http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/499.html
Tweet |
ぺぇるぎゅんと「知覧」に行く
http://aspeer.blog.fc2.com/blog-entry-46.html
---------------------------------------------------------------------------
初めて、知覧(鹿児島)の特攻平和会館へ行った。言わずと知れた、戦時中の神風特攻基地跡である。
隊員の名簿、顔写真がずらりと掲示されていた。
それから手紙や表彰状、遺品が展示されていた。
そして特攻に使用した戦闘機が展示されていた。巨大ジャンボ機を見慣れた我々からすれば、おもちゃのように見えた。
それだけの施設だった。
愕然とした。
こういった施設なら本来、何らかの主張があっていいのではないだろうか。
我々日本人は、こういった事情で開戦を余儀なくされた。
我々日本人にとって、太平洋戦争とはこのような意義を持つ。このように理解している。
我々日本人は戦後の世界をどのように考える。どのような世界であって欲しい。どのように関わりたい。
記念施設とは、そういった主張があってしかるべきだと思うが、どうだろうか。
施設内、真正面に数ヶ国語で大きく掲げるべきだと思う。
外人さんも見かけた。日本人の目から見た日本史を知ってもらう、絶好の機会ではないか。
主張も何もない、単なる展示だけが目的であれば、関係者以外にとっては全く意味のない、価値ゼロの施設ではないか。
日本人だって、今の世代は太平洋戦争を知らない。身内から特攻隊員を輩出したわけでもない。
そういった多くの来訪者が、施設を一巡して考えることはおそらく、
「戦争は悲惨だ。戦争は良くない。戦争絶対反対」
といった短絡的な感想だけだと想像する。極めて単純に、戦争否定の意識を植え込むだけだと思う。
なぜ、人は戦争を起こすのか。戦争とは一体何なのか。
それを十分に識った上で、太平洋戦争を考える。日本人にとって太平洋戦争とは何だったのか。
そういった深い深いテーマについて考える機会を、実にあっさり奪ってしまっている。これは極めて大きな問題ではないか!?
反論があってもいい。他国からの抗議があってもいい。
我々日本人は自分の考えを堂々と主張する権利を有している。それをみすみす放棄し、他国が好き勝手主張する歴史観戦争観を追認する。
なおかつ自国民からもそれを奪う。
こうして、戦後数十年で「日本人」は人類史からほぼ消滅した。
これがどういう意味を持つのか。なぜそうなったのか。誰の責任なのか、誰の利益になったのか。
きっちり分析して、大至急手を打つべきだ、と私は特攻平和会館を訪れて痛感した。
戦後日本の再建は、65年経っても実は全くスタートしていない。
単に経済的に復興して、メシが食えるようになっただけである。私に言わせれば、これは再建ではない。
きちんと歴史を見直し、日本人とは何か、をきっちり再認識してこそ初めて、
「日本の再建に着手した」
と言えると私ぺぇるぎゅんとは考える。
ちなみに私の小学生時代の修学旅行は、この付近だった。
池田湖を見学し、長崎鼻に行き、平川動物園に行って指宿に宿泊した。
しかし、すぐ傍らの知覧は素通りした。
本来修学旅行の行き先として一番相応しいのは、池田湖や長崎鼻や平川動物園より、知覧ではないだろうか。
敢えて知覧を外したコースを組むところに、何らかの意図を感じるものである。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。