http://www.asyura2.com/09/china02/msg/821.html
Tweet |
日経ビジネス オンライントップ>アジア・国際>加藤嘉一の「脱中国論」現代中国を読み解く56のテーゼ
外国製品を買う人を「売国奴」と罵ることは「愛国」か?
「愛国奴」が中国を孤立させる
2011年7月21日 木曜日
加藤 嘉一
前回コラム「『大陸と台湾』はOK、でも『中国と台湾』はノー」では、筆者が拠点を置く中国大陸において、「台湾」を扱うことがいかに困難なことか、具体的なエピソードを交えてお伝えした。
読者の皆さんもご存じの通り、中国と台湾は、現在に至るまで事実上の分離状態にある。多くの「中国人」が懇願する「祖国統一」はいまだ達成されていない。
筆者は、日ごろ北京で暮らしている。6月中旬に生まれて初めて台湾を訪れた。滞在中に、「中国」をどう見るかというテーマをめぐって、各界の有識者や学生たちと徹底議論した。
第三者という立場にある“特権”を行使して言わせていただきたい。「中国人」と「台湾人」の間に存在する心の距離は、筆者が想像していた以上に遠い。心の溝はとっても深い。中国大陸の人たちは台湾の人たちが自らを「中国人」ではなく「台湾人」だと認識している現状が気に食わないようだ。
「中国人」が、両者の関係を「私たちは同じ中国人だ」と意識的に主張すれば、「台湾人」は「一緒にしないでくれ。私たちはあなた方とは違う」と無意識のうちに主張する。微妙な言い回しひとつで、双方の関係がこじれたり、人間関係が悪化したり、大事に発展してしまう。
企画の段階で“ダメ出し”された拙著『愛国奴』
筆者がこのたび台湾を訪れた最大の目的は、台湾における初の著作となる『愛国奴―知らぬ間にお国を売っていくひとたち』の出版キャンペーンであった。2003年春に北京大学に留学して以来、学業の傍ら、コラムニストやコメンテーターとして、中国の政治、経済、軍事、社会、文化、教育、若者世相などあらゆる分野の問題を現場感覚でウォッチし、発信してきた。「愛国奴」は筆者がウォッチと発信を繰り返す過程で、最も腑に落ちた、中国人のナショナリズムを表す概念・表現であった。北京で戦ってきた日々を通じた、中国政治を総括する言葉と言ってもいい。
残念なのは、拙著を中国大陸で出版できなかったことだ。ご存じの方もいらっしゃると察するが、中国大陸で書籍を出版するには、共産党当局による監視・検閲をパスしなければならない。当局が自らの権力を脅(おびや)かすと主観的に判断した内容の書籍は出版を許可しない。中国では、新聞・テレビなどに対してよりも、出版物に対する監視・検閲の方が厳しい。より鮮明に後に残るからであろう。
拙著『愛国奴』は検閲どころか、企画の段階でダメだしを食らった。出版社が自制してしまったのである。いくつかの出版社に原稿を持っていったが、どこもダメであった。「当局に目をつけられるリスクは取れない」ということであろう。著者が外国人(しかも日本人)であったので、なおさら萎縮してしまったらしい。
とはいっても、予測できた事態であるから、大して落ち込みもなかった。筆者だけではない。中国大陸で言論活動を行っている知識人・文化人のなかで、リベラリストたちの作品は検閲に引っ掛かり、大陸では出版できないケースが頻繁に発生する。その場合、著者たちは香港か台湾の出版社と連絡を取る。市場は大陸に比べて断然小さいが、言論・出版の自由が保障されている香港・台湾で出版、という“ソフトランディング”を試みるのである。拙著は台湾の出版社が出版するが、台湾と香港の双方での発売となる。
中国に広がる排他的なナショナリズム
大変恐縮であるが、『愛国奴』の内容を簡単に紹介させていただきたい。昨今の中国政治・世論を理解するうえで、ユニークな視座になると信じている。日本とも大いに関係のあるマターである。
中国社会は激動の時代に突入している。経済が急速に発展するなか、格差や腐敗、大学生の就職難、路頭に迷う農村からの出稼ぎ労働者、社会保障整備の遅れなど構造的な社会問題に直面している。
一方、中国人にとって、今日ほど国際社会との交わり、つながりが拡大・深化している時期はない。国民はかつてないほど言論市場にあふれる国際ニュースに噛み付き、インターネット上で心情を表現している。「外国人が中国をどう見ているか」に、異常なほど神経質になっているのだ。
狭隘で、排他的なナショナリズムが気になる。
筆者が北京に来て8年がたつ。この間に、日本製品に対するボイコット運動や「日本」をターゲットにした抗議デモが、いくつもの都市で、何回も発生した。
加えてここ数近年、特に北京五輪を主催した2008年以降、中国人のナショナリズムが日本だけでなく、フランスやアメリカ、韓国、そして北朝鮮や台湾に対してさえ向けられるようになってきた。憤る青年――(通称「憤青(フェンチン)――」)たちは、日ごろの生活で蓄積した不満を、外国に向けてぶちまける。共産党当局がナショナリズムを煽り、デモを主導しているという状況では決してない。むしろ、共産党当局も抑えられないほど、外交が世論に縛られてしまうほど、国内世論は日増しに感情的になっている。国民が、国内問題が元で発生した不満を、国際社会をはけ口にして、ぶちまけているのである。
売国奴は自覚がある、愛国奴は自覚がない
「愛国無罪」という言葉をご存じだろうか。「お国を愛するためなら何をしてもよい」という意味である。この理論を主張する人たちにとって、他国の大使館に投石したり、不買運動を行ったりすることは、自国の面子と尊厳を守ることになる。だから、これらの行動は「愛国」を表す表現なのだという。しかし、筆者は彼らのことを「愛国奴」と定義する。「お国を愛する行為のように見えて、結果的にお国を売っている」からである。
「売国奴」は、お国を売っていることを認識した上で、売国行為をしている。歴史を振り返っても、売国奴が社会の主流を占めることはない。売国奴は多数派にはならない。永遠に少数派である。
しかし「愛国奴」はそうではない。「愛国無罪」を掲げ、国を愛していると勝手に思い込む。ポイントは、1)愛国奴である本人たちは、自分こそが愛国者だと思い込んでいること、2)祖国が窮地に陥っているにもかかわらず、他国の国民と友好関係を保ったり、他国製の商品を買ったりしている人たちのことを「売国奴」と言って罵倒している点にある。こうした彼らの矛盾した論理を、拙著『愛国奴』で取り上げて議論している。
ユーザー数が5億人を越えつつあるインターネット空間において、狭隘で、排他的なナショナリズムが高揚している。世論が「愛国奴」たちの無責任な言論によって支配され、政府当局の外交政策は身動きが取れなくなっている。民主国家でない中国においても、外交と世論はもはや切り離せない関係になっている。
台湾の大学生たちは「台湾人」のアイデンティティーを持つ
台湾で交流した有識者の多くが、「台湾にも愛国奴がたくさんいる」と語っていた。特に「独立派」の政治運動家や言論人は「経済的に有利に働くからといって、中国に媚びたり、虚りの統一を呼びかけたりして、台湾の主権、台湾人の尊厳を売っている人間はみな愛国奴だ」と声を荒げていた。
一方で、困惑していたのが大学生たちだ。国立台湾大学で座談会をした際、筆者は学生たちに「君たちはお国を愛しているかい?」という質問を投げかけた。学生のほとんどが「どう答えていいのか分からない」という面持ちであった。国際社会は、主権国家から成っている。ゆえに、国際社会において極めて複雑な立場にある台湾の現状が、彼ら・彼女らを困惑させているのである。
結局、苦しまぎれに、「私は台湾を愛しています」と答えてきた。台湾における筆者の皮膚感覚では、台湾の若者のほとんどが「台湾人」としてのアイデンティティーを持っている。「国家」に関する議論から意識的に距離を置き、中国との関係に関しては「統一」でも「独立」でもない「現状維持」というスタンスを取っているようであった。酒の席では、大学生たちは「もちろん独立したいけど、中国との力関係を考えれば、現段階では不可能」と本音を漏らしていた。
両岸関係を決めるのは民意
中台関係の未来を展望してみる。
6月28日、中国大陸から台湾への個人旅行が部分的に解禁された。以前は、団体ツアーでしか台湾に旅行することはできなかった。今後、徐々に規制緩和していくようだ。日本同様、台湾経済にとっても、中国人観光客の消費欲と購買力は魅力的に映るのだろう。さらに、日本と同様に、社会治安や安全保障面での懸念を抱きつつも、台湾の対中国大陸開放は着実に進んでいくものと思われる。もちろん、2012年に行われる台湾大統領選挙の結果次第で、局面に変化が生じる可能性は否定できないが。
中国大陸の経済力、軍事力増強、米国の意思、米中関係、台湾内政、北東アジア情勢など、様々な要素が、これからの両岸関係に影響を与えていく。ただ、中国大陸に8年暮らした上で、今回台湾を訪問をした人間として言いたい。「統一」するにせよ、「独立」するにせよ、「現状維持」するにせよ、最終的に決定打、あるいは原動力となるのは、中国大陸と台湾双方の「民意」であるということだ。中国側の軍事力でも、米国のプレゼンスでもない。
筆者は「現状維持」が今しばらく持続すると予測している。
このコラムについて
加藤嘉一の「脱中国論」現代中国を読み解く56のテーゼ
得体の知れない巨人−−中国といかに付き合うか。21世紀の最初の50年における国際社会共通の課題です。世界が直面している最大のリスクを、どれだけのコストをかけて管理していくか? 日本を含めた各国にとって念入りな準備が必要なことは言うまでもありません。
2010年は象徴的な年でした。
これまで、2008年―2010年の間、中国共産党は国威発揚としての北京五輪、中華人民共和国の発足60周年記念軍事パレード、上海万博、広州アジア大会を無事「成功」させました。
しかし中国の知識人たちは2010年を「外交大失敗の年」と定義しました。南シナ海におけるASEAN諸国との領土紛争や、尖閣諸島沖での漁船衝突問題では、その強硬姿勢が関係国の懸念を引き起こし、“中国異質論”を助長することになったからです。
一方、国内問題も山積しています。格差や腐敗。就職難に苦しむ若者。低賃金労働に怒りを露にする農村からの出稼ぎ労働者。4.5億を越えたインターネット利用者。など不安要素が噴出している。排他的なナショナリズムが台頭し、共産党のガバナンス力は低下している。そんな中、5年ぶりに勃発したのが反日デモです。
巨人はどこへ向かうのか? 中国社会の地盤沈下はどこで起き、何を誘発するのか? リスクをどう認識し、いかに対応するか? 中国の台頭を国内の繁栄と安全にどう生かすか? これらの問題は日本人にとって他人人事ではありません。中国の問題を「内政問題」として向き合わねばならない時代に突入したのです。引っ越しはできないのですから。
本コラムでは、これから、そんな現代中国を読み解くための「56のテーゼ」を読者の皆様と考えていきたいと思います。活発な議論を通じて、我らがニッポンの対中観を充実させていきましょう!
⇒ 記事一覧
著者プロフィール
加藤 嘉一(かとう・よしかず)
1984年静岡県生まれ。
2003年高校卒業後、国費留学生として北京大学留学。
同大学国際関係学院大学院修士課程修了、現研究員。
専門は東アジアの国際関係、日米中関係、中国政治・経済、朝鮮半島など。
英フィナンシャルタイムズ中国語版コラムニスト、香港フェニックステレビコメンテーター。中国人民大学付属高校教師。同時通訳。
年間300以上の取材を受け、200本以上のコラムを書く。
ネゴシエーターとして1000以上の中国ビジネス交渉を成功へと導く。
香港系フェニックスニューメディア(鳳凰網)におけるブログは2008年3月に開設した後、3カ月で500万、半年で1000万、現在2500万アクセスを突破。
最新の単著に『従伊豆到北京有多遠』、『中国、我誤解イ尓了口馬?』。
趣味はマラソン。
加藤嘉一氏のオフィシャルサイト
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。