"妄想イルカ映画"アカデミー賞&国内配給決定
『ザ・コーヴ』狂想曲 海外メディア・関係者・監督を直撃!(前編) 和歌山県太地町のイルカ漁を批判した米映画『ザ・コーヴ』(ルイ・セホイヤス監督)のトンデモ度については既報の通り。サイゾーが「イルカ大好き人間の妄想映画」と断じてしまった(記事参照)あの"名作"が、第82回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞。さらに日本でも配給会社が確定し、5〜6月の公開が決まったことが話題になっている。欧米メディアは受賞をどう受け止めたのか。また、国内配給会社の思惑は? そもそも、製作した監督の真意は? 気になる話を関係者にまとめて聞いてみた。
まずは現地にいるメディアの反応。日本在住のアメリカ人記者を通し、現場にいた記者ら10人にメールによる緊急プチアンケートを敢行した。結果は以下の通り。
「あんな映画全然ダメ!」という否定派から。
「リック・オバリーがマッドサイエンティストみたいでやばすぎる。日本のコミックに出てきそう」(アメリカ人)
「偽悪的なカルトムービーとしてなら楽しめる。ただ、受賞はない」(ドイツ人)
「イルカを守りたい気持ちは個人的に同感だが、牛や豚、鶏を食べていることと整合性をどう保つのか」(アメリカ人)
「日本人の健康被害を心配していると言いながら、イルカのことしか考えていないのは明らか。偽善的だ」(フランス人)
などと、6人がほぼ完全否定。対して、
「制作スタッフらの知恵と勇気に感動」(アメリカ人)
「ヘビーにならないようにユーモアも交えてうまく作られている」(豪州)
と、2人が手放しのベタ褒め。残りは、
「作品自体はテンポもよくおもしろいが、ドキュメンタリーとしてはバランスを欠いていている。人種差別的な描写も多い」(イギリス人)
「自然保護かイルカ保護かテーマがあいまいだが、ドキュメンタリーとして見なければ悪くない」(オランダ人)
と、つまらなくはないがドキュメンタリーとしての信用性に疑問符をつける声が2人となった。
ちなみにアメリカではすでに昨年7月に封切られており、ニューヨークタイムズが「きわめて優れたドキュメンタリー作品」と絶賛するなど、映画専門誌や一般観衆の感想も「勇気ある調査報道」と賛美する声が多勢だとも言われている。アカデミー会場のプロ記者たちによる"大人の声"が世論を正しく反映しているとはいえないかもしれない。
一方、映画評論家の前田有一氏は、今回の決定について「アカデミー会員の目が腐っているとしか思えない。まともな鑑賞眼とは思えない」とバッサリ切り捨てる。
「世に出してはいけない類の作品です。リック・オバリーという人は、宇宙人と交信できると公言するタイプと同次元の人間です。根拠のない妄想にとりつかれ、人生を台無しにしているお気の毒な人は、そっとしておいてあげるのが常識のある大人のマナーです」
また、映画には武装派環境集団として悪名高い「シー・シェパード」の代表ポール・ワトソン氏も登場しているのだが、肩書きがなぜか「グリーンピース共同設立者」となっている点も問題だという。
「彼がグリーンピースにいたのは70年代。今はシー・シェパード代表というれっきとした肩書きがある。なぜ隠すのか。日本人感情に配慮した製作サイドの小ずるさを感じます」
さらに、劇中でナレーションや会話の中で出てくるデータもバラバラだという。
「たとえば、一年で捕殺されているイルカの数についても、『この入り江で何十万頭も殺されている』と言ったかと思えば、『日本では毎年1万5,000頭が殺されている』と急に具体化し、その後また『日本では毎年2万3,000頭が殺されている』と5割増し。イルカの売買価格にしても『1頭500万円』と言ってみたり、『一頭で年間100万ドル(1億円)儲かる』と言ってみたり、あるいは『食肉用なら6万ドル(600万円)、ショー用は15万ドル(1,500万円)』だったり。そうかと思うとエンドロールで『食肉用7〜9万円、輸出用中国向け435万円、アラブ用771万円、ショー用50〜300万円』と。ドキュメンタリー作品として信用できません」
字幕については、日本で初上映された「東京国際映画祭」の時点で基本的にはできあがっているはずだが、「その後に部分的な修正が加えられ、一部が付け足されたと聞いた」(映画ライター)との指摘も確かにある。ならば、今回の配給会社である「アンプラグド」(東京都目黒区)に、配給を決断した理由も含めて直接聞いてみることにした。
――配給にいたった経過をお聞かせください。
アンプラグド(以下、ア社) 昨年末にまだ配給がどこも決まっていない段階でご相談を受けた。作品を見て、太地町が反論している部分がまったくないのは憂慮すべき点だと感じ、もし上映するならできるだけフェアな状態で見せたいと交渉で伝えました。日本にはイルカ漁に対して賛否両論あるわけで、配給側はその視点に立つ必要があると。肖像権への配慮も必要だと感じました。それを認めてくれるならば公開する意味もあると言いました。
――字幕データはどこが管理しているのか?
ア社 字幕は基本的に東京国際映画祭用に既に作られていたものですが、まだ配給会社が決まっていない段階で、動物保護団体「エルザ自然保護団の会」(茨城県つくば市)が製作サイドと直接交渉し、上映のための準備を進めていたようですから、その段階でエルザの会が独自のデータを加えたバージョンも出回っているようです。そこで数値がいろいろあるという話も聞きます。それをご覧になったのではないでしょうか。
――エンドロールで細かい数値が並んで出てくるのはエルザの会のバージョン?
ア社 そうだと思います。弊社としては基本的にオリジナル原文を忠実に訳しています。そのうえで数値に一部ばらつきがあっても、こちらで調べなおして書き換えることはできませんので。明らかな誤字や極端な数値を除いては基本的には海外で上映された原文が忠実に訳されていたため、そこには手を加えてはありません。
――そのうえで今回の上映のために御社が修正を加えた点はありますか?
ア社 原文では「イルカ肉から2,000ppmの水銀値が検出された」とありましたが、この数字があまりに極端だと疑問符がつき、「検査結果にはバラつきがあるためこの数値の限りではない」という意味のキャプションを加えました。また、「イルカ肉を鯨肉として偽装販売している』という部分にも、『水産庁はそうした事実はないと判断しています」と入れてあります。映画の最後にも、太地町の反論内容を但し書きとして入れました。
――「シー・シェパード」のポール・ワトソン氏の肩書きについては?
ア社 ポール・ワトソン自身はシー・シェパードの公式サイト上で「グリーンピース共同設立者である」としていますが、グリーンピース側は「無関係だ」と否定しています。そこで製作側と相談した結果、「共同設立メンバー」としたらどうかと提案があり、それに落ち着きました。
――というより、シー・シェパード代表とするのが正しいのでは?
ア社 そこは議論もあったのですが、すでに制作サイドで英語キャプションを作ってあるわけで、そこを原文と異なる日本語字幕を入れるのはどうかということになり、この形になりました。
――この問題に関心を持っている方々へメッセージはありますか。
ア社 今は感情論と文化論がごっちゃになってしまっている気がします。もしイルカ漁を文化として主張するならば、より深く知った上で日本人の選択として主張すればいいと思うんです。そのきっかけにこの映画がなるのかもしれない。賛否どちらにしても、見た上で判断をしていただければと思います。
(後編の「監督インタビュー」に続く/文=浮島さとし)
イルカのスベテ。
イルカ映画監督「イルカは愛しているが、イワシは食べる!」
『ザ・コーヴ』狂想曲 海外メディア・関係者・監督を直撃!(後編) 昨秋、『ザ・コーヴ』が東京国際映画祭で上映された際、来日して会見を行ったルイ・セホイヤス監督。公式会見を終えた後、サイゾー取材班はセホイヤス監督の宿泊先を訪れ、独自にインタビュー取材を行っていた。
その際、監督から語られた制作意図や自身の食生活、撮影者としての倫理観などを、ここに公開する。(20分という限られた時間の中で会話が終始噛みあわずに進んだことをご了承ください)
――映画の制作意図についてお聞かせいただきたい。
監督 私は世界を変えたいと思ってこの映画を作った。10ドル払って楽しむだけの映画ではない。この映画によって日本人とイルカの双方が幸せになれるのだ。
――あなたはイルカを食べない。では他の魚も食べないのか?
監督 食べない期間があった。しかし、動物も魚も食べないと体に元気が出ないので、今は少し食べている。
――元気が出るために人は動物や魚を食べる必要があるのではないか?
監督 私が食べている魚はサーディン(マイワシ類に属する小魚の総称)などの非常に小さく短命な魚。食物連鎖では下位にいる魚だ。長く生きる魚には食物連鎖の中で水銀が貯まる。
――水銀の問題ではなくて動物や魚を食べる必要性と食文化について聞いている。
監督 理想をいえばベジタリアンになりたいが、私は意志がそこまで強くない。
――イルカの知能が高いというがその根拠はどこにあるのか?
監督 イルカの脳の大きさをあなたは知らないのか。
――脳の大きさが知能の高さに比例すると科学的にいえるのか?
監督 イルカの脳は大きいだけでなく非常に複雑だ。センサー能力もレーダー能力もある。自己認識もできるし遊び方を観察しても非常に高度だ。「イルカの知能がなぜ高いのか」と聞かれない日が来ることを私は望みたい。
――イルカをかわいそうと言うが、牛や豚は食べないのか?
監督 86年に屠殺場を見た経験から牛や豚を食べられなくなった。妻や子どもには食べるなとは言わないし、日本人にもそれを要求しない。
――かわいそうだからではなく、気持ち悪いから食べられなくなったということか。
監督 私は基本的に菜食主義者だ。基本的に歩く動物を食べることはしない。
――牛や豚に興味がないのは彼らの知能が低いからか?
監督 興味も関心もあるが、我々は海洋問題を考える団体。分野が異なる。
――映画の中で、日本政府が魚に含まれている水銀情報を隠蔽していると何度も繰り返しているが、厚生労働省は60種の魚別にわけてデータを公開しているし、妊婦にも影響が出る可能性があるとまで書いている。そのことは報道されて話題にもなった。
監督 しかし、あの数値を正しいとは思えない。我々の調査ではより数値は高いと考えている。
――数値の正誤ではなく、隠していると表現していることについてだが。
監督 たしかに政府は公開しているが、ネットでは見ない人もいるし、数値も正しくない。
――映画の中で太地町民の顔が露出している。一般の日本人があのような形で世界中に晒されることに躊躇はなかったのか?(注:日本公開では配給会社の判断でモザイクが入る)
監督 これはドキュメンタリー映画なので、信憑性に疑問をもたれないためにも顔を隠さない方法を選んだ。
――撮影のために立ち入り禁止区域に侵入し、警察との対話を隠し撮りして公開している。日本国の法律や条例に対する遵法精神はないのか。
監督 もし、アウシュビッツで残虐な行為が繰り返されているところへ私がカメラを持ち込んだら、はたして非難されるだろうか。
――アウシュビッツのことではなく太地町のことで聞いている。
監督 私は同じ程度の人類に対する犯罪行為であると考えている。このことは世界中の多くの人が知らなければならない。
――これからも太地町へやってくるのか?
監督 私自身、何度も来て訴えたくはない。本来、日本人自身が自分の問題として取り組んで欲しいと思っている。次に来たときは、私もポランスキー監督のように拘束されてしまうかもしれない(笑)。それは冗談だが。いずれにしても、映画の上映が決まったのは日本の政権交代が行なわれたから。自民党がすべてをコントロールしていた時代では無理だっただろう。
(構成=浮島さとし)
イルカのスベテ。
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