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今回の第5検察審査会についてはさんざん批判されてきたから誰でも知っていると思うが、もうひとつ小沢氏の審査申立てを受理した検察審査会があったことを覚えているだろうか? 2010年7月15日に07年分で「不起訴不当」の議決をした第1検察審査会である。07年分とは、5月に小沢氏に現金で4億円の返済をしたことを元秘書池田光智被告が「報告書には記載しません」と了承を得たと供述した件である。
今になって考えて見れば、「報告書には記載しません」が政治資金規正法から見て違法なのか妥当なのかをチェックしても良かったのだが、「記載しない」>「金を隠す」>「表に出せない金?」と妄想が膨らんだのは素人として仕方がないことか。その前の2010年4月27日には、第5検察審査会が04、05年分で小沢元代表を「起訴相当」と議決しているし。
しかし04,05年分の審査申立てが小沢氏から陸山会に対する金の流れだとしたら、07年分は陸山会から小沢氏への金の流れといえる。これを二つに分けて告発して二回審査申立てをした意味が分からない。素人ならなおさら一連の事件と考えやすいだろう。小沢氏の失脚を願っていた人からすれば「鉄砲の弾は多いほど当たりやすい」のだろうが。
2010年4月27日に第5検察審査会のほうが先に「起訴相当」を議決したのに、後の第1検察審査会は「不起訴不当」の比較的まともな議決に落ち着いたのは、やはり「起訴相当」の票が8名は集まらなかったということか。どうして「先に続け!」とはならなかったのだろう?
ある解説では「審査補助員(弁護士)の差」ではないかと言っていた。しかし審査補助員は『その自主的な判断を妨げるような言動をしてはならない(第39条の2の5)』のだから、それで差が付くのもおかしい。それでは「検察審査員の質の差」か? 無作為に選んだ素人の差が片やパーフェクトで「起訴しろ!」で、もう一方が「検察にもう一度再考させろ!」だったということか。
告発を2度したのは、検察が2つに分けて捜査しそれぞれ不起訴の判断をしたからだと言われている。2010年2月4日に04年、05年分で検察が小沢元代表を不起訴にし、2010年2月23日に07年分で小沢氏を不起訴している。検察も別の事件と見ていたのか? あるいは繋がりが理解できなかったのか? 捜査を一本に絞って行なったほうがはるかに効率が良かっただろうに。捜査を2つに分けた時点で、検察は「白旗」の準備に入っていたということか。
素人が難癖をつけるのなら、07年分の「陸山会から小沢氏への金の流れ」のほうがなんぼか野次を飛ばしやすいだろう。しかも収支報告書には記載していないとなればなおさら。しかるに第1検察審査会は「不起訴不当」で検察にボールを投げ返しただけだ。
小さくて新しい第5検察審査会は「過激な議決」を出したのに、古くて大きい(東京検察審査会の元締めである)第1検察審査会は「まず順当な議決」を出したのだ。では第1検察審査会の「不起訴不当」の議決が先に出されていたら、後に続いた第5検察審査会はどのような議決をしただろう? しかし2010年9月14日にまたも「起訴相当」を議決しているのだから、考えるだけ無駄なことだ。
つまり間に挟まれた形の第1検察審査会の「不起訴不当」の議決は、その後の第5検察審査会の2度目の議決に何の影響も与えなかった。一説ではこれもパーフェクトだったそうだが。直前に他の審査会の穏当な議決を目にしていながら、しかも審査員を総入れ替えをして議決してみても、1回目とまったくおなじ結果だったということは第5検察審査会の異常さが際立ってくる。検察の強力な誘導があったにせよ、「起訴相当」を2度もパーフェクトで議決してしまう審査会は本当に「素人たちが討議を重ねて」議決をしていたのか?
最後に私が検察の立場なら、少なくとも次の事はやらないだろう。
@捜査を二手には分けない。総力を一点に集中したほうが効率ははるかにいい。
A告発状を受理しない。特捜部は一般の告発などなくとも捜査・起訴できるのだ。捜査中のことに一般人が口出しをするな。
B自分たちが裁判で原告席に座ることもできない「検審起訴」になど協力しない。検察は2度(第1検審を入れれば4度)白旗を掲げているのだ。どのツラさげて素人の応援などできるというのだ。
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