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「インフルバブル」
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/359.html
投稿者 どっちだ 日時 2009 年 10 月 02 日 10:56:11: Neh0eMBXBwlZk
 

MIRCメルマガからの転載です。
まもなく http://medg.jp/mt/ に掲載されます。


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        ▽ 「インフルバブル」 ▽

木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士

         2009年10月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
                 http://medg.jp
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「症例」

39歳、女性。小学校教諭。
主訴:発熱、悪寒、関節痛、腰痛。

深夜より主訴出現。市販の解熱剤を服用するも38度5分の発熱が改善しないた
め、午前中受診した。来院時、咳嗽なし、鼻汁あり、咽頭痛なし。消化器症状な
し。診察所見上、意識、呼吸状態、胸腹部打聴診、咽頭所見ともに異常なし。既
往歴として、ハウスダストアレルギー、ブタクサアレルギー、小児期に気管支喘
息あり(小学校卒業以来発作なし)。勤務している小学校で、「新型インフルエ
ンザ」感染によるものと思われる欠席児童の増加により3クラス学級閉鎖になっ
ている、との情報あり。インフルエンザ簡易迅速検査を行ったところ、A型、B型
いずれも陰性。

 さて、あなたがこのような患者さんに遭遇した場合、抗インフルエンザ薬であ
る「タミフル」もしくは「リレンザ」を処方するだろうか?

 日本感染症学会は9月15日、「一般医療機関における新型インフルエンザへ
の対応について」(第2版)のなかで、新型インフルエンザ感染者の重症化を避
けるため、感染者に早期の抗インフルエンザ薬を使用するよう緊急提言として呼
びかけた。そして、日本では、諸外国に比べ、早期受診が進んでいることと抗イ
ンフルエンザ薬による早期の治療開始が被害を少なくしている、と述べたうえで、
インフルエンザ迅速検査キットの陽性率を「各地からの報告」として50〜60
%と指摘し、検査陰性であっても、症状からインフルエンザ感染を疑う場合は、
積極的に抗インフルエンザ薬を早期投与するよう勧奨した。
 
 しかし、本当にこのような方針でよいのだろうか?
 
 私は、プライマリケアに携わるものとしてこの提言を読んだ時、とても不安に
なった。

 もちろん検査キットの感度は100%ではない。しかし、陽性率50〜60%
というこの数字は、新型インフルエンザ感染者の全数把握が行われていない現在
において、精緻に算出された「エビデンス」のある数字と考えて差し支えないの
だろうか?またCDCの報告として、40〜70%の陽性率との数字も取り上げて
はいるが、これらの数字を根拠に、陰性でも抗インフルエンザ薬の処方をせよ、
というのは、かなり乱暴な提言ではないだろうか。
 
 むしろ、現場で「新型インフルエンザ」の患者さんを毎日「実際に」診療して
いる立場のわれわれから言わせると、インフルエンザ様症状を呈しており、患者
さん周囲の状況からインフルエンザ感染が強く疑われる患者さんの中で、複数回
の迅速検査が陰性となり、頭を悩ますケースなど、あまり経験しない。

 こちらも「エビデンス」のない数字で言わせていただくとするなら、おそらく
100人中5人もいない、という印象だ。半分近くが陰性に出るというのは、検
査のタイミングや手技的な問題が含まれているのではなかろうか。

 これらの検証と数字の根拠を示さずに、「各地からの報告では50〜60%の
陽性率にとどまるようであり」と曖昧な表現で具体的な数字を、影響力のある提
言の中に明示するのは、日本感染症学会ともあろう権威ある学会の公式提言の中
にあって、いささかお粗末ではなかろうか。

 さて、「症例」に話を戻そう。

 多少脚色し、実際とは異なるが、このような患者さんを先日経験した。

 実は、この患者さんは当初、他のクリニックに初診されている。そこに上記の
ような経過で受診し、実際「タミフル」を5日分処方されたとのことだ。もちろ
ん本人も承諾の上で、内服することになったのだと思うが、4日服用してもいっ
こうに解熱しない。そこで、こちらに受診した、という経緯だ。

 「後医は名医」ということわざ(?)もあるようだが、この女性はもちろんイ
ンフルエンザではない。受診当日の理学所見、尿検査等から「急性腎盂腎炎」と
すぐ診断がつき、現在は事なきを得ている。(鼻汁はおそらくアレルギーによる
ものだろう)

 インフルエンザに限らず、疾患を診断する際に重要なのは、当然のことながら
問診だ。それで、ある程度は見当がつく。しかし、そこでさらに重要なのは、そ
の先入観、「インフルエンザ」と診断してしまいたい衝動を、一旦冷静にこらえ
て、他の発熱性疾患を除外する努力をしなければならないことだ。

 「100%インフルエンザだな」と思っても、自分の診断に常に疑いをもつ姿
勢が重要なのだ。
 
 検査結果を過信してもいけないし、無視することも危険である。
 
 「陰性」にはそれなりの理由があることも多いのだ。インフルエンザ様症状と
思っても、検査結果が「陰性」で、胸部レントゲンや血液検査などを行うことに
より細菌性肺炎と診断されることも珍しくない。

 一方小児の場合など、インフルエンザ陽性で、タミフルを投与したにもかかわ
らずいっこうに解熱しないため、咽頭の細菌検査をしたところ、溶連菌感染によ
る咽頭炎と合併していたと判明することも、けっこうある。

 プライマリケアを行う上で、一番大切なのは、「先入観を持たない、診断を先
走らない」ということだと思っている。患者さんの主訴、症状を聴取していくな
かで、いくつかの「病名」が頭をよぎるわけだが、診察所見、場合によっては補
助的な検査所見を組み合わせて考えていくことで、その「病名」が絞り込まれて
ゆく。そしてこの「経験知」とも言うべき脳内の診断アルゴリズムは、個々の臨
床医の経験によって大きく異なるのだ。

 したがって、今回の上意下達の提言や通達は、個々の臨床医の「暗黙知」「経
験知」を無視したものと言え、臨床現場からすれば、大変迷惑だと言わざるを得
ない。

 インフルエンザ診療に精通している医師ならば、このような提言や通達が発せ
られても、ある程度無視するなどして対応できるとは思うが、今後、感染者数が
増大してくると、対応する医師が必ずしもインフルエンザ治療に多く携わった経
験のない場合も多くなってくるであろう。実際、感染爆発した場合は、専門外の
医師でも診療に当たるべき、という声も聞く。

 もしそうなった場合、このような提言、通達を受けた専門外の医師によって、
高熱の出た者に対し、次から次へと診察所見や検査結果にかかわらず「タミフル」
が処方されていく事態になってしまわないだろうか?

 それは、製薬会社にとってはこの上ない特需であるかもしれないが、医療現場
においては、耐性ウイルス発現の心配以上に、内科診断学の根幹を揺るがす問題
である。

 おそらく多くの「誤診」による犠牲者が出現してしまうことになるであろう。

 権威ある学会や省庁からの提言、通達には相当の重みがある。メディアも大き
く取り上げ、新聞だけでなく、現在ではインターネットもあり、あっと言う間に
多くの国民の「知識」となる。そして、その「知識」を、個人個人は彼らの今ま
での経験から、それぞれ異なった解釈で「消化」していくのである。
 
 先日、この報道を知った患者さんから、こう言われた。
「検査で陰性でも『タミフル』ってもらえるんですよね?」

 「検査で陰性でもタミフルが処方される」という解釈が、もはや広まりつつあ
るということに、背筋の凍る思いがした。

 診断は曖昧なままに、「とりあえずタミフル」だ。
 
 そうなると、現場では2つの懸念が生じることになる。

 1つは、検査陰性であるために「タミフル」を処方せず、後日「インフルエン
ザ」と判明し、合併症で重症化してしまった場合。

 この場合は、感染症の専門学会からの提言があったにもかかわらず、現場の医
師の自己判断で適切な処方をしなかったことになり、「学会が勧奨している適切
な治療をしなかった」と非難される可能性がある。

 もう1つは、検査陰性で「タミフル」を処方し、後日「インフルエンザではな
い」と判明し、診断の遅れから本来の疾患が重症化してしまった場合。

 この場合は、「検査陰性と出ている別の疾患に、不適切なタミフルを処方した」
という、そもそもの「誤診」を追求されてしまうであろう。

 このように、現場で実際の診療に当たる医師たちは、二進も三進もいかない、
とんでもない行き止まりに追いつめられてしまったのである。
 
 MRIC臨時vol.237に弁護士の井上清成先生が「新型インフルの緊急対策に患
者補償と医師免責を導入すべきではないか」という記事を書かれているが、まさ
にこのように、国民全体が異様なパニックに陥っており、学会や省庁までもが、
現場の状況を理解できなくなってしまっている現状において、この記事は大変重
要な提言だと考える。

 「妊婦のたらい回し」問題も、実のところ、医師不足だけでなく、根幹は違う
ところにあるのではないかと私は思っている。

 訴訟やトラブルに巻き込まれそうな症例を避けたい、「危うきには近寄らず」、
という現場の感情からくるものではないだろうか。

 あらゆる医療行為という「不確実」な行為に対する無過失補償制度が広く議論
され、国民理解のもと、この制度が健全に構築されていけば、この問題も解決の
方向に進んでいくのではないか、と私は思う。

 「新型インフルエンザ」については、もちろんまだ未知な部分が多いと思われ
る。多くのひと、特に若年者、が免疫を持たない中で、今後も多くの人々が罹患
し、それに比例して重症例、死亡例も増えてくるのは間違いない。しかし、多く
のひとは重症化せず、ほとんどのひとが適切な療養によりほどなく日常生活に復
帰できるということも忘れてはいけない。

 ひとは客観的に発生確率の低い事象に過度な期待や、警戒感をもち、物事を決
定するときに、その意思決定者の主観的な重み付けがなされるそうだ。すなわち、
低い確率は過大評価され、高い確率は過小評価される傾向になるのだという。そ
して、その「ゆがんだ決定の重み付け」が非合理的判断や行動をもたらしてしま
うと言われている。先般の、米サブプライムバブルもこの非合理的行動の典型例
であると指摘する経済学者もいる。
 
 「新型を季節性と同等などと侮ってはいけない」と注意喚起するひとの意見を
聞くが、新型の重症例を過大評価し季節性の重症例を過小評価するという、この
傾向も、「ゆがんだ決定の重み付け」となって非合理的判断をもたらしてしまう
のではなかろうか。
 
 もしこの理論が正しいとするならば、すでにわが国は、「インフルバブル」へ
向かって「非合理的行動」をとり始めていることになる。


木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつク
リニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年
大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」
を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。
AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著
書に「医者とラーメン屋−『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。

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今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いた
だけましたら幸いです。

                MRIC by 医療ガバナンス学会
                http://medg.jp
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