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偉大な音楽評論家の思ひ出    西岡昌紀
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/588.html
投稿者 西岡昌紀 日時 2012 年 5 月 28 日 21:19:42: of0poCGGoydL.
 

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http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1848428219&owner_id=6445842
http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/5541724.html

今から頂度39年前の5月の事です。クラシック・ファンの方で、当時物心着いて居た方は御記憶ではないかと思ひます。ロシア(ソ連)の指揮者ムラヴィンスキーが、レニングラード・フィルを率いて初めて日本を訪れ、5月26日に、東京上野の東京文化会館で演奏会を開きました。


ムラヴィンスキーは、20世紀を代表する指揮者の一人であり、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の初演者でありながら、永く日本を訪れませんでした。そのムラヴィンスキーが、ついに日本を訪れ、初めて東京で演奏会を開いたその夜は、ムラヴィンスキーの来日を長年待ち望んだ日本の音楽ファンにとって、歴史的な日でした。曲目は、前半がベートーヴェンの交響曲第4番で、後半は、ムラヴィンスキーが初演者であったショスタコーヴィチの交響曲第5番でした。


その1973年5月26日の、ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの歴史的とも呼ぶべき東京初の演奏会の客席に、一人の音楽評論家が座って居ました。


吉田秀和氏です。その夜の演奏会について、吉田秀和氏が朝日新聞に寄稿した感想を以下に御紹介したいと思ひます。先ずは、前半のベートーヴェンについてです。


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 レニングラード・フィルが世界屈指の大交響楽団であることは前二回の来日公演でようくわかっていたが、その中心人物である指揮者ムラビンスキーについては、来る来るという前評判ばかりで一向にきけなかった。その彼がついに姿を現したのだが、まず背の高いのにびっくりした。二メートルもあろうか。ぜい肉をそぎ落としきった痩く(そうく)の上に、ひろい額とひきしめられた口もとをもった長い、いかめしい顔がのっている。
 東京公演初日(五月二十六日、東京文化会館)はベートーベンの第四交響曲ではじめられたが、ふだんききなれたのとは相当ちがう響きがした。というのも、まず編成が独特で、管が作曲者の指定通りフリュート一本のほかはずべて二管に厳格に制限されているのに対し、弦は十六本(多分)の第一バイオリン以下八本のバスに至るまで現代的大管弦楽の大きさだった。指揮者のねらいの一つは、このやや均衡のとりにくい両者から、さまざまの響きをひき出すのにあったのだろう。
 事実、こうすると、それぞれの管の独奏的な動きがあざやかに浮びあがり、まるで、シューベルトをさきどりしたような、とりどりに咲きみだれ、笑いさざめく色彩のたわむれが感じられてくる。しかも、(特に目立つ)ソロのフリュートをはじめ、菅たちはどちらかというとビブラートの少ない、飾り気も艶(つや)も目立たない響き−−つまりパリの管弦楽などと正反対に−−なので、素朴でやや大味な感情とか、暖かくてやわらかい素肌をのぞかせるような味わいとかが感じられる。
 こういった管に、一糸乱れぬ鉄の規律で統制された弦楽器群との間に、対照が生れ、緊張が生じ、解け合いの楽しみが加わる。
 それはきびしくて、しかも人なつこさに欠けていない。その上にスケルツォのトリオの思いきったおそさや終楽章のきめのこまかいウィットなどを思いあわせると、ムラビンスキーという人には、インテリ風で厳格に知的な面と敏感で機知にとんだ面とが隣あわせに共存していることがよくわかってくる。ベートーベンをききながら、こういう精神のあり方を感じさせられたのは、私は、はじめてだ。

(吉田秀和「妥協許さぬムラビンスキー/レニングラード・フィル演奏会」朝日新聞・1973年5月30日夕刊)


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今から9年前、ムラヴィンスキーに関する本を書いた時、吉田氏のこの文章を30年ぶり(2003年)に読み直して、その豊かな日本語の表現に感心した事を覚えて居ます。


そして、後半のショスタコーヴィチの交響曲第5番については、更に、こんな面白い感想を書いておられます。

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 私は、正直いって、この曲は好きになれない。真実のものと自分に無理を加えて手を入れたものとが雑居しているみたいで、ムラビンスキーの妥協のない誇張の卓抜な指揮をもっても、これは覆(おお)えない。いや、ますますはっきりする。きく人の心を刺すように興奮さすが、熱くしない。」−−−

(吉田秀和「妥協許さぬムラビンスキー/レニングラード・フィル演奏会」朝日新聞・1973年5月30日夕刊)


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吉田氏のこの記事について、自著からの引用で恐縮ですが、私は、自分の本の中で、こう書いて居ます。

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 吉田秀和氏は、先ほどの批評をこんな言葉で結んでいる。「ムラビンスキーの指揮は、彼の胸を飾る勲章と同じように、すごくりっぱだ。が、もうちょっとロマンチックでもよかった。」
 この言葉は、当時、私のまわりでも少々話題になったものである。高校生だった私たちは、吉田氏のこの言葉は、もしかすると揶揄(やゆ)なのだろうかと思ったものである。いま思えば、吉田氏は別にそんな積もりではなかったのだろう。しかし、吉田氏が書いた「彼の胸を飾る勲章と同じようにりっぱだ」という言葉には、やはりショスタコーヴィチの交響曲第五番に対する前述のようなアイロニーが感じられる。そして同時に、その初演者であったムラヴィンスキーに対する吉田氏の、基本的には好意的なのだが複雑な感情がにじみ出ていると思うのである。
 ムラヴィンスキーが来日した1973年当時、日本人の間には、上述のような作曲の経緯から、ショスタコーヴィチを「体制的な」作曲家と見なす見方がかなり強くあった。吉田氏の見方は決してそんな単純なものではなかったと思うが、当時、日本人の多くが、第五交響曲などを非常に愛した一方で、当のショスタコーヴィチについてそうした気持ちを持っていたことは確かである。しかし私は、そうした見方は皮相なもんだと思っている。
 数年前、NHKのテレビ番組「N響アワー」で、ジャーナリストの江川紹子さんがショスタコーヴィチの交響曲第五番について語っていたことがあった。その中で江川さんは、「私は、ショスタコーヴィチがこの曲を保身のために書いたとは思わない」と発言していたが、私も同感である。この曲が作曲されるきっかけに彼の「保身」がまったくなかったとは誰にも言えないが、この曲の精神的深さは、単なる「保身」によってはとうてい生み出されないものだからである。−−−

(西岡昌紀『ムラヴィンスキー・楽屋の素顔』(リベルタ出版・2003年)55〜56ページ)

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お読みの通りです。

この事に限らず、私は、吉田氏の音楽批評に共鳴する事も有れば、共鳴しない事も有りましたが、こんな個性的で、真の意味で日本人であった音楽評論家と同時代を生きて来た事を幸福に思ひます。

心より御冥福をお祈りします。


平成24年(西暦2012年)5月28日(月)


                   西岡昌紀

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■文化勲章受章の音楽評論家、吉田秀和さん死去

(読売新聞 - 05月27日 10:53)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2028964&media_id=20

文化勲章受章の音楽評論家、吉田秀和さん死去
(読売新聞 - 05月27日 10:53)


死去した音楽評論家の吉田秀和さん(神奈川県鎌倉市で、2011年1月5日撮影)


 クラシック音楽評論の第一人者で文化勲章受章者の吉田秀和(よしだ・ひでかず)さんが、22日午後9時、急性心不全のため神奈川県鎌倉市の自宅で死去した。

 98歳だった。告別式は近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く。喪主は長女、清水眞佐子(まさこ)さん。

 東京都生まれ。1936年に東京帝大仏文学科を卒業後、音楽評論を書き始め、戦後に本格デビュー。流麗で味わい深い文章表現と鋭い洞察力で、日本における音楽評論を確立した。対象は美術や文学にも及び、文明批評としての奥深さがあった。90年には芸術評論全般を対象とした「吉田秀和賞」を創設した。

 戦後まもなく桐朋学園「子供のための音楽教室」の設立にかかわるなど音楽教育の振興にも貢献、指揮者の小沢征爾さんらを育てた。88年から水戸芸術館の館長を務めていた。75年、「吉田秀和全集」で大佛(おさらぎ)次郎賞、93年、「マネの肖像」で読売文学賞。


 

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