において、水素ステーションの運営コストの削減を目指し、セルフ充填を可能にするなど、さらなる規制見直しが議論される。
このように、水素社会の構築に向けた規制見直しは、民間投資を喚起する重要な政策手段である。今後も安全性と経済性のバランスを図るような規制の見直しが必要であろう。安全性についてはユーザーの理解促進や許容可能なリスクを洗い出すこと、消防関係者への講習徹底など、規制以外の環境の整備も求められよう。
(大和総研)
[日経新聞5月26日朝刊P.24]
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(8) 工業地帯と一体で活用促進
水素を既存の資源として活用できる地域では、水素社会の実現に向けた取り組みが先行して進められている。
川崎市は、産業用の水素需要が大量にあり、パイプラインなどが整備された臨海部の工業地帯を起点とした大規模な水素需給の活性化に取り組んでいる。(1)水素供給システムの構築(入り口)、(2)多分野にわたる水素利用の拡大(出口)、(3)社会認知度の向上(ブランド力)――の3つの戦略を基に取り組みの推進を図り、最終的には水素エネルギーを積極的に活用する「未来型環境・産業都市」の実現を目指す。
最大の特徴は、臨海部での水素供給ネットワーク形成と水素発電による大量の需要創出だろう。その上で、市民生活における輸送部門、家庭などでの水素エネルギーの利用拡大を進め、市全体の二酸化炭素(CO2)排出量削減を目指す。
北九州市では、隣接する製鉄所で発生する副生水素をパイプラインで市街地の水素ステーションや住居に直接供給し、水素活用を地域全体で促進することで水素社会の実現を目指す。これまでCO2排出源であった工業地帯が、市街地と一体で環境モデル都市に取り組む先行事例といえる。
その他の地域でも、水素を活用した工業地帯のクリーン化を通じて環境と経済を両立させる取り組みが進められている。これらの取り組みが地域全体への波及効果を生み、経済活性化、災害時の対策強化、省エネ推進などにつながると期待される。水素社会の実現には産業界が先導して利用を広げ、市民生活と一体となって地域に水素活用を根付かせることも重要だろう。
(大和総研)
[日経新聞5月27日朝刊P.26]
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(9) 再生可能エネルギーを下支え
再生可能エネルギーの余剰電力(未利用電力)を水の電気分解に利用し水素ガスに変換する「パワー・ツー・ガス」という仕組みがある。水素ガスを燃料電池で電力に戻せば無駄をなくせる。
実証研究はドイツが先行している。同国の水力を除く再生可能エネルギー比率は2013年に21%に高まった。一方、風力など発電量がコントロールできない再生可能エネルギーが多く、余剰電力も増加傾向にある。
北部で発電した電力を需要が高い南部に送る送電線が脆弱でもあり、13年の国全体の再生可能エネルギーの余剰エネルギーは一般家庭16万世帯分の年間消費電力量に相当する555ギガワットアワーだった。再生可能エネルギー買い取り義務がある送電会社が発電会社に支払う補償額も4400万ユーロ(約60億円)に上昇した。
そこで余剰電力を水素ガスにして燃料電池車向けに提供したり、水素と二酸化炭素(CO2)からメタンガスを合成し広域ガス配管網を通じて供給したりする試験販売を始めた。事業化できれば再生可能エネルギー導入の追い風になりそうだ。
日本も将来、水力を除く再生可能エネルギー比率が13年の2%から大幅に高まれば、余剰電力対策としてパワー・ツー・ガスを利用する可能性はある。ただ日本にはドイツのようなガス配管網がなく、輸送はトラックや船舶などに頼る。水素を体積が小さい液体や化合物に転換し効率的に運ぶ技術開発を進め、25年には商業ベースの国内流通網を稼働させる計画がある。こうした技術は再生可能エネルギー資源が豊富な外国で製造した水素の輸入に適用できる利点もある。
(大和総研)
[日経新聞5月28日朝刊P.29]
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(10) 環境と経済効率の両立を
政府は4月末、2030年時点の望ましい電源構成(再生可能エネルギー比率22〜24%)の計画値を前提とし、同年までに温暖化ガスを13年より26%減らす目標案を公表した。貯蔵・輸送しやすい水素の特長を生かした水素社会を実現することは、目標達成の一つの選択肢となろう。同時に地域資源でもある再生可能エネルギーを普及させ、エネルギーの供給安定性と環境保全性を高めることも期待される。
内閣府は30年までの水素社会の実現に向けた社会目標を「戦略的イノベーション創造プログラム」で定めている。水素サプライチェーンのコスト削減を前提に、20年までにガソリン等価の燃料電池車(FCV)用水素供給コストを、30年までに液化天然ガス(LNG)発電と同等の水素発電コストを実現する。さらに経済産業省のロードマップでは、40年ごろに安価で環境保全性に優れた製造技術の確立を目指す。
水素は今後、エネルギー間の競争にさらされる。望ましいエネルギー源として社会に受け入れられるかが問われよう。
一方、水素社会構築にむけた国際競争が既に始まった。ドイツ、米カリフォルニア州、韓国ではFCV用水素ステーションの積極的な整備、デンマークでは風力発電の余剰電力を水素に変換した利用・活用の実証、イタリアでは水素発電の実証などが行われている。
20年の東京五輪では東京を水素社会のモデル都市として世界に示すことが検討されている。環境と経済が両立する真の水素社会構築に日本が本格的に踏み出せるか、試金石の年となろう。
(大和総研経済環境調査部) =この項おわり
[日経新聞5月29日朝刊P.27]
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