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『SHIROBAKO』プロデュース 永谷敬之氏(インフィニット)インタビュー ASCII.jp
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/714.html
投稿者 たけしくん 日時 2015 年 7 月 17 日 10:45:41: IjE7a7tISZsr6
 

http://ascii.jp/elem/000/001/005/1005155/

『SHIROBAKO』永谷Pの覚悟――「負けはPの責任、勝ちは現場の手柄」

2015年07月11日 15時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko) 編集●村山剛史/ASCII.jp

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

後編はこちら

 アニメ業界はブラックか否か――。

 『SHIROBAKO』は、アニメ制作会社を舞台にした異色の「アニメ業界もの」だ。主人公は新人の制作進行・宮森あおい。物語には、監督、作 画、CGなど、さまざまなセクションの人物が登場し、テレビアニメを作り上げていく過程が描かれた。仕事にまつわる困難や喜びを、時にコミカルに、時に感 動的に描写した本作品は、放映開始と同時に大きな話題となった。

 今回登場いただいたのは『SHIROBAKO』をプロデュースした永谷敬之氏

 企画を取りまとめ、視聴者に届ける役割を担う永谷氏は、アニメ業界ものという未知の題材に苦心する。

 ひとつ間違えば「業界のマイナスイメージ」になりかねない危険性。しかもアニメ制作会社P.A.Works社長・堀川憲司氏からは“リアル青春群像劇にしたい”というオーダーが届いていた。

 ブラックで爽やか、二律背反のなかで「売れる商品」にするために奔走した永谷Pのリアル『SHIROBAKO』ストーリーと、プロデューサーとしての志を伺った。

プロフィール:インフィニット代表 永谷敬之氏

TVアニメ『SHIROBAKO』のプロデュースを担当したインフィニット代表 永谷敬之氏

 1977年生まれ。広島県出身。株式会社インフィニット代表取締役。

 スターチャイルド、バンダイビジュアルのプロデューサーを経て独立、株式会社インフィニットを設立。

 以降、P.A.Works作品『true tears』『CANAAN』『花咲くいろは』『TARI TARI』『凪のあすから』『グラスリップ』『SHIROBAKO』や、『はたらく魔王さま!』『天体のメソッド』等のプロデュースを手掛ける。


『SHIROBAKO』ストーリー

 シロバコとは映像業界で使われる白い箱に入ったビデオテープの事であり、ひとつの作品が完成した際に、制作者が最初に手にする事が出来る成果物である。
イラストや写真等で華やかに作られている販売用パッケージと比べれば、白い箱に入っただけのテープは地味かもしれない。
しかし、そこにはクリエイター達の想いが詰まっている。

 この物語は、5人の夢追う女の子を中心に、シロバコの完成を目指し奮闘するアニメ業界にスポットを当て、日々起こるトラブルや、クリエイティブな仕事ゆえに起こる葛藤や挫折、集団で作るからこそ起こる結束や衝突といったアニメ業界の日常を描いた群像劇作品である。

 そして、5人が共に目指した夢への挑戦。その先に見出す希望へと続くサクセスストーリー。

 そう、アニメの今がここにある……。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会
(C)「SHIROBAKO」製作委員会

スタッフ
原作:武蔵野アニメーション、監督:水島 努、シリーズ構成:横手美智子、キャラクター原案:ぽんかんG、アニメーションキャラクターデザイン:関口可奈味、プロデュース:インフィニット、アニメーション制作:P.A.WORKS、製作:「SHIROBAKO」製作委員会

キャスト
宮森あおい:木村珠莉、安原絵麻:佳村はるか、坂木しずか:千菅春香、藤堂美沙:野麻美、今井みどり:大和田仁美 ほか

Blu-ray/DVD『SHIROBAKO』第7巻 初回生産限定版は7月29日発売!

Blu-ray+CD/DVD+CD
発売日:7月29日、価格:1万1800円(税抜)、収録話数:19話〜21話+『第三飛行少女隊』第1話
初回生産限定版特典
・キャラクター原案ぽんかんG描き下ろしイラスト三方背ケース
・キャラクターデザイン関口可奈味描きおろしデジパック仕様
・劇中劇アニメーション『第三飛行少女隊』第1話
・特製ブックレット(40P予定)
・9/20実施予定のスペシャルイベント優先販売申込券

映像特典
木村珠莉制作現場潜入取材VTRその7(仮)
音声特典 オーディオコメンタリー
キャストコメンタリー(収録話のうち1話)、スタッフコメンタリー(収録話のうち1話)

■Amazon.co.jpで購入

クオリティーがスタッフへの評価とお客さんの気持ちを担保する

―― TVアニメ『SHIROBAKO』は、アニメ業界を舞台にした物語で大きな話題となりました。主人公・あおいがアニメの制作進行という立ち位置で、大勢のスタッフと一緒にアニメを作っていく人間模様は見ごたえがあり、世代を超えて大きな反響がありました。

永谷敬之氏 ありがとうございます。今日、ようやく終わりました。最終回の納品をしてきたところです。

―― え、最終回(第24話「遠すぎた納品」)の放送は今日ですよね(取材は最終話放映日に行なわれた)。あおいたち制作進行チームやプロデューサーたちが全国のテレビ局に最終回映像を納品するというお話ですが……。

永谷 物語と同様、当日納品になってしまいました。

 納品はしましたが、テレビ局が受け取る約束の時間はもう過ぎているので、あとはもうテレビ局さん次第という。僕らができることはなくなって、今は『やれることはやった』という心境です。

 と言っても、放送されないとは思ってはいないんですよ。ただ、そんなに良いことをしているわけではないので、肝に銘じておかねばという面はあります。

―― まさか、びっくりです。そんなことになっているとは。

(次ページでは、「『SHIROBAKO』は企画を成立させるのが難しいと思った」)


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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

永谷 実際、作品のなかでアニメを作る現場を見せているので、最終回が納品遅れで放送されないとか、あまり格好悪いことをしてしまうのは、理想と現実には差があるねみたいな事態はどうしても避けたかったので。

 原則的には、放送の2週間前にオンエアのマスターを入れるというのが大体のお約束なのですが、今回は最後の最後までクオリティーを上げるために粘って粘って。

  こんなに(スケジュールを)引っ張ったのは僕も経験がないことですが、やっぱり監督以下、現場が頑張っているからこそ、まだできる状態であれば……。「は い、ここまでで作業終了です」と言っちゃうことは簡単なんですけど、現場の見せ場が作品の出来だとすれば、プロデューサーサイドの見せ場は「ここで粘らな くては……!」というものでして(笑)。

―― 「粘る」というのは、具体的にどういうことをするのでしょうか。

永谷 格好良く言っちゃえば、現場が望むものを達成させるために、テレビ局などに対してネゴをする。でも、実際何をやっているかと言えば「ごめんなさい、ごめんなさい」ってひたすら謝っているだけです(笑)。

―― 「ごめんなさい」と謝る……。

永谷  テレビ局さんからすればスケジュール通りの納品が最優先なんです。特に製作委員会方式の場合は、(テレビ局は)枠を買ってもらった時点でビジネスとしては 成立しているし、U局系が多いので視聴率も出ません。クオリティーを上げるより、一刻も早く納品してもらったほうがいい。だけど、僕らは作っている以上は クオリティーが最優先で『これは面白い!』と思うものをお客さんに届けたい。

―― そこまでしてクオリティーを追求するのはなぜでしょうか。

永谷  1つは、(永谷氏が)現場のスタッフに対してできることはそれ(作品を満足いくまで制作してもらうこと)だから。『この作品をやってよかった』と思う要素 はスタッフによって異なりますが、人の目に留まりやすいAmazonのランキングなど、数値化されている評価に直接フィードバックしてあげることは、僕ら プロデューサーが頑張るところだと思っています。

 このクオリティーなら現場に対して恥ずかしい思いをさせることはない、というところまで、時間も含めたリソースをできるだけ提供してあげたいと思うんです。

 もう1つは、お客さんになってくださる方のためです。

 すごく直球を投げちゃうと、“ビジネスとして成立させるため”です。このアニメを評価していただいて、お客さんから対価をいただくのが僕らの仕事なので。

―― クオリティーのアップは、お客さんに映像を買ってもらうためでもあるのですね。

永谷 はい。厳密には「クオリティーを上げる」と「売り上げ」は完全に直結しない場合もあるんですが、作品の密度を、お客さんに喜んでもらえる方向に高めるということですね。

僕のなかで大きな軸としてあるのは「ユーザーの自分は、このクオリティーのものを買うか」です。僕自身がアニメファンでユーザーだったところから出発しているので、自分が買いたいと思う作品かどうかは非常に大事にしたいなと思っています。

 僕らがつくっている「テレビアニメ」は、お金を出さなくても観られます。観てもらった上で、お客さんにお金を出していただくというのは、じつはなかなか難しい商売です。映像ソフトは高額で、もしかしたらDVDやBlu-rayを1巻分買うよりも、原作コミックス全巻を買うほうが安かったりすることが往々にしてあります。

 その高いものを買っていただくためには、お客さんに最上だと思えるものをお届けして、最上の評価をいただかないといけないので、ビジネスを成功させるためにも、プロデューサーは粘るところは粘るんですね。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

『SHIROBAKO』は企画を成立させるのが難しいと思った

―― 永谷さんは『SHIROBAKO』ではどんな仕事を担当されましたか?

永谷 まずうちの会社、インフィニットは、アニメの企画会社です。製作委員会方式のアニメの場合、プロデューサーと名の付く人は、アニメ制作会社のPや出資した各メーカーのPなど何人かいるのですが、僕は企画会社のPという立ち位置です(P=プロデューサーの略称)。

 今回の『SHIROBAKO』であれば、堀川社長※か ら「アニメ業界のアニメをつくりたいんだ」と伝えられた僕が、「じゃあ製作委員会をつくります」と動いて、製作するためのお金をテレビシリーズ2クールな ら5億くらい集めた上で、作品が売れるように宣伝を打ち、イベントを企画し、グッズを作るといった仕掛けも施す……という仕事をしました。

※掘川憲司氏。アニメ制作会社P.A.Works代表取締役。本連載『花咲くいろは』記事参照

―― ということは、『SHIROBAKO』の企画をテレビアニメ作品として成立させるべく動かれた方なのですね。

永谷 そうなります。

 でも、最初に掘川さんから「アニメ業界のアニメをつくりたい」と持ちかけられたときは、正直、難しいなと思いました。

―― どんなところが難しいと思われましたか?

永谷 まず「アニメ業界で働く人々を描く」って、自分たちのことですよね。傍からは若干のネタ切れ感も見えるだろうし、身内を描くって非常に難しいなと思いました。

 たとえば、理想論が入って美化されるかもしれない。美談にしたらもう、自己満足にしかならないからお客さんには届かないものになってしまいます。

 反対にリアルにやりすぎると、アニメ業界のすべてが見せられるわけではないので偏ったイメージを良くも悪くも与えてしまうかもしれない。

 そしてリアルとファンタジーのバランス取りも難しい。リアルに描けばいいというものではないし、逆もしかりで、エンタメに振り切って、現実にはないファンタジーを描いてもしょうがない。

 たとえば『花咲くいろは』は、旅館の仲居さんをやっている女子高生たちのお話ですが、(エンタメに振り切って)女子高生が毎週お風呂に入るところだけをクローズアップしたら、作品の軸がぶれてしまいます。

 リアルとファンタジーのどこを取るか。そのストライクゾーンが今回、すごく狭かった気がするんです。

(次ページでは、「アニメ業界仰天!? 『SHIROBAKO』に企画書は存在しない」)


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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

アニメ業界仰天!? 『SHIROBAKO』に企画書は存在しない

永谷 多分これ、アニメ業界的にみんなびっくりするかもしれないんですけど、企画書というものをつくっていないんですよ。

―― えっ。

永谷 じつは全部、口頭でワーナー エンターテイメント ジャパンさんに説明しているんです。「P.A.WORKSで、アニメ業界を舞台に、水島監督でやるから」と。ちょっとしたレジュメ的なものを見ていただきつつ。

―― 2クールですよ!?

永谷 なぜかというと、これやりますよと(企画が完成した状態で)持ってこられたら、参加するほうもつまらないと思うんですよね。はっきり言ってしまうと。

 そもそも企画書があろうがなかろうが、この作品に食指が動くかどうかはプロデューサー各人の好みの問題だけだと思っているので。だとすれば、がんじがらめの企画書よりは、「あなたの力が必要なんです」と持って来られたほうが、誰しもうれしいですよね(笑)。

―― 確かにその通りです。

永谷 ということもあって、僕は『SHIROBAKO』に限らず、ほとんどの作品において企画書というものをつくっていません。

 製作委員会がある程度組成されてから後付けでつくりますが、製作委員会をつくる段階ではほぼ皆無に等しい。だから、もうここにあるのは情熱だけですよね。「これでやってこうするから、きっとこの作品はうまくいくんだ!」という、ある種の押し切り(笑)。

「いい話」とは何も起きないこと

永谷 なかでも一番大変だったのは――これは堀川さんから来た話全部に言えることなんですが(笑)――堀川さんは基本的には昔の映画が好きな人なので、“爽やか青春群像劇”を好むのですが、これをビジネスに変換するのが難しい。

―― あれっ、『SHIROBAKO』は爽やか青春群像劇だから支持されたわけではないのですか?

永谷 僕のアニメファンとしての感覚から言うと、爽やかな青春群像劇っていうのは、言い換えると“何も起きない”ということですよね。

 たとえば、青春群像劇の代名詞のような『時をかける少女』にもタイムリープ的なSF要素が入っています。ヒットするものには、そういった“引っかかり”があります。

 爽やかな青春で、群像劇です、だと何も起こらない。

  もちろん、キャラクターの楽しい様子を見て楽しむ日常系というジャンルも確立しています。でも、堀川さんがやりたいものは、主人公たちが困難にぶつかって それを乗り越えていくような、リアルでドラマ性があって、物語のどこかに重たいところとか、考えさせられるところがある、お客さんにかなり感情移入を求め るものなんですね。

 けれど、アニメって、僕もいちファンだった時代はそうでしたが、気楽に見たいじゃないですか。そのバランスがなかなか難しい。

―― そこは結構、肝ですね。

永谷 アニメは気楽に見たいもの。けれども、堀川さんが常に掲げるテーマは「見てもらった後に、明日も頑張ろうと思ってほしい」。この二律背反。なかなかどうして、監督や僕たちプロデューサーに与えられているハードルとしては高めですよね(笑)。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

―― 『SHIROBAKO』のどこが絶妙なバランスなのかがやっとわかりました。アニメ業界を描いたらいわゆる“ブラック”になりかねない。ではなぜブラックにならなかったかというと、堀川社長の爽やか路線を踏襲したから。

永谷 そう。P.A.WORKS作品の根底には、堀川さんの想いがあるんだと思いますね。

―― けれども、お客さんに届けるという立場に立つと、物語的にはずっしりと重めのテーマ性がある作品で、なおかつ購入するほどの娯楽性も出さないといけない。コアなアニメファン層に支持されるにはハードルが高そうに見えますが、どのように越えていこうと思いましたか。

永谷 僕も自分ができることをしましたが、心のスイッチが入ったのは、監督に水島努さんのお名前が上がってきたところからでした。

 今回は「お客さんにアニメ業界を知ってもらいたい」という願いがある一方で、リアルを描くだけではお客さんにとっては重たくなってしまいます。

 水島監督ならば、ヘビーになりそうなネタも、ケレン味を加えてコミカル方向に振ることができる。ちょうどいいバランスで描けるだろうなと。

 水島監督はちょっと毒っ気がある内容をコミカルに描けるかたです。作品で言えば『大魔法峠』『ムダヅモ無き改革』などが挙げられるでしょうか。

 視聴者が嫌悪感を抱かない登場人物の扱い方と、そこで嫌悪感を抱いてしまうかもしれないネタの差し込み方、そのバランスの取り方が絶妙だなと思っています。

  堀川さんからアニメ業界ものをやりたいと言われた瞬間、僕はノーアイデアでしたが、水島監督がやります、横手美智子さんと吉田玲子さんが脚本を書きます、 ワーナー エンターテイメント ジャパンの川瀬浩平さんに乗ってもらいました、という段階で僕の気持ちとしては『まずはこれは負けられない』と。

 その後、上がってくるシナリオを読んで『これは勝てる!』と思い始めました。

(次ページでは、「地雷覚悟だったあのシーン」)


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今だから言える
「『SHIROBAKO』の成否は賭けだった」

―― これは勝てると確信された――?

永谷 いえ、必ず勝てるとは、とても思いませんでした。

  アニメ業界ものがビジネスになるかどうかは、最終回が終わった後なのでハッキリ言っちゃいますけど、これはもう“賭け”でした。丁半バクチみたいなもの で、成功か失敗かどっちに出るかはわからない。ただ、『花咲くいろは』は実績があったので、そういった意味では、捨て身ではなかったですけれども。

―― 賭けに勝利するために、永谷さんはどんなことをされましたか。

永谷 たとえば、ぽんかんGさんにキャラ原案をお願いしたいという提案をさせていただきました。

―― ぽんかんGさんの絵は、どんなところが『SHIROBAKO』に合っているとお考えになりましたか?

永谷 うちが手がける作品はオリジナルが多いので、キャラクター原案がかなり肝になります。面識のないイラストレーターさんでも口説いてくるのは僕の仕事なのですが、イラストレーター系の画集を見ていたりするなかで、ぽんかんGさんの絵がすごくいいなとずっと思っていました。

 その後、ぽんかんGさんがイラストを担当する『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のアニメを拝見したのですが、アニメとしての色塗りが入った絵にも清涼感があったんです。アニメ業界はとかくブラックと言われがちだから、爽やかな風は入れていきたいなと。

地雷覚悟で

「アニメの視聴者は基本的に減っていくものだと思っていますので、そういった意味では最初の分母を最大限に取っておく必要があります」

永谷 爽やかな絵柄にしておくことで、表現をギリギリのところまでリアルなところに“地雷”覚悟で踏み込むこともできるかなとも思いました。アニメ業界について、理想論や美化はしたくないという方向性でしたから。

―― “地雷”ですか。『SHIROBAKO』の作品内ではどんなことが地雷だと思いましたか?

永谷 たとえば23話「続・ちゃぶだい返し」で、原作者と木下監督が直接対決する話は、物語としてはスリリングな丁々発止になりましたが、プロデュースサイドとしては冷や冷やしたエピソードでした。

―― 武蔵野アニメーションが作っている『第三飛行少女隊』の原作者である野亀が、アニメのオリジナルのストーリーに納得がいかず、制作をストップしてほしいと要請するところから始まって、木下監督が出版社に直接乗り込む、というお話でしたね。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

永谷 ひょっとしたら視聴者の方々のなかには、原作者って面倒くさいのかなと思った方もいるかもしれません。特に編集者の茶沢は、原作者の意図をアニメスタッフに伝えない悪い人物として描いたりもしました。

 それは物語の作り方として、最終的に木下監督と野亀がわかり合うシーンを描くために必要だったからなのです。

  僕らは、編集者はああいう人たちだと思っているわけではありません。現在、「電撃大王」誌で『SHIROBAKO』のコミカライズを連載していただいてい ますが“彼女たちの高校時代を描く”という方向性は、編集さんからの提案でした。それに対して「それ面白いですね、やりましょう」というようなコミュニ ケーションは常にできていると思っています。

―― お客さんやアニメ現場の“地雷”になるかもしれないと思いつつも描いたのはなぜでしょうか?

永谷 原作とアニメの良い関係を、ちゃんと見せたかったからです。

  原作者の野亀は「過去に1回アニメ化でミスっている過去がある」という設定にすることで、原作者の立場や心情をより明確に出しました。やっぱり原作者に とって、作品は自分の子どものようなもので、人に預けることには不安もあるし、いろいろと参加して言いたいことはあるだろうというスタンス。

 一方のアニメスタッフは、自分たちがこの原作の最大の理解者として、ファンに喜んでもらえるフィルムにするんだというつもりでアプローチを提案する。原作を一言一句そのままやらなきゃいけないとなってしまったら、そこにはクリエイティブな発想が出なくなってしまうので。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

 お互いに立場が違うところはあるけれども、「こうしたらどうでしょう」と提案するやりとりが実際に多くのアニメの現場で行なわれています。

 野亀のセリフで「自分の作品が誰かによってつくられる喜びを感じました」的なことも、アニメ制作側にも原作側にもお互いにあると僕は思っています。原作者とアニメ業界の溝というものが埋まっていく様子が描けていればいいなと。

 放送されるまでは冷や冷やしていましたが、お客さんからはおおむね「茶沢最高でした」という感想が多くて、水島さんのケレン味の部分をくみ取ってくださったことに、ちょっと安心しました。

―― 監督を原作者の元に行かせまいとする編集サイドが、ゴルフボールを飛ばしてくるという漫画チックな点も、ケレン味として出したものでしょうか。

永谷 僕は、あの辺は監督の照れかなと思っています。水島監督は原作ものをやることが多くて、(原作側と)いろいろなお話をする機会が多いと思うんです。

  ただ、シラフの状態で自分が普段やっていることを描くというのは、ちょっと恥ずかしいところもあったのではないかなと。プラス、相手をあまり傷つけない描 き方をするための、うまいバランスのとり方として、ああいうシーンになったのかなと僕は思っています(笑)。監督に聞いたわけではないのですが。

 冷や冷やしたエピソードとしては、14話「仁義なきオーディション会議!」のキャスティングオーディションもそうでした。

(次ページでは、「この子を『SHIROBAKO』と一緒に伸ばしてあげたい」)


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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

この子を『SHIROBAKO』と一緒に伸ばしてあげたい

―― オーディションをした女性声優のなかから誰にするかを決める会議のシーンですね。3人のプロデューサーが自社の利益をめぐって言い合いをするところは何とも言い難い迫力がありました。

永谷 あれは、丁々発止のライブ感を出すために、声優さんに先に声を入れてもらって、それに合わせて絵を起こすという手間がかかったシーンでした。

  あのPたちは、イベント映えする子がいいとか、この子とお茶をしたいというような私利私欲を言っているわけですけれども……ちょっと言い回しが難しいので すが、最近、業界内外で“政治的キャスティング”みたいなことを言われることが多いと思うんですが、「そんなものはほとんどないんだよ」ということを入れ るために、あのエピソードは必要なのではないかと思いました。

 とはいえ、スリリングだと思った理由は、誰かに当てはまってしまう可能性があるかもしれないからです。

  100%ないとは言い切りません。ただ、それがアニメ業界の全体的な話かと言われると、そんなことは全然なくて、少なくとも僕の十数年のアニメプロデュー ス生活で、ああいう方たちには幸いなことにお会いしたことがないし、政治的キャスティングというものが発生したことはありません。

 作中で、音響監督の稲浪たちが言っている「その役に合っていることがすべて」という本来のオーディションに立ち戻って、結果的にあの3人のPは駆逐され、しかるべきキャスティングになりました。あの描写がその答えのすべてです。

 視聴者の皆さんに誤解なく真意が伝わったかなという意味でどきどきしていましたが……。『SHIROBAKO』でもキャスティングを見ていただくと察しがつく通り、主役の木村珠莉さんをはじめ、どちらかというと駆け出し・新人の子を起用しました。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

―― “売るためのプロデュース”として、知名度がある声優さんを起用しようとはお考えになりませんでしたか?

永谷 人気声優が登壇するとイベントは集客しやすいとかいうようなことを言われる方も確かにいらっしゃいますが、それってそもそも作品の評価ではないですよね、というのが僕の本心ですね。

 (キャラと合わない)人気の声優さんを起用しても、お客さんから「この声合っていないよね」という感想をいただくことになりますから。

―― 今作では新人の方を起用するときに、現場で揉めることはなかったのでしょうか。

永谷 ありませんでした。ひと言で言ってしまうと、『SHIROBAKO』は水島監督が音響監督も兼任されていたので、意見が分かれてしまうことはなかったのです。

  特に『SHIROBAKO』のメインキャラクターである、あおいたち5人については、一番のびのびやってくれそうで、可能性を秘めている子たちにしましょ うというのが現場の共通見解としてあり、その上で、作中で音響監督の稲浪が言っていた「彼女を育ててあげればいいんですよ」という雰囲気のほうが、 『SHIROBAKO』オーディション会議では強かった気がします。

 宮森あおい役の木村珠莉さんは、キャスティングした段階でのTwitterのフォロワーさんは数えるほどでした。それが今は1万人を超えています。

 僕らとしては、この宮森あおいという登場人物に、木村珠莉という子が合っているという判断をした以上、この子を『SHIROBAKO』と一緒に伸ばしてあげたい、彼女と作品を一緒に育てようというイメージでキャスティングをしていました。

 ただ、全員が新人ですとアフレコの統率がとれない可能性もあるので、メイン以外は、いわゆる中堅から大御所まで入っていただいて、彼女たちがアフレコしやすい空気を現場でも作ってもらえるようにとバランスをとらせてもらったつもりです。

 そもそもアフレコに慣れていない段階の子たちばかりだったので、そういった意味では、先輩方に教えてもらうという“学ぶこと”も『SHIROBAKO』のテーマとしてあったと思います。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

―― スタッフの学びには手間がかかりますね。

永谷 手間がかかってもスタッフは育てていきたいですね。僕たちも先輩から教わった身ですから。

 僕は、キングレコードに務めていたときに、上司だった大月俊倫さんからさまざまなことを教えてもらいました。

―― あの『新世紀エヴァンゲリオン』の大月プロデューサーですか。

永谷 はい。今でもすごく覚えている大月さんの言葉があって、「作品が成功したら現場の手柄、失敗したらプロデューサーのせい」。

 今僕が、現場のクオリティーを上げるために「ごめんなさい」をするのは、作品を評価という形で現場に還元したいから。それは、負けたときに「僕の企画の立案が悪かったです」と言えるかどうかにもつながっています。

 丁半バクチをしたときでも、現場には負けさせられない。

 そんな、プロデューサーとしての覚悟を教わりました。

後編は永谷Pの意外な一言からスタート

 放送から5年経つ作品のラッピング電車を走らせ、7年前の作品の新グッズを発売するなど「作品を10年運用する」ことを目標に活動してきた永谷P。『SHIROBAKO』の製作に携わることであらためて気付かされたこととは……?

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【後編】『SHIROBAKO』プロデュース 永谷敬之氏(インフィニット)インタビュー

「SHIROBAKOを最後に会社を畳もうと思っていた」――永谷P再起の理由

2015年07月12日 15時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko) 編集●村山剛史/ASCII.jp

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

前編はこちら

 「じつはこの作品が終わったら、アニメ業界を辞めようと思っていました」。

 アニメ業界を舞台にしたテレビアニメ『SHIROBAKO』のプロデュースを務めた永谷敬之氏から、衝撃的な発言が飛び出した。

 24歳のときにアルバイトから業界に入った永谷氏は、『新世紀エヴァンゲリオン』のプロデューサー大月俊倫氏の元で仕事を学んだのち、独立して会社を立ち上げた。

 会社が掲げる目標の1つは「作品を10年運用する」こと。けれど自身には、30代後半になって業界に居続けることへの不安があったという。

「『SHIROBAKO』に教わった」と語る永谷氏の“心変わり”とはどんなものだったのか。

 すべての仕事を続ける人必読の、発見と再起の物語。

プロフィール:インフィニット代表 永谷敬之氏

TVアニメ『SHIROBAKO』のプロデュースを担当したインフィニット代表 永谷敬之氏

 1977年生まれ。広島県出身。株式会社インフィニット代表取締役。

 スターチャイルド、バンダイビジュアルのプロデューサーを経て独立、株式会社インフィニットを設立。

 以降、P.A.Works作品『true tears』『CANAAN』『花咲くいろは』『TARI TARI』『凪のあすから』『グラスリップ』『SHIROBAKO』や、『はたらく魔王さま!』『天体のメソッド』等のプロデュースを手掛ける。


『SHIROBAKO』ストーリー

 シロバコとは映像業界で使われる白い箱に入ったビデオテープの事であり、ひとつの作品が完成した際に、制作者が最初に手にする事が出来る成果物である。
イラストや写真等で華やかに作られている販売用パッケージと比べれば、白い箱に入っただけのテープは地味かもしれない。
しかし、そこにはクリエイター達の想いが詰まっている。

 この物語は、5人の夢追う女の子を中心に、シロバコの完成を目指し奮闘するアニメ業界にスポットを当て、日々起こるトラブルや、クリエイティブな仕事ゆえに起こる葛藤や挫折、集団で作るからこそ起こる結束や衝突といったアニメ業界の日常を描いた群像劇作品である。

 そして、5人が共に目指した夢への挑戦。その先に見出す希望へと続くサクセスストーリー。

 そう、アニメの今がここにある……。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

スタッフ
原作:武蔵野アニメーション、監督:水島 努、シリーズ構成:横手美智子、キャラクター原案:ぽんかんG、アニメーションキャラクターデザイン:関口可奈味、プロデュース:インフィニット、アニメーション制作:P.A.WORKS、製作:「SHIROBAKO」製作委員会

キャスト
宮森あおい:木村珠莉、安原絵麻:佳村はるか、坂木しずか:千菅春香、藤堂美沙:野麻美、今井みどり:大和田仁美 ほか

Blu-ray/DVD『SHIROBAKO』第7巻 初回生産限定版は7月29日発売!

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

Blu-ray+CD/DVD+CD
発売日:7月29日、価格:1万1800円(税抜)、収録話数:19話〜21話+『第三飛行少女隊』第1話
初回生産限定版特典
・キャラクター原案ぽんかんG描き下ろしイラスト三方背ケース
・キャラクターデザイン関口可奈味描きおろしデジパック仕様
・劇中劇アニメーション『第三飛行少女隊』第1話
・特製ブックレット(40P予定)
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映像特典
木村珠莉制作現場潜入取材VTRその7(仮)
音声特典 オーディオコメンタリー
キャストコメンタリー(収録話のうち1話)、スタッフコメンタリー(収録話のうち1話)

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7年前の作品『true tears』の新グッズが未だに発売される理由
「作品を10年運用する会社です」

―― アニメ業界を舞台にした『SHIROBAKO』で、永谷さんは企画会社のPとして資金集めや宣伝などを担当されていらっしゃるということでした。では、企画会社であるインフィニットならではの特色を挙げるとすれば?

永谷 インフィニットはほぼ僕の個人会社です。特に意識しているのは「作品を後世に残す取り組み」です。一緒に組んでいただく方には、「作品を10年運用します」という言葉で説明しています。

 うちのインフィニットショップを見ていただくと、『true tears』など過去にテレビ放送した作品の商品も置いています。『true tears』は、P.A.WORKSさん(『SHIROBAKO』のアニメ制作会社)と最初に手がけた作品なのですが、未だに商品を作って売り続けていま す。

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―― 過去作品の商品も作り続けていると。そうした過去作品はどのくらいの利益を生むものなのでしょうか?

永谷 過去作品による金銭的な利益は……あればあったに越したことはないですけれども、ショップを見ていただけ ればわかるように、店構えからしてオフィスビルの地下ですし、「お客さんを入れてどんどん売ってショップとしての売り上げを確立しましょう」といったこと を目指している会社ではありません。

 商品を販売することは、利益が第一目的ではないんです

―― 利益ではない?

(次ページでは、「「僕がやりたいです、以上。」で終わらせるために起業した」)


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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

永谷 たとえば、今年はのと鉄道で『花咲くいろは』のラッピング列車を走らせたのですが、これはどこからか宣伝費が出ているわけではなく、うちの会社が――僕がそうしたいから自費でやった企画です。

―― ビジネスの仕組みとしてはどんなものになりますか?

永谷 単純化してお伝えすると、うちは、商品化をして回収したお金の利益を宣伝費に充てています。逆に言えば、うちの会社的に大きく帳尻が合いさえすれば、過去作品に投資することは可能なんです。

 これが、うちが重宝していただいている理由でもあると思いますが、過去作品で(大がかりな費用がかかる)ラッピング列車を走らせるようなことは、ほかの会社では難しいかもしれません。

 これは2つの理由からです。

 1つは、製作委員会方式では2年経った作品に宣伝費を投下することは難しい。Blu-ray、DVDパッケージの最終巻が出た段階でビジネスとしては1回終了という形になりますから。

 もう1つは、タイミングですね。「『花咲くいろは』のファンが石川県に舞台探訪に来てくださっているので、今投下しなきゃ、この瞬間すぐやらなきゃ」と言われても、大きな組織ではなかなか難しいと思います。

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会社をつくった最大の理由は
作品にとってのジャストタイミングで仕掛けるため

―― それはなぜですか?

永谷 組織に属していると、タイミングを逸することのほうが多いと思うんです。いわゆる段取りを踏みます。企画書を上げて、稟議を通して、みたいな話になる。

 そして最大のハードルとしては「これはどうやって回収するんだい?」という話になるわけじゃないですか。会社である以上、ラッピングをしたことによって、どんな利益として跳ね返ってくるのかというのは、会社としては気になりますよね。

 けれども、回収しませんよと。「(その代わり)この費用はうちで持ちます」と委員会の方に言えば、誰の腹も痛まない(笑)。個人会社なので、僕の裁量でできる。そこが強みですね。

「のと鉄道の車両はフルラッピング。車体全体にシールを貼り巡らせていますので、通常のラッピング電車とはひと味違います(笑)」

―― でも、御社の腹は痛むかもしれない。「費用うち持ち」とはいえ、お金が回収できなくてもやるというのは、企業のあり方としては少々特殊なように見えますが。

永谷 僕個人の趣味ですよね。もう。

―― 趣味!?

永谷 全部で6両しかない鉄道会社の車輌の半分をラッピングしたい。それをみんなが喜んでくれたらうれしい!

 うちの会社は、いろんな人に話をすると、謎な会社だと言われます。何がしたいのかという理念に関しては、「自分が好きなことをやりたい」と明確な一文で片付くのですが、会社としてどうなのと言われたら、「それは知りません(笑)」。企業体としては不健全かもしれません。

 けれども、「エンタメ産業ってノリと勢いでしょ」ってところがあるわけですよ。今ここで、こういうものが求められているから、この瞬間に投下すれば話題になるかもしれないというときに、稟議を通すだなんだで「2ヵ月先になります」では……2ヵ月先まで話題になっている確約はないわけです。

 ですからそれを「僕がやりたいです、以上。」で終わらせるために、うちは会社になっているんです(笑)。

 人からはたまに「青くさいね」と言われることもあるけれど、会社をつくった最大の理由は、自分が好きなアニメを自分で好きなように運用したいからですし。

 「製作委員会が解散した後は、うちが宣伝を引き受けている」と言うと、おこがましく聞こえるかもしれないけれど、その先にあるのは、そもそも企画に乗ってくださった製作委員会の皆様にうちができることといったら、そのぐらいしかない、というのもあるわけです。

(次ページでは、「「後世に残したい」とは『絶対に売ってやる!』という覚悟を示す言葉」)


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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

「後世に残したい」とは
『絶対に売ってやる!』という覚悟を示す言葉

永谷 現在、年間160本前後のアニメがつくられています。そのなかには、人々の記憶に残らない作品があります。さらに言えば、良い作品と呼ばれたにもかかわらず、忘れ去られて後世に残っていかないこともあるんです。

 これが、うちの会社が存続させていただいている理由の1つではないかと。僕は「後世に残す」という言い方をしていますが、これはつまり「作品の寿命を伸ばす」という意味になると思います。

 過去作品のどれが売れた、売れなかったという区別はせずに、等しく作品を残す努力というものをうちの会社はさせていただいています。自分で立ち上げた企画ですから、最後まで面倒は見る覚悟はあるという姿勢を見せるわけです。

  「作品を10年運用します」というのは、言うだけなら誰でも言えますが、『花咲くいろは』はテレビ放送から5年経ってもラッピング電車を走らせています し、まだ折り返しポイントなので向こう5年はやり続けます。後世に残すためには、売らなきゃいけない。必然的に「売りましょう!」というプロデューサーと しての覚悟の話ですね。

 ……と、そんなことを言いつつ、僕は『SHIROBAKO』が終わったら、会社を畳んでアニメ業界を引退しようと思っていたのですが(笑)。

―― えっ。それは本当ですか?

永谷 はい。本気で。『SHIROBAKO』終了後、どうやって会社を閉じようかな……と。

アニメ業界を引退しようと思った

「『SHIROBAKO』が最後と思っていたので、実際うちは今年の4月、7月、10月と番組を持っていないんですよ。仕込んでいなかったから(笑)」

永谷 心理的な経緯としてはまず、やりたいことをやるために会社を立ち上げたわけですが、おかげさまで5年間やってきて、そういった作品をたくさんつくれましたと。

 それでいて、決してアニメ業界というのは好景気ではない。うちのような企画会社がこの先どれだけ必要とされるかは、自分のなかで今でも未知数な部分があります。

 そして、歳をとって自分の感性が視聴者とズレてしまうこともあるかもしれない、とも思いました。

 そんなふうに思うことが多くなってきたときに、P.A.Worksの堀川さんが『SHIROBAKO』をやろうと。じゃあ、アニメ業界ものをやって、5年目のタイミングでこの業界を去るのも一興かなと、じつは思ったんです。

―― では、現在は会社を畳もうとは――?

永谷 思っていません。なぜ心変わりしたかと言いますと、『SHIROBAKO』の制作中、放送1年半前からシナリオを読みつつ制作に携わっていくうちに、思うところがいっぱいありまして。

 自分のアニメへの関わり方に関しても、考えが変わってきたんです。それに僕自身、主人公・宮森あおいの心理と重なるところが多かったのですね。

 19話で、あおいが子どもの頃大好きだった『山はりねずみアンデスチャッキー』のセル画を見つけたり、映像を見て「ああ、すごい」って感動するシーンは、僕がアニメ業界に入った頃の心理とすごく重なる気がしました。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

―― あおいが劇中アニメ『チャッキー』のセル画を見ているところから、武蔵野アニメーションの丸川社長たちの若い頃のシーンへとつながる名場面でしたね。

永谷 僕は、『新世紀エヴァンゲリオン』や『機動戦艦ナデシコ』を見て憧れて、それらを手掛けたキングレコードのスターチャイルドにアルバイトとして入れてもらいました。

 働き出すと、お客さんだったときには見えなかった苦労がいっぱい見えたりするんですよ。それでも、昔のセル画や絵コンテとかを見つけて「ああ、すごい」って感動して、仕事への喜びを思い出す。

 だから最終回で、ロロがあおいに向かって「このままアニメを作りたいのか、作りたいとしたらなぜなのか」という問いかけと、あおいが出した結論が、心にすごく響いたんです。

 “アニメを作ることが好きだし、アニメを作る人が好きだから、これからもアニメを作りたい”。

―― 物語が現実のご自身と重なったのですね。

永谷 はい。そして業界に留まろうと思ったもう1つの理由は、こちらは現実の話ですけれども、うちの会社に初めて新入社員が入ったんですよ。

 あおいたちのように、「アニメをつくりたい」という若い子たちが入ってきて、さらに、うちの会社で働きたいと言ってくれる子たちがいることにすごく喜びを覚えまして。

(次ページでは、「部下を持つことで得たものは後世に引き継ぐ喜び」)


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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

部下を持つことで得たものは後世に引き継ぐ喜び

―― 新入社員が、そんなにも大きな契機になったのですか。

永谷 これまで部下というものを持つことがなかったので。

 僕は経歴がちょっと複雑で(笑)、高校を卒業してからフリーターを2年間やって、それから大学に行って、卒業したら24歳。そこからスターチャイルドにバイトで入ったんです。

 その頃のアニメ産業は業界不況で、新卒をあまりとっていませんでした。2000年初頭ですね。LD(レーザーディスク)が終焉を迎えて、DVDが売れ始める前の狭間の時期でした。

 アニメ業界全体で見ても、同い年のプロデューサーはあまりいません。必然的に部下に関する事柄について考えることがなかったんです。

―― “部下を持つ”というのはどういった喜びでしたか?

永谷 後世に引き継ぐ喜び、ですね。

 今までは、「自分が好きなアニメでこういうものがつくりたい」というモチベーションだけで働いてきましたが、部下を持つことで、かつて僕が先輩に“アニメのプロデューサーとはこうあるべき”と教わったことを、今度は後輩に教えてみたいなと思ったんです。

  先ほどの19話でも、美術監督の大倉の若い頃が描かれていて、まだ実績もない大倉が「こうやりたいんだ!」という情熱を、上の世代が受け入れてくれるシー ンがありました。自分のプロデューサー人生のなかで置き換えてみても、『僕が若い頃、上司はこんな風に思っていたのか』とか、そういったことが今の僕には わかって、すごくじーんと来ました。

 僕の上司だったキングレコードの大月俊倫さんは、様々な場面で、上の立場として責任を取ってくれる人だった気がしています。いろいろなところに対してのフォローをご自身でなさっていた。そうでないと、庵野秀明監督をはじめとするトップクリエイターからの信用は生まれません。

 責任をとってくれていたというのは、つまり部下の僕らを守ろうとしてくれていたということだと思います。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

―― 自分が仕事をやりたいだけではなく、下の方を育てたいと思い始めたのは、上の世代が見えたからでしょうか。

永谷 そうなんでしょうね。

  僕は、心のどこかで常に「もう一回、いちファンに戻りたい」と思っているところがあったのですが、もしも自分がもう一度ファンの立場に回って、『アニメと いうものをこれからも見ていたい、業界が残ってほしい』と思ったときに、もう少し自分にもアニメと業界に対してできることがあるのではと 『SHIROBAKO』に教えられました。

 作中で、小諸スタジオで仕上げを一緒にやっていた人がハードディスクを届けてくれる話とか、あんな風に自分を助けてくれる昔の仲間がいたりするとか、そういうところで身につまされる部分がいっぱいありまして。

 今、自分が会社を畳んでファンに戻りますというのは、ひょっとしたら“逃げ”なんじゃないかなと。なんとなく不況だから、自分の感性がズレるかもしれないから、早々にこの船から下りました、みたいな、ね。

 そうではなく、まだ自分にも何かやれることがあるのではないかと。P.A.WORKSの堀川社長のセリフじゃないけど「明日も頑張ろう」という。

“仕事の楽しさ”をいかに見つけるか

―― 永谷さんのそうした心理が、『SHIROBAKO』制作の上で反映されたことはありますか?

永谷 キャストの方たちに、ラジオ番組の企画で実際にアニメをつくってもらったことにつながっていると思います。声優さんたちが作画した4分ぐらいのアニメが、少し前に完成しまして。

 なぜ始めたかというと、声優だけどアニメをつくってみることで、思いもしない発見や可能性が生まれるかもしれない。より楽しむためにはいろいろなことに挑戦して発見して経験を積んでいくことが大事かなと。

 特に、「新しいことを見つけたい」という欲求は、明日も仕事を続けていくための活力になるのではないか、と。そういうことを伝えたかったのです。

 『SHIROBAKO』はアニメ業界ものではありますが、じつは一般社会と変わりはなくて、普通に働いていたら、あおいたちが体験していること、感じていることって会社員でもうなづけることだと思います。

 声優志望の坂木しずかが周囲から思うように評価をもらえなくて悩んだり、あおいのように自分が頑張っても、周囲の状況のせいで作業が遅れてしまうとか、ストレスとかフラストレーションはいくらでもあります。

 自分の仕事が大変だと思う人は大勢いると思いますが、僕が視聴者の方に『SHIROBAKO』で感じてもらえたら特にうれしいのは、「仕事の楽しさの見つけ方」なんだろうなと。

「3年半ぐらいキングレコードにお世話になった後は1年間フリーでした。そしてバンダイビジュアルさんとご縁があって、やはり3年ほど。ここでビジネスを教わるチャンスがあったので、業界の見方というものが僕のなかで非常に大きく変わりました」

―― 「仕事の楽しさの見つけ方」ですか。

永谷 ……これは一 度業界の仕事をやめようとした僕自身に言い聞かせていることなんですけれども(笑)、自分はひょっとしたら不満に思っている状況かもしれないけれど、置か れた状況のなかでも楽しみ方はあって。自分にとって楽しいことや意義のあることを探し出すことで、その楽しみによって先にあるものを見据えることができ て、結果、日々の仕事をやっぱり頑張ろうと思えればいいなと。

 それが堀川さんが言っていた「明日も頑張ろう」というメッセージにもつながっているのかなと思います。

(次ページでは、「「堀川さんの最後の作品は僕にやらせてね」」)


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(C)「SHIROBAKO」製作委員会

「堀川さんの最後の作品は僕にやらせてね」

―― 堀川さんの「明日も頑張ろう」は、永谷さんの柱にもなっているのでしょうか?

永谷 信頼しているのは堀川さん自身ですね。もしこれが面識のない方の企画で、「これは採算が取れるかどうか」の算段だけで考えたら、仕事としては「やめよう」と言う判断になったと思います。

 「アニメ制作現場を描いたアニメ」は、労力と予算を考えただけでも、ものすごく大変だろうなと想像がつきます。覚悟を決めてつくらない限りは無理ですから。もしくは「お仕事ものアニメ」だとしても、もう少しライトで、深夜アニメ向きなものにしようと判断したと思います。

 でも、堀川さんずるいなと思ったのは、『これは永谷に持っていけばやってくれるだろう』と思って持ってきたところ(笑)。

―― 永谷さんもまた、堀川さんから信頼されている、ということですね。

永谷 堀川さんは、『SHIROBAKO』で言う武蔵野アニメーションの丸川社長みたいなポジションなわけです。セル時代からアニメをつくってきて、社長になってからは若い人たちと一緒にデジタルへの過渡期を見ているという。

 ですから『SHIROBAKO』の物語的にも、堀川さんなりに自分のプロデューサーとしての最後というものを見据えていて、自分がアニメ業界に残せるものを今回やりたいのだろうなと。

 堀川さんがそう思っているのであれば、これは俺が何とかせにゃあかんなと。

 堀川さんにもよく言うのですが、「堀川さんが最後にプロデューサーをやる作品はうちでやらせてね」って。

―― 熱いお話ですね。アニメ制作は、どこまでいっても個人がベースであるところが興味深いです。

永谷 先ほどお話した『花咲くいろは』を作品として残す努力をあと5年続けて、10年経ったときに初めて「あのとき言っていたことが本当に実現しているよね」となると、うち的にはやり遂げたことになるのかな。

 5年目で会社を畳もうとしていたときには、『10年残すとかいろいろ宣言しちゃったけれど、ごめんちゃい』と思っていたのですが、腹をくくった今は作品を10年残すために働いています。

  僕が見てきた大好きなアニメーションというものを、後世に残したい。会社の理念としていくつかあるうちの1つが、将来、うちの子が――まだ2才なんですけ れども――もしもアニメを見るような歳になったときに、「こういうものをつくってきたんだ」と見せられるものをつくりたい。世の中的にも、マーケット的に も評価されるものをつくってきたと、父親らしく言いたい、みたいな(笑)。

「刹那的に、今この置かれている状況において、もううんざりだとか思うことはあっても、番組 の打ち上げがあれば、全てリセット、なかったことになります(笑)。リタイアしていちファンに戻ることは考えても、アニメ業界自体が嫌いになることはあり ません。もうこんな業界嫌だと思ったことはないですね」

アニメ業界はスリリングかつハートフル!

永谷 いろんなことを考えています。夢も妄想も含めて、全部、十把一絡げ的に何となく語れちゃうのがアニメ業界のいいところだと思うんです。

 ああなったらいいな、こうなったらいいなって思ったことが、アニメ業界は、実行力さえあれば案外どうにかなる可能性がある世界だと僕は思っていまして。

 アニメ業界はスリリングかつハートフルだとよく思うのですが、スリリングと言うのは、たとえばSHIROBAKO最終回のように当日納品だったりとか、それこそ作中で描かれたあらゆることがスリリングですよね。

  けれどもハートフルなところもいっぱいあって、日々刺激を受けながら働いていくことに一番楽しみを感じています。アニメ業界って、昨日と同じ日ってあまり ないんです。たとえば、V編とかアフレコとか、同じ作業をしていても、当然、話数も違えば出ている人も違うということで、異なる刺激が毎回あるので、自分 も頑張らなきゃと思うことができるんです。

 自分にクリエイティブな才能がもっとあれば、と思うときもありますが、周りにいるクリエイティブなセンスを持っている人たちの刺激に触れられるので楽しいですよ。

 ファンに戻りたいと言ったときのファンの心理につながる話ですが、上がってきたばかり出来立てほやほやのアニメを特等席で見られるという、こんな喜びに浸れることはそうありません(笑)。

 やめちゃおうかと思っていた時期もありましたが、まあ、『SHIROBAKO』の最終回が納品された今この瞬間のテンションだけで言えば、天職なのかなと思います。

 あと6、7時間後ですが、最終回が放送されることを祈って。

―― どうもありがとうございました。

(C)「SHIROBAKO」製作委員会

前編はこちら

著者紹介:渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)

 1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。著書に『ワタシの夫は理系クン』(NTT出版)ほか。

 連載に「渡辺由美子のアニメライターの仕事術」(アニメ!アニメ!)、「アニメリコメンド」「妄想!ふ女子ワールド」(Febri)、「アニメから見る時代の欲望」(日経ビジネスオンライン)ほか。

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コメント
 
1. たけしくん 2015年7月17日 10:47:56 : IjE7a7tISZsr6 : Tkd1B4jCF0
SHIROBAKO なんかおもしろかったので紹介してみる。

特殊な業界の中がじっくり表現されているんだけど、
私がいた業界でもこんなのあるあるってなんか妙に親近感があった。


2. 2015年12月19日 18:30:17 : FxUcssE0UQ : nX8oVt_tv8A[322]

愛国戦隊大日本その1

https://www.youtube.com/watch?v=1ZvGJY3mvl4

愛国戦隊大日本その2 監督はヱヴァンゲリヲンの庵野秀明

https://www.youtube.com/watch?v=-c5oZNFSaWU

トレーニングの合間に書店に立ち寄った猛は、店頭の書籍が全て「赤い」本にすり替えら­れていることに気付く。


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