投稿者 0_0 日時 2010 年 3 月 31 日 02:53:39: YQ201zwHWXfF6
国松警察庁長官銃撃事件が時効を迎えた
こりゃ公安、米軍、法務省・・の辺りにある組織による犯行(テロ)だと思うね。
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警察庁長官銃撃事件が時効 元巡査長供述で異例展開
1995年3月に国松孝次警察庁長官(当時)が銃撃された事件は30日午前0時に殺人未遂罪の公訴時効(15年)が成立した。警察トップが狙われた前例のない事件で、警視庁はオウム真理教信者らによる組織的犯行との見方を維持し、延べ約48万人の捜査員を投入したが、決定的証拠が得られず未解決で捜査を終えた。容疑者不詳のまま近く書類を東京地検に送る。
事件は、教団が3月20日に地下鉄サリン事件を起こし、警視庁が22日に強制捜査に着手した直後に発生。 96年5月には、同庁の元巡査長(44)が「長官を撃った」と自供したが、警視庁は警察庁や検察庁に報告せず、十分な裏付け捜査をしないまま長期間の「保護」下で任意の事情聴取を続けた。同年10月に報道機関に告発文書が届いて発覚、責任を問われた公安部長が更迭され、井上幸彦警視総監が引責辞任するという異例の展開をたどった。
2010/03/30 00:03 【共同通信】
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警視庁、「教団のテロ」と発表 長官銃撃事件の時効受け
国松孝次警察庁長官(当時)が銃撃された事件の公訴時効が30日午前0時に成立したことを受け、警視庁南千住署捜査本部長の青木五郎公安部長(53)が同日、同庁内で記者会見し「オウム真理教の信者グループが松本智津夫死刑囚(教祖名麻原彰晃)の意思の下、組織的、計画的に行ったテロと認めた」とする捜査結果を発表した。
立件されていない特定の個人、団体を「犯人視」して発表するのは極めて異例で、批判を浴びるのは必至だ。捜査本部は同日中に殺人未遂容疑で容疑者不詳のまま書類送検した。
青木部長は捜査結果を「警視庁の所見」と説明。「実行犯や共犯者を特定できるだけの証拠はなかった」と立件できなかった理由を述べながら、「(犯人は)オウム以外にいるとは考えていない」と明言した。
捜査結果はA4判16ページ分。元巡査長の所持品から検出した拳銃を発射した際に付着した火薬成分の詳細などを順に説明し、結論を「教団によるテロ」と記載している。31日から30日間、インターネットの同庁ホームページに掲載する。
オウム真理教は団体規制法に基づく観察処分を受けており、公安調査庁によると、主流派「アレフ」と、上祐史浩氏が設立した「ひかりの輪」の2グループが活動中。
2010/03/30 13:47 【共同通信】
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長官銃撃はオウムのテロ 警視庁、時効事件で異例の断定
2010年3月30日10時40分
記者の質問に答える青木五郎・警視庁公安部長=30日午前、東京・霞が関、杉本康弘撮影
銃撃事件の現場から情報提供を呼びかける看板が撤去された。南千住署の柴野功署長は「捜査員にねぎらいの気持ちでいっぱい」と話した=30日午前、東京都荒川区、豊間根功智撮影
国松孝次警察庁長官(当時)が1995年3月に銃撃された事件の公訴時効が30日午前0時に成立したことを受け、警視庁は同9時から、記者会見を開いた。青木五郎公安部長は「誠に残念」と述べた上で、「事件はオウム真理教のグループが(松本智津夫)教祖(死刑囚)の意思の下、組織的・計画的に敢行したテロだった」との見解を発表した。
立件できず時効を迎えた事件について、捜査当局が特定の団体を名指しし、関与したと断定するのは極めて異例。警視庁は「(オウム関係者らの)人権に配意した上で、公益性が勝ると判断した」と説明するが、議論を呼ぶのは必至だ。
青木部長は「犯行に関与した個々の人物やそれぞれの役割を、刑事責任の追及に足る証拠をもって解明するには至らなかった」と説明。それでも、教団による犯行と断定した理由を「捜査で得られた資料、情報を分析した結果だ」とし、「事件の重大性や国民の関心の高さ、オウムが今なお危険性が認められる団体として観察処分を受けていることにかんがみた」と述べた。
警視庁は会見で、14ページの「捜査結果概要」を公表した。この中で、教団元幹部や元信者ら計8人を匿名にし、それぞれの行動や会話内容などを列挙。事件直後に「オウムの捜査をやめろ」と報道機関にかかった電話の声が元教団幹部の声と推定されるとの鑑定結果▽教団が事件翌日、配布したビラに報道機関への脅迫電話の正確な時間が記載されていた▽教団信者だった元警視庁巡査長のコートなどから検出された火薬成分は犯行に関連して付着した可能性が高いなどとして、グループの容疑性を指摘した。
青木部長は、事件が未解決となったことに「批判を受けたことは謙虚に反省し、今後の糧にしていかなければならない」と述べた。
警視庁は31日から1カ月間、捜査結果概要をホームページに掲載する。
アサヒ・コム
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警察庁長官銃撃事件が時効=実行役特定できず−「被疑者不詳」書類送検へ・警視庁
1995年3月、国松孝次警察庁長官(当時)が自宅マンションで銃撃され、重傷を負った事件は30日午前0時、殺人未遂罪の公訴時効(15年)が成立した。警視庁は「被疑者不詳」で書類送検し、東京地検は証拠物を精査した上で、不起訴処分にする。
警察組織のトップを狙った前例のないテロをめぐり、同庁南千住署捜査本部は延べ約48万人を投入。オウム真理教の組織的犯行とみて容疑者逮捕に全力を挙げたが、実行役を特定できず、真相は闇に包まれたままだ。
国松長官は95年3月30日午前8時半ごろ、東京都荒川区南千住のマンション前で、背中や腹部など3カ所を撃たれ、重傷を負った。
捜査関係者によると、96年5月、教団信者だった元同庁巡査長(44)が「自分が撃った」「拳銃は神田川に捨てた」と述べ、事件関与を認めた。
しかし、元巡査長の供述はほとんど裏付けが取れず、神田川で拳銃は見つからなかった。元教団幹部数人が現場にいたとも話したが、いずれも関与を否定した。
捜査本部は2004年7月、事件関与の疑いが強いとして、殺人未遂容疑などで元巡査長ら4人を逮捕したが、供述は変遷し、不起訴となった。
その後の捜査で、元巡査長のコートや眼鏡、マスクなど複数の所持品に火薬成分が付着していることが判明。捜査本部は元教団幹部らの事情聴取を続けたが、銃撃を直接的に示す証拠はなく、状況は打開できなかった。(2010/03/30-00:19)
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「残念、無念の一言」=長官銃撃時効で幹部−警視庁
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件で、殺人未遂罪の公訴時効を受け、警視庁の捜査幹部は30日、「残念、無念の一言に尽きる。ただそれだけだ」と語った。(2010/03/30-00:30)
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「懸命な捜査、誠に残念」=銃撃事件時効で安藤警察庁長官
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件の時効を受け、安藤隆春警察庁長官は30日未明、「事件発生以来、警視庁において懸命な捜査が行われてきたが、誠に残念。警察庁としては、これまでの捜査を検証するなどして、今後の各種犯罪対策に生かしていきたいと考えている」との談話を発表した。(2010/03/30-01:45)
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「捜査員の労苦に敬意」=銃撃事件時効で国松元長官
警察庁長官銃撃事件が時効を迎えたことについて、国松孝次元長官は30日未明、「誠に残念です。最後まで事件の解決に向けて努力を続けてこられた捜査員諸君の心情を思い、ご労苦に敬意を表します」とのコメントを出した。(2010/03/30-01:47)
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数日前、「長官車ですか」=現場周辺で複数不審男−銃撃事前調査の疑い・警視庁
「長官車ですか」。国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件で、警視庁南千住署捜査本部は徹底した聞き込み捜査をした。捜査結果概要では、事件前、長官宅周辺で下見をしたとみられる複数の不審な男が浮かび上がっている。
国松長官は当時、東京都荒川区のマンション群「アクロシティ」のE棟に入居していた。
概要や捜査関係者によると、1995年3月27日前後の午前8時10分ごろ、アクロシティ東側の路上に止めた黒塗りの高級車をのぞき込み、窓を開けた運転手に「長官車ですか」と聞いた私服姿の不審な男がいた。
事件数日前の朝、別棟の6階か7階の外階段踊り場からE棟を双眼鏡でうかがう男や、中庭からE棟を見上げる男が目撃された。
同月29日には、男が隅田川沿いの遊歩道から約1時間、E棟を観察。G棟の中に入ろうとした男や、現場の南東約350メートルで南千住署署長官舎をのぞき込もうとする男もいた。(2010/03/30-09:24)
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事件関連で射撃残さ付着か=コート、アタッシェケース−長官銃撃で鑑定・警視庁
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件で、警視庁南千住署捜査本部は元同庁巡査長(44)の所有物について鑑定をした。捜査結果概要によると、コートとアタッシェケースから射撃残さなどが検出され、事件に関連して付着するなどした可能性が高いとみている。
概要や捜査関係者によると、鑑定をしたのは灰色コートやソフトアタッシェケース、黒革製手袋、マスク、眼鏡など7点。
アタッシェケースは、事件3カ月前の1995年1月以降に販売されており、比較的新しいもので、事件に関連して射撃残さが付着した可能性が極めて高いと判断した。
コートには左前下部分に溶融穴があり、発砲で開いたと推定された。私服のため、元巡査長の職務で溶融穴はできない。実行役が着用したとみられ、事件当日の午後にクリーニングに出されており、証拠隠滅のためだった可能性があるという。(2010/03/30-09:25)
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「コメントは不可能」=長官銃撃時効でひかりの輪
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件の時効成立を受け、オウム真理教から脱会した上祐史浩前代表が率いる「ひかりの輪」は30日、内部調査の結果、教団の関与は不明だったとして「コメントは不可能」との文書を発表した。
ひかりの輪は教団の継承団体ではないと強調。警視庁が教団信者を容疑者グループと断定したことにも「当否を論じることはできない」とした。(2010/03/30-12:03)
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「教祖意思で組織的テロ」=異例の捜査概要公表−長官銃撃時効で警視庁
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件で、警視庁は公訴時効(15年)を迎えた30日、捜査結果概要を公表し、「オウム真理教の元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(55)の意思の下、教団信者グループにより敢行された計画的、組織的テロであったと認めた」との所見を明らかにした。
こうした公表は異例で、概要では幹部らを匿名のアルファベット呼称で記載。31日以降、同庁ホームページでも30日間、掲載する。
同庁の青木五郎公安部長は公表について「事件の重大性、関心の高さから公益性があると判断した」と語った。
概要と捜査関係者によると、元教団諜報(ちょうほう)省トップ(40)は事件当時、埼玉県川越市にいた。供述は信用性があると認められる。(2010/03/30-13:06)
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「力及ばずに尽きる」=謙虚に反省、テロ防止誓う−長官銃撃で警視庁幹部
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件の公訴時効を受け、警視庁の青木五郎公安部長は30日、記者会見し、「刑事責任の追及に足る証拠をもって特定、解明するには至らなかった。力が及ばなかったということに尽きる」と語った。
青木部長は顔をやや紅潮させ、一言一言を区切るように「警察トップを対象とした卑劣な個人テロについて、法の裁きを受けさせず、時効を迎えたのは誠に残念」と話すとともに、捜査に協力した国民や関係機関への感謝の言葉を述べた。
立件できずに時効を迎えたのに、オウム真理教関与を指摘した捜査概要の公表は異例。「可能性が高い」「推認される」との表現もみられ、「推論を積み重ねた決めつけでは」との質問も相次いだ。
青木部長は「事件を風化させず、テロの悲劇を二度と繰り返さないことが大事。正義にかなう」と強調。「人権に配慮した上で、国民に説明することに公益性があると判断した」と話し、理解を求めた。
捜査過程に関しては「謙虚に反省する必要がある」と振り返り、教団の情報把握が一連の事件前は十分でなかったと分析。教訓として「従来と異なるものにも鋭敏な感覚で対応する必要がある」と話した。(2010/03/30-13:33)
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長官銃撃、「一種の冤罪」=警視庁を批判−アレフ
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件の公訴時効を受け、オウム真理教(現アレフ)の広報部は30日、「関与を疑われた教団にとって一種の冤罪(えんざい)とも言い得る事件だった」とのコメントを出した。
警視庁が教団信者グループが関与したとの捜査概要を発表したことには「見立てに固執した初動捜査の過ちから一歩も抜け出せておらず、残念」と批判。「疑惑を晴らすため協力を尽くしたが、捜査に幕が引かれたことは極めて残念」としている。(2010/03/30-13:38)
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容疑者不詳で書類送検=長官銃撃で警視庁
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件で、警視庁は30日、時効を受け、容疑者不詳のまま東京地検に書類を送った。(2010/03/30-13:46)
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時効迎え「反省、教訓を」=国松元警察庁長官
警察庁長官銃撃事件が時効を迎えた30日、国松孝次元長官は「何としても解決したかったが、残念なことになった」と心境を話した。警察トップの立場でありながら銃撃を受けた事態には「誠に申し訳なく、一生忘れない」と語った。
警視庁がオウム真理教信者グループが関与したとする捜査結果概要を公表したことについて「異例のこと。『分かりません』では説明責任を果たしていないので、理解はできる」と話した。
ただ、起訴できるだけの証拠が集められなかったことについては「反省、検討し、教訓をくみ取ってほしい」と語った。(2010/03/30-13:50)
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捜査概要公表の理由「承知しない」=元警察庁長官銃撃事件−平野官房長官
平野博文官房長官は30日の記者会見で、警視庁が同日公訴時効を迎えた国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件の捜査結果概要を明らかにしたことについて「異例な公表の仕方だ」と語った。公表理由に関しては「こういう社会的影響の大きい犯罪を今後起こさせない、風化させないという意志が入っているのかどうかは承知しない」と言及を避けた。公表の是非についても「適切かどうかは承知していない」と述べるにとどめた。(2010/03/30-18:06)
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「法的措置を検討」=警視庁発表にアレフ−長官銃撃
国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件の公訴時効を受け、警視庁が教団信者グループが関与したとの捜査概要を発表したことに対し、オウム真理教(現アレフ)の荒木浩広報部長は30日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、「教団信者の関与はないと確信している。法的な手だてを検討したい」と述べた。(2010/03/30-18:55)
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長官銃撃「教団内にうわさもなかった」…元オウム
オウム真理教は、松本智津夫死刑囚の死刑が2006年9月に確定した後も活動を続け、07年5月に主流派の「アレフ」と、元教団幹部だった上祐史浩氏(47)を代表とする「ひかりの輪」に分裂。
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警察庁などは、両派をあわせた信者数は現在、1500人に上るとみている。
「ひかりの輪」の上祐代表は、銃撃事件の時効が迫った今月22日付で報道各社にコメントを発表。その中で「事件については全くわからない」とした上で、教団が関与したとの見方について「凶器を自作してきた教団が、この事件だけ既製の拳銃を使うことに疑問を感じる」と、警視庁の捜査に疑問を投げかけている。
一方、現在も道場に松本死刑囚の写真を掲げるアレフは30日午後、荒木浩広報部長が記者会見し、「一種の冤罪(えんざい)とも言い得る事件。残念に思います」と話した。
「地下鉄サリン事件などの流れがあり、教団が疑われても仕方ない事情はあった」。元教団「車両省」大臣で、アレフを09年3月に脱会したという野田成人さん(43)は今月9日、読売新聞の取材にそう話し、「ほかの事件については教団内でもうわさが広がったが、銃撃事件についてはまったく聞かなかった。教団の犯行と断定するには無理があるのでは」と述べた。
(2010年3月30日16時15分 読売新聞)
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「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」要旨
2010年3月30日13時47分
警視庁が発表した「警察庁長官狙撃事件の捜査結果概要」の要旨は次のとおり。
◆事件発生直後の午前9時40分ごろ、報道機関にかけられた脅迫電話の声を鑑定した結果、幹部信者Bの声と推定される鑑定結果が得られた。
◆発生翌日の午前、幹部信者Cらは、松本(智津夫教祖)から「警察庁長官撃たれる」と題する教団名義のビラの作成を指示された。ビラには報道機関に対する脅迫電話の入電時刻について「9時40分ころ」との記載がある。この時点で、脅迫電話の正確な入電時刻についての報道はなく、記載は、脅迫電話をかけた者やその関係者または一部の報道関係者などしか知り得ない事項であった。
◆在家信者Aの所有物について射撃残渣(ざんさ)の鑑定を行った。灰色コートとアタッシェケースについては、本事件犯行に関連して付着した可能性が高いものと認められた。
◆元幹部信者Dのもとに、事件発生の3日前に幹部信者Eから電話があった。Aへの連絡方法を教えるよう依頼された。この際Eは「敵の仇(かたき)は敵にやらせる」などと発言した。
◆事件発生前日の夜、DがAに連絡をとったところ、Aは興奮した口調で「下見に引きずり回された」、「警察官しかできないことがあると言われた。できること、できないことがある。やりたくありません」などと言ってきた。
◆事件発生直後の午前8時35分ごろ、AからDに電話があり、「警察庁長官が撃たれた。まだマスコミに知られていないと思うので取り扱いに注意して欲しい」旨連絡してきた。
◆事件直後、日光街道の交差点から南千住駅方向へ自転車で疾走した男について、目撃者が供述する特徴と幹部信者Hの特徴が一致した。複数候補者の写真を示したところ、複数の目撃者が同人の写真を抽出した。
◆E及びEの影響下にあったと認められる者(複数)から採取した資料について、DNA型異同識別を実施したところ、E以外の1名について、(現場遺留品の)韓国10ウォン硬貨の表面付着物から検出されたDNA型と一致するとの結果が得られた。同一型である確率は932分の4であり、教団信者グループの本件関与の可能性を裏付ける資料のひとつとすることに、一定の合理性が認められる。
アサヒ・コム
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