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2008. 3. 18
【検証:新型インフルエンザ対策】
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/flu2007/pickup/200803/505731.html
あなたを守るはずの「N95マスク」 本当に大丈夫か
北里大学医学部衛生学・公衆衛生学助教 和田耕治氏関連ジャンル:新型インフルエンザ | 流行(感染症)
飛沫核感染から医療従事者を守ってくれる「N95マスク」は、新型インフルエンザ対策では頼みの綱とされている。しかし、本当にそうなのか。北里大医学部衛生学・公衆衛生学助教の和田耕治氏(写真)に、N95マスクを題材とし、新型インフルエンザから身を守るための対策について検証をお願いした。
わが国で新型インフルエンザが流行した場合、厚生労働省の試算によると最大で2500万人の患者が医療機関を受診すると予測されている。つまり、感染症指定医療機関はすぐに一杯になり、一般医療機関に患者や不安を抱える患者が押し寄せる事態が予測される。その時は、あなた自身が新型インフルエンザの患者または疑い例への対応をすることだって十分に考えられる。
厚生労働省はWHOのパンデミックフェーズが4以降になった際の医療施設における感染対策ガイドラインで具体的な対策の内容を示している。現在はフェーズ3であり、いつフェーズ4になっても不思議はない。そういう状況にもかかわらず、医療施設での感染対策のガイドラインの存在もまだまだ十分に一般の医療機関には浸透していない。
このような状況の中で新型インフルエンザが流行したら、あなたはどうするのだろうか? まずは自分の身は自分で守らないといけない。そして、医療機関は医療従事者を守らないといけない。では、どう守ればいいのか。
ここでは、様々な保護具のうち代表的な保護具のひとつである「N95マスク」を取り上げたい。
実は、頼みの綱であるN95マスクについては、意外に知られていない。例えば、あなたは正しい方法で装着しているだろうか。N95マスクの「N」はどういう意味なのだろうか。そもそもあなたの医療機関にあるN95マスクが自分自身の顔にフィットしないかもしれないことをご存じなのだろうか。
■ まずはN95マスクについて知ろう
写真1 N95マスク(提供;興研)
N95マスク(写真1)の「N」とは耐油性がない(Not to resistant to oil)という意味である。さらに強いマスクの規格としては耐油性、防油性がある。医療機関では耐油性は必要ないという判断でNの規格が用いられている。また95とは0.3μm以上の塩化ナトリウム(NaCl)結晶の捕集効率が95%以上という意味で、それ以上の捕集効率となると99や100という規格もある。
ちなみに、産業用の使い捨て式防じんマスクには、わが国の国家検定が行われており、DS2というクラスのものがN95と理論上は同様の効果があると考えられる。もしN95マスクが底をついた時にはDS2の防じんマスクの使用も考慮する必要があるだろう。
N95の方は、米国労働安全衛生局(OSHA;Occupational Safety and Health Administration)が認定している。ちなみにN95マスクの認定を受けているマスクは、何百種類もあることをご存じだろうか(CDCのホームページ)。
N95の認定にあたっては、機械的な捕集効率しか評価されていない。そのため、どういう人の顔にもある一定の確率でフィットすることをN95マスクの認定の条件にすべきという議論が起こっている。では実際のフィット率はどうであろうか。
■ 6人で6種類のマスクのどれもがフィットせず
筆者らは、1295人の医療従事者を対象にカナダの医療機関で定性的なフィットテストを行った。第1選択のマスクは様々のマスクのなかでもフィットする可能性が高いと言われているものを使用した。
その結果、男性では93%程度、女性では80〜88%が第1選択としたマスクにフィットした。特徴的だったのは、女性の40歳未満の場合は、80%しかフィットしなかった点だ。
また、3種類のマスクを準備した結果、ほぼ99%の人が自分にフィットしたマスクを見つけることができた。ところが、6人は6種類のマスクに増やしても、そのどれもがフィットしないことが分かった。6人はすべて40歳未満の女性であった(McMahon E, Wada K, Dufresne A. Implementing fit-testing for N95 filtering face piece respirators: Practical information from a large cohort of hospital workers .in press Am J Infect Control)。
この結果から言えることは、最低3種類のN95マスクを準備することが必要である。これはCDCの勧告とも一致している。医療機関にとっては1種類のマスクを大量に購入した方が価格が下がるためよいように思われるが、これは間違っている。
また、40歳未満の女性で20%が別のマスクを必要としたことは、重要な事実である。つまりフィットテストをしないとどれがあうかは分からないということだ。なぜあわなかったのかについては、おそらく顎のサイズの問題と考えられる。
我々の調査対象はカナダの医療機関であるが、多くのアジア人(主にフィリピン)やその他の人種の人が含まれていた。日本人ではどうかということも検証する必要があるが、それほど大きなずれのある結果ではないと思われる。
では6人の自分に合うマスクがなかった人たちは、新型インフルエンザ流行の際にはどうしたらよいだろうか。その医療機関での判断は「働かせない」または「顔面全体を覆って電動ファンで吸気できるマスクを着用してもらう」となっている。
■ 正しい着用とフィットテストの方法を知る
厚生労働省の新型インフルエンザ対策ガイドラインの医療施設等における感染対策ガイドラインにおいても、医療従事者は正しい保護具の着脱法を知り、かつそれに関する訓練を予め受けておくべきであると記されている。しかしながら、実際に流行した際にはそうした訓練をする時間が医療機関にあるとは思われない。再度N95マスクの正しい着用方法を説明書などで確認する必要がある。
たとえば、N95 マスクのフィットテストについては、具体的な手技は以下のサイトでビデオを見ることができるのでご参照願いたい。
・参照;3MTM Fit Test Apparatus FT-10, FT-20 and FT-30−− Introduction
フィットテストの手技は前述の米国労働安全衛生局が定めている。ここでは定性的なフィットテストの要点を示す(写真2)。定性的なフィットテストではフードをかぶり、口の周りに空いた穴に外からサッカリンやBitrexなど味を感知できるものをフード内に噴霧する。マスクを着用して以下の手技を実施して味を感知した場合にはN95マスクと顔の間にすきまがあると考え、フィットしないことを意味する。
写真2 N95 マスクのフィットテスト
1) 普通の呼吸
2) 深呼吸
3) 顔を右や左に動かす
4) 顔を上や下に動かす
5) 声を出す(あいうえおの50音を言う。なんらかの文章を読む)
6) 顔をしかめる
7) 腰を曲げる
8) 普通の呼吸
米国では、最低毎年1回のフィットテストを勧告している。
またフィットテストは自分の顔に合うかどうかを見ているもので、実際に装着がうまくいっているかについてはユーザーシールチェック(かつてフィットチェックと呼ばれていたもの)を装着ごとにしなければならない。ユーザーシールチェックとは、装着する度にマスクの適正な密閉を確認するものである。具体的には、両手でマスクを完全に覆うようにして息を吐く。その際に鼻の周りなどから息が漏れているようなら密閉性が十分ではない。再度正しい着用を行い、ゴムひもの調整を行う。
■ 諸外国と比べた日本の現状と問題点
わが国においてはN95マスクの着用にあたって正しい着用方法を知り、フィットテストやユーザーシールチェックが必要であるという知識は十分に浸透してないように思う。カナダではフィットテストについてフィットテストプロバイダーのトレーナー教育が行われている。2日間にわたる講習会を受講することで、自分自身が他の人に指導ができるようになるというシステムで、効果的に知識を伝達することができる。わが国においてはまだそうした教育は行われていない。
わが国では、医療従事者に自分自身の健康と安全を守るという認識は、個人にも医療機関にも十分にない。マスクだけでなく針刺し予防の安全器材の導入などは常に費用の問題はついて回る。では、だれがそうした医療従事者の健康と安全を守るために費用を負担すべきか。まず間違いない事実は、労働者である医療従事者ではない。では、患者かというとそれはなんともいえない。とすると、やはり診療報酬や国からの支援であろう。こうしたことについても今後は議論がなされなければならない。
ちなみにSARSが実際に流行した医療機関での最初の週に必要としたマスクやグローブなどの費用は100万カナダドル(約1億円)であった。その医療機関の年間の全体の予算が5000万カナダドル(約50億円)であるから全体の2%である。2003年のトロントでのSARSの蔓延対策にかかった費用は、全体で7億6300万カナダドル(約763億円)とも推定されている。
新型インフルエンザはおそらく今年だけでなく、数年間は話題となり、我々はいつその脅威にさらされるか分からない。「スペインかぜ」と呼ばれた1918年のインフルエンザの流行の際の写真がCDCのサイトで見ることができる。その際にも看護師や医師が自分自身を守れずに感染したと記されている。新型インフルエンザなど空気感染する可能性のある感染症から身を守るには様々な対策が必要であり、本稿で取り上げるフィットテストだけを行えばよいという訳ではない。その他の詳細な事項については以下のサイトなどを参照いただきたい。
・参照;鳥インフルエンザウイルス感染の可能性がある患者の管理・治療・医療従事者の感染対策
・参照;鳥(H5N1)・新型インフルエンザ(フェーズ3〜5)対策における患者との接触に関するPPE(個人防護具)についてVer1.4
諸外国ではすでに感染防御のために様々な準備がされている。わが国でも、もう少し新型インフルエンザからどうやって医療従事者を守るかが話題になってもよいのではないかと考えている。SARSの流行した際にもN95マスクやその他の保護具が足りなくなった。新型インフルエンザの影響はSARSよりも非常に大きいと予測されている。各医療機関も保護具の必要な数を推定し、準備をすることは医療従事者が医療を提供する上で最も重要なことであることを認識する必要がある。
わが国の新型インフルエンザ対策行動計画ではフェーズ3(ヒトへの新しい亜型のインフルエンザ感染が確認されているが、ヒトからヒトへの感染は基本的には無い)において、「都道府県に対して、指定医療機関における必要な医療機材、パンデミック時の増床の余地に関して調査を行い、確保に努めるよう要請する」という中に保護具が含まれている。フェーズ4(ヒトからヒトへの新しい亜型のインフルエンザ感染が確認されているが、感染集団は小さく限られている)になった段階では指定医療機関において治療を要請するとある。
しかしながら、そういう中でも指定医療機関に要請するまでには対応する医療従事者は保護具を必要とするが、どの程度確保しておくべきかは示されていない。OSHAのガイドラインでは明確にどの程度の量を確保するかは示されていない。メーカーなどと協議し、流行した際には確保できる体制作りを検討することが必要である。トロントがあるカナダのオンタリオ州では蔓延した際に必要とされる4週間分の5500万枚のN95マスクをストックすることを始めている。CDCは2007年の5月の段階で1億枚のN95マスクを確保している。
・参照;McGuinty Government Puts Safety First For Nurses And Other Health Care Workers
・参照;INTERIM GUIDANCE FOR THE USE OF FACEMASKS AND RESPIRATORS IN PUBLIC SETTINGS DURING AN INFLUENZA PANDEMIC
わが国のこうした話題が医療機関でも取り上げられ、対策が進むことが望まれる。
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