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『ニューズウィーク日本版』2014−11・4
P.48〜50
「人体という究極の発電機
発明 運動エネルギーを電気エネルギーに変換する最新テクノロジーが戦場や医療現場を変える
ペンシルペニア大学のローレンス・ローム教授(生理学)が、米軍から1本の電話を受け取ったのは02年のこと。アフガニスタンにいる特殊部隊のために、新しい発電システムを開発できないかという相談だった。
電話の主によると、特殊部隊の兵士は通常、約35キロの荷物を背負って動き回らなくてはならない。さらにGPSや通信機器や暗視ゴーグルを使うために、計9キロほどのバッテリーも持ち歩く必要がある。これがなければ、かなり荷物を粗くできるのだが……。
当時、ロームが関わった直近の大型プロジェクトといえば、海洋生物のように船体をうねらせることで前進する潜水艦の開発。「人体やリュックサックの研究をしたことはなかった」と、ロームは言う。
だが、電話の主は何かを見抜いていたに違いない。数年後、ロームは持ち運ぶだけで勝手に発電してくれるリュックサックを開発した。さらにリュックの改良を重ね、今年5月にはカリフォルニア州のベンドルトン海兵隊基地での試用にこぎ着けた。外国駐留部隊に支給されるのも遠い先のことではなさそうだ。
このリュックは2つの構造物から成る。1つはストラップで背中に固定された骨組みで、もう一方は荷物を入れる本体部分にくつ付いている。2つの構造は複数のバネの付いたレールでつながっていて、背負って歩くとリュックが上下に揺れる仕組みだ。
このリュックに約22キロの荷物を詰めて、ストラップで体に固定して足早で歩くと、20〜35ワットの発電量を得られる。5〜6個の携帯電話を充電できる電量だ。今のところ軍需品としての開発が先行しているが、2〜3年後には市販にこぎ着けたいと、ロームは考えている。
このリュックには発電だけでなく、重い荷物で肩や腰に掛かる負担を吸収する横能もある。「普通のリュックよりも動きやすい」と、ベンドルトン基地で試作品を使ってみたネルソン・マルティネス特曹長は、マリーンズTV(海兵隊の公式YouTubeチャンネル)で語った。
ペンドルトン基地では今年、もう1つの「人体発電品」が試された。脚に装着して歩くと最大12ワットを発電できるニーブレスだ。脚の筋肉が「ブレーキ」をかけているときをセンサーが感知し、その運動エネルギーを吸収して発電する。「プリウスみたいなものだ」と、製造元であるバイオニック・パワーの設立者で、生理学者のマックス・ドネランは語る。
プリウスなどのハイブリッドカーは、連動エネルギーを電気エネルギーに変換してブレーキに活用している。同じようにニーブレスを装着すると、下り坂でスピードを落とすとき脚への負担が軽くなる。
バッテリーが不要になる
人体の連動エネルギーを使って電力を確保すると便利なのは戦場だけではない。例えばペースメ−カーのような植え込み型医療機器は、定期的なバッテリー交換が必要だ。バッテリーが不要になれば、バッテリー交換手術による合併症のリスクを減らすことができる。
このため最近、日常生活における基本的な運動(歩行、踊り、食事の岨噂など)を活用して発電する研究に大きな注目が集まっている。なかでも有望視されているのが圧電材料、つまり変形させると電気を生む物質だ(こうしてつくられた電気はピエゾ電気と呼ばれる)。
圧電物質には、人体に植え込めるほど小さいものもある。その圧電効果は19世紀前半に既に発見されていたが、発電量が微量(数十〜数百マイクロワット)なため、実用化が真剣に考えられるようになったのはごく最近になってからのことだ。
今はセンサーやマイクロチップの小型化が進み、わずかな電力で動かせる機器が増えた。ペースメーカーもその1つだ。
1個のペースメーカーを動かすのに必要な電力はわずか約10マイクロワット。しかもペースメーカーのすぐ近くには、常に規則的に運動している心腋という「エネルギー源」がある。
イリノイ大学のジョン・ロジャーズ教授(物質科学工学)らは、圧電物質を使った薄い膜状のセンサーで豚の心臓の表面を覆い、心臓の動きによる発電を読みた。その結果、ペースメーカーを動かすのに十分な電力を得られることが分かった。ただし、人体の実験に米食品医薬品局(FDA)の承認が下りるのに時間がかかるため、バッテリー要らずの「永久充電ペースメーカー」の製品化は、早くても5年後になるとみられている。
一方、スイスのベルン大学の研究者は、腕の振動を利用する自動巻き腕時計の仕組みに着目。ペースメーカーのバッテリー大の装置のスプリングを回転させて発電する研究を進めている。やはり豚の心臓の実験では、十分な量の電気を生成できた。
ネブラスカ大学医療センターのハニ・ハイダー教授(整形外科)は、圧電効果億機器に使ったのは自分が最初ではないかと語る。ハイダーは十数年前に、人工の膝関節にかかる力を計測するため、圧電効果を使って自家発電するモニターを試作していた。
プロジェクトは資金不足のために中断したが、ハイダーの言葉を借りれば、ほかの研究者が続きを引き受ける形で継続された。実際、似たような技術を使って、人工膝関節内の状況を無線で送信するための電気を生成することに成功している。
バッテリー不要のセンサーと送信機を人工関節に組み込むことができれば大きな前進だと、マサチューセッツ工科大学(MIT)のジョセフ・パラディソ准教授は言う。装具の不具合をいち早く察知することは治療に欠かせないが、内蔵バッテリーの寿命が大きな壁になるからだ。
例えば、人工関節と骨のつなぎが弱くなる「無菌性ゆるみ」は、早期に分かれば装具の外側を修復するなど、比較的簡単な処置で足りる。しかし、症状が進むと人工関節全体を交換しなければならず、コストもリスクも高くなると、ハイダーは説明する。
実用化が近い「発電床」
圧電分野の先駆者として知られるジョージア工科大学のワン・チョンリン教授は、人体の動きが生成するエネルギーを利用してさまざまな機器を開発している。
繊維に縫い込める薄さの温度センサーは、「シャツが何回か動いて」発電した電気で動く。肌に貼り付ける心拍数モニターは、日常の動作を電気に変換する。圧電物質を屋根に応用すれば、雨粒が空から落ちてくるエネルギーを使って、まとまった発電量が期待できるという。
人に踏まれて発電する「発電床」は、かなり実用化に近づいている。08年にオランダのロッテルダムにオープンしたナイトクラブは、その名も「ワット」。ダンスフロアの振動を使って発電し、フロアの照明を輝かせる。日本の駅や繁華街でも実験が行われ、人が床を踏んで生成された電力が、照明や改札機などに使われている。
ロンドン大学クイーンメリー枚のジョー・プリスコ一博士らとノキア(現在はマイクロソフトの携帯事業部門)は、酸化亜鉛の粒子を塗布したフイルムを使って、音波から微量の電気を生じさせることに成功。車の音や話し声、BGMなど、周囲の騒音でスマートフォンを充電できる技術につながるという。
しゃべったりかんだりという日常的なあごの動きでも発電できる。カナダのケベック大学高等工科大学のジュレミー・ボア教授らは、ヘッドギアのストラップに圧電効果を取り入れる実験を進めている。
今のところ発電量は必要な電力の約20分の1だが、圧電物質の厚みを増やせば発電量を簡単に増やせると、ボアは言う。そうすることで少々かさばるという問題は生じるが、開発している機器は飛行機の操縦士や緊急時の対応に使われるヘッドギアなので、ほとんど問題にならないと思われる。
圧電効果の研究は、大半の分野で実用化にもう少し時間がかかりそうだ。しかし研究者や業界関係者は、おそらく3〜5年ほどで消費者市場の主力になるだろうと口をそろえる。
歩くと発電するリュックサックとニープレスは、いち早く商品化に成功しそうだが、別の技術を採用したほうが約1000倍の発電量を期待できることも確かだ。しかし、電子機器の小型化が進んで必要な電力が減る一方で、圧電効果の発電量が増えれば、いずれ双方の技術がぴたりとはまるだろう。ロジャーズが言うように、「エネルギーは私たちのすぐ目の前にある」のだから。
ダグラス・メイン」
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