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呪縛解かれ 古事記再考
撰録1300年、各地で行事 成立の謎や宇宙観 議論
2013年は「古事記」撰録(せんろく)から1300年。各地でシンポジウムや公開講座などが盛んで、関連出版も相次いだ。古い神話的世界が描かれ、日本人の宗教・精神文化に大きな影響を与えている古事記がどのように成立したかを解明する議論も続く。現代に古事記を読む意味を探った。
名古屋市博物館で開かれている「古事記1300年 大須観音展」(来年1月14日まで)。展示の目玉の一つが現存最古の写本、真福寺本「古事記」(国宝)の上中下3巻だ。木村慎平学芸員が「本の綴(と)じ目をはがすと人の名と歳(とし)が書かれていて書写年がわかった」と話しながら、賢瑜(けんゆ)という名を指さした。
真福寺(大須観音)の2代住職信瑜が修行に行った東大寺東南院で、南北朝時代の1371〜72年、弟子の賢瑜に書写させたという。東南院は当時、真言密教のセンターで各種の書籍が集積していた。「東南院にあった古文書の多くが戦乱を避けるため真福寺に預けられ、今に伝わっている」と鳥居和之学芸課長。
古事記の序によると、太安万侶(おおのやすまろ)が712年(和銅5年)、元明天皇に古事記を献上した。天武天皇が選定した「帝紀と旧辞」を誦習(しょうしゅう)したという舎人の稗田阿礼(ひえだのあれ)ゆかりの神社がある奈良県大和郡山市で先月下旬、シンポジウム「古事記と宇宙」が開かれた。古事記1300年紀事業実行委員会と京都大学との共催で、古事記の宇宙観、天岩戸日食説など古事記と宇宙の関わりなどを考える試みだった。
講演した鎌田東二京大教授は、「最初に古事記を読んだ時に宇宙的な感覚を感じた。イザナミやスサノヲの物語はグリーフケア(悲嘆の癒やし)の書としても読み解ける」と述べた。同教授は10月に「古事記ワンダーランド」を刊行、歌謡的で演劇的な生き生きとした身体性を持った言葉としての部分をよみがえらせたいとしている。
7世紀に存在?
続いて海部宣男国立天文台名誉教授が「アジアの星の神話と宇宙観」と題し、古事記などとアジアの神話を比較して話した。ノンフィクション作家の中野不二男氏は現代の衛星観測のデータを使い、古事記に描かれた舞台が、昔の海や土地の形状からどのように見えるかを図示して見せた。
明治大学(東京)でも先月、記念シンポジウムが開催された。古事記の舞台となっている宮崎、島根、奈良3県の知事がパネル討論した後、三浦佑之立正大学教授が講演、「1300年というけれど、古事記の序文は撰録から100年後に書かれたとみられる。しかし、本文はもっと古く、7世紀終わりごろには存在していた」と指摘した。
古事記偽書説は古くからあった。古事記は正史「日本書紀」に隠れ二次的存在だったが、江戸中期の本居宣長が古事記を注釈した大著「古事記伝」を書き、脚光を浴びた。中国文化の影響を受けた漢意(からごころ)を排し、清らかな「まことの心」を古事記に求めたのだ。だが、宣長に古事記研究の火をつけた師匠の賀茂真淵も、古事記は偽書の疑いもあると忠告していた。
天武天皇は古事記と日本書紀の2つをなぜ作らせたのか。史書「続日本紀」に古事記編纂(へんさん)の事実が記載されていないなど疑問は多々挙げられている。
古事記について言及する最古の文書は、平安初期の812年に日本書紀解釈の講義をした多人長(おおのひとなが)が関係した「弘仁私記序」。多人長は古事記の選者とされる太安万侶の子孫で、古事記の序は上表文としての形式への疑問などから、先祖である太氏族を権威づけるために序文作成を画策したとの見方が出ている。
「新版 古事記成立考」を出した古代史研究家の大和岩雄大和書房会長は、「多人長が多家に伝わった未公開の『古事記(ふることふみ)』を世に出そうとして序文を偽作した。しかし、本文は天武・持統朝の内廷でまとめられた現存する我が国最古の古典」と強調する。
戦前は聖典扱い
古事記はいろいろな読み方をされてきた。宣長の国学的思考は日本人の国粋的な感情を喚起し、尊皇攘夷運動へとつながった。明治以降、国家神道が確立されていく中で古事記は“聖典”扱いされ、客観的な研究も排除されるようになる。
歴史学者、津田左右吉著「古事記及び日本書紀の研究」は、記紀の記載は「歴史ではなく物語」だと書き、戦前不敬罪で発禁となった。同書は今年復刻再刊された。
けれども古事記に書かれている内容は人間的で面白い。三浦教授は明大での講演で「戦前の古事記の扱い方がいかに人をまどわしてしまったか。今、ようやく近代の呪縛を解いて古事記を正しく読むことができるようになった」と結んだ。
古事記への疑問や批判があったからこそ、古事記の研究が深化したことは間違いない。古事記は読み方次第で新しい発想を刺激する潜在的なパワーも持っている。
(編集委員 河野孝)
[日経新聞12月22日朝刊P.36]
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