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2004/12/23
キリスト教国でなくなるアメリカ
昨夜(04/12/22)のNHK「クローズアップ現代」で、04年のしめくくり番組の2回目(最終)として「アメリカー超大国の不安」を放映していた。国際社会という観点からアメリカをよく知る緒方貞子は、9/11によりアメリカの何かが壊されてしまい、その結果、彼らの最も良い面であった寛容さが失われてしまったと、単独行動主義に走るアメリカの基底に、アメリカ人の心の変化があることを指摘していた。アメリカ全州を車で訪ね歩いた詩人長田弘は、こんなことを言っていた。アメリカ人の家を訪ねて気がつくのは、玄関のドアが内向きに開くことだ(日本では、玄関がドアの場合、外向きに開くことが多い)。これはアメリカ人が、外から来た人々を、自分の家に迎え入れる、開いた心の表れであった。それが今ではすっかり変わってしまい、彼らの心は内向きに閉じてしまっていると、近年のアメリカ人の変化を指摘する。
ブッシュを再選し、イラクでの戦争をひたすら進めるアメリカの根底に、大きな変化が、それもこれまでの良きアメリカを何か歪んだアメリカへと変貌させる変化が起きている。アメリカを知り、アメリカに親しみを感じてきた人々ほど、そのように感じているようだ。
アメリカ政治とアメリカ・キリスト教をよく知る蓮見博昭は、近著『9/11以後のアメリカ政治と宗教』(梨の木舎、2004/10)の中で、アメリカはキリスト教国ではなくなりつつある、それが問題だ、と書いている。世論調査をすれば、80%程度が自分はキリスト教徒であるといい、50%程度が教会の日曜礼拝に行くと答え、過半数が妊娠中絶や同性愛は聖書の教えに反すると考え、ダーウィンの進化論を学校で教えることに反対する。アメリカは、最も熱心なキリスト教徒が住み、政治に強い影響力を持つ国である。そのアメリカが、じつはキリスト教国ではなくなりつつあるというのだ。
蓮見は、時事通信社のアメリカ駐在記者として長年アメリカを見てきたアメリカ通であり、アメリカ政治についての著作も多い。また自身もクリスチャンとしてアメリカのキリスト教会を見てきており、『宗教に揺れるアメリカ』(日本評論社2002/2)などで、アメリカの政治とキリスト教の関わりに注意を促している。
蓮見が、アメリカがキリスト教国でなくなりつつあるというのは、アメリカのキリスト教が衰退したとか、キリスト教が影響力を失ったとかいうのではない。アメリカのキリスト教が、本来のキリスト教ではない、変なキリスト教に変質しつつある、あるいはしてしまったとの観察に基づいている。それはNHKの番組で、緒方や長田が、アメリカ社会の変質を言ったのと同一線上にある見方だ。
蓮見は、アメリカのキリスト教の変貌をこのように書いている。キリスト教は地域の教会を中心に活動してきた。その教会はさまざまな会派のもとにあった。日本の仏教にさまざまな宗派があるようなものである。かつては大部分の会派が、違いがあっても概して穏健で、寛容に共存しあっていた。極論を主張する会派はあったが、それは少数だった。ところがその勢力地図が近頃めっきり変わってしまった。極論が大きな影響力を持ってきたのだ。極論とは、聖書無謬説(聖書に書かれていることは一言一句誤りがなく、言葉通り信じなければいけないとの主張、神が7日で世界を創造したとか、アダムを創造し、その肋骨からイブを創造したとか、をその通り信奉し、従ってヒトがサルから進化したなどとはとんでもないなどと主張する)をとる原理主義(ファンダメンタリズム)である。福音派(エヴァンジェリカル)とも呼ばれる。
教会と信徒のあり方も変わってきた。地域に古くからある教会に属し、それを中心に地域コミュニティを形成してきた社会のあり方が変わってきた。最近では、テレビで霊感的で説得力のある説教をし、信奉者を百万人も持つというテレビ伝道師や、メガチャーチと称する何万人もの参会者を持つ組織が、影響力を持つようになってきた。それらはすべて、原理主義的なキリスト教の色彩が強い。これが既存の教派や地域の個別教会を超えて、アメリカのキリスト教会を横断的に再組織してしまった。いくつかの既存教派は、戦術家の策動によって原理主義者に乗っ取られてしまった。かつて極右に少数派として存在していたに過ぎなかった原理主義キリスト教が、今ではアメリカのキリスト教で最もアクティブな勢力となった。
しかも「カイザルのものはカイザルに、神のことは神に」と政と教を分離してきたはずのキリスト教が、政治に影響力を及ぼすことで、地上に神の国を実現しようと図るようになった。共和党が選挙戦術として、福音派を利用するようになったことがそれを助長した。レーガン大統領の頃から、その傾向は始まっていた。2000年、ブッシュが大統領に選出される際に決定的な役割を演じた。ブッシュに投じられた票の40%は福音派キリスト教徒のものだといわれる。
昨夜のNHKの番組で、メガチャーチの実態が紹介されていた。巨大な大ホールで聖歌隊などの効果的な音楽を伴って行われる礼拝に、陶酔したように参加している信者たち。一方では、ローンが払えず生活破綻に追い込まれた信者を経済的に救済するメガチャーチの草の根運動的な側面。それらはいかにもアメリカ的だが、決して健全な姿ではなく、むしろ古き良きアメリカのコミュニティが壊れてしまったことの端的な表れで、アメリカ人の抱いている不安感の一時的な救済に過ぎないと、緒方も長田もコメントしていた。
どのようなキリスト教をまともなものと考えるかは、人によって、まちまちだろうが、少なくともこれまでの正統的なキリスト教の考えからすると、個人のレベルでも、社会や政治のレベルでも、アメリカのキリスト教は、まともなあり方から大きく逸脱したものになってきている。
他国の宗教事情は、現実感を持ってとらえにくいだろう。こんな仮想的な事態が日本に起きたとして想像してみたらどうだろうか。仏教の信徒団体があるとしよう。A協会と呼ぼう。この協会は、日本の仏教が本来の姿を失っていると、改革運動を始めた。組織的・戦術的に勢力を広げ、草の根的な折伏活動が行われ、旧来のお寺さんに形だけつながっていた人たちがどんどん協会に参加していった。経済不況がもっと深刻化し、国際社会で日本の置かれた状況が悪化して、人々が不安感を募らせるような事態を想定したら考えられないことではない。お寺や宗派の中には協会に実質鞍替えしたものが多くなる。伝統仏教の内部から、協会の説く仏教はおかしいとの批判が出るが、協会は意に介さない。協会は政治にも進出する。旧来の地盤が崩壊し、選挙母体を失った保守政党が協会に助けを求める。終いには保守政党が協会丸抱えの状態となる。与党であり続けていくには、それしかなかったからだ。首相も実質的に協会色に染まった人がなる。協会色を反映した政策がおこなわれ、国民の過半もそれを支持する。心ある人は、激しくこの事態に反発するが、多数には勝てない。・・・・。日本では現実になるとは想像できない事態だが、アメリカの現状はこれに近いのではないか。
ブッシュ再選という事実をいったんは受け止めたあと、このブッシュを再選させたアメリカとはどういう国なのか、あらためて見直そうという動きが広がっている。そんなの単純で、テロへの不安から確かさを求める方向へ振れただけ、という割り切りのいい見方もあろうが、さまざまな観点からの分析が必要だろう。私は、自分のホームページで、また最近ではこのブログで、アメリカのキリスト教の変質と政治への影響力の拡大を憂う、という視点から所見をときおり述べてきた。それはある一面からの見方に過ぎないことを承知している。しかし日本の識者が、残念ながらキリスト教自体について、ましてやアメリカのキリスト教について、知らなさすぎ、それゆえにその面を軽視したり、誤解したりしているのを見るにつけ、私のようなものが、その面に視線を向けて何かを書くのも意義があろうかと思い、こうして書き続けている。
以下にこれまで、この問題に関連して書いてきたもののリストを載せておく。
なぜアメリカはこんなにおかしいのだろう(03/4/30)
クリスチャン連合 (03/5/8)
ブッシュの信仰と政治 (03/5/21)
「聖書がわかればアメリカがわかる」だって? (03/8/22)
米大統領選の決定的要因は「信仰」? (04/6/22)
米大統領選の決定的要因は「信仰」?補論 (04/6/23)
疑似宗教が勝った米大統領選(04/11/5)
政治は「感情の季節」に入った、と入江 昭 (04/12/3)
ブッシュはアンカーマンだと、Sullivan (04/12/9)
11:16 経済・政治・国際 | 固定リンク
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コメント
初めまして。
あれは、確かに最早、キリスト教ではないと思います。
ユダヤ教の亜種でしかないですね。
投稿: りーと | 2004/12/23 15:24
ブッシュ氏は、開戦当初、教会での演説で、報復を叫んでいました。キリスト教では、たしか「右のほうを打たれたら、左の...」
日本でも、キリスト教は変質しているのを感じます。
当地の(最もオーソドックスなプロテスタトスタント系教会と言われた)「日本キリスト教会」の牧師さんは、「A協会」系のそうの字の付く名の建設会社(道路工事、ゴルフ場造成など)の社長をしていて、年間一千万以上の所得があると、布教のときに豪語されていました。
説教の内容は、「自分はネクタイを二本しか持っていない。」とA教祖と同じ事を話します。この人は、日本キリスト教会の全国理事のお偉いさんでもあります。
当地では、戦前からアメリカ人宣教師が、戦時中も住んでいて、日本人も協力していました。
投稿: U-1 | 2004/12/24 07:45
リートさん
コメントありがとうございました。アメリカの原理主義義理スト教が、ユダヤ教の亜種だ、とおっしゃるのは、彼らが旧約聖書やその流れをくむヨハネ黙示録を重視し、イエスの言行を記した福音書をあまり重んじない傾向があることをいっておられるのでしょう。確かにそういえると思います。
原理主義キリスト教批判の書「Stealing Jesus」(イエスを盗んでいる)を書いたB.Bawer は、原理主義キリスト教は律法的教えを重視し、イエスが生前戦った律法学者やパリサイ人と同種だと批判しています。
U-1さん
しばしばコメントを寄せていただいて、ありがとうございます。「右の頬を・・・」は文字通りは難しいことでしょうが、「敵を愛せよ」はイエスの教えの根幹でしょう。イラク人を辱めている姿など、明らかに非キリスト教的です。
イエスの死後、キリスト教というものができてきた過程で、すでに変質が起きてしまったというのが私の考えです。HP本館の読書紹介欄に大貫隆「イエスという体験」を紹介した中で、そのことを書いています。
私は、キリスト教会そのものを批判的に捉えていますが、信じておられる方には立派な方たちもおられて尊敬しています。しかし、最近のアメリカのおかしくなった教会は、世界に害毒をまき散らす邪教だと考えます。
投稿: アク | 2004/12/24 10:31
上記コメントの最初の行で「原理主義義理スト教」と書いたのは「原理主義キリスト教」の入力ミスでした。
投稿: アク | 2004/12/24 10:36
毎回、凄いblogありがとうございます☆
ちょっと、深すぎて、、内容を、理解しきれない現状であるのですが、これだけの内容を読まさせていただいた感謝としての、コメントを残させていただきます。。。
しっかりコメント出来るよう、勉強いたします☆
投稿: kgm | 2004/12/25 03:06
クリスマスに、アクエリアンさんにお返事を頂き、とても嬉しいです。
キリストの時代は、エジプトなどを介して地中海とインド交易が、著しく活発化した時代で、彼の思想も、時代背景を映して、基本的に諸民族の友和にあったのだとろう想像しております。
その後、発生した「キリスト教」もローマの圧制下に在って、それに合わせて出来上がり、中世〜近、現代へと変化ていったことは、至極当然なことと思います。
組織を動かすのは、人ですので、その時々の欲望が、いや欲求が、組織の性格に反映してきたのだろうと思うのです。
現代アメリカに、ついに登場した、御カルトも、現代のアメリカ経済を反映した、しごく当然な帰結なのかも知れません。アメリカは、こうした泥舟に、まもなく沈もうとしています。
(幸いわが国には古来から、『 カチカチ山 』の寓話があり、ウサギの役を演じているものと思いたいです。)
独裁政治家や、宗教指導者というのは、極々少数の人間によって、運営されていますので、乗っ取りが非常にた易く、コントロールがしやすい組織形態であろうと思います。
これによって、沢山の人間を意のままに操れますので、邪悪な組織にとっては扱いやすいこと、この上ありません。
投稿: U-1 | 2004/12/25 21:18
最 近 宗 教 に 興 味 を 持 っ て い た の で こ の 記 事 は と て も 興 味 深 く て 読 み 甲 斐 が あ り ま し た 。 今 度 学 校 で ア メ リ カ の 宗 教 の 現 状 に つ い て ス ピ ー チ を し よ う と 思 っ て る の で 参 考 に さ せ て い た だ き ま す^^
投稿: あうあう | 2007/07/12 21:28
たいへん興味深い文章を読ませていただきました
わたしはクリスチャンですが、エキュメニカル運動に賛同する無教会派の信仰に近いものをもっております。
日本ではたいへんキリスト教徒が少なく国政に影響を及ぼすほどではありません。しかし、真実のキリスト教には現代日本の若者、団塊の世代の精神的なニーズに答えれる度量があると確信しております。
しかし、アメリカなどのキリスト教大国がネオコンなどと結びついた偽伝道者などが人々をイエスの教えから遠ざけていることに憂慮しております。福音の精神が、まさしく歪められ独善的なイエスがもっとも嫌った律法主義的選民思想に曲解されております。
ぜひ、日本人の方々には新約聖書を読んでいただきたい。
べつにクリスチャンになってほしいと布教しているのではありません。
そこには人間の普遍的な希望や生きる道しるべとなるイエスの教えが書かれてあるからです。人類の宝と言ってもいいでしょう。
日本人がイエスの教えを正しく理解したなら、おそらくアメリカを席巻している原理主義者に意見を申せると思うのです。
非常に私的な意見ですいません。
投稿: アル | 2007/08/05 14:20
はじめまして。
わたしはカトリックに通うクリスチャンです。
しかし、カトリック組織に疑問を感じている者です。
以前、無教会派の先生の話を聞いて感銘を受けました。
私の信条的には、無教会派にシンパシーを感じました。
それで、無教会派の集会場を、私が在住している大阪市内で探したのですが、どうしても見つかりません。
何か無教会派の連絡先・情報等見つけ出す方法を教えていただければ幸いです。
投稿: 近藤 | 2009/07/05 17:09
近藤さん
どうして私のようにキリスト教から離れているものにお尋ねになるのでしょうか。
私は、最近の日本国内でのキリスト教会の事情には通じていません。
漠然と感じていることはあります。無教会派は、内村鑑三から始まり、その弟子たちによって篤く語り継がれましたが、すでに歴史的使命は終えたのではないでしょうか。無教会派を含めて、日本におけるキリスト教界に、現代の私たちに向かって訴えて来る力ある言葉があるとは、私には感じられません。
もっとも、私のブログの読者ならご存じの通り、私のキリスト教、あるいは宗教への態度はこうです。自分は信仰に無縁です。しかし人にはさまざまな感じ方、考え方があるでしょう。その多様な生き方を認め合いながら、自分はその一つの生き方をしているだけですと。
投稿: アク | 2009/07/05 22:54
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