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金融危機だけではない〜一歩間違えばイラク危機は再燃する
大規模なテロがバグダッドで再発しているワケ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081008/173082/?P=1
世界の注目はすっかり米金融市場の混乱に向けられ、米大統領選挙の候補者間の討論の主題も、すっかり金融政策に独占されてしまった感がある。サラ・ペイリン共和党副大統領候補にいたっては「イラクでの勝利」を連発し、もはやイラク戦争は遠い過去のものとして忘れ去られてしまったかのような錯覚にすら陥る。しかし、イラクの治安は本当にこれで安定化に向かうのだろうか。
イラク情勢をみるアナリストたちが注目していること
イラクの治安関係者やイラク情勢を注意深く追うアナリストたちの間では、10月1日にまた一つ重要な権限が米軍からイラク政府に移譲されたことに注目が集まっている。その行方次第でイラクが再び内戦の危機に見舞われる危険性があるからである。米軍はこれまで治安情勢に応じて各県の治安権限をイラク当局に移譲してきたが、10月1日にイラク政府が新たに手にすることになるのは、「スンニ派の民兵たちに給与を支払う」権限である。これは一体どういうことで、それがどんな意味を持つのだろうか。
イラクの治安が劇的に改善しているのは確かである。2007年のピーク時と比較して米軍やイラク政府に対する攻撃数は80%近くも減っており、だいたい2004年の初頭と同じくらいのレベルにまで激減している。ブッシュ大統領やチェイニー副大統領は、「米軍増派が成功した結果だ」と繰り返し主張しているが、本当だろうか。
これまでアメリカの占領行政とそれに続くイラク新政府の支配にもっとも強硬に反対し、反米・反政府武装闘争を行ってきたのは、サダム・フセイン政権時代に支配的な地位にあったイスラム教スンニ派の旧バース党のメンバーたちである。旧軍のメンバーたちも含めてスンニ派は、シーア派が中心に組織している新政府から疎外され(もしくは新政府への参加をボイコットして)、新しい政治プロセスへの抵抗を続けた。バグダッドやアンバル県などのスンニ派居住区域でもっとも激しい反米・反政府武装闘争が繰り広げられたのはこのためである。
アメリカ「増派」の戦略
こうしたスンニ派の反乱という混乱状況に乗じて、近隣のサウジアラビアなどから外国義勇兵(いわゆるジハーディスト)たちがやってきて自爆テロなどを行ってきたのだが、こうした外国勢力の数は必ずしも多くはなかった。このほかにもう一つ大きな反米武装勢力としてシーア派の過激派サドル派があるが、混乱するので本稿ではスンニ派の反乱勢力の分析にとどめておく。
アメリカが「増派」戦略の一環として2007年初頭以降進めてきたのは、このスンニ派の反乱武装勢力たちの取り込み作戦であった。首都バグダッドを中心にスンニ派地域の治安を回復するには、政治プロセスから排除されているスンニ派を何らかの形で取り込むしかないという現実的な判断であった。
一方のスンニ派の武装勢力も、外国からやってくる義勇兵たちの目に余るテロに嫌気がさしたのと、現シーア派政権に対するイランの影響力の高まりに危機感を強め、米軍に共闘を申し出たという背景があった。主に部族を中心とするスンニ派武装組織に対して、米軍が武器と資金を提供し、外国から来る義勇兵(アルカイダと呼ばれる)を追い出し、スンニ派地域の治安活動をさせたのである。
地元に根づいたスンニ派の部族を中心とする集まりは「覚醒評議会」と呼ばれ、そのメンバーである民兵組織は「イラクの息子たち(SOI)」と呼ばれ、彼らが治安回復の立役者となった。その数は10万人を超える。
米軍はこの10万人のSOIメンバー一人あたり月に300ドルから600ドル程度の月給を支払い、イラク軍や警察とは別の、「短期間の警備員アルバイト」の職に就かせたというわけである。これはスンニ派の若者たちの失業対策としても機能し、同時に治安対策にもなるという一石二鳥のプログラムだったのである。
これまで過去数年間、激しい反米武装闘争を行ってきたスンニ派の武装勢力を、逆に地域の治安要員として雇うこのプログラムは大成功し、バグダッドを中心にスンニ派地域の治安が劇的に改善していったわけである。
不満を募らせてきたのが現在の政権
ところが、このプログラムに不満を募らせてきたのが現在のシーア派を中心とするマリキ政権である。彼らからすれば、自分たちを長年苦しめてきた旧サダム政権の残党たちを含むスンニ派の武装勢力に武器や資金援助するなど許しがたい行為であり、米政府に対してこのプログラムの廃止を訴え続けてきた。国家建設を進めるマリキ政権としては、政府の軍や警察とは別に武装した民兵組織を放置しておくことは、国家建設にとって大きな障害でしかない。「国家建設を進めろといいながら民兵組織に武器援助をするのは矛盾しているではないか」とマリキ政権は米政府を批判してきたわけである。
米軍はSOIのメンバーたちを正式なイラク軍や警察の職員として受け入れるようにマリキ政権に対して圧力をかけてきたが、同政権はこの案に消極的であり、実際に警察などに正式採用されたのは10万人を超えるSOIのうち1万人程度しかいないという。
米軍は何とかSOIの全メンバーのうち20%くらいは警察などで正規雇用するようにマリキ政権に圧力をかけてきたが、同政権は逆にこの資金援助プログラム自体の運営を米軍から奪い取って自分たちで運営したいと主張をし、米軍とマリキ政権の間で綱引きが続いていた。米軍側はもしマリキ政権がこの資金援助プログラムの運営権限を握れば、すぐにこのプログラムを廃止し、SOIに対する給与の支払いを止めることを恐れ、この権限の移譲に反対し続けてきた。
こうした中、この7月の時点で米軍は2009年夏にSOIを解散させる方針を決め、少しずつ段階的にSOIへの資金援助プログラムを縮小させ、その間にSOIメンバーたちの再就職を斡旋する計画を立てていた。このプログラムを急に廃止してしまえば、「短期間警備員アルバイト」として曲がりなりにも月給を得ていたSOIのメンバーたちが一気に失業者になってしまう。数万人規模の武装した若者たちが失業に追い込まれ、「米軍に裏切られた」と感じ、シーア派マリキ政権に対する恨みをさらに強めるとしたら、今後の治安情勢が明るいはずはない。
大規模なテロがバグダッドで再発している理由
10月1日付でマリキ政権に移譲された権限とはこの資金援助プログラムを運営する権限のことである。これまでのところ同政権は「資金援助を急にストップすることはしない」と約束しているが、SOIの幹部多数に対する逮捕状が出ているという噂も飛び交っており、SOIのメンバーたちは同政権に対する不信感を募らせている。9月末から10月初頭にかけて、大規模なテロがバグダッドで再発するようになっているのは、こうした背景からではないかと治安関係者は不安を募らせている。
「イラクでの勝利」・・・、「勝利」をアメリカがどう定義しようが勝手ではあるが、イラク治安の安定を語るのは時期尚早である。SOIのメンバーの取り扱い一つ間違えただけで再び反米・政府武装闘争に火がつきかねない。マリキ政権が仇敵であるスンニ派の武装組織メンバーたちに給与を支払い続けるのかどうか、当面のイラクの治安情勢はこの決断に大きく左右されることになる。