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インフルエンザワクチンで医療現場が崩壊?
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科院長
多田 智裕
2009年10月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
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10月19日より、新型インフルエンザのワクチン接種が始まりました。まずは医療従事者への優先接種からです。
ワクチンの接種回数は1回です。ワクチン接種の開始が3日後に迫った10月16日に、厚生労働省がワクチン接種回数を2回から1回へと方針変更したのです。実施直前の方針転換だったので、現場は混乱に陥りました。
また、1回接種だと抗体価が10ポイント低くなります。「本当にそれで大丈夫なのか」という論点も十分に解決されたとは言えませんでした。その状況下での決定に、現場からは疑問の声が沸き起こりました。
10mlバイアルを使うことの問題点
新型インフルエンザワクチンの問題点に「10mlバイアル」(バイアルとはゴム栓の付いたガラス容器)でのワクチン供給があります。通常の季節性インフルエンザワクチンは、1mlバイアルでの供給が当たり前です。
なぜ10mlバイアルを使うことになったのかというと、新型インフルエンザワクチンが不足するから、というのがその理由です。10mlという大き な容器で作ることにより、瓶の内部(内壁や底)に残るワクチンの割合が減ります。その結果、同じ生産量で25〜30%程度、接種可能な人が増えると見込ま れています。
(ちなみに、1mlバイアルは中に残ってうまく使えない分を見越して、1.4ml近くのワクチンが封入されています。)
しかし10mlバイアルには問題点があります。いったん封を開けると雑菌が繁殖してしまうため、1日のうちにその量(約20人分)を使い切らなければならないのです。
通常のクリニックで行う接種は、1日に10名程度の場合がほとんどでしょう。でも、翌日に余った分を使うことはできません。それは、ワクチンと同時に病原菌を注射しているのと同じことになるからです。つまり、多くの場合、半分程度のワクチンはムダになってしまいます。
10mlバイアルを使うという方針は、ワクチン絶対量の不足解消という意味では正しいのですが、現場では決してベストな選択とは言えません。上で述べたように、有効に使われないワクチンが多量に発生し、感染症を引き起こすリスクを大幅に上昇させてしまうからです。
でも、仮にですが、「新型インフルエンザワクチンは保健所でまとめて接種する」という政策とセットだったならば、10mlバイアルも効率的に利用されたことでしょう。そして、その場合、10mlバイアルはワクチン不足解消の切り札として賞賛されていたかもしれません。
もっとも、保健所で新型ワクチン接種ができるよう予防接種法に臨時接種法案を設ける、といったことは真剣に議論された形跡がありません。深い考えなく、単純に接種可能な人を増やすために決定されたようにしか思えないのが、悲しいところです。
最前線で働く人たちだけが損をする?
もちろん現場は、配布された10mlバイアルを有効利用しようと最大限努力することでしょう。
それでも、厚生労働省からは、現場の努力をないがしろにするような通達が相次ぎ、現場の不満はどんどん高まっています。
さかのぼれば10月2日には、「ワクチン接種の問診手続きだけでは料金が発生しない」こと、さらに、「ワクチン接種のための基礎疾患を有するかどうかの証明書は、かかりつけ医療機関が無料で作成する」ことが通達されました。
ワクチン接種に来られた方が、予診終了段階で接種不適当となった場合に、「料金を取るな」というのは、心情的には理解できます。それでも、準備したワクチンが無駄になることを考えると、医療機関にとってはずいぶんと不利な通達です。
さらに、基礎疾患を有するかどうかの証明書作成は、細かく決められた数十ページにも及ぶマニュアルに照らし合わせて個人ごとに判断するのです。これは、とても無料の仕事とは思えません。
また、同じく10月2日に、新型インフルエンザワクチン接種料金は3600円と決定されました。通常の季節性の公費インフルエンザワクチン接種の委託金額は3500円前後が相場でしたので、この金額は妥当なように思えました。
しかし、その後の10月14日に発表されたワクチンの卸価格(つまり、医療機関が購入する際の価格)を見て、私は目を疑いました。なんと季節性ワクチンの約1.5倍(1本あたり2936円)だったのです。
なんのことはない、厚生労働省はワクチン価格を安くしてくれたわけでは全然なく、50%高くなったワクチン代金は各医療機関が負担するように、という決定だったのです。
現場の最前線の医療機関は大きな負担を強いられる一方で、新型インフルエンザワクチン販売会社や医薬卸問屋のマージンはきっちり約40%(+消費税5%)という通常の利益率を確保しているのです。
医療機関が今回の新型インフルエンザ騒動にかこつけて便乗商法で稼いだという話は聞いたことがありません。前回のコラムで取り上げたマスクにして も、300円の卸値で仕入れて、「近隣のドラックストアよりも安いですよ!」と600円程度で売れば、結構な商売になるはずです。でも、それをやったとい う医療機関を私は知りません。
あまりお金のことばかり言いたくはありませんが、厚生労働省は医療機関に対して、通常業務外の仕事である新型ワクチン接種を、通常料金よりおよそ 30〜40%安い値段で行なうよう指示しています。残業代金には通常賃金の25%増を支払うよう指導通達していたのは、他でもない厚生労働省なのです が・・・。私にはブラックジョークとしか思えません。
副作用の責任と補償を押し付けられる現場
問題はコストだけではありません。新型インフルエンザワクチンも従来のワクチンと同じで、ごく稀にではありますが、副作用が起こり得ます。それに対する責任と補償も、最前線の医療機関が背負わねばならないのです。
9月には「輸入ワクチンについて副作用被害による訴訟が起きた場合、製薬会社の訴訟費用や賠償金を国が肩代わりする」法案が検討されているという報道がありました。しかし、この「免責」特約は、製薬会社にだけ適応されるものです。現場の医療機関には適応されません。
役人たちは、医療機関が立ち向かってこないことを見通しているのかもしれません。確かに、医療機関が立ち向かうべきなのは、あくまで新型インフルエンザという病気であり、厚生労働省や製薬会社ではありません。
しかし、現場に対してだけ、コストと責任がどんどん押し付けられているという現実があります。「ひどい」としか言いようのない状況です。この状況は本当になんとかならないものでしょうか。
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今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いた
だけましたら幸いです。
MRIC by 医療ガバナンス学会
http://medg.jp
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