01. 2014年9月12日 04:52:11
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「逆オイルショック」が再来?シェールオイルがもたらすエネルギー情勢の激変2014.09.12(金) 藤 和彦 「逆オイルショックが再び起きるかもしれない」 専門家の間で「近い将来石油需要が減少に転じ、石油価格が1980年代半ばのように暴落する可能性がある」との見方が密かに広がっている。 「逆オイルショック」は日本ではあまり知られていないが、86年初頭に1バレル当たり30ドル近い水準にあった石油価格が、その後半年間で5ドルにまで暴落したことを言う。なぜこのようなことが起きたのか。 70年代の2度にわたる石油危機を契機に石油価格が高騰したため、80年代に入ると石油消費国における代替エネルギー(原子力が中心)導入拡大や省エネルギー推進により世界の石油需要が低迷し始め、83年の需要は79年の1割減となった。さらに、中東の大産油地域から締め出された石油メジャーが非OPEC地域の石油生産量を急増させ、低迷する需要をOPEC産原油と奪い合うようになった。 このような事態に直面しても、OPEC諸国は協調して減産を行うことができず、結果的にサウジアラビア一国が減産を引き受けざるを得なかった。80年のサウジアラビアの生産量は日量1000万バレルであったが、85年には200万バレルにまで激減、OPEC石油の世界市場に占めるシェアも30%を割り込んだ。 サウジアラビアは、事ここに至っても減産に協力しない他のOPEC諸国に痺れを切らし、85年12月に「これ以上減産に耐えることはできない。調整弁役を放棄して増産を開始する」と宣言したため、高止まりしていた石油価格は瞬く間に下落した。 当時、中東地域では80年9月にイラン・イラク戦争が勃発し、87年7月にはペルシャ湾に大量の機雷が浮遊する状態になった。ペルシャ湾を通過するタンカーが276隻も攻撃されたが、86年以降、石油価格は高騰することなく、1999年まで20ドル前後で推移した(湾岸戦争前後を除く)。 価格高騰の石油より石炭の需要が伸びている 石井彰エネルギー・環境問題研究所代表は、「現在の100ドル/バレルの実質価格(インフレ調整後の価格)は、後に石油価格暴落を招いた80年代初めの価格水準と同等である」と指摘する。石油価格は21世紀に入りイラク戦争後に急上昇、2008年7月に147ドルのピークを迎えたが、リーマン・ショックで反転、2009年3月に33ドルまで下落した。しかし、その後短期間で価格が再上昇し、2011年から100ドルを超える石油価格が3年にわたって持続している(7月以降下落傾向にあった原油価格は9月に入ると100ドル割れが生じている)。 価格高騰のあおりを受けて、世界の石油需要はほとんど伸びていない。2007年から2012年までの石油需要の平均増加率は0.6%であり、人口増加などにより急激に需要が伸びている中東産油国を除くと0.3%にとどまっている(2014年第2四半期の石油需要の伸びも1%以下である)。 石油以外のエネルギー源の同時期の増加率は2.5%増と堅調であり、特に途上国を中心に石炭需要の伸びが目立っている。その理由は石油価格は同じエネルギー量の石炭価格より4〜5倍高いからだ。このため、世界の1次エネルギー供給に占める石炭のシェアは2013年に30%に達し、1970年以降で最高水準になった。それに対し、石油のシェアは14年連続で減少し33%にとどまった。 もはや石油の需要は頭打ち? 10年ほど前、「近い将来、世界の石油生産はピークに達してその後現象に転じる」という、いわゆる「ピークオイル」論が喧伝されたが、石油の埋蔵量に対する評価は大きく変わってきている。 72年にローマクラブが「成長の限界」を公表した当時、石油メジャーも「世界の埋蔵量は2兆バレルぐらいだが、すでに1兆バレル弱を消費した。石油は遠からず枯渇する」と評価していた。だが、その後の技術革新と持続的な高油価という状況変化を踏まえたIEAが2011年に発表した見解によれば、石油の埋蔵量はこの40年間に一気に4倍に大幅に拡大した(100ドルの価格レベルを前提にすると、世界の埋蔵量は7.7兆バレルと試算している)。 むしろ昨今は「石油需要のピークが近い」という説が有力になりつつある。 先進国の石油需要は構造的に減少トレンドに入るとともに、自動車分野での省エネが進んだため途上国の石油需要は爆発的に増加しないことが判明した、というのがその理由である。 石油は他の代替エネルギーがないコアな需要(輸送部門など)を持っているため、いまだ大幅な需要減にまで至っていない。しかし、石井氏は「近年の石油価格の高騰により、いずれ来るとされていた石油需要のピークが既に来てしまっているのではないか」と推測する。 シェールオイル増産でだぶつく石油 一方、供給面に目を転じると、米国のシェールオイルの勢いが止まらない。 シェールオイルを含む米国の石油生産量は、2008年の日量約500万バレルから2014年は800万バレルを超える見通しである。2014年5月、国際エネルギー機関(IEA)は「拡大する米国のシェールオイル生産によって今後5年の世界の石油需要増加分をほとんど賄うことができる」との予想を発表した。OPEC諸国は価格下落のリスクなしに増産する余地はなくなったばかりか、2018年までに生産水準が現在の日量約3000万バレルから200万バレル下回る事態にまで追い込まれつつあるという。 昨今「西半球で石油がだぶついている」との噂も広まっている。メキシコやベネズエラなどから産出される質が悪いが割安な重質原油をガソリンなどに精製できる施設を有し、価格の高いシェールオイルに手をつけないため、米国内で余ったシェールオイルがカナダに大規模に輸出されるようになっているからだ(米国では原油輸出は原則禁止だが、カナダ向けは例外)。 高価格による需要停滞とシェールオイルの供給拡大により、国際石油市場が需給緩和に向かう転換点が今年後半にも来るのではないだろうか。 金融情勢も石油価格を押し下げる要因に 80年代と異なり、石油価格の形成に主導的な役割を果たしているのは、現物市場に比べて格段に大きくなった先物市場である。 80年代初頭、シェルが「原油生産過剰によりOPEC産油国カルテルは近々崩壊し、今後石油価格は下落する可能性が高い」と警告を発するなど、業界関係者の間で価格下落に対するヘッジ需要が高まっていた。これを受けて83年から84年にかけて、ロンドン国際石油取引所(IPE)に北海ブレント原油の先物市場が、ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)にWTI原油の先物市場が作られたが、2000年以降、ゴールドマンサックスがコモディティ・インデックス・ファンドを組成して年金マネーを流入させたために市場規模が飛躍的に拡大した。 急成長した先物市場だが、相変わらずボラティリティは高く、「ひょっとして原油価格が下がるのでは」という憶測が広まるだけで、急激な価格低下が発生する。 リーマン・ショック後の暴落が示すように、石油価格はマクロな金融情勢にも大きく左右される。ウクライナを巡る欧米とロシアの対立の先鋭化がドイツ経済に予想以上の悪影響を及ぼしており、さらなる欧州経済の悪化が避けられない状況になりつつある。また、中国不動産のバブル終焉が現実のものになり始め、米国の利上げが市場予想よりも前倒しされ、資産バブルが再び破裂するのではとの懸念が強まるなど、世界全体に石油価格の押し下げ効果をもたらす「地雷」が埋まっていると言っても過言ではない(9月18日に実施されるスコットランド独立の是非を問う住民投票で独立が決まった場合、英国が通貨危機に見舞われるリスクがあるとの懸念が急浮上している)。 2014年4月1日付「ウォールストリート・ジャーナル」は、シェールオイルの増産などを理由に「原油価格は今後5年間で1バレル100ドルから75ドルに下落する可能性がある」との記事を掲載した。 攪乱要因であるシェールオイルの生産コストの上限が約70ドルなので「価格が下落しても70ドル近辺で下げ止まる」との観測だが、市場価格がトータルの生産コストを下回っても、操業変動費を回収しようと操業を続けようとすれば、供給過剰が解消されず、生産コストによる歯止めがかからなくなる。 サウジアラビアの生産コストは3ドルであるため、原油価格が暴落してもこれまで安泰だとされてきたが、「サウジアラビアの財政は石油価格が100ドル/バレルでないと耐えられないのではないか」と石井氏は警戒感を露わにする。 確かに石油の生産コストは低いが、サウジアラビアは巨額の石油レント(余剰利潤)を国民に大盤振る舞いすることで、地球最後の王政の1つと言われる現在の政治体制を保持している。近年の「人口爆発(80年には980万人だった人口が2012年には2920万人に増加)」により財政需要がますます拡大しているが、石油等鉱物資源の輸出が9割を占めるというモノカルチャー経済は変わっていない。 初代アブドラアジズ国王の建国以来、36人の息子が順番に国王の位置を占めてきたが、支配層であるサウド王家は世代交代の時期に直面しつつある。アラブの春が示したように、イスラム社会の中にも「民主化」を求める若い世代が急増しており、サウジアラビア国内でもテロが発生している。世代交代という敏感な時期に石油価格が暴落して、支配者たちが一般国民を満足させる財源を失ったら、これまでの不満が一気に爆発する可能性も否定できない。 日本に求められる「脱中東石油」の政策 石油価格の暴落は湾岸地域全体を不安定化させる可能性が高いが、米国が今後も中東地域の政治的安定を図り、シーレーン防衛に積極的に関与し続ける保証はあるのだろうか。 米国の中東政策は、国内の石油価格に大きな影響を与える中東原油の世界市場への安定的な供給の流れを確保しながら、ワシントンで大きな政治力を有するイスラエル・ロビーの意向に沿うという微妙なバランスを保ってきた。 しかし、国内の石油消費に占めるサウジアラビア石油のシェアが5%を割り込んだ状況下で、「今後多額の費用をかけてまで中東湾岸地域へ介入する必要はない。介入するとしてもイスラエルの国益を中心に考えるべし」とする安全保障専門家や政治家が増えつつある。 このような方針転換がなされれば、中東地域の不安定化をもたらすだけで、日本にとっては「百害あって一利なし」である。 7月1日、安倍内閣は集団的自衛権行使に関する憲法解釈を変更する閣議決定を行ったが、事例の1つとして、ホルムズ海峡が機雷により封鎖された場合の機雷除去作業を挙げた。機雷によるホルムズ海峡封鎖による供給途絶の可能性を認識しているのであれば、「脱中東石油」という日本のエネルギー安全保障の最重要課題への処方箋をただちに策定すべきではないだろうか。 (参考文献)『木材、石炭、シェールガス 文明史が語るエネルギーの未来』(石井彰著、PHP研究所) 一覧 ≫ icon 「逆オイルショック」が再来? 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