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米国の「アジア重視」なぜ今?
田中 宇(2011年11月20日
米国のオバマ大統領が11月17日、オーストラリア議会での演説で、アジア太平洋地域を最重視すると宣言した。オバマは、米軍がアジア太平洋に駐留し続けることを約束する一方で、中国との協調関係を強化したいと表明した。しかしこの宣言は、米国が、豪州に米軍を初めて恒久的に駐屯することや、中国抜きの多国間貿易協定であるTPPを推進すること、東アジアサミット(ASEAN+3+5)で中国が嫌がる南沙群島問題を議題にするなど、中国敵視策と同時に発せられている。そのため、オバマのアジア重視とは中国包囲網の強化であると、日米マスコミなどで理解されている。(Obama declares Asia a `top priority')
日本では、米国がいよいよ中国敵視に本腰を入れたと考え、オバマの新政策への期待が大きい。しかし、私にはむしろ、米国が今ごろになってアジア重視を宣言するという「間の悪さ」の方が気になる。米中関係は1990年代末から、経済面を中心に、中国が台頭し、米国が下り坂になる傾向をたどってきた。米国の中国敵視策は、日韓やASEANなどアジアの親米諸国を巻き込むことが不可欠だ。
だが今や、それらのアジア諸国はすべて、最大の貿易相手国が米国から中国に替わっており、本格的な中国敵視をすることができない。米国自身、世界最大の米国債の保有者である中国が米国債を売り放ったら、財政破綻やドル崩壊に瀕するので、一定以上の中国敵視をやることができない。米国が、中国敵視や中国包囲網の強化を国家戦略にするなら、もっと早く始めるべきだった。アジア諸国や米国自身にとって、中国が経済面で最重要の国になった後になって、米国がアジアを巻き込んだ中国敵視策を打ち出したのは、なんとも馬鹿げている。
▼アジア最重視は、英イスラエルを見放すこと
いったんアジアから目を離し、視野を世界規模に拡大してみると、今回の米国の「アジア最重視」宣言が持つもう一つの意味が見えてくる。「アジア最重視」は、裏を返すと「今まで最重視していた中東や欧州のことを、今後はそれほど重視しない」という意味になる。
中東では、イスラエルが米国の世界戦略を70年代以来牛耳ってきたが、イスラエルにとって今ほど米国の後ろ盾が必要な時期はない。03年のイラク侵攻後まで、米国の中東支配はイスラエルにとって好都合だった。01年の911事件後「米国は中東の国になった」と言われるほど、米国の世界戦略は中東重視で、日本などアジアの同盟国はほとんど無視されていた。
だがその後、米国の過剰なイスラム敵視策の反動として、中東全域で反米反イスラエルのイスラム主義が勃興し、今春のエジプト革命以降、民主化という名のイスラム主義化が加速している。親イスラエルだったエジプトやトルコが反イスラエルに転じ、米イスラエルの傀儡だったパレスチナ自治政府が国連加盟申請など反逆を強め、世俗的だったチュニジアやモロッコでも選挙でイスラム主義が台頭している。(Towards a new order in the Arab world)
米国は、親イスラエルの態度を変えていない。米政界は、イスラエル右派に牛耳られたままだ。だが、米国がイスラエル右派の言いなりになって政権転覆策としての「民主化」を実現した結果、反米反イスラエル的なイスラム主義が勃興したため、イスラエルが米国を動かして現状をイスラエルにとって好転させることができなくなっている。しかも米軍は、今年中にイラクから撤退する。中東での米国の軍事的な影響力が激減するだろう。
それと同期するかたちで、オバマ政権は「アジア最重視」を打ち出した。米政府は、表向きイスラエルの言いなりであり続けながら、事実上、イスラエルを敵に囲まれた状態にした上で見捨てようとしている。イスラム同胞団は大喜びだ。中東から見ると、オバマのアジア重視は「イスラエル放棄」である。
米国の世界戦略の立案過程は、イスラエルだけでなく英国からも牛耳られてきた。90年まで40年続いた「冷戦」は英国にとって、ソ連を敵視する目的で米英同盟を強化する長期戦略だった。冷戦後は、金融面の米英同盟が、金融市場を通じて世界を席巻した。だが今、米英金融システムの崩壊が続く中でオバマが発した「アジア最重視」は「米英同盟よりもアジアを重視する」という切り替えを意味し、英国にとって迷惑な話だ。
EUはユーロ危機に見舞われている。米英の投機筋がドル基軸体制を守るために、潜在的なライバルであるユーロを先に潰そうとしている。ユーロ圏諸国が今の危機を乗り越えるにはEUの財政統合が必要で、財政統合を進めればEUは強化される。ドイツを中心とするEUは今回、米英からひどい目にあわされた。それだけに、危機を乗り越えた後のEUは、冷戦型の対米従属の姿勢を弱め、ロシアなどEUにとって地政学的に重要だが反米的な勢力との協調を強めるだろう。そのような欧州の転換期に、オバマは「アジア最重視」という、事実上の「欧州軽視」の宣言を放った。
米国は従来「大西洋の国」だった。今回、米国は「うちは太平洋の国だ」と宣言した。これは欧州から見ると、米国が欧州を従来のように重視しないことを意味する。米国の投機筋から国債危機を起こされ、痛めつけられたEUは「米国が欧州を重視しないなら、欧州も米国を重視しません」と考えそうだ。欧米間の軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)も重要性が薄れていくだろう。14年にNATOがアフガン占領を終えるのが、一つの節目になりそうだ。
▼オバマは米国の対中戦略を転換してない
視点をアジアに戻す。今回のオバマのアジア最重視宣言で、曖昧にされたままの最重要な点は「米国は中国を本気で敵視するのかどうか」である。「米国は、中国を敵と考えるのか、それとも未来の同盟国と考えるのか」という問いや曖昧さは、百年前に米国が孫文の国民革命を支援したころから存在していた。1950年の朝鮮戦争まで米国は、中国を、未来の同盟国と考えていた(だから米国は終戦時、中国がまだ分裂して弱かったのに、国連安保理の常任理事国にした)。朝鮮戦争から72年のニクソン訪中まで、米国は冷戦派(軍産英複合体)に牛耳られ、中国を敵視する傾向が強かった。
ニクソン訪中で情勢が変わった後、現在までの米国は、中国に対し、敵視と、未来の同盟国扱いが入り混じっている。米政界で英国やイスラエルが支援する軍産複合体の力が強い中で、歴代の米政府は、中国が敵なのか味方なのかを、意図的に曖昧なままにしている。曖昧で入り混じっているものの、90年代半ばに天安門事件後の中国制裁を解いた後、中国が経済大国になっていく流れの中で、しだいに未来の同盟国扱いの方が強くなっている。米国が近年、中国に対する未来の同盟国扱いを最も強く打ち出したのが、ブッシュ前政権時代に中国を「(米国と並ぶ)責任ある大国(にいずれなっていく国)」とみなし「米中G2」を中国に提案した時である。
今回オバマが宣言した「アジア最重視」が「中国敵視」を明確に意味するのなら、それはブッシュ時代までの米国の対中国戦略の流れを逆転するものになる。だが実際のところ、オバマのアジア最重視が中国敵視を意味するのかどうか曖昧だ。この曖昧さは、ニクソン訪中以来の米国の対中国戦略の意図的な曖昧さを丸ごと継承している。このような分析から出てくる結論は、オバマがおそらく米国の中国戦略の流れを逆転させていないだろう、というものだ。
米国の中国敵視を引っ張ってきた軍産複合体は、テロ戦争の失敗によって機能が麻痺している。金融界を含む米国の大手企業は中国で儲けており、米中関係が悪化して自分たちが中国市場から追い出される事態を好まない。今の米国中枢で、中国敵視を「選挙対策としての口だけの反中国」以上に強めたい勢力が大勢いるとは思えない。
最近は軍産複合体でさえ、反中国の路線を露骨に出さなくなった。国防総省は、中国包囲網の軍事戦略として「エアシーバトル」という戦略を練っているとされる。国防総省は先日、エアシーバトルに関する記者説明会を開いた。だが、そこで発表されたことは「エアシーバトルは、戦略でも戦術でもない。中身が何であるか自体が機密なので言えない。中国敵視策であるかどうかも言えない」といった、非常に曖昧なものだった。(Air-Sea Battle: What's It All About, Or Not)
エアシーバトルは、これまで大きな空母から発進する戦闘機が敵国(中国)を攻撃するのが米軍の戦争のやり方の主力だったのを改め、小さな軍艦から発進する無人戦闘機や短距離ミサイルで敵国を攻撃するやり方に変えることだという説明も流れている。だが国防総省は、それがエアシーバトルの全容であるかどうか、明確にしていない。(Battle Plans Tempt Chill in U.S.-China Relations)
ブッシュ政権時代に立てられた「米軍再編」も、何を意味するのか自体が機密の傾向が強かったが、米軍再編は結局のところ、米軍の軍備をハイテク化、小型軽量化し、その膨大な開発費で軍産複合体が儲けることが主眼だった。エアシーバトルも、中国の台頭に対抗する戦略という雰囲気を醸し出しつつ、軍産複合体の儲けの増加が真の目的なのかもしれない。
▼口だけの中国包囲網についている高い値札
オバマ政権のアジア最重視宣言は、時期的に、TPPや米韓FTAと抱き合わせで発せられている。そこから読み取れることは「米国は、中国の台頭を懸念する日韓豪などアジア諸国の希望に沿い、アジア太平洋から軍事撤退をしない。その代わりアジア諸国は、TPPや米韓FTAを通じて、米企業が儲けを出せるような経済システムに転換しろ」という交換条件だ。(◆貿易協定で日韓を蹂躙する米国)
オバマは豪州での演説で「防衛予算を削減しても、アジア太平洋にしわ寄せを与えない」と力説した。これは、米政府が予算削減に逆らってアジア太平洋での軍事駐留費を増やすかのような印象を与える。だが、これまで日本政府が在日米軍に出て行ってほしくないと希望した時、米国は、日本が米軍駐留費の一部を負担するなら駐留を継続するという条件を出し、日本側の負担が増えていく構図が20年ほど続いている。この例にならうなら、豪州への米海兵隊の駐留も、豪政府が望んだことである以上、海兵隊宿舎の新設やその他の駐留費の何割かを豪政府が出しそうだ。(Obama declares Asia a `top priority')
沖縄の海兵隊の一部を豪州に移し、その駐留費を豪政府が出すのだとしたら、米国が出すのは口だけだ。米豪政府は、費用の件を何も発表していないが、米政府の財政難がひどくなっていることから考えて、オバマは「(アジアが金を出してくれる限りにおいて)米国はアジアを最重視する」と宣言した可能性が高い。TPPや米軍駐留には、非常に高価な値札がついていると考えた方が良いだろう。
米政府は、TPPを、規則に基づく秩序(a rules-based order)を持った国々による自由貿易協定にすると宣言している。米国は、中国について、規則に基づく秩序がまだない一党独裁システムなので、TPPに入れるわけにいかないという態度をとっている。しかし、中国と似た一党独裁システムしか持っていないベトナムは、TPPに加盟する権利を認められ、交渉に参加している。その点からは、米国がTPPを、中国を政治的に除外した、中国包囲網の一つと位置づけていることがうかがえる。(How America should adjust to the Pacific century)
TPPを米国主導の中国包囲網とみなす場合、それが有効な包囲網なのかどうかが問題となる。私の結論は、TPPは中国包囲網として有効でないというものだ。多くのアジア諸国にとって、すでに中国は最大の貿易相手国で、今後さらに重要な貿易相手国となると予測される。半面、アジア諸国にとって、以前に最大の貿易相手国だった米国は、中産階級の消費力が減退し、しだいに重要でない相手国へと落ちていく傾向だ。
しかも米韓FTAの先例から考えて、日本などがTPPに入ると、経済の規則を米国流に改定することを余儀なくされる。近年の米国では、大企業がロビー活動によって政府の規則を業界に都合の良いように変えてしまう腐敗的な動きが横行している。日本なども、TPPに入ると、国内経済の制度を米国の企業に都合の良いかたちに塗り替える方向の圧力を受け続ける。米政府が言うところの「規則に基づく秩序」の「規則」とは、米国で流布する、米国の大企業にとって都合の良い規則のことだ。
▼WTOも中露に乗っ取られるかも
中国の台頭を懸念するアジア諸国は、米軍に、アジアから出て行かないでくれと懇願している。米政府は「アジアから出て行かないから、アジアが駐留費を出せ。しかもTPPや米韓FTAに入って、米企業が儲かる国家システムに変えてくれ」と言っている。米国は悪くない。日本などアジア諸国の対米依存心が、米国に狡猾な戦略をとらせている。
米国が「中国包囲網」を喧伝するほど、中国は対抗して軍備を急いで増強する。中国が軍拡するほど、アジア諸国は恐れて対米依存を強め、米国はその尻馬に乗ってアジアに米国流の腐敗した経済システムを導入させようとする。経済システムの腐敗は、日本を含むアジア諸国を弱体化させる。TPPから締め出されている中国は、この腐敗の洗礼を受けずにすむ。TPPは中国に漁夫の利を与える。
しかも米国は今後、アジア諸国の輸出先として頼りないものになっていき、アジア諸国は経済的に中国への依存を強め続ける。米国が今、アジアでとっている戦略は、中国の優勢を強めるものだ。アジア諸国が弱体化した米国を見限るころには、アジア諸国は経済システムをTPPなどによってぼろぼろにされて弱くなり、今より強くなる中国に従属せざるを得なくなっていく。米国のアジア重視策は「中国を封じ込めるふりをして、中国を強化する」「アジア諸国との同盟を重視すると言いつつ、アジア諸国を中国の方に押しやる」という「隠れ多極主義」に見える。
国際貿易体制との関係でいうと、もう一つ、今年中にありそうなロシアのWTO加盟も、中国にとって有利なことだ。中露は戦略的に結束を強めている。すでにWTOに加盟している中国は、新たにWTOに加盟するロシアと組み、インドやブラジル、南アフリカというBRICや発展途上諸国も引き入れて、WTOを先進国に有利な体制から、新興国と途上国に有利な体制へと政治的に転換させていこうとするだろう。(Russia clears final hurdle for WTO membership)
WTOはここ数年、ドーハラウンドが頓挫した状態だが、次にWTOが動き出す時には、新興諸国に乗っ取られ、まったく異質なものとして世界を席巻しようとするかもしれない。中国が自由貿易体制を推進したがるはずがない、と考える人がいるだろうが、それは間違いだ。経済が弱い国は自由貿易体制下で不利になりがちだが、経済が強い国は自由貿易体制が得になる。経済力をつけつつある中国などBRICは、自由貿易体制の推進役になることが、自分たちの国益に合う状態になっている。
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