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漢字学習と書道の教科書として広く漢字圏で用いられた「千字文」
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/630.html
投稿者 矢津陌生 日時 2012 年 12 月 20 日 21:57:12: fqfGCq6zf5Uas
 

「千字文」は5世紀前半、南朝・梁の武帝の命で、千の漢字を四字句からなる韻文として編んだものである。六朝時代の周興嗣の撰である。同じ漢字を二度用いることはない。「天地玄黄、宇宙洪荒」に始まり、「謂語助者、焉哉乎也」に終わる。漢字の初学者用に、「千字」の漢字を集めて文章としたもの。書体は書聖といわれる王羲之の筆跡を模写して、書道の手本にしたと伝えられる。

「千字文」以前にも、同じ目的で編纂されたものもあるが、「千字文」はその洗練された内容で、天文、地理、政治、経済、社会、歴史、倫理などの森羅万象について述べた、6世紀以降20世紀初頭に至るまで、漢字学習の教科書および習字用の手本として、中国、朝鮮、ベトナム(1950年漢字教育廃止)、日本で広く使われた。日本には六朝末の僧智永が王羲之の書を模写したという「真草千字文」(楷書、草書二体の『千字文』)が伝えられたといわれている。

応神天皇16年に百済の王仁が「論語」と「千字文」を献上したと「古事記」に記されているが、年代に矛盾(完成するまえに伝来)がある。しかし、日本各地から見つかる古い木簡のなかに、「論語」や「千文字」書籍の文字を書き写したものがあり、「千字文」は日本に早くから伝えられたと考えられている。ちなみに、日本の常用漢字外の字が233文字あるとされる。1984年に岩波書店から『注解 千字文』(小川環樹・木田章義)が出版されている(岩波文庫本有り)。

「千字文」が朝鮮半島へ入った年代を特定することができないそうだが、仏教と並行して、漢字学習のために使用された。特に朝鮮王朝の世宗が15世紀にハングルを発布後、16世紀末頃から木版で印刷され、「千字文」は漢字の教科書として朝鮮語読みと併せて広く普及した。韓国ドラマで子供たちがハングル読みで「千字文」を教えられているシーンがよく出てくる。韓国・北朝鮮では現在ハングル文字だけの義務教育であるが、1945年の独立まで漢字の教育がなされていた。

子供たちは千字文を声に出して学んだ。日本にも韓国にもこの「読み音」の断片が残っている。中国本土にも地方によって違う「読み音」が残っている筈だ。各国、各地に残る「読み音」をもとに、漢字音の音韻変遷を辿れば、多くの新しい発見があるのではないかと思う。この過程の中で、すでに死語となった多くの古言語(百済語、高句麗語、渤海語、ツングース語系など)の概要が見えてくることになるのではないか。研究者が増えることを期待したい。

付け足しではあるが、いま韓国ではTOEICの得点に加えて漢字二千字を習得することが、就職時に有利に働くそうだ。ビジネスでは中国や日本の存在を無視できないことにつながっているようだ。なんだか変な話である。余計なお節介だが、もっと本格的に学校の低学年からの義務教育に取り入れたらと思ってしまう。近年ベトナムでも漢字の見直しの声が出始めていると聞く。自国に残された先人が遺した古文書を共有できないのはおかしいと思う人たちがもっと増えればいいと思う。

矢津陌生ブログ http://yazumichio.blog.fc2.com/blog-entry-220.html より転載
 

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コメント
 
01. 出処進退 2013年10月15日 05:04:37 : EcOFI.OKixfEU : 57ASPuoRUg
初心者が千字文を書くのには四文字づつ半紙で練習すれば良いでしょうか?

02. 2015年4月23日 16:41:07 : zap34qBDXQ

元外交官のひとりごと

毛筆を小一から始めよう

2014-09-27 10:10:34
http://ameblo.jp/k-araba/entry-11930889967.html

 去る9月24日、書道界は、文部科学大臣に、「毛筆を小一から始めよう」という全国署名運動の結果報告を行った。全国から、95万人に近い署名が集まったという。
 もちろん、それだけではない。受験戦争との折り合いも大変だろうが、中学、高校の教育の現場でも、書道をもっと大切にしようというものでもある。
 この署名運動は、国内の主立った書道団体と、書写・書道教育にたずさわる団体とが、珍しく一緒になって、書写・書道教育を一層充実させようと、昨年来活発に動き出した活動の一環 なのだ。

 仮名書きの発明がなければ、源氏物語や俳句、和歌も生まれなかったろう。そして、それらの文学が日本に深く長く根付いたのは、その仮名書き文学が、美しく芸術的な仮名書きの書道で書かれたお陰だと思う。
 その意味で、「日本文化の原動力となってきた日本書道」とも言えると思う。書道が果たしてきた歴史的伝統を忘れてもらっては困るのだ。このままでは、世界に冠たる日本文化も日本の美意識も衰退しかねない。

 いやそんなことはない、心配し過ぎだ、と云う考えもあるだろう。しかし、文化は、意外と脆弱なものなのだ。
 勿論、戦争や暴力は、文化を破壊する。しかし、大陸では、戦争ではなく、文化大革命が文化を破壊した。伝統ある中国書法(あちらでは書法と呼ぶ)もそうだった。
 それを再生させたのは、ほかでもない日本書道界との交流だったと言えると思う。

 それは、イスラム世界のカリグラフィーをも刺激した。 日本の書道界は、中東まで出掛けているのだ。
 ネット動画で見ると、アラブの服装、床に広げられた数畳分はある紙、その両腕に抱えられた大筆(明らかに日本製)、その筆は下半分が墨色。その白い床上を、日本の書のデモンスト レーション宜しく、アラビアン・カリグラファーが走り回って、いわばアラビア書道を実演しているのだ。
 ドバイ、カイロその他でも、アラビア書道の国際展が盛んに行われるようになった。
 従来のグラフィック的あるいはデザイン的作品だけではない。壁にかけて見たくなるような、自由で芸術的な作品も沢山生まれている。
 さらに、IT技術に刺激されて、デジタル・カリグラ フィーも日本以上に盛況だ。

 欧米でも、日本に刺激されて、伝統の職人芸の世界から脱皮して、芸術的なカリグラフィーを創出しようという動きが活発になった。

 戦後一貫して、海外に出向き、書道の国際文化交流を続けてきたのは、 日本の書道界だけだ。中国、台湾、韓国もやらなかった。
 そして、毎日270件以上大型の大衆暴動が起きている中国で、そして、あの砲火の止まない中東で、書道が再生し、芸術的カリグラフィーが誕生しているのだ。

 本家本元の日本で書道が寂れて行くのを見るのは、悲し い。数ヶ月の署名運動で、これだけの人々が署名運動に参加してくれたのだ。心強い味方だ。この多くの人達の善意を無駄にしてはいけない。もう一度、日本文化の原動力でもある書道を、教育の場で、再構築すべき時が来たのだ、と思う。
__________________________________


nippon.com
「文字の美しさを極限まで追求した芸術です」アラビア書道家・本田孝一 文化
[2013.01.18]
http://www.nippon.com/ja/people/e00028/


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